大利根近況

不定期ですが大利根飛行場やJMGCのトピックスをお伝えします。

<< 「面白可笑しく」という編集方針のため、ウソ・大げさ・まぎらわしい情報が混じることがあります。その辺は差し引いてお読み下さい。特に(by スダチ)のサインがあるものに付いてはご注意下さい。 >>

バックナンバー
2004年3月27日()〜28日() 晴れ 南より10kt R/W25一時07 

 この週末の天気は快晴で、雲がほとんど出ませんでした。しかし、グライダーは一杯出て飛んでました。

 生憎のブルーサーマルで、トップは3〜4000ft程度だったようです。


左> 曳航待ちのグライダー。
右> 「今日も一杯、飛びましたね。」飛行談義?
(by スダチ)

2004年3月25日(木) 曇り一時雨 北東5kt R/W07 

 今週は天気が悪くて雨が続いてます。

 22日(月)から4日間のパラジャン合宿に来ていた某大学の学生さん達は、結局24日(水)の午前中しか飛ぶことが出来なくて、6フライトに終わりました。残念でしたね。

 一方、韓国からグライダーの集中トレーニングに見えられた韓 相吉(ハン サンギル)氏の練習許可証が昨日発行されました。
 前回の金さんに続き、今回も新東京空港事務所総務課庶務係さんには、非常に早い仕事をしていただきました。
 まあ出来れば、教官同乗での練習や操縦体験フライトは、米国と同様に、身体検査や練習許可証なしで自由に出来る様になって欲しい物ですが。

 さてその韓さんですが、本日早くも初ソロに出ました。

 韓さん、おめでとうございます。


左> 届いた練習許可証を持つ、韓さん。
右> 初ソロファイナルの韓さん。22本目のフライトだったそうです。


 ちなみに、韓さんは大韓航空でB747を飛ばすキャプテンです。
 29日まで滞在し、韓国での飛行機からグライダー免許書換に必要なレーティング、単独滑空2時間の経験を目指すそうです。あと1時間50分?

 同僚の朴さん、JMGCスタッフ、応援の櫻井君と一緒に記念撮影。





 滑走の反対端では、ジェットを飛ばしてました。今回はミラージュ2000だそうで、スモーク装置付きでした。

 
 イヤー、こうして見ると実機と間違えそう?


左> 三人掛かりで運んでいました、やっぱり大きいですね。値段もスゴイです。200マンエン。ワーオ。
右> 最高時速300kmオーバー。曇り空なのでスモークが目だたないのが残念でした。
(by スダチ)

2004年3月21日()
番外富士川近況
 曇り R/W18 視程10キロ以上

 高田です。

今日は関宿遠征日帰りグライダー合宿が行われていましたが、大利根留守番組の何人かはweb masterのムーニーで来月から工事のために一年ほど閉鎖になるという富士川滑空場に行ってきました。
クルーはwebマスター高田とJA3612メンバーの小橘田さんと武者先生&杉浦さん。
実は前者3名はみな同じ千葉大のOBと言うことで臨時千葉大OB会大利根支部がここに結成されました。(笑)

左> 富士川ショートファイナル。
右> 富士川にて臨時千葉大OB会大利根支部の面々。

帰りは相模湾を横断して横須賀からうみほたるを経由して千葉に上陸。
臨時OB会大利根支部は空から母校訪問となりました。

左> 千葉大医学部(武者先生出身)
右> 千葉大本校(小橘田、高田出身)

[写真提供:千葉県民の杉浦さん]


関宿編は山本教官のレポートです。


山本です。

本日の関宿便りです。


今日は、関宿G合宿でした。
8時にショーアップ(眠いってば!)8時半離陸が霧のために一時間ずれ込み10時に離陸と相成りました。
そもそもこの合宿は、現在JMGCで耐空検査の準備作業を行っているJA3272の代わりに関宿に曳航機を貸し出す事から物語はスタートします。

3月20日よりSSK(韓国滑空協会)の韓(はんさん)が集中トレーニングの為にJMGCにいらっしゃいました。約1週間でSOLO 2時間が目標です。

・・・・・曳航機は何処???


今日の関宿合宿です。
曳航機に韓さんと平岡さん + プハッチに藤沼さんと山本で関宿へ出発!!
関宿に着くとすでに数機が曳航準備を終えて曳航機を待っています。
以後・・・・・41発 ノンストップ 
常に5機を割らないグリット・・いや〜シーズンなんですね!

ソアリングは、「飽きちゃうから・・・」という私、山本も一回降りたら1時間待ちを考えると思わず回ってしまいました。(回ってると落ち着くんですよね〜(笑)(c)井上)

結局、韓さん2回(1+05) + (0+15) 藤沼さん1回 1+05 +空輸桜井君 1回 の4回しか飛べませんでした。

途中、桜井君は、自らJA2351で関宿に飛来・・・フライトを終えた藤沼さんが機体を大利根に空輸・・・・スタッフも気をつけないと出番がなくなりそうです。

大利根には、みな日没寸前に帰着・・夜は、若林さんが仕入れてくれた「佐渡」直送のブリを朴さんが調理・・・・「チョコチジャン」で韓国風サシミで大利根の夜は暮れたのであります。

以上


左> さあ出発です。 平岡さんと韓さん
右> 降りたら大変


左> パクさん料理も出来ます。
右> 順番はいつ・・・


2004年3月19日(金) 晴れ 東より5〜10kt R/W07 

 スダチです。
 明日(20日)の天気予報が悪いので、今日の内に飛べないかと思い大利根に行って来ました。

 午前11時頃大利根に着くと、東よりの冷たい風が吹いておりグライダーの条件はあまり良くなさそう。どうしようかと悩みました。
 周り見回すと他にはクラブ員が1人しか来て居らず、確か定休日は木曜日のハズのNさんがラジコンを飛ばしていました。もしかしてサボリ? (^o^;
 本日のご予定を聞くとプハッチで飛ぶというので、お願いして一緒に乗せて戴きました。

 金子さんに曳航していただき11時55分離陸。トップは4300ftで2時間のフライトでした。
 たまには二人で色々話しながら飛ぶのも楽しいですね。

 プハッチで飛んでいる間に、もうひとりクラブ員が来たようでグローブで練習していましたが、降りた時には既に帰ったあとで、どなたか判りませんでした。
 入れ替わりに島根さんとDr.阿部がやって来て、グローブでJOYフライトしていました。


左> お隣のニッソウさんが、恒例となった菜の花を道路脇に植え始めました。いよいよ春間近といった感じです。
右> Nさんに、プハッチ後席に乗せていただきました。


 先日、大利根で取材していったスカイスポーツ誌が送られて来たそうで、見せていただきました。

 取材されていたアーチャーのグループと、ディスカスのグループが乗っています。

 発売日は23日頃と聞いていたのですが早いですね。もう店頭に並んでいるのかな?
 スダチも買いに行かなくては。


(by スダチ)

2004年3月15日(月) 晴れ 04008kt R/W07 視程30キロ

 寺田です。

 いつものように月曜日はJMGCの定休日ですが、今日も飛びました。

 本日はデリバリーサービスです。
 大利根で運航しているASK-13を、レンタルのため関宿までフェリーしました。
 そして帰りは関宿のスーパーカブを耐空検査のため大利根にフェリーしました。


左> 関宿に到着してJA3272を受領したところ。右端にフェリーしたグライダー。
右> 大利根に帰投中、JA4097から空撮。パイロットは金子さん。
[原文・画像提供 寺田氏]



 中澤です。

 一部には「もう売ってしまった」だとか、「捨てた」だとかとうわさが飛び交っているRF4Dですが、写真のようにコンテナーに収容され、今日出航したとのことです。

[原文・画像提供 中澤氏](編集・代理アップ by スダチ)

2004年3月14日()Ver2 晴れ 西のち南より5〜10kt R/W25

 いよいよ春が近づいて来たようです。日中はだいぶ暖かくなって来ました。
 この陽気に誘われてか、この週末は大勢のクラブ員で賑わいました。

 日曜日、大利根の曳航機カブは、午前中は氏家の滑空場へお手伝いに行ってしまいました。
 大利根では、モグラや飛行機が飛んでいましたが、サーマルがポコポコあってグライダーの条件は良さそう。曳航機が帰ってきたら急いで上げてもらおうと、滑走路の端にはグライダーが並べられました。

 午後1時ちょっと前、帰って来た曳航機のパイロットに休む権利は与えられず。「さっさと全機上に上げろ」と、ヤンター・ASK13・プハッチのパイロットの目が殺気立っていました。
 なぜならこの時、大利根の南にはとても美味しそうなクラウドストリートが東西に延びていたのです。


左> 初めてK6eに乗った前田さん。
右> いつもは飛行機の田山さんもサーマルを初体験?  [画像提供 遠藤氏]

 コンバージェンス性のクラウドストリートはゆっくりと北上して、夕方に掛けて大利根の上空を通過して衰弱しました。トップは1600〜1800m(5000〜6000ft)程で、途中から上がったK6eも含めて4機のグライダーがとても楽しい一時を過ごしました。
 なお、単座のヤンターとK6eは少し長めに飛んでいましたが、プハッチとASK13は体験・訓練待ちの方も多かったので、時間になるとわざと沈下帯を探したりスポイラーを全開にして高度落として帰ってきていました。

 この日、曳航機カブは大忙し。氏家を含めて39発の曳航をこなしたそうで、お疲れ様でした。


左> ショートランディングするプハッチ。 [画像提供 遠藤氏]
右> クラブ員有志より風向風速計の寄付がありました。 [画像提供 増田氏]

(ここまで by スダチ)



 山本です。
 JMGC飛行場班からのご案内です。
 今をさかのぼること8年前、JMGCにはモグラRF4Dを中心とする「単座クラブ」という一団がおったそうな・・・
 その有志により作成された「RF4Dトレーナー」がJA2110の復帰となる2004年春にリバイバルすることになりました。
 是非、この機会に一枚如何でしょうか?

