大利根近況

不定期ですが大利根飛行場やJMGCのトピックスをお伝えします。

<< 「面白可笑しく」という編集方針のため、ウソ・大げさ・まぎらわしい情報が混じることがあります。その辺は差し引いてお読み下さい。特に(by スダチ)のサインがあるものに付いてはご注意下さい。 >>

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 <<< お知らせ >>>
 <HK36TTC、TTS,Rotax Falke,Ximangoをお使いの皆さんへ>
 <年末年始の予定>
 <公開講座「グライダー・チャレンジ・アンデス2004」シンポジウムのご案内>

  詳細は特設のお知らせページをご覧下さい。


2004年12月30日(木) 晴れ 視程100km 北より10kt RWY 25→07

 中澤です。

 大晦日前日で、JMGCが休みにもかかわらず、普通の平日に増してなんか怪しい飛行場でした。

 ほとんどの職員と、主立ったいつものクラブ員がいました。  いつもは魚を釣りに行き、魚の輸送機と化している、PA28アローは、なにを思ったか、(スダチにそそのかされて)調布にコーヒーを飲みに行きました。


 大利根を離陸すると空気がとても澄んでおり、視程は100kmでした。

 北西方向を望むと、取手−牛久ラインから北は昨日の雪が残っていました。大利根はこのラインより南側になるため雪はありませんでした。


 調布にて、新中央航空さんが忙しそうでした。ちょうど伊豆諸島と調布を結ぶアイランダーやドルニエが4機も居ました。

 アローを出してくれた若林さんは、昔の教官を見つけたと言って挨拶していました。


左> 調布のRWY35。滑走路上には、なにやら擦った跡が?。[画像提供 鈴木氏]
右> 新宿上空から東京湾対岸の木更津まで、良く見えました。[画像提供 鈴木氏]

 大利根では、3722にハンド・ラダーを取り付け、地上滑走の具合を見ました。

 同時に米田さんが自力で乗り込んだり、出たりするビデオを阿部医師自ら撮影しました。身体検査の審査会に使用します。
 ハンドラダー自体はもう少し慣れが必要ですが、十分使用できると感じました。


左> 自力で乗り降りする米田氏。
右> アーチャーに取り付けられたハンドラダー。

 グライダーのところでは、なにやら怪しい動きが、、、、、、


 1月2日、グライダーに乗ると、なにか良いことあるかも。
 現在、企画進行中。

 もうひとつ、2日にはクラブハウスでTP編集部による「何かいいことあるチップ」の抽選を行うらしいです。 「ブライトリング・クロノアベンジャM1」は誰の手に。

 スダチも応募しましたが、2日は仕事で行けません。(;o;)


[原文 中澤氏](編集・代理アップ by スダチ)

2004年12月26日()Ver.2 快晴 視程?km 風弱し RWY 07

 写真を一枚追加しました。

 今年のJMGCのクラブフライトは26日でお終い。

 絶好の好天に恵まれて,多くのクラブ員が飛び納めをしました。


 本年のクラブフライトは終了。

 夕暮れと共にタイダウンされる機体達。


 そしてアフター5は恒例の忘年会。
 取手のパペエテで,「今年の反省?」「来年の抱負ぅー」「いつもの飛行談義」に花が咲きました。


左> この日飛んだ人も飛ばなかった人も,締めくくりは忘年会だぁー。
右> 樋口氏には,生バイオリン演奏を披露していただきました。

 では皆さん,良いお年を。

(by スダチ)

2004年12月25日() 晴れ 視程20km VRB3kt RWY 25→07

 早いもので,今年もあと一週間程となりました。

 この週末もなかなかの好天に恵まれ,大勢のクラブ員が飛び収めに見えられました。

 そして,実地試験に向けてラストスパートに入った垣内さんは飛行機の練習。同じく名嘉眞さん,田山さんはグライダーで飛んでいました。
 鈴木獣医先生もグライダーに乗りに来たのですが,曳航機が間に合わなくてお仕事の時間となり乗らず帰られました。m(_ _)m

 さてその頃,曳航機カブは金子さんとスダチで,日大のASK21を妻沼へフェリー中。
 妻沼では,奥平監督が新鋭機デュオ・ディスカスT を嬉しそうに説明してくれました。トラポン・酸素も搭載していて,ウェーブフライトの準備も万端の様でした。


左> 今日は背広じゃない金子さんと,フライトプランを入れてくれる寺田さん。
右> 「どうよ金子さん,これがうちのデュオ・ディスカスT よ。」と語る奥平監督。(妻沼にて)


 一方大利根では,帰りの遅いカブにシビレを切らしたか?,須原さんのロータックスファルケを借りて,グライダーの曳航が始まってました。

[画像提供 鈴木氏(タヌパパ)]



 ところでお昼頃には,江原さんと鈴木さんがG109Bで調布行きを決行したそうです。先日のスダチの記事に刺激されたのでしょうか?,プロペラカフェでお茶しようとPPRを予約してプランを入れ,意気揚揚と離陸したそうですが,新宿上空で調布タワーへコンタクトしたところ「ランウェイクローズ,復旧のめどはまだ判りません。」と言われ,アクチャルのダイバートを経験したそうです。


左> 残念だったお二人。調布はまたの機会にチャレンジして見てね。
右> うん,これはなんだ?(工場に謎のモグラが),G109でもスーパーディモナでもないぞ。

(by スダチ)

2004年12月22日(水) 晴れ一時曇り 視程40km 西より3kt RWY 25

 冬です。肌寒く感じる日が続くようになりましたが,これでも平年に比べるとまだまだ暖かなんですね。
 今年は暖冬の様です。

 さて,22日の水曜日は休日前の平日とあってか,遊びに来たクラブ員はスダチを含めて3名程と,さびしい大利根でした。

 特にすることもなく(何時ものことだけど)暇だったので,櫻井君を誘って調布へお茶しに行ってきました。使用機材はA150L,大利根に常駐している樋口氏の機体ですが,JMGCクラブ員も貸してもらえます。


 調布空港にて,一番左のセスナが今回乗っていったA150L。

 調布は初めてという桜井君に,少し先輩づらして空港管理事務所だ,ここがプロペラカフェだと案内していると,大利根の中澤氏より「金子さんが飛行連盟に行るかもよ」との連絡をいただき,大利根や三保場外の大家さんである日本飛行連盟の事務所にもお邪魔してきました。


左> 大利根では見られない背広姿の金子さんと,日本飛行連盟の夏目さん。
右> 帰りの機内より,現役大学生桜井君が通う大学。[画像提供 櫻井君]

 帰りがけに気象室を覗くと,福島の方では降水現象もあったよう。しかし関東平野は絶好のフライト日よりです。
 なんの心配もないなか,何時もどおり新宿上空を遊覧したり,皇居(翌23日は天皇誕生日だ)の北を通って,下総の管制圏を通過して帰りました。
 大利根離陸から帰投まで約3時間のティータイム。実飛行時間は1時間でした。

(by スダチ)



 < JMGC事務所にて >

 中澤です。

 帰りがけの工場で、三田君に月曜日の布施高校での写真を見せ「鷹7をフライアブルに復元できないかな?東飛式のSAもあったヨ、これはちょっとフライアブルには難しいかも知れないけど」と言ったところ、

