JMGCのHPの新コンテンツとして大利根近況をお知らせします。不定期ですが、大利根飛行場及びJMGCのトピックスをお伝えしたいと思います。
2002年6月30日

今日は朝から天気が悪く飛行場は、閑古鳥だけが元気一杯に飛び回っておりました。
そんな中、並木先生は、新しい愛機「リベレ」を飛ばしにこられました。
また、飛行場での撮影は相変わらず好調で今日は、雑誌「ノンノ」の撮影が行われました。大曽根君はニッタニタの一日でした。
2002年6月26日
最近、早出をして、17:30から訓練をしている、整備の大曽根がFirst Soloに今日出ました。
飛行時間 5時間ぐらいだそうです。
2002年6月24日
日比谷近況(番外編)
航空界の重鎮を集めて怪しげな(?)イベントが日比谷で行われました。
2002年6月23日

梅雨真っ盛りのシーリング1300ftと渋い一日でしたが、グライダー(緒方さん)、飛行機@大利根(飯島さん)、スーパーディモナ(寺田さん)とファーストソロ三連チャンの一日でした。
2002年6月20日(木)
梅雨の合間をぬって練習に来たクラブ員が数名、飛行機やモグラで場周経路をグルグル回っていましたが、午後からは雨が降ってきてお終い。そんな中、クラブ員の阿部さんが初ソロに出ました。

阿部さん、モグラ初ソロおめでとうございます。
(by スダチ)
2002年6月18日

JMGC整備工場では、モールの新型式耐空検査の準備で自動車ガソリンの飛行機への使用の準備をしています。
アメリカでは許可されているのですが、アメリカと日本のガソリンの成分の違いが分からないため、それぞれの燃料ホースの実験をしました。
実験した結果、飛行機に使用されているホースは、ことごとく自動車ガソリンでは影響を受け、ふくらんでしまいました。
モーターグライダーに使用されている燃料ホースはすべてのガソリンに対して影響はありませんでした。
したがって、飛行機への自動車用ガソリンは、アメリカでの規格のものであれば、良いのかもしれませんが、現在のところ、使用できないことが判明しました。

JMGC整備工場では、カーボン/アラミドの胴体修理が本格化しています。
2002年6月16日
いよいよ関東地方も梅雨入り。今週末(15、16日)の大利根は、視程・雲底ともに低くてほとんど飛べず、スタッフは飛行場や機体の整備に明け暮れていました。(整備する機体が違うんでないかい?)

「ヨットの操作は、風を利用するという面においてグライダーに通じるものがあります。飛べない日はディンギーを出すので水着を持って来て下さい。」教官談
(by スダチ)
2002年5月27日

最近,何かとロケが多い大利根。今日は子供服のカタログ作りに撮影隊が来ていました。「BLUE CROSS」ってブランド判ります?。
(by スダチ)
2002年5月26日
RJTU近況(番外編)
陸上自衛隊北宇都宮駐屯地の駐屯地祭に全国からオーナーパイロットが集いました。
JMGCクラブ員も何人かフライインをしたようです。
2002年5月25〜26日
25日(土)の関東地方はグライダーにとって最高のコンディションだったそうですね。大利根でもツインアステアで飛んだ遠藤さんが7500ftまで上がったそうです。
26日(日)は,二匹目のドジョウを狙ってスダチも11時30分にヤンターで飛び立ちましたが,トップ5500ft,2時間ちょっとの滞空で終わりました。

大利根を北側から。対岸,安食町の田んぼは水浸し,グライダー乗りには恨めしい?
(by スダチ)
2002年5月24日


変な斉藤はマークに弟子入りして、ASK21のゲルコート塗り替え作業を始めています。
工場には、マグロのように修理中の胴体が並んでいます。
三田の仕事で、SZD55,DG800A,RF4の修理を同時並行作業中。
2002年5月15日

新しい曳航機が導入されました。
ちょっと非力ですので、Ka6限定です。
大利根近況−番外
JMGCクラブ員のスダチです。
大利根の近くに住んでいて良くを顔を出すと云う理由で、今月からこのページの更新を手伝わせて戴くことになりました。
しかし、飛騨合宿用に購入したデジカメが9800円と非常にリーズナブルなものだったため、プロペラなどの高速で動いているものを写すと下記の様にとってもシュールな作品になることが判明しました。最近の画像に、歪んだプロペラが多いのはその為です。(^o^;


今後もこの様な画像をアップするかと思いますが、カメラを買い換える余裕がないので、よろしくお付き合いお願いします。m(_ _)m
(by スダチ)
2002年5月12日(日)
東よりの風10kt、RWY07 曇り時々晴れ
曇っていた空もお昼前には晴れて、午後からは気持ちの良い一日となりました。大勢のクラブ員が朝早くから訪れ、練習に遊びに飛びまくっていました。
外来機も多数飛来、ボナンザ・ムーニー・ファルケにセスナが飛んできました。
・そんななか、先の滑空選手権で上位入賞した磯谷教官は、大学の後輩がセッティングしてくれた祝賀会に出るため名古屋へ向かいました。
・大利根でロケが行われた番組の放送があります。5月17日(金)21時より「運命のダダダダーン」です。