 サイズ M・L・LL
  色  紺・白・グレーの3色
 日本製
 価格は、¥4,000
 3月21日締め切り、お渡しは3月末頃・・代金引換でお願いします。

 なお注文は、飛行場で山本へ直接または メールにて。


左から、桜井君(L)紺、金子教官(LL)グレー、由香ちゃん(M)白。一番右、前田さんのは8年前のオリジナル。

[原文・画像 山本氏](編集・代理アップ by スダチ)

2004年3月某日 番外、アメリカ報告?

 中澤です。

 最近の大利根近況は、やれドイツだ、やれオーストラリアだ、やれシアトルだ、カブクラフターだと冗談で書きましたが、本当にシアトルとロスアンジェルスに行くことになってしまいました。
 と言うのは、仕事の面で付き合いがあり、そのうち友人になった高嶋氏が自動車事故で亡くなってしまい、彼へのお別れと、仕事の面の整理で急遽、シアトルとロスアンジェルスに行ってきました。

 ついでと言ってはなんですが、高嶋氏が呼んでくれたんだと思い、シアトルではケンモアー社とヤキマにあるカブクラフター社へ行ってきました。



 ケンモアー社は米田氏のグライダー仲間でボーイングへ行っている阪口氏に案内してもらいました。
 ケンモアー社は、水上機だけで、スケジュール・:フライトと水上機の訓練をしています。(ちなみに、ここのパイロットに大利根の飛行機を見せたところ、地面に接触している黒いわっかはなんだと聞かれました。ここの人は車輪を見たことが無いようです。ウソです。)
 さっそく、ビーバーで3回ほど離着水をしました。


< 写真 ケンモアー社にて >



 シアトルから約3時間のドライブでヤキマのカブクラフター社へも行ってきました。


左> カブの新しい計器板
右> スキーを履いたカブ

 ジム・リッチモンド社長に案内してもらいましたが、その内「日本の若い女性が働いているよ」と言っていました。内心「ウッソダー」と思っていましたが、正真正銘のうら若き日本女性がスタッフとして働いていました。FAAへ提出する技術書類や資料を作っているとのことでした。
 大分出身の、太田磨奈巳さんとおっしゃいます。
「後席の操縦桿をもうすこしましな形にしようとおもっているんですよ」
「前席が大きなひとで、座席を後ろに下げると、後席の操縦桿が前席の背もたれに触りますよね」なんて話しを異国で、日本語で話しをするなんて思っても見ませんでした。夜、楽しく食事をしました。


左> フロートを履いたPA12
右> カブクラフターで働く太田磨奈巳(まなみ)さん

[原文・画像 中澤氏](代理アップ by スダチ)

2004年3月12日(金) 曇り  視程15キロ BKN030 WIND 09006kt R/W07

 本日は江原さんの自家用(滑)動力の実地試験でした。
 朝のうちは雨が降っており天候が危ぶまれましたが、なんとか1日もちこたえてくれました。
 そして試験は淡々と進み、見事合格でした。

 おめでとうございます!。


左> ナビ出発します。試験官もショルダーハーネスして下さい。
右> 撮りまぁーす。担当教官も一緒に入ってください。

[原文・画像提供 寺田氏](編集・代理アップ by スダチ)

2004年3月某日

 スロベニアのAMS社より、比較的安価な自力発航タイプのモーターグライダー「APISシリーズ」の案内が届きましたので紹介します。
 なお、pdfファイル(1,758K)ですので、閲覧にはアクロバットリーダーが必要となります。

(代理アップ by スダチ)

2004年3月8日(月) 晴れ 西より10〜20kt R/W25

 月曜日。JMGCは休みのハズですが、金子さん達がディスカスで飛んでいました。

 スダチも、またまた大利根グライダー無線社用機でフライトさせてもらいました。
 少々西風が強く揺れたものの、良い天気で視程もバッチリだったのですが、大利根−鹿島−水戸−小山と回っていくと、筑波山を越えて小山に近づいたところで急に西風が強くなり、地上の澤田さんからも横風が強いというアドバイスを戴き、当初の小山へ降りる予定は中止してダイレクトに大利根へ帰りました。
 大利根でもコンタクトしたところ「西風が20ktを超えた」と言われましたが、着陸する頃にはちょうど止み間となりラッキーでした。


左> 対岸に出来た新鉄塔。旧鉄塔と比べると可成り高く見えますね。コーション
右> ファルケで茨城県大洋村の海岸線を北上。
(by スダチ)

2004年3月7日() 晴れ 北西風10ktのち20kt R/W25

 遠藤です。

 日曜日はグローブ2351で、近藤さんとエンジンカットで6700ftまで上がりました。
 プラスは2〜4m/sでした。
 北西の風が強めでしたが、午前中から昼過ぎまでは良い条件でした。午後1時半頃には、弱い前線が通過して風がさらに強くなったのでモグラ・グライダーの飛行は中止になりました。
 プハッチは、氏家へ出張していた曳航機の帰りが強風吹き出しの直前となったため上がり損ねました。


左> 小林牧場上空より、大利根-安食-成田方面を望む。
右> 同、牛久-佐貫-筑波山方面を望む。
[原文・画像提供 遠藤氏](編集・代理アップ by スダチ)

2004年3月某日

 ネタが無いーぃ。




 以前、大利根で撮影していった女性ファッション雑誌が発売されたそうです。



[画像提供 匿名希望]



 

左> そんな細いハイヒールで上がったら、G109の翼に穴が開きそう。(^o^;
右> 当たり前ですが、飛行機が全然目立ちません。
(by スダチ)

2004年2月29日() 曇り 風 250度 10kt R/W25

 タカダです。


今日の大利根デリバリーサービスは板倉組と混成チームです。
板倉から主翼の桁点検のためにDuo Discusをフェリーしてきました。
代わりのグライダーは要らないみたいですね・・・・・

夜は指定養成0期の卒業式が取手のパペエテで行われました。

卒業の感想を述べる平林さん

卒業証書を授与する愛さん(写真をクリックすると卒業証書を作っているところのどたばたが見えます。当日の午後6時過ぎです(笑))



最後に全員で記念写真

2004年2月25日(水) 曇りのち晴れ ほぼ無風 視程30km RW25/07

 寺田です。

<<< フェリー編 >>>
 韮崎航空協会のSF34Bを空輸しました。
 大気静穏で笹子峠も雲がなく、絶好のフェリー日和でした。
 SF34BをJMGCでゲルコートを塗り替え作業の間、大利根で使っていたASK-13を貸し出していました。今回ピカピカになった機体をフェリー納品し、預けていた-13を引き取ったものです。
 名付けて「大利根デリバリー・サービス」整備・修理中は代わりのグライダーをお貸しします。(笑)


左> 「大利根デリバリーサービス、出発します」[画像提供 平岡氏]
右> 東京都心上空を横切り、山梨を目指して曳航中です。


左> 双葉滑空場へお届けにあがりました。[画像提供 平岡氏]
右> 本日のデリバリー・スタッフはこの3人です。

<<< 飛行場編 >>>
・木村さんのシュワイツァー1−26は、分解してトレーラーに仕舞うことになりました。
 間もなく耐空検査が切れるためですが、この後いろいろと楽しい計画を考えているようです。


左> オーナーが飛び納めをしていました。。
右> 分解を見ていましたが、胴体内部のセミ・モノコック構造がよく分かりました。

・富士重工のスーパーディモナが出てきました。そろそろ次の実験が始まるのでしょうか。


 整備の担当は秋永さん、大曽根さん。

 
 画像はありませんが、
・加藤さんはTCAの練習のため、後輩の山本さんとG109で成田を周ってきました。
・桜井さんは、G109で初の右席訓練をしていました。

<<< 整備編 >>>
 JMGCの整備陣はそれぞれの作業を担当しています。
 今日の作業を紹介します。


左> 三田さん。SZD-55の修理とG102のTCD(改造)をしています。
右> 斉藤さん。SF34Bが終わり、次はASK23のリペイント。


左> マークさん、H36の修理中です。
右> 金子さん、デスクワーク。整備関連の書類を作っています。

 飯塚さん。DG505MBの耐空検査、SBの改修。(関宿へ出かけて画像がありませんでした、また後日)