 写真を見ながら、三田は、「SAがいいな、できるよ、、、」

 かつて、日本にグライダーの製作の文化があったころのグライダーをフライアブルに維持することが、私のこれからの使命かと思いました。

 注> SAは当時としては大変めずらしい、片持ち翼、丸い胴体、バブル・キャノピーのきれいな機体です。

 [原文提供 中澤氏](代理アップ by スダチ)

2004年12月20日(月) 

<大阪、八戸の里にて>

 中澤です。この日は大阪へ行ってきました。

 布施工業高校に鷹7(戦後、ドイツのグルナルベビーを原型に製作された機体。私の父も何機か製作をした)があるというので、見に行きました。

 瀬尾さんからの情報で、瀬尾さんは九州の帰りに、私は八尾までの夜間飛行訓練のついでにと計画しましたが、天候不良であえなく中止。
 結局私は新幹線で、瀬尾さんは長崎から松山経由、甲南空港に機体を置いて、大阪で合流しました。

 布施高校の格納庫には、おどろいたことに、鷹7以外にも、H22や文部省式プライマリー(復元機)と東飛式SAが置いてありました。


左>鷹7(たかしち)と呼ばれるソアラー。有名なグルナウ・ベイビーの日本版です
右>布施工業高校の校舎前で。保存状態も良さそう。


 SAはさすがにフライアブルにするのは難しいとかんじましたが、鷹7はフライアブルに復元できそうでした。
 ちなみに、鷹7はJA2002、SAはJA2005、来年の西暦ですね。

[原文&画像提供・中澤氏](編集・代理アップ by 寺田)


2004年12月18日()〜19日() Ver.2 なかなかの好天 視程良し 風 ? RWY ?

 画像及び情報を追加しました。


 又聞き情報で申し訳ありませんが,18・19日の週末,大利根は大勢のクラブ員と外来機,そしてパラジャン組みの皆さんで大変な賑わいだったそうです。


 つい先日,山本教官がアメリカまで買い出しに行ったプロペラが取り付けられたアーチャーが,社内テストフライトで飛びました。

[画像提供 寺田氏]

 メインが開かずにリザーブを使用したパラジャンパーがいたそうです。それを見た人が事故かと思って通報したためパトカーと救急車が来ましたが,もちろん本人は無事で飛行場では何事もなかったように続けられていました。


左> 遊びに来ていた外来機。他にも一杯飛んできてましたが,,[画像提供 寺田氏]。
右> 「事故か?」との通報で,お巡りさんと救急隊員さんが,,,,,[画像提供 遠藤氏]




 どうやら、マリアの2代目が来年1月末に来ます。

 アンジェリカと言う、ドレスデン大学の学生で、アカフリーク・ドレスデンの一員だそうです。
 マリアと同じように、平日は整備の仕事をして、土、日曜日は飛行場で働きます。
 [原文・画像提供 中澤氏]

 何でもかんでも公表すると大利根へ来た気になるというので,写真にはスダチがモザイクを入れました。原画が見たい人は大利根へ遊びに来るように。
 他にも,工場には変わったモグラが来ていますよ。


(又聞きアップ by スダチ)



<工場より>

 米田さん用のハンド・ラダーが入手され、本格的な練習がパイパーアーチャーで始まります。
 機体への取付は修理改造検査を受けます。来年早々の話になります。


左>これがアーチャーに取り付ける新しいハンド・ラダー
右>右席のラダー・ペダルに取り付けて、左席の練習生が右手で操作します。

[原文&画像提供・中澤氏](編集・代理アップ by 寺田)


2004年12月17日(金) 晴れ 視程50km Wind34015kt→6kt RW25→07

 典型的な西高東低の気圧配置で風強く、寒い日でしたが、夕方になって静まりました。
 風が収まるのを辛抱強く待っていた、磯山さんと、小林さんが、夕方モーターで練習していました。

 16日の続報です。
 一部の人からの情報では、昨日大利根を出発したJA09AWは、松山経由で夜の福岡空港に降り立ったとか。
 そして、夜10:30にリンドバークに電話したところ、3人で飲んだくれていたようです。
 2人は分かるとして、もう1人は誰でしょう?

 中澤


2004年12月16日(木) Ver.2 晴れ 視程25km WIND32006kt → 15kt RW25

 画像を追加しました。

 暖かい日でした。ここのところ毎日寒暖の差が大きいです。


 田中裕子さんが昨日翼端の修理作業を終えたばかりのJA09AWが、九州へ向けて離陸しました。

 目的地は熊本か福岡か。阿蘇場外のライトフライヤー復原機の取材だそうです。


左>嬉しそうな瀬尾さんとスダチです





 夕方、山本が新品のプロペラを携えて帰国しました。

 その他にもいろいろお土産を持ってきてくれたようです。詳しい話が聞きたい方は、
クラブハウスへどうぞ。




(by 寺田)


2004年12月15日(水) 曇り 視程15km 風? RW??

 中澤です。
 ロスの山本は順調のようです。ロス近郊の部品屋さんやエンジン・ショップを回っています。

 金子は、たまった移転登録、変更登録、新規登録や某氏(特に名を秘す)の実地試験の申請で東京航空局と本局へ行っています。

 そんなわけで、中澤が朝から飛行場勤めでした。
 飛行場は内山さんが見えられ、3回目のソロに出ました。3回目なので北部調整池で30分と言ったのですが、けっこう怖がって、20分ぐらいで帰ってきてしまいました。


 初のノルマ仕事を休日返上でがんばっていた田中裕子担当のJA09AWは、すんでの所で間に合いました。

 飛行場の機体に主翼を付ける早々に着替えて、塾の先生に行きました。



 今日は年末のクラブ便り「ウインド・ソック91号」ができ、みんなでなかよく発送作業をしています。
 2,3日後(河内町内は4,5日らしい)にお手元に届きます。




[原文&画像提供・中澤氏](編集・代理アップ by 寺田)


2004年12月14日(火) 曇りのち晴れ

 今日はJMGCは休日の日でしたが、皆それぞれの仕事に出てきていました。

 昨年、ホームページのキリ番「234567」をゲットされ、大利根で体験飛行をされた小田島氏から、先日のプハッチのお見舞いの手紙とリンゴを送って頂きました。

 大変ありがとうございました。お礼を申し上げます。
 プハッチが壊れたことを継起に、復座はASK13,単座はKa8,Ka6CR,Ka6Eと言う陣容が固まりつつあります。
 また、遊びにきてください。

中澤愛一郎

 JMGC 様
 昨年「234567」で体験させていただいた岩手の小田島といいます。その際はたいへんありがとうございました。

 ホームページを見ていますと強風で大変な被害が発生したとのことですね。
 少しですがリンゴを送りますので皆様でおやつにでも食べていただけると幸いです。(リンゴも異常気象のためいまいちですが)
 又、近くに行く際がありましたら寄りたいと思いますので、宜しくお願いします。

 岩手 小田島


 ところで小田島さんが「234567」キリ番をゲットされたのが2003年9月6日。
 そして昨夜から今日にかけて、HPのカウンタが50万を越えたようです。1年3ヶ月で倍に進んでしまうなんて、近頃アクセス数が異常に伸びています。この分だと「555555」もすぐですね。
 担当者の独り言でした