左−ボナンザで名古屋空港に向かう磯谷教官 右−運命のダダダダーン予告編
(by スダチ)
2002年5月8日
天候に恵まれた飛騨高山合宿
1999年10月に福島飯坂で行った合宿以来、実に2年半ぶりに行った合宿は天候と関係者に恵まれ、予定通り終わりました。
99年の合宿では、金子が脳血栓に見舞われ、左半身不随になってしまい、急遽、合宿を中止しましたが、その金子も今では事務所で元気に修理作業の管理や、部品の発送、調達を一手に引き受けられる程に回復しました。そこには、我々のチームとしての強い絆が感じられます。
さて、今回の合宿の発端は、瀬尾師匠の「連休中に中航連の連中が飛騨で合宿するから、混ぜてもらえば」の一言で動き出しました。
中航連(中部日本航空連盟)は名古屋の中日新聞が後援する歴史あるクラブで、岐阜(各務原)、岡崎、浜北に支部があります。
今回は、岐阜の人達が中心となって、山の中を飛ぶために高山で合宿を企画していました。
面識のある、伊藤健児氏に申し入れをして、部内で検討していただいたのですが、快く受け入れていただけました。
飛騨高山農道空港での使用上の注意や運航方法を記載した書類を何部も用意して、稼(かせぎ)教官が大利根まで打ち合わせに来てくれるなど、いたれりつくせりの対応でした。
5月1日は天候が悪く、出かけられませんでしたが、案の定5月2日は快晴の中、JA3722を先頭に、最新鋭、最速のスーパーディモナJA00CN,GrobG109b JA2343,Sportavia RF5 JA2123,スーパーカブJA4097が大利根を飛び立ちました。
それぞれがそれぞれの考え方でなるべく効率良く、追い風を利用しようと高度を選んでいました。
結局、全員が7500フィートに上昇しましたが、桶川付近より中層雲系の雲のために、全員が VMC ON TOP 状態。この状態になれていない磯谷が後席のJA2123をサポートするために、こう言うフライトの大好きなJA4097(機長の名は特に秘す)は、JA2123にぴったりくっついて飛行していました。
雲海のRF5がみごとにきれいなので、思わず写真を撮りに近づくと、相手のRF5も前後席とも写真を撮っていました。(いったい誰が操縦しているだい !!!)
左右に富士山と浅間山を見つつ、佐久を越え遙か遠くに、中央アルプスの真っ白な頂きを見ながら、
常に先行機の情報を受けながらの約2時間の飛行でした。
大変きれいではあるが、斜面の、気流の荒れた飛騨エアーパークに全機降りると、中航連の大沢氏、
稼氏をはじめ面々が待っていてくれました。
さっそく、ローカルで飛ぶ人達、福井、但馬、富山へ足を延ばす人達とてんでんばらばらに飛んでいました。
5月3日は飛行場近くのお寺で法事とのことで、グライダーは中止の中、音の静かなスーパーディモナはローカルで、その他は外へ、同じく福井、富山コース。3722は八尾、名古屋経由のナビゲーション。
4097は今日から鬼怒川滑空場で使用するため、朝、高山を出て、氏家へダイレクト、浅間山、榛名山を経由して、鬼怒川滑空場へ着陸。ただちに駅まで送ってもらい、並木さんは大利根へ、私は新幹線を乗り継いで名古屋空港へ。
名古屋空港事務所にタクシーで着いたところに、3722のクルーがジャストタイミングでお出迎えをしてくれました。
名古屋からは、飯島さんの教官で飛騨高山へひとっ飛びの忙しい1日を過ごしてしまいました。
5月4日は恵みの雨。疲れ果てているところに天候不良。ゴールデンウイークのまっただ中の観光地にいられるなんて、磯谷は感激に目が潤んでいました。(ウソです)
5月5日
実質的に中航連との合同運航日。それぞれの用語の違いや、飛び方の違いの「異文化交流」の1日でした。
毎晩の酒盛り、夕食、いろり端のグライダー談義に花が咲いていました。
5月6日
案に相違して天気は快晴。あまりにも天気が良いので、日頃行ったことのない浜北滑空場に行こうと言うことになり、全機、浜北滑空場へ目指したのはいいけれど、南に下がるほど雲が出てきて、またま
た VMC ON TOP。
2343の高田君が聞いてくれた浜松のウエザーで浜松には雲が無いことが分かり、勇気百倍。
見当を付けて浜北上空へ、みごとに浜北滑空場には雲が無く、楽々着陸できました。
浜北では、飛行予定が無いにもかかわらず、皆さんの出迎えを受け、永田さんの喫茶店まで食事に送っていただき感謝感謝。
食事中に4097が飛んでいる鬼怒川滑空場から電話が入り、4097のスターターが故障とのこと。各方面に電話を入れ、大利根着陸後に鬼怒川へ行き、修理し大利根まで持ってくることを計画。
(全員、またまた綱渡りがはじまったと言う顔をしていたことを見逃さない愛ちゃんでした)
大利根着 14時、大利根離陸14時15分、鬼怒川着陸14時50分、大曽根の作業を慣れない中澤と磯谷が手伝って、修理完了が16時、17時には大利根に全機無事に着陸し、すべてのフライトが終了しました。
今回は最初から最後まで、中航連の方々にお世話になりっぱなしでした。特に徹底的に地上での移動手段を用意しなかったために、朝晩の旅館との移動は常に中航連の方々のご厚意に甘えてしまいました。
また、最後の浜北滑空場でも同じく中航連の方々に喫茶店まで送ってもらいました。
このようなわけで、天候と、親切な方々のご厚意に甘えた合宿でしたが、本当にきれいな景色の中を飛ぶことができました。
ただ、いつもと違った所を根拠地にして飛ぶ楽しさや、いつもと違う山の中の、風がクルクル変わるなかでの飛行は楽しいのですが、やはり、あの飛騨エアーパークは山に張り付き、尾根から尾根へ縦走するグライダーに最適なところだと実感しました。
いつの日にか、ピュアーなグライダーを持って、自由に空へ駆け上がる飛行を実現したいと思いました。
中航連の方々にweb上をお借りして、お礼申し上げます。
中澤愛一郎/山本俊平
2002年5月6日
今回の合宿は大成功。浜北滑空場経由で全機無事戻ってきました。