[原文・画像提供 寺田氏](編集・代理アップ by スダチ)

2004年2月24日(火) 晴れのち曇り 風弱し 視程10〜20km R/W25一時07

 スダチです。

 本日、大利根では濱口さんの滑空機実地試験が行われ、無事合格しました。

 九州出身の濱口さんは、北海道の大学で航空部に在籍。
 卒業後は大阪へ就職したのに、関東の大利根へ通う遠距離通勤?のクラブ員です。

 大変でしたね。



 担当教官と試験官に挟まれて。

 合格おめでとうぉーーー。

 [画像提供 遠藤氏]
 

左> オーラル(口頭試問)が終わり、実技待ちの一コマ。
右> 試験官に試験空域の説明?[画像提供 寺田氏]。
 
(by スダチ)

2004年2月22日() 晴れ 西より5kt→南西20〜30kt 視程10km R/W25

 スダチです。

 午後から強風の予報が出ていましたが、予想より早く10時半頃より風が強くなり、準備を始めていたグライダーは中止。お昼前にはモグラも飛行機も飛ぶのをやめました。

・小山から澤田さんと平岡さんがファルケでやって来ました。澤田さんは修理の終わったDG505に愛さんと乗って領収フライト?していました。
 ちなみに、この頃から風が強くなり、離陸して数百ft上昇した機体は、下から見ていると止まっている様でした。



・昨日気が付いた鉄塔を見に行ってきました。
 「印旛機上通信用鉄塔設置工事」だそうで、現在建っている灰色鉄塔の更新だそうです。心配した送電線が大利根飛行場を横切る様なことはないそうです。
 完成時の高さは、避雷針まで入れて70m(約200ft)だそうで、この高さなら飛行には影響なさそうですね。
 ただ、来年度には、現在の灰色鉄塔についているパラボラアンテナを新鉄塔に移設するそうです。ラジコンをしている皆さんは、あのパラボラアンテナの軸線上にラジコンが行くと、コントロール不能になると言ってましたから、ちょっと心配かも知れませんね。

(by スダチ)

2004年2月21日() 曇り一時晴れ 南西5kt 視程5〜10km R/W25

 スダチです。

 暖かく穏やかな日でしたが、午前中は視程が悪くてシーリングも2500ft程と、飛んでいると他機の位置が気になって仕方ない日でした。

 火曜日に続いて、本日も、某スカイスポーツ紙の取材があり、飛行機の共同オーナーグループが取材を受けていました。3月23日頃発売の号に乗るそうです。


左> まずはクラブハウスで取材。
右> 空撮するため、打ち合わせ中。

 大利根の対岸。ショートダウンウインドの内側に何やらイヤな物を発見しました。
 建築中の鉄塔の様ですが、根本の太さから想像するに完成時には相当な高さになりそうです。送電線の鉄塔じゃないと良いのですが?


左> イヤなものを発見。
右> なんの鉄塔でしょうか? 「送電線かなぁー?」
(by スダチ)

2004年2月19日(木) 晴れ時々曇り 視程20キロ WIND20008kt R/W25

 寺田です。

 あたたかく穏やかで、春のような1日でした。

 山本教官は、来週実地受験予定の江原さんのナビ訓練で、福島を往復してきました。
 視程があまりよくなくて、いい訓練になったそうです。

 ライセンサーは、島根さんと宮崎さんがそれぞれG109Bで飛んでいました。

 グライダーは、韮崎航空協会のSF34Bが耐空検査を終了しました。来週「大利根→韮崎」間の空輸作戦を行うそうです。
 エンジン調整の終わったDG505も何度か飛んでいました。


左> SF34Bの後席は、作業を担当した斉藤さん。ぴかぴかの機体で嬉しそう。
右> DG505M「エンジン調子いいみたい、じゃあ飛ぼうか」
(編集・代理アップ by スダチ)

2004年2月17日(火) 晴れ 北より3ktのち南西15kt 視程10km R/W25

 スダチです。
 この日、某スカイスポーツ紙の取材があるというので、夜勤明けで飛行場に直行しました。
 詳細は来月発売の季刊誌に譲りますが、大利根にグライダーを置いている、共同オーナーグループ3人が取材されていました。

 火曜日と言うことでJMGCはお休み。取材とは言え3人で機体を組立格納し、しかも飛ばすとなると曳航パイロットの手配とか普通は悩むところですが、このグループは3人共、曳航パイロットも出来るので心配なし、しかも二人は教官だし。ちょっと贅沢なグループです。


左> オーナー全員、機体の前に並んで。
右> 離陸するシーンも、一枚取りますねぇー。
(by スダチ)

2004年2月14日()番外RJSS近況 晴れ R/W30

長野滑空場がお休みなので磯谷さんが長野のクラブ員をつれて遊びに来ていました。
増田さんがJA3722に乗せてあげて仙台のナイトフライトとしゃれ込んだそうです。


(バレンタインデーに男4人で夜間飛行かよ・・・・web master独り言)

web masterの独り言に突込みが入りました。

 このweb masterと、バレンタインデーに男2人で、ロスのダウンタウンを夜間飛行して、高層ビルのハート型のイルミネーションを眺めたことがあった気がする。


2004年2月12日(木) 晴れ 北西風 5kt 視程15キロ R/W25

 チョット視程が悪かったですが、夏に比べれば大したことはありませんでした。
 休日後の平日とあってか、大利根はガラガラでした。

・東ヘリより、栃木の方へ行く途中のヘリコプターが寄ってくれました。3人乗りだそうです。


左> お隣の事業用パイロットのHさん、今日のお仕事はチョーク作り?
右> タービンエンジンのシュバイツァー333。
(by スダチ)

2004年2月11日() 晴れ 風 VRB3kt 視程50キロ R/W07

 建国記念日。穏やかで良い天気でした。
 午後からはプラスもあって、グライダーも浮いていました。

・関宿からは、モーターグライダーで「翼受け台」を買いに来た方が居ました。


左> 翼受け台を買いに飛んできたモグラ。お買い上げありがとうございましたぁー。
右> ラジコンの皆さんも、飛ばしていました。
(by スダチ)

2004年2月9日(月) 晴れのち曇り WIND 28010 視程50キロ R/W25

 寺田です。

 9日、平林さんの滑空機動力の実地試験があり、見事合格されました。
 おめでとうございます。


左> 同期の木村さんが応援に駆けつけてくれました。受験生にプレッシャーを与えないよう、こっそり写真を撮っています。ちょっと怪しい。
右> ボードに「合格!」の文字



 心から喜びを表現する担当教官と受験生。




 平林さん、長かったですね。本当におめでとうございます。
(代理アップ by スダチ)

2004年2月8日() 晴れ 視程50キロ  R/W25

・昨日福島から引き上げてきた3444が新工場に到着しました。
左は三田さんお手製翼受け台



由香ちゃんがやっているパラジャンの空撮に挑戦しました。
イグジットの瞬間を見事ゲット




2004年2月7日() 晴れ時々曇り 視程50キロ WIND30012→VRB03→23012 R/W25

 寺田です。

 土曜日ですが朝からクラブメンバーがそこそこ集まり、2機のグローブは飛びっぱなしでした。
 山本さんをはじめ整備陣が福島へ出かけ、パラシュートジャンプで愛さんはそちらに貼り付け。飛行場要員が手薄なのでお手伝いに集中していました。

・パラシュートジャンプがありました。風で一時待機しましたが10回行われました。
明日も行われる予定です。

・グライダーのフライトもありました。相沢さんがW20で関宿を往復してきました。プ ハッチも飛んでいました。

・JA3612セスナ150はオーナーの皆さんが楽しそうに飛んでいました。

・昨日福島へ出かけた3722は、本日16:30に無事帰ってきました。



 中澤です。

 昨晩、福島へ合流した、三田、斉藤、垣内、山本は秋永、大曽根の案内で温泉だとか。
一夜明けた今朝は一面の銀世界。やっとの思いで格納庫に着くと、さすがに格納庫は暖房されていたとか。
 気心の知れた塚本運輸の「青山さん」が運転の10tユニックも到着、分解作業が始まりました。
 案に相違して、お昼頃には終わると思っていたのですが、全作業が終了したのは、午後4時。
 先程7時に那須高原で食事をしたとのこと。大利根には10時ごろになりそうです。