2004年12月12日() 曇りのち雨 視程20km WIND350V04006kt RW07

<山本 緊急出張でロスアンジェルスへ>

 事は先週金曜日(12月10日)の朝でした。

 現在整備の最終段階を迎えている飛行機のプロペラが、使用不可能だと言うことが2週間ほど前に判明し、急遽新品のプロペラを発注していました。
 10日の朝、整備の秋永からいつ納品か聞いてくれと言うことで、ロスに電話を入れました。
 するとどうやら、13日に入荷。その後、書類を整備してこちらに着くのは20日になるだろうとのことでした。
 しかしこの機体の耐空検査は22日にセットされています。

 この日、私は妻沼滑空場での耐空検査のため、足がわりのスーパーカブで移動していました。
 天気予報と違い、天候は申し分なく、まことにけだるいフェリー・フライトです。こういう時は、とめどもなくいろいろな事が頭をかけめぐるものなのです。

 そのなかで、ひらめいちゃったのが、だれかが使用できないプロペラを担いでロスへ行き、新品のプロペラを受け取って帰ってくれば、プロペラはいち早く手にはいる。
 どうせ、プロペラを送り返したり、送られる費用もかかるのだし、ロスの空気を吸わせられるし... ってひらめいちゃったわけなのです。(このひらめいちゃったことで、今まで何人の人が迷惑をしたことでしょうか)

 妻沼に着陸し、フライト・プランをクローズするやいなや、旅行会社に「あさってからのロス行き、可能性あるか? 運賃はいくらか?」 という問い合わせと同時に、だれが行けるか、だれを行かせたいかと思い、山本に電話し、「あさって、日曜日からロスへ行ってくれない」と連絡。 電話を受ける方も受ける方で、「国際免許が切れてるけど、今から走ればどうにかなる」との返事。
 そして間髪を入れずに、旅行社にお金を振り込みに銀行へ走る経理。一方で国際免許を取りに走る山本。



 というわけで、山本は今日プロペラを担いで、成田を出発しました。
 
 現地水曜日にはロスを出ます。


[原文&画像提供・中澤氏](編集・代理アップ by 寺田)


2004年12月10日(金) 曇りのち晴れ 視程? 無風

 予報とうらはらに午後から青空になりましたが、飛びに来るクラブメンバーは誰もいませんでした。

<工場から>


 今までの納期の無い、脚パンツの修理が主だった田中裕子は、先日、突然、瀬尾師匠のちぎれた翼端の修理をオーダーされました。

 しかも、瀬尾師匠は16日には飛びたいとの賜っておられます。

 休日返上で「あたし、やりますッ」とがんばっています。



<飛行場より>


 カバーが無く、寒そうだった、ロータックス・ファルケのカバーが来ました。
 暖かそうですね。




 そして近頃、姿を見せなかった、阿見常駐のE33 JA3444と、大利根常駐のJA4119が飛行場へロール・アウトしました。


左>久々のJA3444、お帰りぃー
右>同じく復帰JA4119


左>平日の大利根はなんだかあやしいです
右>今後の主力グライダー、ASK-13


[原文・中澤氏](編集・代理アップ by 寺田)

2004年12月9日(木) 曇り 視程20km 北より15kt RWY 07

 大利根で,お正月特番の撮影が行われていました。
 パイロットは,チーム「deep blues」の室屋氏。機体はFA200を使っていました。
 同乗者したタレントさんは,出川哲郎氏と濱口氏(よいこ)。

 このメンツでTVの撮影となれば,当然のことながら機体はループだロールだキューバンエイトだとグルグル回って,悲鳴が響き渡っていたようです?

 本番前にテストフライト。


左> テストで乗ったADさんと室谷氏。ちなみにADさんはゲロゲロモード。
右> 滑走路脇でカメラを回す撮影スタッフ。


 失礼でしたが,色紙が無かったので,フライトプラン用紙の裏に書いてもらっちゃいました。m(_ _)m






  (by スダチ)


2004年12月7日(火) 曇り 視程? やや強い北風

日中は陽が差さず寒い1日でした。

月、火は通常JMGCはお休みですが、飛行場は誰かしら飛んでいます。
今日は見慣れないFA-200が来ていたそうです。


 滑走路に重機が入りました。

 10月の台風で滑走路の周囲の芝生に泥が堆積していました。

 近頃良いお天気が続き、表面は乾いているのでつい進入し、脱出不能になる車両が続出していました。

 そして本日ついに泥を除去することになりました。作業のため滑走路上を重機やトラックが入ることがあります。

 外来の方は、滑走路の状態をよく確認してから着陸してください。


(by 寺田)


2004年12月5日() 嵐→晴れ 視程? 南よりの暴風のち西風強く RWY 25

 5日,台風並みに発達した低気圧が日本列島を縦断し,各地に被害をもたらしました。
 今回,関東地方では特に風が強くて,ニュースを見ると7都県で44人が重軽傷。羽田では一時滑走路が閉鎖し欠航多数。成田も到着17便がダイバートだったそうです。
 ちなみに羽田空港では,午前6時過ぎに最大風速(10分平均)50kt−最大瞬間風速65Kt,成田空港では同43kt−同61kt,大利根の風上に当たる千葉市では,なんと最大瞬間風速93ktを記録したそうで,大利根のグライダーも大きな被害をこうむりました。


 前日,成田のTAF「ガスト55kt」を見て,JMGCでは全ての機体のノーズを風上に向けて厳重にタイダウンしたのですが,

 グライダーの主力練習機であるプハッチ君が,ロープを引きちぎってお隣パラジャングループのバスにめり込んでいたそうです。(ToT)



 以下は,現場に駆けつけた寺田氏からの報告です。



 今日はお仕事で名古屋へ出かける予定でしたが、強風の影響で朝電車が止まっていたので、とりあえず飛行場の様子を見に行きました。

 飛行場についてみると、プハッチがおとなりのパラジャンのバスに突っ込んで、胴体と翼がぽっきり折れていたのに唖然。バスがなかったらその後ろのグローブも巻き込んでいたでしょう。

 一見無事な機体も係留環が抜けたりロープが切れており,ある一機は係留の金具が翼端ごと千切れていました。

 飛行機も大半が向きが変わって動いていましたが、目に見える被害はなし。きちんとタイヤにフィットしていなければ、チョークもあまり意味がないんですね。

 プハッチが当たったバスも大破。クラブハウスまわりのテーブルやイスも吹き飛んでいました。
 台風の時よりも被害大でした。でも東京では最大瞬間風速40m/sを超えていたそうですから、グライダーが吹き飛んでも不思議ではありませんね。

 実地試験を控えているグライダー練習生の皆さんには大変お気の毒ですが,ある意味,この程度の被害で済んだのは幸運だったのかもしれません。

 その後めげずに名古屋で仕事をすませて来ましたが、くしゃくしゃになったグライダーが、目に焼きついていて、なんだか朝の光景が夢のような気がしています。

 一緒に行った社長は、新幹線の中で「ウーーーム」「ウーーーム」とうなりながら、突然、「ASK13,Ka8,Ka6」の陣容で行くかと言ってみたり、「ASK13にカバーは無いよね」「飛べるKa8を用意しなくっちゃーー」と言ってみたり、突然「やっぱりASK21にしようか、ドイツに無いかな」と言ったりしていましたが。
 東京に帰り着いたとたんに、胃を押さえて「ウーーーー、ダメだ」と阿部医師のところへ行ってしまいました。結局,入院したようです。