左−3722おかえりぃー 右−00CNおつかれぇー


左−2343ごくろうさま 右−2123がんばったねぇー


左−賑わいを取り戻した大利根 右−飛騨にてJMGC会員記念撮影
(by スダチ)
2002年5月5日
みんな飛騨に行ってしまったのでAFJさんや個人オーナーの機体が数機残るのみ、閑散としている大利根です。でも、明日からはまた賑やかになるでしょう。


(by スダチ)
2002年5月5日(飛騨合宿近況)
今回の合宿は中部航空連盟さんと一緒です。


左−朝靄が残る、朝一の飛行場 右−トレーラーを運ぶ中航連のメンバー


左−飛行前のブリーフィング 右−中航連のエースパイロットを発見?
(by スダチ)
2002年5月4日(飛騨合宿近況)
朝から雨がパラつき、雲底も低くて飛べません。そこで気分一新高山観光に行ってきました。


高山の町を散策するJMGCメンバー、お揃いのジャンバーはちょっと変か?


夜は囲炉裏を囲んで飛行談義?。中国語講座に走る面々も!。
(by スダチ)
2002年5月3日(飛騨合宿近況)
飛騨合宿2日目、朝方曇っていた空も9時頃には青空がのぞき、モーター組は福井・富山・松本空港を往復。飛行機組は、但馬・八尾・名古屋空港へ遊びに行っていました。


宿泊している四反田旅館は、とても風情のある旅館です。


左−松本から飛騨への途中、乗鞍岳を南側から。
右−オーナーの関係者を乗せて、ご満悦のI教官。
(by スダチ)
2002年5月2日(飛騨合宿近況)


今日は絶好の好天、いよいよ飛騨合宿に向けて出発です。


2時間弱で飛騨エアパークに到着、花の咲き乱れる綺麗な空港です。


槍ヶ岳でグライダーを空撮。
(by スダチ)
2002年5月1日


飛騨合宿出発は、目的地悪天のため翌日に延期となり、大利根で飛んでいました。
(by スダチ)
2002年4月29日

スーパーディモナは、オーナーの御好意によりクラブ員にも解放されました。
まずは、教官クラスへのブリーフィングが始まったところ、クラブ員がピラニアの様に集まってきて、耳をそばだてています。
2002年4月28日

増田君がパラシュートジャンプのパイロットとしてデビューしました。
2002年4月27日

スーパーディモナが無事に耐空検査を終了しフライト開始しました。
美しい飛行姿の動画がフォト&ビデオライブラリにありますのでご覧下さい。
2002年4月26日

パラシュート・ジャンプが大利根で始まりました。

大利根にスーパーディモナが入りました。
2002年4月6日


大利根に新機種が入りました。
Grob Twin Astir Trainer "SL"です。
地面に置いてあって翼端が地面についているのにエンジンパイロンが地面に垂直なのは「セルフレベリング機能」のおかげです。
何の役に立つ機能なのかは永遠の謎です。
・・・・・というのは冗談で、先日お知らせしたテレビ朝日系列で5/17放送予定の運命のダダダダ〜ン!(10,000m(が正しいらしい)の天使)の収録風景です。
2002年4月4日