2004年2月6日(金) 天空不明 風? R/W? 視程 ?km

 中澤です。

 今年に入り、やれドイツだ、やれナロマインだ、やれトクマオールだ、やれシアトルだ(?だれも言ってないって、エッ ヤキマのカブクラフターだなんてだれも言っていないって)
と、近況の記事も国際的ですが、大利根の整備陣はグッと地味に、福島へ行っています。
 秋永と大曽根は2月5日から、そして、今日雪の晴れ間を縫って、垣内、山本が3722を操縦して、三田と斉藤を福島へ送り届けました。(当然、垣内、山本も明日はビーチの分解を手伝います。)
 工場からは、三田が作ったビーチの翼台と胴体の台を積んで、トラックが出発しました。

左:「大利根は晴れてるけど、福島は雪だって。 多分飛んで行けないだろうけ ど、とりあえず準備しておくか」
右:「(現地の秋永整備士から)青空見えてきたって? しょーがないなぁ」と プランを入れる山本さん。だんだん真面目な顔になってくる。

「いってきまーす!」整備陣を後席に嬉しそうな垣内さん。彼はこの先の本 当の天候を知らない。機長の胸のうちはいかほど。



2004年2月3日〜5日番外?、ナロマイン近況、後半まとめて

・3日(火)
 ブルーデー。何処までも青い空が広がっており、サーマルは見えません。
 スダチを始めとしたおじさん達は、ヒヨッてすり鉢の中でプータラ飛んでいましたが、昨日からナロマインに来た若者ふたりは元気に出かけていました。
 1人はドイツから来たナショナルチーム入りを目指しているステファン、ブルーサーマルなんのその300km位は飛んできたようです。
 もう1人の早稲田の学生君も、すり鉢から出てお隣のDUBBO国際空港の上空(9500ft)に行って来たそうです。


 こんなに青い空でした。

 タオルで顔を隠しているのは、ハエが五月蠅いからです。

・4日(水)
 まあまあのクロカン日和との予想が出ました。
 予想されるサーマルトップは9000〜10000ft(対地8000〜9000ft)、雲が出てサーマルの位置が把握しやすく、地上から上空まで風も穏やかで向かい風成分に悩まされることも無いだろうと、ただしサーマルの発生する時間が午後からと、750km以上のロングクロカンには時間が無くて無理かな?

 とっ、言う訳で、スダチと新篠津から来ているKATUYOSHIは500kmトライ(ルートは、南に約110km−北に約170km−また南に約140km−最後にナロマインへ約80kmというジグザグコース)。日本の学生ふたりが50kmトライ(南約60km地点往復)をすることになりました。
 既に500kmを持っている小林教官やステファンは技量アップのため500kmコースを飛び、更にナロマインの超ベテラン二人組がディオディスカスで追いかける展開となりました。

 結果、500km・50kmトライの4名全員がコンプリート。
 遊びで飛んでいたステファンは無線の調子が悪く途中リタイヤ。小林教官は途中で500kmトライの二人を抜いて着陸。ディオディスカスは更に距離を伸ばして750kmほど飛んで来たようでした。


左> 500km飛べたのは、こんな雲でした。。
右> ブッシュファイヤー(焼き畑)から雲が出来る様子。

・5日(木)
 前日よりも更にクロカン日よりとの予想が出て、小林教官とステファンは750kmトライへ。
 残念ながらサーマルの出足が予想より遅れたため、出発も一時間程遅れ、500kmチョット飛んだところで日没タイムアップとなり帰ってきました。
 早稲田の学生さんは前日に続いて、今日は目的地300kmにトライし見事コンプリートでした。

 さて、750km・300kmトライ組がスタートした後。残りのメンツは、本当に条件が良くなるまでダラダラと滑走路脇で待機していました。
 そこへ、何処かのセスナ310が降りてきたので、みんなで「おっ、双発機だ」と着陸をジット見ていました。

 綺麗な着陸でフレアをかけてメインギアが接地したと思ったら、妙に左に傾きだしました。
 あれ、左ギアが畳まれていくぞぉー。ゲッ、ゲッ、事故かぁーと、みんなが騒いだその瞬間。
 ブッブッブォーーン。 エッ、そのタイミングで、パワーを入れられかぁー。

 みごとセスナ310は、ペラを打つ前にゴーアラウンドに成功。
 スゲーもの見せてもらいました。

 その後は大騒ぎとまではいきませんでしたが、中騒ぎがあり、最終的に機体は無事ランディングしました。


左> ダストデビル(つむじ風の大きいの?)、この上にも良い上昇流が出ます。
右> ゴーアラウンド直後の310。左ギアは出て居ますがロックされて無かった。

(by スダチ)

2004年2月2日(月)番外?、タクムオールで銀賞ゲット 晴れ? 風? R/W? 視程?km

 なんとこの時期、もう1人JMGC会員がオーストラリアで飛んでいました。Hさんです。
 Hさんは現在、ナロマインから約500km南のタクムオールで、インゴレナからニンバス4DMで500kmのクロカントレーニングを受けたりしてたそうです。
 もともと、本人はDG800のオーナーで数百キロのクロカンを何度もしているのに、なんとタスクをやったことが無かったとかで、いまさらながら銀賞タスク(50km)にチャレンジ、みごとゲットしたそうです。
 ニンバス3をチェックアウトする腕がありながら、50kmとは、タクムオールのスタッフも呆れていることでしょう。(^^;

 なお、今回の原稿は御自身のML用に書いたものから転用、可成り省略・編集して掲載させて頂きました。m(_ _)m

 今日は初めてのタスクに備えて、朝からいろいろ準備しました。
 タスクそのものは、そんなにむずかしくないと思っていましたが、タスクで飛ぶということが初めてなので、そういう意味でのとまどいがたくさんありまいた。

 たとえば、GPSなどもタスク用にいつもとちがうセッティングをしておかなければなりません。また、飛び方についても、曳航の離脱高度に制限があったり、旋回点を回るときの要領、タクムオールでの出発やゴールのしかたについて、いろいろと教わらなければなりませんでした。

 空の様子はここ数日と同様に(5000〜6000の雲底で、積雲がたくさん出る)、時間と共に雲底が上がるのをじっくり待つことにしました。

 タスクで飛ぶことについては、低く離脱すると、近くでサーマルを見つけられなかった場合、浮いていられなくて、すぐ降りてしまうおそれがありますが、これは上がり直せばいいのでいいとして、タスクの旋回点まで進出した後、帰りの条件が悪くなると、アウトランディングになりかねないので、これが一番心配でした。
 あとは帰りが思いっきり向かい風になるのが気になりましたが、旋回点のオークランヅまで行けるということは、雲底が6千くらいあるはずなので、少なくともベリガンにはすべり込めると思いました。

 離陸するときは、エディー教官が、タスクを飛ぶときは、まっすぐ進むことにこだわらず、回り道になってもいいから、条件のいいところをたどって飛べというアドバイスをくれ、これは実によかったです。

 離陸は昨日の初フライトを踏まえて、特に問題なし。
 オーストラリアの強いサーマルで、曳航中にガシガシもて遊ばれますが、どのくらい舵を使っていいかわかってきたので、場合によってはフルに近いラダーを踏んだりしながら、しっかり機体をコントロールすることができました。

 2000フィート(MSL)あたりで、気流に注意を集中し、プラスに入ったところで離脱。
 幸い、すぐにそれなりのサーマルがあったので、とにかく高度をかせいでいきます。オーストラリアのサーマルのクセは、前日によくわかっていたので、上がりが悪くなったら、すぐに近くをサーチして、さらにサーマルをつなぎ、4000フィートまで上がったところで、スタートを決心しました。

 ここでは高度うんぬんより、直行した2本の滑走路の交点ちゃんとを通過することに、注意を集中しました。
 すぐ次の雲で雲底の5700に上げられましたが、追い風なので、回している間にも前に進め、これですっかり楽になりました。
 雲底まで上げられてからは、インターサーマルで80〜85ノットを出し、ガンガン飛ばしていきました。帰りのことは心配でしたが、中間にアウトランディングできるベリガンがあるので、ここのスリ鉢を意識しながら、どんどん調子よく進んでいけました。

 オークランヅまでは、ちょうどいい感じで雲があり、高度が高くて追い風であることから、ブルーのエリアも迷いなく突っ切れました。
 まあ、ニンバスですから、10キロくらい雲がなくても、失高は千フィート以内で、5500も高度があれば、まったく余裕の範囲なんですけどね。
 追い風に助けられ、あっという間にオークランヅに着いたところでは、旋回点のクリアでミスをしないように、非常に気を使いました。

 街の先にいい積雲が出ていたので、まずは高度を気にせず、しっかり旋回点を飛び越し、そのままその積雲の下にすべり込むようにプランしたところ、機体のGPSが旋回点クリアを表示。もっとも重要なオフィシャルのロガーも、旋回点のオークランヅに代わって、タクムオールを表示したので、目視でも街をしっかり回り込んだことが確認できたこともあり、これで帰投を開始することにしました。