左> ロープと係留環は暴風に耐えたのですが,翼が耐えられませんでした。
右> グライダー運搬用トレーラーの幌も被害を受けていました。

[画像提供 JMGC](編集・代理アップ by スダチ)


2004年大安吉日(?) 番外、マリア近況 快晴 視程1000km 風、穏やか

 10月初旬に連絡が来ていたのですが、台風による冠水や事務所の停電、九州合宿などの騒ぎですっかり「大利根近況」へのアップが遅れてしまいました。m(_ _)m




 数年前、ドイツからJMGCへグライダー整備留学(?)に遣ってきて、旋風を巻き起こていったマリア。
 彼女が、このたび目出度く、御結婚されたそうです。



  おめでとう、マリア。
  お幸せにね。



(代理アップ by スダチ)


2004年11月20日()〜21日() 晴れ 視程20km 東より3kt RWY 07

 土曜・日曜と小春日和で、絶好のフライト日和となりました。

 大利根は、九州合宿に参加していた機体が帰投したうえ、耐空検査やなんだかんだで大利根に来ている外来機が数機あり、さらに某大学パラジャン部のジュニア記録会が行われて、一体何人の人が大利根に来ているんだぁー(?) と言う状態でした。 (概算7〜80人位?)
 その上、グラスエリアの東側半分がドロドロで使えないこともあって、駐機スペースに入りきれないモグラ が駐車場の方まであふれていました。

 そんな中、グライダーも飛んだし、飛行機も飛んだし、パラジャンも飛んだし、モグラも飛んだし、外来機も飛んで来てたし、大利根に来ていた外来機の皆さんも呆れながら飛んでたしぃー。
 とにかく、いっぱい、イッパイ、飛んでいたのに何事もなく、如何にも大利根らしい二日間でした。


左> 日曜の朝。土曜の夜からナイトの経歴付けに名古屋へ行っていた三人が帰投。お土産は?
右> 某大ジュニア記録会のひとコマ。

 色々なことが沢山ありすぎて書ききれないので、スダチが見たことを少しだけ。

 日曜日、青木さんに誘われて大島−新島へ行って来た帰り道でした。
 東京TCAにコンタクトして、館山−海ほたる−千葉経由で帰ろうとしていたところ「木更津管制圏はお休みなので通って良いですよ」と言われました。
 こちらも「じゃあ、1000ftまで降りて通過します。」(羽田のPCAは避けますね)と気を使っているところを見せながら答えて、1000ftで木更津基地に突っ込んでいきました。
 ところが滑走路脇の芝生には何やら見慣れた白い物が、「おっ、グライダーだ。」と青木さんと話すスダチ。
 そうです。木更津基地はお休みでしたが、防大のグライダー部は活動していたのです。しかも、ウインチで。
 皆さん、御存知だと思いますが、ウインチは鋼鉄製のワイヤーで1000ft以上までグライダーを引っ張り上げます。当然、ワイヤーも1000ft以上の高さまで立ち上がります。その昔、モグラでワイヤーと勝負した方がいたそうですが負けたそうです。
 攻撃機と違ってワイヤーカッターが装備されていない航空機でアタックするのは、とっても危険です。

 操縦していた青木さんは、発航準備中と思われるグライダーを見てジリジリとコースを変更。木更津基地の滑走路から十分離れた所を通りました。

 とっ言う訳で皆さんも、休日に木更津管制圏がお休みと聞いても、グライダー部のウインチにはユーズコーションです。
 ちなみに防大のグライダーはグライダー無線(HF)のみでVHFは聞いてないそうです。

(by スダチ)


2004年11月13日()〜14日()

 九州合宿中に、大利根の留守を守る美幸さんより投稿をいただいていたのですが、掲載がすっかり遅れてしまいました。m(_ _)m

 小野寺です。

 11月13日()

 今日も、大利根は飛びました。
 飛行場担当は金子さん、非常勤教官は、直美さん、遠藤さんが来て下さいました。

 グローブもファルケもアーチャーも飛び、教官の皆さんはお昼を食べる時間もとれません。
 これでもしカブがあってグライダーができる状態だったら、えらいことになっていたでしょうね。

 捻挫から回復した鈴木さんが、タヌちゃんを連れて練習に来ました。でも、先週お留守番をさせられたタヌちゃんのご機嫌は、まだ回復していないようです。

 垣内さんと鈴木さんは、フライト・シミュレーター仲間。

 機体をしまいながら、「やぱりシミュレーターで予習復習をするのは大切だよね」


すっかり日没時刻が早くなり、お外は暗くなりましたが、

直美さんと増田さんは熱心にディブリーフィングです。



11月14日()

 今日は、早朝は雨、のち終日曇りでした。
 曇り空でドンヨリしてはいましたが、穏やかに北よりの風が吹いて“FLT練習には最適な日より”でした。
 でも、練習生はだれも来ませんでした。
 こういう日を逃しちゃーダメだなあ、みんな!

 しかたがないので、教官の遠藤さん、ターボアローの若林さん、教官見習い(?)の櫻井クン、そして竜ヶ崎のデイビッドなどと、クラブハウスで四方山話。
 若林さんが日没前に愛機で場周を1回飛んでいましたが、本日のフライトは、なんとそれだけでした。

 九州遠征組が大利根に戻るのも、もう間もなく。
 大利根がまた賑やかになりますね。
 みなさん、またのお越しをお待ちしています。


 九州合宿組が戻る前、先週の大利根の様子でした。



 もう一つ、15日(月)に宮崎空港で別れた Jurgis Kairys 氏より画像をいただきました。
 彼らは富士山の側を通って、山梨航空学園に向かったそうです。
 トップページにも、画像を使わせて頂きました。


> 富士山とチームdeep blues。[画像提供 Mr Jurgis Kairys]

(代理アップ by スダチ)


2004年11月16日(火)番外、大利根帰投編 晴れ 視程30km

 松山市内のホテルに泊まったグローブ3機のメンバーは、バスで松山空港へ移動。午前9時頃には到着して機体の準備をはじめました。
 その頃、福岡に泊まったカブの二人はすでに福岡空港を離陸し八尾を目指していたそうです。

 ところで、出発前の点検をしていたところ、離陸滑走を開始した某社のライン機が「アボート テイク オフ」で戻ってきました。誘導路でしばらく点検していましたが、私達が離陸のため滑走路へタキシングするときに、2度目の離陸滑走を開始しました。
 「今度は大丈夫だろうなぁー」と目の前を通り過ぎる機体を見送ろうとしたのですが、また離陸滑走を中止してスポットへと戻っていきました。きっと機内では、乗客の皆さんが「もう飛行機なんか乗らない」と思っていたのではないでしょうか?