先週から大利根飛行場は、オープンスタジオ状態です。
先週は、TV東京 「ドライブ A GOGO!」(4/14 1800-放映)
今週は、日本テレビ「特命リサーチ200X」(コリジョン コースの謎) (5/5 20:00-放映予定)
更に、4/6にはテレビ朝日「運命のダダダダ〜ン!」(1000mの天使)(放映日 未定)
の収録に使われています。
2002年3月24日

昨年11月下旬のことでした。
愛「今日、ヘンな若ぞーが飛行場に現れたんだぜ。今、JALの関連会社で整備の仕事をしているんだけど、一機まるごと見られる仕事をしたいんだとさ。給料はいらないから、仕事しに来てもいいかって言うんだ」
職員一同「ヘンな奴ゥ」
変な奴らに「ヘンな奴」と言われたのが、この斉藤篤君21歳です。去年の11月以降、3〜4回同じように大利根に現れていましたが、このあいだとうとう、
愛「そんなら、来てみれば。しばらく整備のみんなとやってみろや」
ということで、現在のところは職員でもなければアルバイトでもない、整備の仲間が増えました。“JAL航空機整備成田”という大会社に勤めていたのに、今はまったくのフリー。
「オレ、かなりマイペースなんで、後ろから急かされたりラジオ体操なんかがあるデカイ会社は、どうも性に合わないんスよ。で、しばらく好きに生きてみようかなって」
JMGCのことは前から知っていて、成田への通勤途中に時々立ち寄ったりしていたそうです。竜ヶ崎にも阿見にも行ってみたけどJMGCのアットホームな感じがいいかな、ということで仲間になり、現在飯塚君を手伝ってグライダーを運んだり、大曽根君を手伝ってJA4119の塗装剥がしなどをしています。将来は飛行機の操縦もしたいし、自分の機体も持ちたいと言っています。 クラブ員の皆さんも、彼を見かけたら声をかけて下さいね。
2002年3月15日

単座クラブの皆さん、お待たせしました。
三田さんがRF4D JA2110の修理に取りかかりました。
2002年3月14日


米田洋氏は本日、平成14年3月14日、16年ぶりに単座のグライダーに復帰しました。
2回、大利根で飛び、それぞれ1時間ほど飛行しました。
2002年3月12日


大利根でパラシュートの試験が始まりました。
平岡さんと私は寒さに震えながら、飛んでいます。
(けっこう、楽しいです。)
今日は開かなかったパラシュートが1つありました。
2002年3月3日
今日は関宿近況です・・・
JMGCによるウィンチ体験会が関宿のソアサプライの河村さんのご協力で行われました。


やかんとポットを下げて・・・・とてもヒコーキで来たとは思えません(笑)

なんとモーターグライダーでマイクミッションが出来るようになってしまいました。スピーカーがランディングギアについています。
2002年3月2日
今日は妻沼近況です・・・
全日本学生航空選手権大会の開会式兼妻沼グライダーフェスタが妻沼で開かれました


会場に展示されていたビンテージグライダー。左がミニモア、右がファウベル。



競技参加機の中には尾翼に必勝祈願(?)のマークをつけているチームもあります。3番目のは「先行者」

かつてJMGCで教官をされていた加藤さんによるアクロ
2002年2月25日
リベレの改造作業の進行状況など・・・


ハンドラダーとウィングレットが付きました

8月からJMGCへドイツのアカフリークから研修に来る、マリア・ベイアーちゃんです。
こうご期待!!!!
2002年2月16日

阿曽さんがグローブで初ソロに出ました。
おめでとうございます。\(^o^)/
2002年2月9日

クラブのオリジナルウィンドブレーカーが出来ました。
とても暖かいですよ。
2002年2月1日

大利根でグライダーを始めたクラブ員で今日ファースト・ソロが出ました。
今までは、なんらかのライサンサーだったり、どこかで経験のある方がそれぞれにソロに出ていましたが、今日、大利根でグライダーを始めた方がソロに出ました。
青木孝之氏 モーター20時間 グライダー27回目でした。
2002年1月27日

01/24に新品のワコーが来ました。

01/25にG109B JA2351がデザインも一新されて戻ってきました。
2002年1月14日

往年の名機萩原式H-23Cを飛ばしました。クラブ員が交代で乗ってビンテージグライダーの乗り味を楽しみました。
2002年1月12日

WINPALに納品するプハッチが完成して試験飛行とフェリーを行いました。
2002年1月11日

モールがほぼ組み上がりました。