 私にとって、初めての旋回点クリアでした。けっこう感動。

 さて、楽勝だった行きに比べ、帰りはややむずかしくなりました。
 まず、向かい風になったことがひとつ。15ノット以上の風があったので、対地速度は180キロから120キロに落ちました。
 それから、雲のストリートががタクムオールの方に向いておらず、まっすぐ帰るのは困難な状況でした。

 ここでは出発直前のエディー教官の貴重なアドバイスを活かし、帰投を急がずに、のんびり曲がりくねったストリートをたどっていくことにしました。
 また、向かい風が強いことがわかっているので、ややギアを落とし、2メーターくらいでも丹念に拾っていきました。(1メーターだと、上がれても、向かい風で押し戻されてしまうので、それは捨てました。)

 というわけで、ちょっと曲がりくねりながら、保守的に飛んでいきましたが、雲底はさらに上がったので、すぐにベリガンのスリ鉢に入り、こわい思いをすることなく、帰投を続けていけました。

 最後、ベリガンから先は、完全にブルーになっていました。
 地面に強い日射が当たっていることはまちがいないので、ブルーでもそれなりにサーマルがあると思いましたが、ここではタクムオールまで25キロくらいなので、6000以上あれば、向かい風でも十分届くと思い、ここではちょっと手間をかけても、しっかり雲底まで上げました。
 この日最高の6500近くまで上げられたところで、ファイナル・グライドを開始。
 タスクにしばられた後、最後にこのファイナル・グライドをするのが、こんなに気持ちのいいものとは知りませんでした(ちょっとは予想していましたが)。
 むずかしいタスクをコンプリートした満足感を存分に味わえるのが、このファイナル・グライドなんですね。

 予想どおり、ブルーの中にもかなりゴツい上げがありましたが、基本的にすべて無視して、ひたすらまっすぐゴールに突入します。
 最後はまたしっかりと滑走路の交点を通過するように気をつけて、GPSがクリアを表示したときには、かなりの達成感がありました。
 何より、日本の場合は、浮ける場所や時間がけっこう限られているので、タスクよりも自然条件に合わせて飛ぶだけで、けっこういろいろ大変ですが、オーストラリアの場合は、11時から夕方7時くらいで、ほぼ無条件にバリバリ飛び回れるので、タスクのようなものがないと、逆にダラけてつまらなくなってしまいます。

 着陸はまったく問題なし。
 なんにしても、滑走路が長大で、ショルダー・エリアも広大なのは、本当に楽です。

 着陸してすぐロガーを事務所に提出して確認してもらったら、OKとの返事。
 これで銀章の距離課目が正式に達成できました。

 というわけで、初めてタスクというものにトライしてみましたが、無事達成することができたし、その過程で、基本的なノウハウをしっかり身につけることができ、実に意義深い一日でした。

(編集・代理アップ by スダチ)

2004年2月2日(月)番外?、ナロマイン近況スリー 曇り 風弱し R/W? 視程 ?km

 朝、空を見ると残念ながら曇り。くもり。クモリィーー。(予報と違うぞオーストラリアの気象キュクゥー)

 とても、有意義なソアリングは出来そうにないので、関東から来ている学生のNATSUOとダボの町にある動物園へ観光に行くことにしました。


左> 中層曇の下に、ブッシュファイア(焼き畑の為の野火)をトリガーに積雲が発生中。
右> レンタバイクで動物園内を散策。


左> ミーアキャットです。
右> オーストラリア産では無いと思いますが、ラクダも居ました。


左> オーストラリアと言えば定番のカンガルー。
右> そして、この木にはコアラが居るらしいが。


 ナロマインに戻ると、例の農薬散布機のエンジンカウルが開いてました。
 良く見るとプロペラも外してあり、重整備でしょうか?
 ちなみにエンジンは、セスナキャラバンやターボポーターと同じタイプだそうです。



(by スダチ)

2004年2月1日()番外?、ナロマイン近況ツー 晴れ 南西15kt R/W22 視程 100km

 オーストラリアは、いま夏です。
 ナロマインの気温は30℃ちょっと。でも、湿度が低いので思っていたほど暑いとは感じません。むしろすごしやすい日が続いています。

 さて、この日は、前日より風が弱くなったものの15Kt程度とちょっと強め。ときどきサーマルの吸い上げか突風の様な風も吹いてました。
 スダチは午前11時30分に離陸。上がってみると結構ガシガシとゆられ、10ktオーバーの上昇流と下降流が混在してました。そんなで、1時間程飛んでいたら、なんとエアシック(乗り物酔い)に掛かってしまい、しばらくガマンしたものの3時間で降りてきてしまいました。条件としては、これからだったので残念です。

 この日、一番長く飛んでいた方によるとサーマルトップは午後3〜4時頃で9500ftだったそうです。


左> RWY22で待機中。「雲も出て来たし、そろそろ出ようか?」
右> ナロマインの曳航機、ポニー。230馬力?

 上昇流と下降流がすごかったですが、なんと飛行場から数百メートルの所にアウトランディングした機体がいました。
 この機体は、ノーマルにダウンウインドに進入しダウンウインドコールをしていたのに、突然アウトランディングコールをしてきて、みんなビックリしました。
 ベースレグで強烈な下降流に遭遇し高度が急激に低下、滑走路にたどりつけないと判断したそうです。
 目撃していた曳航機のパイロットも、良い判断だと誉めてました。

 ちなみに、アウトランディングの回収に付いていったのは初めてで貴重な体験でした。

左> アウトランディングした畑は、土が結構柔らかでした。
右> 700馬力のタービンエンジンを積んだ農薬散布機(機名不明)

(by スダチ)

2004年2月1日(日) 晴れのち曇り 風南 5knot R/W25 視程 10km以上

 中澤です。

Dr.阿部がやっちゃったとみんなに思われてるビーチ33、JA3444の修理を秋永/大曽根が行うことになり、今日福島に見に行きました。
見事な着陸で、胴体の損傷は大変軽微でした。

Ka-6Eの飛行機曳航レリースの追加工事が完了し、テストフライトを行いました。テストパイロットは由香ちゃんです。(以下は彼女の感想文です)

 寺田です
 久しぶりにKa-6で飛びました。
 飛行機曳航用のノーズレリーズを新たに装備した機体ということでしたが、重心レリーズで曳航されること自体少ないので、特に違和感は感じませんでした。素直に曳航機について行きました。フライング・テールなのでエレベーターがやや敏感ですが、大きな違いはありません。2000ftで離脱し、急旋回や失速を含めたエアワークを少し行いました。夕方で残念ながら上昇気流を拾えませんでしたが、軽くて素直ないい機体です。
 愛さん、オーナーさん、ありがとうございました。


2004年1月31日()番外?、ナロマイン近況 晴れ 南西20kt R/W22 視程 100km

 スダチです。
 実は今、小林教官とオーストラリアはナロマインへ、グライダー乗りに来ています。

 1月29日、成田発シドニー行きに乗ってビックリ。機長のウエルカムアナウンスが何処かで聞いた声、なんとJMGC会員でもあるYさんの声ではありませんか。
 1月30日、シドニーの入国審査場で、並んでいる私達の横を某社の制服を着こなしたYさんは、さっそうと通っていこうとしました。
 聞けば、ほぼ一年ぶりのオーストラリア便だったそうで、何という偶然でしょう。
 その後、私達はシドニーからダボへ空路移動。そしてレンタカーでナロマインへ到着しました。

 1月31日、ナロマインの天気は晴れ、最高気温は30℃ちょっとですごしやすいです。サーマルトップ8400ft。シアウェーブ9000ftまで上がった方もいました。
 私達は初日ということもあり、おとなしくローカルフライトに徹し、すり鉢の中、半径30km程度でやめておきました。
 明日から本番です。

 

 これがナロマイン飛行場です。





 

左> G109Aがナロマインに遊びに来ていました。
右> 泊まっているモーテル、ペッパーコーンです。
(by スダチ)

2004年1月30日(金) 天空不明 風? R/W? 視程 ?km

 中澤です。

JMGCは航空機の商売だけではもはや成り立たず(?)、富士重のFABOTに続いて、こんな自動機械(ロボット)の開発のお手伝いをしています。

空調ダクト内の点検ロボットで、カナダ製のロボットにデジカメやCCDカメラを取付、このロボットを操作する操作盤を三田君が作りました。

クラブ員の川名さんからの注文です。この外には、理科大の鈴木康一先生から時々訳の分からない実験部品の注文を受けます。






2004年1月27日(火) 曇り? 風? R/W? 視程 ?km

 中澤です。

 フライト部門はお休みですが、DG505MB(JA505M)の修理が今日終了しました。


左> テストフライト中の505。
右> 修理を担当した、マーク・斉藤・飯塚。マークと斉藤は機体の修理、飯塚はパワープラントを担当。

<<< ドイツでの話題 >>>
 ドイツでも、このホームページを見ているようです。
 当然写真しか分からないのですが、そこは同じ趣味同士、写真だけでかなりいろいろわかるようです。