左> 朝の点検をする加藤さん。実は某エアラインの整備士さんでもあります。
右> 離陸滑走を中止して戻ってきた、某社のターボプロップ機。

 さて、他のグローブ2機は松山からダイレクトで大利根を目指すということでしたが、完全に観光モードになっていた加藤・スダチ組は、瀬戸内海の名勝地を遊覧しながら帰ろうとなり、途中、南紀白浜空港に寄ることにしました。
 離陸直後は、昨晩泊まったホテルの近くにあった松山城へ、ビルが立ち並ぶ松山市街の中に、小高い山が残っているのはチョット異色でした。その山の上に残る松山城。次回は地上から、ゆっくりと観光したいものです。


左> 初めて訪れた松山空港。
右> 山の上に残る松山城。

 四国の北を海岸線に沿って東に向かうと観音寺の町が、ここには誰が作ったか諸説入り乱れる謎の砂絵?「寛永通宝」が。
 この絵、近くの山から見た時に丸く見える様に、真上から見ると楕円になっています。

 その後は、高松の管制圏を避けて一旦南下し、中央構造線の谷沿いに東へ。


左> その昔、時代劇「銭形平次」のオープニングシーンが撮影されたことでも有名?
右> 吉野川と中央構造線?、中央構造線が判らない人は地学の勉強をやり直しましょう?

 徳島基地の西でAPPにコンタクト。鳴門海峡を目指します。
 徳島レーダーからは「リポート デパーテッド ナルト」の指示があり、遊覧で旋回することがすっかりばれていました。
 鳴門海峡で遊覧モードを解除。南東進して南紀白浜空港を目指しました。


左> 鳴門大橋。残念ながら時間帯が悪くて、ダイナミックな渦潮は見られませんでした。
右> 富士山を北側から。加藤さんは窓一杯の富士山にいたく感動されていました。

 南紀白浜への着陸を加藤さんが綺麗に決めた後。ゆっくりと食事をしながら大利根への残距離と日没時間を再計算していたところ「アレッ!」。
 ノンビリ遊覧しすぎで、ちょっと時間がギリギリとなっていました。

 急いで食事を済ませて南紀白浜を離陸したのは13時30分。大利根日没は16時32分。
 取り合えず高度を目一杯上げて(トラポンモードa、東行きなので9500ft)昨日の様な追い風を期待しましたが、残念ながらこの日の追い風は35kt程度。対地速度は115kt程度で、もしかしたら本田飛行場か福島空港かとチョット心配しましたが、真っ直ぐ大利根を目指し、16時16分に大利根へ着くことが出来ました。(ホッ)


左> 日没迫る大利根へファイナルアプローチ。
右> 先に降りた林・寺田組。14時半頃には着いたそうです。


 私達の到着まで、待っていて下さったみんなと記念撮影。

「お疲れ様でしたぁー」

 これで今回の番外編は終了。
 宮崎に用事で残った瀬尾さんのグローブを除いて、全機無事帰ってきました。

(by スダチ)


2004年11月15日(月)番外、大利根帰投編 晴れ所々曇り 視程30km 北西20〜5kt

 朝、天候の回復は予想外に遅く九州南部は良いものの、九州北部から関東まで降雨域が広がっていました。午後まで待っても、大阪より東方の天候は回復の見込みなしでした。

 取り合えず午前中は、九州南部を遊覧することにして帰投する全機、廃港の噂も出ている枕崎空港を目指すことにしました。


左> 隣のエプロンに、前夜タイガーウッズが乗って来たG5が駐機していました。
右> 志布志湾に入るところで、鹿屋基地にレーダーモニターをお願い。

 まず、森岡・中澤組のカブが天候調査を兼ねて先行出発。
 続いて、朝一のエアラインで宮崎入りした加藤さんとスダチの組が離陸。雲避けと遊覧を兼ねて海岸線を南下して志布志湾から鹿屋基地の南を通って枕崎を目指します。
 高度1500ft程でスダチが操縦中。鹿児島湾をもう少しで抜けると云うところで、それまで静かだった鹿屋APPが飛行高度や機体の型式を尋ねて来ました。加藤さんが無線に答えるのを聞きながら、今さら急にどうしたのかと思っていた所「トラフィック 3オクロック パパスリー」の情報が、右翼の方を見ると4発のエンジンから薄い黒煙を曳きながら同高度を此方に向かってくるP3Cが目に飛び込んできました。
 ゲッ、近い。(余計なこと聞く前に早くトラフィック情報をくれよ!)と思いながら、加藤さんに「1000ftまで降下するって答えて」と叫び、エアブレーキ全開で降下。
 P3Cは、今話題の原潜を捜索に行く所だったのでしょうか?


左> 北西約20ktの強風でアプローチは結構緊張。11時36分枕崎空港着。
右> チャンとお弁当を買ってきていた、しっかりもののお二人。

 後続のモグラ2機を待ちながら、次の目的地として考えていた薩摩硫黄島(鬼界ヶ島)は、今回は風が強いのでパス。カブが天草へ向かうと云うので、我々も天草空港を目的地とすることにしました。

 続いて降りて来た林・寺田組は、宮崎空港でお弁当を買ってきており、ここ枕崎で食べて今晩のステー先、四国の松山空港へ向かうと言う。
 もう一機の藤沼・山本組は、やはり天草へ行くと言うので、カブとモグラ2機は林・寺田組をおいて一足先に離陸、天草を目指します。


左> 風光明媚な天草諸島、諸浦島付近で。
右> 天草空港、西方向より。

 天草までは、向かい風が強く1時間10分ほど。空港では愛さんの御友人、土佐谷氏が歓迎しくれました。土佐谷氏は天草エアラインの取締役整備部長で、スポットの件でも骨を折っていただき、更にはお昼までご馳走になってしまいました。ありがとうございました。

 天草エアラインはダッシュ8が一機だけだそうですが、一日10便(5往復)も飛ばしていました。その分、整備するのは夜しかなくて大変だそうです。
 でも無闇に滑走路を延長しては大きな飛行機を導入し、結果、便数が減って不便になり利用客が遠のいている関東の地方空港に、是非、聞かせて上げたい話でした。


左> 天草エアラインのダッシュ8。
右> 愛さんと土佐谷整備部長さん、天草空港にて。

 大歓迎してくれた天草で一泊したいところではありましたが、明日中に大利根へ帰るためには、この日の内に少し東に進出しておかなくてはなりません。
 モグラは2機は、林・寺田組を追って松山へ向かうことに。森岡・中澤組のカブは、なぜか?どうしても福岡へ行くというので、ここで別れることになりました。
 15時04分、加藤・スダチ組離陸。島原湾を遊覧しながら北上し、高度上げながら大分空港へ向かいます。
 少し遅れて離陸した藤沼・山本組は真っ直ぐ松山を目指したらしく、熊本空港を過ぎる辺りでは先行されていました。
 しかしその後、モグラでは高く上がったことがないという加藤さんに、じゃ9500ftまで上がって見ましょうと高度上げた加藤・スダチ組は55ktの追い風に遭遇、対地速度が135kt(時速250km)もでました。16時43分、先に松山空港へ着いてしまいました。(藤沼・山本組は巡航高度7500ftで、追い風30kt程度だったようです。)

(by スダチ)



 < 大利根近況(福岡番外編) >

 中澤です。

 モーター組は天草の後、すこしでも大利根に近づくべく、松山空港を目指しました。

 しかし、パイパーだけは、強い希望で福岡を目指しました。
 その理由は、

 1.前席の森岡君に福岡空港のような大きな空港を経験させたかった。
 2.私も福岡空港の経験が無く、経験したかった。
 3.福岡、中州になんか重要な用事があった。

 の内どれでしょう。

 さて、だめもとで情報官に電話してみたところ、開いているのでどうぞとのこと、スポットも歩いて出られる東側の航空局に近いところをアサインしてくれました。

 ジェット旅客機とヘリコプターしかいない、福岡空港に羽布張り、尾輪式はちょっと違和感がありましたが、プリーズ、フォローボーイング777アヘッドオブユーの管制官の言葉で着陸しました。



 夜は、中州の「航空スタンド・リンドバーク」へ行ってきました。


> リンドバーグの法子さん。飛行機好きの集まるお店です?

[原文・画像 中澤氏](代理アップ by スダチ)


2004年11月14日()番外、スカイブロッサム編3 曇り時々雨 視程?km 風?kt RWY ?

 予想より早く雨が降り出した様で、朝起きた時にはすでに一雨降った後でした。雲底2000ft程度の雲も可成り広がっており、都城場外へは1000ftチョットの峠を越えなくてはならないので、これはダメだなと思いながらも、一応フライトの用意をして宮崎空港へ行きました。

 しかし、気象室でレーダーエコーを見せてもらうと、無情にも西から降雨域が接近中。都城の会場からも中止の連絡が入り、スカイブロッサム関連のイベントは全て終了となりました。

 情報官室に行くと、昨日都城場外へ降りたセスナ・FA200・スホーイ達が宮崎に移動してくるとフライトプランが入っておりましたが、この雨で現地の滑走路もそうとう柔らかくなっている様で「大馬力のスホーイはともかく、他の機体の離陸は大丈夫だろうか?」とちょっと心配をしてしまいました。しばらくすると、プランキャンセルの連絡があり、ますます心配してしまいました。

 さて、JMGCもスカイブロッサムが中止となれば、大利根へ帰投しなくてはなりませんが、この天気では本日中の出発は無理。ローカルフライトで辺りを楽しむ天気でもありません。前日のイベント終了後「折角だから飛べる時に飛ぶ」と宮崎周辺のローカルフライトをした藤沼さんは正解でした。
 翌日の出発に備え、展示飛行や曳航用に減らしていた燃料をフェリー用に満タンにしたり、イベント用グッツを機体に積み込んだりと、色々と帰投の準備をしましたが、それも午前中で終了。
 仕事のため、エアラインで先に関東へ帰ることにした高田さんと瀬尾さんを見送り、残りのメンバーは一旦ホテルに引き上げました。
 昼食をする所を探して町をウロウロしていると、飛行機の爆音が。FA200の4機編隊がダイヤモンド隊形で飛んでいるのが見えました。無事、都城から離陸出来たようで、人ごとながらホッとしました。


 今回「チームJMGC」に参加した(お借りした)グローブは、09AW、2351、2428、2429の4機。留守となる大利根用には、同じグローブの2373を借りていましたが、なぜか宮崎で借りたレンタカーのナンバーが2373で奇遇でした。(2373も合宿参加したくて追いかけて来たのかしら?)



 午後には、帰りのフェリー参加者、林さんと森岡さんが宮崎入り。合流したのでした。

(by スダチ)


2004年11月13日()番外、スカイブロッサム編2 晴れ 視程?km 風?kt RWY ?

 九州の夜明けは関東より小一時間ほど遅くなっていますが、その日の出を向かえたばかりの都城場外の滑走路を確認に行きました。

 一昨日の雨の影響は大きくて、まだ柔らかい部分が少しありました。着陸に支障はないものの、離陸はパワーのある飛行機ならともかく、残念ながらモグラでは危険と判断して「チームJMGC」の展示飛行は宮崎空港からのリモート。着陸は控えることにしました。


左> 午前6時半、日の出を向かえたばかりの滑走路を点検する中澤氏。
右> 午前8時過ぎ、安全祈願の神事が執り行われ、実機代表として瀬尾氏が出ました。

 その後、「チームJMGC」は宮崎空港へ移動。リモートでの展示飛行のため離陸。
 大馬力エンジンを搭載したスホーイ達も離陸。こちらは一旦着陸してアクロの準備に備えるとのことでした。




 この頃、高田教官と藤沼さんがラインで到着。
 FOX曳航用のカブの準備を高田さんにお願いして、藤沼さんとスダチはレンタカーで都城場外へ、カブでのFOX曳航離陸も、なにかと心配なので色々と準備に走り回りまるのでした。

 丁度、地上班が都城場外に着いた頃、中澤・高田の両教官がカブをフェリーして現れ、FOXの曳航は大事をとって中澤教官が曳くこととなりました。


左> ちょっと心配したのですが、さすが180馬力のタイガーカブは、危なげなく曳航をこなしました。
右> 華麗なるFOXのアクロ展示飛行。パイロットは植田氏。

 FOXを引っ張り上げたカブは宮崎へ帰投。午後の「チームJMGC」での展示飛行のため、中澤教官は宮崎空港へ戻らなくてはならないのでした。

 午後の「チームJMGC」の展示飛行を待つ間、地上スタッフと化した高田・藤沼・スダチの三人は宮崎名物(?)「はし焼き」などをつまみながら、スホーイのアクロやFA200の展示飛行を見物するのでした。


左> ユルギス・カイリスの離陸。
右> ユルギス、ロバート、室屋の3氏による華麗なるアクロバット飛行。


左> 都城のメイン会場。奥が滑走路。
右> クレーンを使った子供用の遊具。GBとスペースシャトルに乗れます。


 「チームJMGC」午後の飛行展示開始。下には先に展示を済ませたFA200の皆さんがタクシーバック中。



 「チームJMGC」九州で披露する最後のダイヤモンド編隊となりました。

 残念ながら、翌14日(日)は、雨のためスカイブロッサムは中止となりました。


(by スダチ)


2004年11月12日(金)番外、スカイブロッサム編1 晴れ 視程20km 西より18kt RWY 27(宮崎空港)

 スダチです。
 合宿の夜は誘惑が多く、ついつい遅くまで飲んで歌って飛行談義(?)。大利根近況の更新も滞りがちになってしまいます。m(_ _)m


 12日の昼前。寺田さんとスダチはエアラインで宮崎空港へ到着。雨の関東から晴天の九州へと戻ってきました。
 前の晩に宮崎入りしていた瀬尾さんと、ズッと宮崎に残っていた中澤・山本の両教官と再び合流です。

 更に、韓国グライダー協会より朴さん(以後、アシアナ朴さん)が合流。アシアナ朴さんは、以前日本へ留学中は航空部に所属していたそうで日本語もペラペラ。現在はアシアナ航空でキャプテンをなさっており、今回はJMGCと親睦を深めるため遊びに見えられました。

  また、以前JMGCの整備で修行を積み(?)、現在は宮崎空港の整備会社に勤務されている平田さんが遊びに来てグローブでひとっ飛びしました。
 この合宿中はなにかとお世話になったそうです。m(_ _)m

[画像提供 平田氏]