 ところが、先日、ある人から連絡が入りました。
「Mr.NAKAZAWA,どうにも気持ちがわるいので連絡をした。
 現在の表紙の写真であるが、なにやら機首に飛行機曳航のレリーズを付けている機体は、どうもKa6Eだとわかる。その左側はかなり古いKa8,一番左側はSF25Cとわかる。
 そのKa8とSF25Cの間の機体がどうしてもわからないのだが、教えてもらえないだろうか」と言う電話がドイツから入りました。

[原文・画像 中澤氏]
(編集・代理アップ by スダチ)

2004年1月25日() 晴れ 北西10kt→南3kt R/W25→07 視程 50km

 この日はグライダーにとってビックデー。そして、盛りだくさんの一日でした。

<<< 小山訪問 >>>
 またまたスダチは、大利根グライダー無線の松永社長と社用機ファルケで北関東を回って来ました。午前10時50分大利根離陸、所々HZ(ヘイズ=煙霧)の濃い空域がありましたが、全般的には北西風が強く、サーマルがボコボコしていました。


左> 乗せてもらっているのに、小山で会った平岡さん聞くまで機番の意味に気がつきませんでした。
右> 美味しそうな雲。筑波山〜加波山を西側から。

 氏家滑空場まで行き、帰りは小山滑空場に降りましたが、周りの空域が好天の中、小山に5nmまで接近したところでHZに突入、予想外に視程が悪くてビックリしました。
 小山では、このHZの性かグライダーを組むのをヒヨッて居る方が多かったようです。(前日の送別会で飲み過ぎた人が多かったという説も聞きました?)
 私達が降りて30分程すると風が出て来てHZも吹き飛とんでコンディションが良くなり、クロカンに出た機体も多かったようです。


左> 今でも滑空性能はピカイチのニンバス2、でも組むのは大変だそうです。
右> 亀の子になったプハッチ。脚を引き込んだの? いいえモグラの穴にはまってしまったのでした。

<<< 相澤さんより >>>
 この頃、大利根では相澤さんが愛機ASW20でフライト。トップ6000FTで、大利根でもクロカンに出ていたそうです。
 以下は、相澤さんよりフライトレポートをいただきましたので紹介します。

 今日飛ぼうと思った理由は、休暇の予定の事情で今日飛ばないと来週、再来週は飛べない可能性が高いためでした。
 天気図や寒気の入り具合、風の様子から、期待できない日ではないけれど飛んでみないとわからない(北西風に起因する対流が大利根上空にまで下りてきて現れるかどうか)ので、朝着いて北西風があるかどうかで機体を組むかどうか決めようと考えておりました。(帰りに床屋に寄らなければいけなかったので、2時半には降りるつもりでした。)

 着いたら北西風がそこそこしっかり吹いていたので、機体を組む事にしました。風がもしやんだり、まいてきたりしたら、それは対流の始まりだと思っていたので、正直なところ背風に苦しみながら25に下りてくる磯谷さんのカブを見ながら「しめしめ」と思っていました。

 離陸は12時19分、打合せでプハッチより先に離陸する事になりました。
 しかし、それから約30分ブレイクするまで粘る羽目になってしまいました。

 途中、牛久沼の野焼きの上に雲が出来、粘りながら「きたきた」・・後から上がってきたプハッチが高い所に留まっているので、「まちがえない」、滑走路のすこし西側でこの日最初のよいリフトにあたり、900mまで上がりました。
 ブルーだった空のそこここに薄い雲のなりかけが出始め、飛行場の北西5km位に現れた雲の下に滑り込みました。そこで一気に1500mまで上がり、飛行場を背に筑波山方向へ進み始めました。

 雲は特管区ギリギリの辺りにほぼ北へも向かって点在しており、霞ケ浦の管制圏の上を通過できればその先に行けると判断し雲を伝って北上しました。途中で、チャートを見ながら自信がなくなって、地上の山本さんに特管区の諸元を問い合わせたりしてしまいましたけれど。

 それからは、北に向かって右に特管区の赤い壁を見ながら雲伝いに楽しく飛びました。阿見の滑走路や霞ケ浦の滑走路も覚えられたし、土浦の町を臨む辺りで時間切れで筑波山までゆくのは諦めて戻りました。

 雲は筑波山の東側にずっと続いており、充分筑波山からその奥の方まで行ける日だったのでちょっと残念でした。つぎには間違えなく行ける自信もつきましたし、帰りの見え方も体験できたのでよかったとおもいます。

 というわけで、距離は伸ばせなかったけれど楽しいフライトでした。



<<< 外国のお客様がいっぱい来られました。 >>>
 愛さんからも投稿をいただきました。

 25日は空から2人、地上から1人の外国からのお客様が見えられました。

 空からの一人は、もう日本人と言っても良い、日本語の読み書きが出来るスティーガーさん。いつもの首輪式の赤いモールで大利根に飛んできました。
 もうひとりは関宿から玉中さんが連れてきた陽気なヤンキーで、玉中さんの仕事のTCAD(衝突予防装置)の会社の方でした。
 この人とスティーガーさんが英語で話していました。スティーガーさんの英語を聞くのは、かなり珍しいことです。

 夕方、美幸ちゃんが、「ネーネーあそこに立っている人、ノースウエストのアランかなー」と言うので、見てみると、いかにも飛行場に入りたそうに駐車場の一番クラブハウスよりで飛行場を見ている人がいたので、「寒いからクラブハウスへどうぞ」と招きました。
 デビットと言うニュージーランドの方で、竜ヶ崎に住み、英語の教師をしているとのこと、飛行時間は350時間、主にセスナ172に乗っている、昨日、竜ヶ崎飛行場にも行って来たが、飛行料金は自国の4倍だと話していました。
 すごく、きまじめな方でした。私がいい加減な英語でしゃべるので、そのたびに丁寧に誤りを直してくれました。(ここらで正確な英語を勉強しなきゃなーーーーと感じているところです。)
 山本が気を利かして、セスナが空いてますよと勧めてくれたこともあって、10分ほどいっしょに飛びました。
 日本に来てから初めてのフライトで2年ぶりだったそうです。
 また、ちょくちょく遊びに来ると言ってました。後席でも空いてましたら、乗せてあげて下さい。
 そのかわり、英語の勉強をさせてくれます。この方は、2年後ぐらいにはニュージーランドに戻りたいとのことで、戻った後には自国で日本語の学校を開きたいとのことです。
 日本語を教えるのも良いかも知れません。



<<< 大利根飛行場の増設 >>>
 続けて、愛さんからです。

 以前の近況にもお知らせしましたが、R/W25側の国土交通省から借りている部分を最大限に活用するため、パラシュートの岩崎さんに相談したところ、こころよく引き受けて頂いた、整地作業が順調に推移しています。
[撮影協力 戸辺氏]
 現状は、25側で離陸する飛行機やモーターグライダーと離陸準備するグライダーが若干狭い思いすることがありました。また着陸ものびてしまい、離陸地点への運搬が大変でした。
 それらを解消するための、整地作業も順調に進んでいます。
 春からは、適度に草が生え、滑走路エンドより150m後ろから離陸できるので、完全に離着陸がパラレルの2本になり、よりスムーズにグライダーの運航が出来るようになります。

 来週中には小林さんのKa6Eも飛行機曳航用のレリーズが取り付けられてお目見えします。
 小山へ行っているスタンダード・リベレも戻ってくるかも知れません。韮崎に行っているASK13も2月中には戻ってきます。Ka8はいつでも運航可能です。
 と言うことは、所有者を考えずに、大利根飛行場で運航可能なグライダーはこの春からは、
  ASK13, Ka8,Ka6E (アレキサンダー・ライン)
  プハッチ、ヤンター・スタンダード(ポーランド・ライン)
  スタンダード・リベレ、ディスカスb、シュワイツァー1-26
 になります。



<<< 日没間近、高度8000ftのプハッチ >>>
 さて、大利根に戻ったスダチも、条件の良さそうな空を見てヤンターを出そうか迷っていましたが出遅れてしまい。午後4時頃になって戸辺さんと、再びファルケを借りて飛び上がりました。
 目的は整地作業の進んだ滑走路端を撮影することだったのですが、午後2時40分頃離陸したプハッチが無線に応答しない、どうもバッテリーアウトの様だということで、上を見たところ、上空を飛ぶプハッチを発見。
 「5000ft位かな?」と追っかけていったところ6000ftで追いつき、ファルケもエンジンを絞っても降下しない。これはと、こちらもエンジンカットして本格的に上昇流を探したところ7300ftまで上がりました。
 しばらく、プハッチとガグルを組んだりして遊びましたが、日没時間がせまり仕方なくダイブを開いて降下しました。
 プハッチは、8000ftまで上がって、2時間10分のフライトだったそうです。


左> プハッチの計器板、8000ftです。[画像提供 遠藤氏]
右> 8000ftから、大利根を望む?。[画像提供 遠藤氏]

(by スダチ)

2004年1月24日() 曇り 南より3kt R/W25 視程 10km

 前日に続いて良い天気を期待したのですが、生憎の曇り空。
 少し北方の空には、青空が見えていたのですが、その青空は大利根までは南下して来なくて、恨めしい天気でした。


 久し振りにセスナに乗るという市川さんの横に乗せてもらいました。

 近々、極秘ミッションを行うのにセスナを使うため、ブラッシュアップだったそうです。
 その時聞いた話ですが「横田基地は、原則として毎月第二金曜日はお休みだ。」と言ってました。

 いっ、一体なにをするの?