 予定ではこの日は、明日(13日)から始まる「都城スカイブロッサム2004」のために、グローブ4機とカブは都城入りするはずでしたが、宮崎の天候は良いものの前日まで降り続いた雨のため、会場となる都城場外の滑走路はぬかるんでおり着陸は出来ない状況でした。現場では急ピッチで整地作業が進んでいたそうです。

 都城へ降りることが出来ないので、この日の練習は宮崎空港からリモートとなり、グローブ編隊とFOXを曳航したカブが飛びました。


[写真=宮崎空港で機体を組み立てるレッドフォックスの皆さん。その後ろは、都城へ移動することが出来ないため待機するアクロ機のスホーイ達。]

 夕方、もう一組、お馴染みの朴さん(以後、ダイカン朴さん)が合流しました。皆さん、御存知の通り、此方の朴さんは大韓航空にお勤めで、今回は奥様と一緒に見えられました。
 それしても、お三方とも日本語がお上手です。英語も話せるそうですので母国語と合わせて三カ国語を操るのですね。


 さて、スカイブロッサムの方では、都城市内のホテルで最終打ち合わせと前夜祭が行われました。
 前夜祭は、佐賀とは一味違った手作りの味が満載でした。


左> 左から、アシアナ朴さん、ユルギスさん、ダイカン朴さん夫妻。
右> 保母さん達による歓迎の太鼓。

 なぜかセグウェイの体験搭乗が行われていました。


左> セグウェイを体験する、アクロパイロットの室屋さん。
右> 駐機するときは、ちゃんとスタンドが出るのですね。


左> 突然、司会者がロックミュージシャンに変身。踊り出す方も(^O^;
右> 夜、宿泊先のホテルに戻って、日韓出版関係者が何やら打ち合わせ。

(by スダチ)


2004年11月11日(木)番外、九州合宿宮崎編3 天気? 視程?km 風?

 中澤です。

 案に相違して良い天気になりましたが、飛ぶクラブ員は残って居らず、もっぱら機体の整備をしていました。

 11時ごろにクラブ員の藤岡さんが仕事の途中に顔を出してくれました。居合わせたユルギスと握手をした写真を撮りましたが、ご本人は誰と握手をしたのか分からない様子。

 あとで電話があり、「さっき握手した人って、超有名なアクロの人だよね」だって!!
 明日は都城へ移動です。 

[画像提供 室屋氏]

(原文 中澤氏、編集・代理アップ by スダチ)

2004年11月10日(水)番外、九州合宿宮崎編2 曇り時々雨

 九州で合宿中の中澤です。

 今日は3機目のスホーイが到着する予定です。
 ところが宮崎の天候は、予想よりはるかに悪く、その旨を南紀にいる室谷氏に伝えました。室谷氏はとりあえずトライするとのことでした。

 今日の最大の関心事は、カブの左ブレーキの修理でした。
 しかし大利根と違い、部品もなければ工具もない。ついでにここにいるのは、一整ジャンボの資格を持つ小林英次さんと、口先”確認”整備士の私の2人、というなんとも心細い陣容なのです。
 そこで大利根にいる大曽根に「空気抜きの方法を教えてくれ」と電話すると、「あー、ムリムリ、もし空気抜きするなら自分が行きますよ」とつれない返事...

 そこで思い出したのが、その昔JMGCに居た紅顔の美少年・平田君でした。都合の良いことに、彼は現在宮崎のSNAで働いています。
彼に必要な作動油と工具の依頼をすると、快く持ってきてくれました。ブレーキは何とか空気抜きをしないで修理することができました。小林さんの一言、「久しぶりに工具を持ったな〜」


左>カブのブレーキ不具合で助けてくれた平田さん。ありがとうございました。(ちなみに小林教官の最初の訓練生だそうです)
右>整備中の都城滑走路の現地調査



 そうこうしている間に3機目のスホーイも到着しました。

 福岡へ転勤された岡部さんが、佐賀に引き続き、ここ宮崎にも来てくれました。ザンザン降りの中、少し飛びました。
その後、岡部さんもユルギスと一緒に都城を見に行きました。岡部さんも生ユルギスと一緒で嬉しそうでした。


左>せっかく来てくれたので飛びます。
右>豪雨横風・荒れ狂う波の中での宮崎空港ファイナル(隣の山本教官はたいへんそうでした)



 夜は清武町町長の紹介のお店へ、ユルギス・カイリス、室谷氏を誘って行きました。
 驚いた事に町長は私のBirthdayを知っていて、花束を持ってきてくれました。
 ちょうどこちらの新聞に、都城スカイブロッサムの記事が出たこともあり、またそのお店のシェフがユルギスの大ファンでしたので、たいへん喜ばれました。


左>アクロバットの神様ユリギスさんにサインをもらいました
右>生ユルギスとお昼に中華

(原文・中澤愛一郎 画像提供・岡部氏 編集&代理アップ by 寺田)


2004年11月8〜9日(月、火)番外、九州合宿宮崎編1 Ver3 たぶん晴れ ところによりCb

フェリーを担当した平岡さんから、画像をいただいたので追加しました。
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 九州で合宿中の中澤です。

 天気に恵まれたJMGC九州遠征合宿は、6、7日と佐賀で行われたSLJへの参加をかわきりに始まりました。

 7日のショー・フライト後は会場へ着陸せず、4機のハデなローパスを最後に佐賀空港へ移動、地上部隊の到着を待ち、下のクルーで宮崎へフェリーしました。
  2351 江原・山本
  2429 桜井・寺田
  2428 平林・須田
  09AW 瀬尾
  3722 青木・中澤
 多少視程が悪かったものの、1時間強のあっけないフライトで宮崎の移動は終了しました。

 宮崎合宿第1日目、8日(月)は、いろいろ意見がありましたが、結局、種子島→屋久島→薩摩硫黄島→枕崎→鹿児島のハート型を3722(石塚・田山・山本・桜井)と2429(青木・中澤)で飛びました。

 屋久島では地元の魚を食べられたのですが、雷鳴と共にCbの雨。2429はその後の予定をパスして、宮崎へ戻りました。
 3722は果敢にも薩摩硫黄島へ着陸しました。

 一方、都城でのスカイブロッサムに使用する曳航機JA4097は、天候の悪化が懸念されるため、平岡氏へ空輸を依頼、夕方には八尾へ到着しました。


左>フェリー途中、浜松の北あたりはオントップでした(画像提供・平岡氏)
右>この日は八尾泊まり。使用事業向けの機体が多い八尾では、とても異色で、人だかりがしていたそうです。(画像提供・平岡氏)


9日(火)
 朝から思っていたより悪い天候でした。しかし、悪いのは宮崎周辺だけでしたので、私は青木さんと2429で鹿児島→天草を目指して離陸しました。ところが天候はさらに悪化、2000ftもとれず戻ってしまいました。八尾にいる平岡氏にかろうじて連絡が取れ、4097は松山へダイバードすることにしました。

 3722は石塚・田山組で天草→佐賀→大分→高知と各駅停車で南紀白浜へ行く予定です。

 午後になり多少天候も回復、まずスホーイ28の二人組、ロバート・フライとユルギス・カイリスが到着。その後平岡氏の4097も到着しました。



 宮崎では知り合いになった清武町町長の一の瀬氏の紹介で、6人の体験飛行が行われました。
 間断なく飛ぶラインの間をかいくぐり、「時間の節約のため」フォーメーション・テイクオフ、ランディングで飛びました。皆さん喜んでいました。


 (画像提供・平岡氏)



 夜は同じホテルのユルギスを誘って、私の Birthday Party を行いました。
 ユルギスと会うのは3年ぶりで話がはずみました。

 (画像提供・平岡氏)




(原文・中澤愛一郎 編集&代理アップ by 寺田)


2004年11月7日()番外、九州合宿SLJ編4 晴れ 視程10km VRB5kt RWY ?