(by スダチ)

2004年1月23日(金) 晴れ 南西3kt R/W25 視程 30km

 お昼過ぎ、夜勤明けで大利根を覗いたところ誰も居ませんでしたが、午後2時頃になって鈴木さんがやって来て、プハッチで飛びました。
 午後2時30分の離陸なのに、6300ftまで上がっていました。
 そろそろ関東のグライダーシーズンが到来したようです。


 滞空していた鈴木さんが、仕事の時間になり降りてきた後、M崎さんが後輩を連れてきて体験搭乗させていました。
 カメラを向けるとおどけたポーズをとる先輩に、恥ずかしそうにうつむく後輩さんです。

「こんな先輩の操縦で飛んで大丈夫なの?」心の声が聞こえてきそうです。

(by スダチ)

2004年1月11日〜18日 番外、ドイツ近況?

 中澤です。

 1月某日、某所のスーパーディモナがプロペラの調子が悪いと言ってきました。
 症状は、エンジン始動中、勝手にプロペラがフェザーになってしまうのです。

 プロペラを交換したところ、症状が出ませんでしたので、エンジン側のプロペラ・ガバナーやアキュームレータでは無いことが判明しました。
 日本ではまだこのプロペラは直せないので、製造会社へ送ることにしました。

 その日の晩の帰宅途中「ウーーーン、まてよ、プロペラを担いで、ドイツへ行ってしまえば、プロペラは直るし、経験も積める、秋永は来週はなんとか時間が取れる、その次の週になってしまうと、耐空検査の機体やモールが本格的になってしまう、来週行ってしまうか」と考えてしまいました。

 次の日の朝、秋永にそのことを伝え、その日はドイツでのアポを取りつつ、航空券の手配をしました。

 と言うわけで、思いついてから4日目の日曜日には、秋永とドイツへ向かって出発していました。


<<< 1月12日 ドイツ第1日目 >>>
 MT社に9時に到着、プロペラを運び込みました。
 MT社では、悪い部品を交換すると同時に、分解組み立てをMTの技術者がスーパーバイズしながら秋永が行なうことで、打ち合わせができました。
 午前中に分解、洗浄されたプロペラは午後いっぱいかかって組み立てられました。

 明日(1月13日)は計測を行ないながら最終組み立てを行ない、1月13日でMTは終わるようになりました。
 明日は秋永をMT社へ送り、その足でバンベルグのアイヒェルスドルファー社へ行って、RF4を見てきます。

左> MTプロペラ社で訓練を受ける秋永。
右> 1月13日 夕方に訓練終了。

<<< 1月13日 ドイツ第2日目 >>>
 私は秋永をMT社に降ろした後、レーゲンスブルク、ニュールンベルクを経由してバンベルクのアイヒェルスドルファー社へ行ってきました。

 今月末に出発する RF4 JA2110 に再会してきましたが、真っ白に塗装され、美しく仕上がっていました。
 ここを訪れるのは久しぶり(たぶん7〜8年ぶり)だったのですが、三田君が研修していた当時のオスカーは健在でした。
 K8 の胴体鋼管の塗装がうまくできたと涙ぐんでいたフォーンロッハーの息子も、立派に後継ぎになってきています。
 オスカーは ASK16 を修理していました。どうも、FRP には手を出さず、別の人が FRP をやっています。
 3時頃にはMTへ戻り、秋永と最後のログの記入をしたり、秋永が受けた講習の証明書等が発行されました。 私はちゃっかり、事務のおばさんに頼んで、MT社のトレーナーを手に入れました。


左> 真っ白な2110とハンス・フォーンロッファー氏。
右> RF4D JA2110。

<<< 1月14日 ドイツ第3日目 >>>
 朝8時にシュトラービングを出発、9時30分にはダッハウに着いてしまいました。

 それはそうと、ドイツの天候は着いた日から昨日まで雨ばっかり。
 気温も+3℃〜6℃で、なんだか真冬のドイツではなく、雪はいっさいありませんでした。

 予定より早くシャイベ社に着きました。
 アメリカナイズされ、明るく活気のある、ある意味でビジネスライクなMT社と打って変わって、40年前そのままの建物と中身も同じSF25Cを作っているシャイベ社は、「相変わらず」同じ部屋へ通され、同じメンバーと話し、同じカップでコーヒーが出てきました。

 きっと喜ぶと思い、米田氏より託された富士重のカレンダーを渡したところ、なかのドイツの機体に描かれている「ハーケンクロイツ」を見て、「やれ、色が違う」だの「形がなんかちがうなー」だの挙げ句の果てには「このカレンダーを飾っておくと、刑務所行きか」とか、さんざん30分も社長以下3〜4人で遊んでいました。
 いい会社です。

 「相変わらず」SF25Cを少しずつ手直ししています。
 今回は、後方へスライドする風防でした。初めての秋永は非常に興味深げでした。


左> New SF25C 風防の改良点に注意。
右> 説明を受ける秋永。

 TOST社は、ミュンヘンのド真ん中にあり、素直に行けたためしがありません。
 そこで、ダッハウ(シャイベ社)から電車とタクシーで行くつもりでしたが、シャイベ社のホッファコムは「目をつぶってでも行かれる」と、場所を教えてくれました。
 秋永の右だ左だという指示で、いとも簡単にTOST社に着きました。

 TOST社では、パンを焼いていました。(ウソです。)

 タイヤ、ホイール、レリーズがところ狭しと置いてありました。
一つぐらい持ってこようと思ったのですが、秋永に「今夜のこともあるんだから、ポケットに入れちゃダメ」 と言われてしまいました。(ウソです。)

 いつになく簡単にTOST社へ行かれたのですが、しっかり駐車違反で罰金を払わされてしまいました(15ユーロ 2000円ぐらい)


左> クイズ これはなんでしょう? (シャイベ社で取ってきた写真です)
右> TOST社。

<<< 1月15日 ドイツ第4日目 >>>
 朝から雪になってしまいましたが、ラッキーなことに「ジモピー」の車で移動したので運転しないで済みました。

 日本ではディッテルやベッカーのVHFラジオしかありませんが、そこそこ安価で設計の新しいVHFラジオが売りに出されています。
今日は紹介してくれる友人といっしょに、その会社へ行ってきました。

 帰り道、グローブにも寄りましたが、何もしていない様子でした。


左> 新しいVHFRadio。
右> ドイツJMGCギャング。

<<< 1月16日 ドイツ第5日目 >>>
 今日がビジネスとしての最終日です。
 ディスカスの主翼の不具合の件で、以前連絡を取っていたところ、次の機会にぜひ会いたいとのことだったので、ドイツの友人と共にシェンプ・ヒルトへ行くことにしていました。

 その前に、その近くだからということで、以前シェンプ・ヒルトで主翼の設計、製作を担当していた人が作った会社を見学してきました。
 その会社では、ETA の主翼を作っているのです。ちょうど、モールドから剥がすところだったので、興味深く見てきました。


左> ETAの主翼。
右> シェンプ・ヒルト社の若社長 ティロ・ホリカウス。

 シェンプ・ヒルトのあと、約1時間のドライブで DG へ行きました。
 DG ではパーツの注文だったのですが、係の人と機体を見ながら欲しい部品を説明したり、けっこう時間を取られてしまいました。

 DG が買収した、ウルトラライトの“サイレント”という、スピットファイヤーに似た機体が、小柄で良く飛びそうでした。


左> 良く飛びそうな「サイレント」 DG社で作っています。
右> コメット・トレーラーも良くなっています。


 アルヴィンのところで、友人であるアンドレと落ち合い、マリアのアパートを訪れました。
 彼女はフランクという好青年といっしょに暮らし始めています。
 マリア手作りのサラダとピザの楽しいパーティでした。


左> マリア、フランク、アンドレと。

[原文口述・画像提供 中澤氏][口述筆記 小野寺美幸氏]
(編集・代理アップ by スダチ)

2004年1月18日() 晴れ 南東5kt R/W07 視程 50km

 夜半過ぎまで弱い雪が降っていましたが、予想以上に早く天気が回復し、思いがけない好天となりました。

<LS8>
 長野のLSは、整備のために大利根に来ていましたが、この日、長野滑空協会の方々が取りに来ていました。  すっかり長野の人になった磯谷さんも一緒に来ており、オーナーの御好意により試乗していました。トップは3000ft程度と低いもののサーマルが発生しており、十分滞空可能だったそうです。
 2本目は、長野の山崎さんが飛び約1時間程滞空していましたが、長野に帰る時間が迫っており、早めに降りて来たそうです。


左> LS8のオーナーの1人である山崎さん。
右> 分解してトレーラーへ、この後高速道路で長野へ帰っていきました。


左> 土砂除け作業中のブルと、広がるランウェイエンド。
右> 最近はすっかりラジコンにはまってしまった並木さんの手投げグライダー。
(by スダチ)

2004年1月12日() 曇り 南東5kt R/W07 視程 30km

 くもり、日が差さず、肌寒く感じる一日でした。

 しかし、元気の良いクラブ員がたくさんやって来て飛んでいました。
 特に元気良かったのが萩原さんと中込さん、お二人ともJMGC創設以来のメンバーで、近年は年に一度程のぺースで大利根にやって来て飛んでいらっしゃいます。この日は、直美教官とファルケでローカルフライトを楽しんでいました。


左> JMGCの、のべ会員数は1000名を超えましたが、萩原さんの会員番号は25番だそうです。
右> 同じく会員31番の中込さん、松永さんのファルケで今年の初フライトです。

<本日の外来機>
 今日も沢山の外来機がやって来ました。
 全てを撮ることは出来ませんでしたが、3機ほど紹介します。


左> エェート?、何処からか飛んできたアーチャー?、アロー?、お疲れ様でした。
右> 毎度お馴染み、TCADを搭載した関宿のグローブ。


 こちらも最近、お馴染みになった、日本航空?さんのアーチャー。




(by スダチ)

2004年1月10日() 晴れ 風弱し R/W25 視程 30km

 風が弱く、穏やかな一日でした。

 9時頃大利根に着くと若林さんのターボアローが居ませんでした。八丈島に遊びに行ったそうです。

<パラジャン>
 今週末は三連休。パラジャンの初降下が行われました。
 習志野でも陸自の初降下が行われていたそうですが、この日は視程が良かったので、遠くに習志野へ向かうC-1が良く見えました。
 寒いせいか?、パラジャン組の集まりは悪くて5名。各自4〜5発ジャンプして初飛びは終了しました。明日(11日)以降は一転して風が強い予想なので、今週末のパラジャンは今日だけとなりました。


左> 2004年、大利根での初降下は練習生の方でした。
右> 自分のパラシュートは自分で畳む。開かなかったら自分の責任?

 大利根のパラジャン機はドアを外したセスナなので、パラジャンパイロットも防寒対策が大変です。 今日のパイロットは「久し振りにスキーウェアを着たら縮んでいた」と言い張っていましたが、パイロットが膨らんだと言う説もあります。

<505>
 モーターグライダー505MBが2機飛行場に並んでいました。今日は、それぞれ飛行機曳航で上がって、検査フライト?していました。


左> 地上でジャンパーのマネをする、着脹れしたパイロット。
右> 珍しい505MB?が2機。

<モール>
 新工場に入ったまま、書類審査に延々と時間を取られていた仙台のモールが、遂に飛行場へ出て来ました。数年ぶり?に、エンジンに火が入り点検が始まったようです。飛べるまではもう少し掛かるそうです。
 ちなみに、日本では珍しいこの機体を写真に納めようと、朝から飛行場で待っていた方が居られました。お待たせしました。

<外来機>
 調布からセスナや、本田より仙台経由でボナンザが飛んできました。
 ボナンザは日没直前に大利根を離陸、東京の夜景を楽しんだ後、本田に帰るそうです。


左> 大曽根整備員によるモール試運転。
右> ボナンザで仙台日帰りの後は、夜遊びに出発するというふたり。
(by スダチ)

2004年1月9日(金) 晴れ 北より15のち3kt R/W25 視程 MAX

 すっかり寒くなりました。今日の大利根は午前中北風が少々強めでしたが、午後からダンダンと弱くなり、夕方にはすっかりおさまりました。

<グライダー>
 木村さんが愛機1-26でフライトしていました。条件はあまり良くなかったそうです。

<ファルケ>
   松永さんとファルケで、東金−銚子−佐原と回ってきました。
 トラポンが無い機体だし、サービス範囲外なので成田TCAとのコンタクトはやめようかとも思いましたが、モニターしていたところ交差しそうなトラフィックが居たので、こちらのポジションとコースを通報しました。九十九里浜の海岸線で前方を通過した機体は「偉く早い機体だとな?」と思ったらリアジェットでした。
 銚子から大利根への利根川沿いでは、陸自さんの連絡ヘリの情報をもらいインサイトしたところ、向こうもこちらを見つけた様で、近寄って来て右後ろを取られました。(^o^;


左> 「滑り計」のなかったファルケ。松永さんにお願いしたところアッという間に付きました。
右> 銚子の屏風ヶ浦。近年、風力発電用の風車が増えていますね。

<飛行場拡張計画?>
 本来、大利根の占有許可範囲は舗装滑走路の端から更に150mほど東まであるそうでが、台風などの増水により流れてきた土砂でダンダンと狭くなったそうです。現在、狭くなった部分を整備する作業が進んでいます。07エンドが広くなるとグライダーの離発着も楽になりますね。

(by スダチ)

2004年1月4日() 晴れ 東より3kt R/W07 視程 50km

 今日(4日)も大利根は、風が弱くポカポカとした陽気でした。
 しかし、途中でコンタクトしてきたムーニーによると本田APは20kt以上の強風で、関宿も15kt以上吹いていたそうです。

<セスナ150アエロバット>
 オーナーの御好意により、クラブ員も乗せてもらえることになりました。詳しくはクラブハウスで尋ねて下さい。
 スダチも今日、乗させていただきました。予想外に軽快な機体です。


左> アクロ系もいろいろ出来るA150L。
右> 曳航中のH23Cを、チェックフライト中のA150Lより空撮。

<ターボアロー>
 午後、宮崎さんとスダチは、オーナーの若林さんに誘われてターボアローに乗せてもらいました。
スダチ「どんなフライトをするんですか?」(午後1時を過ぎたしローカルフライトですよね)
若林さん「ちょっとコーシー飲みに、新島でも行くか」
宮崎・スダチ「エッ・・・」(日没まで3時間ちょっとだけど。ターボアローの早さなら可能なの?)

 初めて乗ったターボアローは、アーチャーやセスナよりワンランク上の機体で、色々と見たこと無いシステムが付いていました。しかも55%パワーで巡航速度120ktプラス。早かったです。
 若林さん、ありがとうございました。m(_ _)m

左> 大島の東海上を飛行中。
右> コーヒーをご馳走になった後。「飛行前点検終了、さぁー帰ろう」

<忘れ物>

 調布の白いアーチャーさん、忘れ物でぇーす。

 JMGCのクラブハウスで預かっています。






(by スダチ)

2004年1月3日() 晴れ 西より3kt R/W25 視程 10km

 この三ヶ日は、ちょっとした小春日和でとっても暖かでした。

 今日は午後からH23Cも組み立てられ、プハッチとあわせてグライダー曳航20発と、大利根としては新記録の様でした。

 また、大勢のクラブ員が来てモグラは1時間待ち、AFJさんや個人オーナー機も飛んで大利根のトラフィックは大混雑でした。パフパフゥー。


左> H23C、最後に操縦系を繋ぐ愛さん。
右> 曳航が増えてきたので、曳航機も2機体制になりました?


左> ファイナルがクリアになるのを待つプハッチ。
右> H23C、離陸準備完了。
(by スダチ)

2004年1月2日() 晴れ 西より3kt R/W25 視程 ?km

 日射しが柔らかく、1月にしては暖かい日でした。

 ボチボチとクラブ員がやって来て、初フライトしました。
 スダチもカブで曳航。一回TGLしてみましたが、久し振りにグライダーを引っ張ってないことを忘れて、フルパワーにしたとたんトルクに負けてふらついてしまいました。ラダーが足り無かったですね。(;o;)

 恒例のみゆきさんのお雑煮も出て、みんなで美味しく戴きました。


左> グライダー運航の合間に、お雑煮を食べるメンバー。
右> みんな集まって、どうしたの?。

 ところで、当HPの管理人は某WINPALの御夫妻を愛機ムーニーに誘い、西日本へツアーに出かけたそうですが、高知でH比さんとS尾さんの迎撃にあい、あえなく撃沈されたそうです。


 現場からの中継です。
 [画像提供 ウェッブマスター]

(by スダチ)

2004年1月1日()

(原文 JMGC、代理アップ by スダチ)