 非常にラッキーなことに、このイベント期間中はズッと好天と弱風に恵まれました。

 7日の佐賀もフライト日より、朝からバルーンの競技が行われていました。

[朝露に濡れたグローブと競技中のバルーン達]





左> 午前9時30分、朝の打ち合わせ。ブリーフィング風景です。
右> SLJアナウンスルーム、実況中継中でした。


 モーターパラグライダーの飛行展示。

 写真右手には、滑走路の北端で離陸待機中の「チームJMGC」。



 この日「チームJMGC」は、飛行展示後は会場に着陸しないで佐賀空港へ移動です。


左> エシュロン。
右> 水平開花。チョット乱れたのはご愛敬?

 地上スタッフと化したクラブ員もブースを撤収して、レンタカーで佐賀空港へ。翌日から始まる宮崎合宿に備えて、宮崎空港へ機体をフェリーしなければならないのでした。
 しかも、瀬尾、平林、寺田、スダチの4名は仕事の都合で、宮崎からラインで帰京するのです。
 急げや急げ。


左> SLJは無事終了し、佐賀空港にて一休み中のグローブ。
右> 午後のエアショーを済ませ、戻ってきたエアロックのビッツ。


 平林機長とスダチは、1515佐賀空港離陸。
 急げと言っておきながら、一旦会場上空へ戻り最後の記念撮影。だって、飛行展示のパイロットは忙しすぎて、誰も会場とバルーンを空撮していないのだもの。

 生憎、バルーン競技が始まっていたため、遠くから最大望遠で空撮。野焼きの煙で視程も悪くて真っ白な天気。写真の出来はさんざんでした。この画像は編集ソフトで補正しまくったためボロボロ。

 一機残って写真を撮っていたので、当然ほかの機体から取り残されました。GPSを頼りに一直線に宮崎へ向かうも、そう言う時に限って、熊本TCAではラインが入ってくるのでチョットどいてねと言われ遠回りする羽目に。でも1630には、無事宮崎空港へ到着。他の機体も到着していました。
 そして、先ほどあげた4名はスカイネットアジア航空の最終便で羽田へ。

 残ったメンバーは宮崎合宿です。明日は新しいクラブ員が3名合流予定らしい?

(by スダチ)

2004年11月6日〜7日の大利根 たぶん晴れ 視程?km 風? RWY ?

 留守番の小野寺です。

< 11月6日() >

 大利根ではいつものように、朝一番から飛んでいました。
 とは言え、最初の内はモーターのお客さんがそんなにはいなかったので、勢揃いしたクラブ員教官の皆さんは、ボーっとヒマしていました。


左> 竹とんぼのJA2373。朝から元気に飛んでいました。
右> 手薄な大利根のためにクラブ員教官がたくさん来てくれましたが、午前中はわりにヒマでした。

 グライダーも飛ばし始めたので、少し賑やかになってきましたが、それでも教官が充分に足りているので、小林さんは愛機ディスカスに日光浴をさせていました。


左> DG300の組み立てに大利根を守る金子さんもお手伝い。「主翼のピンがなかなか入らないヨ〜」
右> 小林さんはディスカスの日光浴を兼ねて軽くひと飛び。組み立てる時に主翼から水がけっこう出てきて、ちょっとびっくり。大雨の後は、皆さんも気を付けてね!

 でもその内賑わってきて、JA2373を竹とんぼの皆さんといっしょに、時間を分け合って飛びました。
 ロータックス・エンジンを搭載したファルケも大活躍。

 事情があって予定より一日早く竜ヶ崎に帰ってきたタンピコの平野さんとSさん。車が大利根にあるので、高田さんがムーニーで迎えに行ってあげました。
 なーんて豪勢なお迎えなんでしょうねえ。 


左> ロータックス・エンジンを搭載したファルケ。軽い機体にパワフルなエンジンの取り合わせはとても素敵です。オーナーの須原さん、藤岡さん、ご厚意に感謝してます。
右> 竜ヶ崎ー大利根間を俊足ムーニーでお迎え。ちょっと冗談が過ぎたかしら? 高田さん、ありがとうごさいました。



< 11月7日() >

 やはり今日も、朝一番から飛んでいました。

 6日と同じようにモーター、グライダー、飛行機と出せるおもちゃを前部出して皆さん楽しんでいました。でも、だれよりも楽しく嬉しかった二人がいます。

 DG300エラン・アクロ JA33LD のオーナー高島潔さんと、DG800A JA2831 のオーナー井上喜博さんです。  二人ともそれぞれのマイプレーンを今日初めて飛ばしたのです。
 よかったね!


左> DG300 ELAN ACRO の離陸。美しい機体ですね。
右> DG800a とオーナーの井上さん。シアトルに住む、前のオーナーもこの機体の現役復帰を喜んでいます。


左> 妖しいバスが出現!これはいったい何…?
右> スカイダイビングのクラブ“アラジン”代表の岩崎さんが、会員さんのために用意した休憩所です。上空からもすぐに分かるようにと、鮮やかな黄色に塗装中。仕上がりが楽しみです。


 ファルケのフライトを終えた合田さんと直美教官、そしてJA3612でナビかたがた紅葉を見てきた戸辺さんと紀子教官。
 直美さん、紀子ちゃん、お二方には日本の美“奥ゆかしさ”を感じます。

 この姿を見て、だれが貴女達をヒコーキの教官だと思うでしょう?

 ところで、これはお知らせなのですが、JA4097スーパーカブが九州に向けて明日(8日)出発することになりました。
 当初は木曜日頃の出発を考えていたのですが、天候の流れを見ると明日出かけてしまった方が安全ね、というわけです。
 一週間ほどのあいだ曳航機がお留守になるのでグライダーができませんが、どうぞ、ご了承下さいませ。

(代理あっぷ by スダチ)


2004年11月6日()番外、九州合宿SLJ編3 晴れ 視程30km 南より5kt RWY ?

 午前7時過ぎ、宿泊しているホテルの窓から外を見ると、多数のバルーンが飛んでいました。
 既に朝の競技が行われているようです。バルーニストの朝は早いですね。

 今年のSLJは、風の弱い早朝と夕方に行われるバルーン競技の間で行われるので、11時〜15時がSLJの時間となっています。
 朝のブリーフィングも9時半からと少々ノンビリしていますが、各ブースはバルーンフェスタに合わせて早めに明けてほしいと言うことで、8時頃にはホテルを出発しました。
 今回JMGCは滑空協会の看板を背負っているので、滑空協会のブースもお世話するのでした。


左> クラブ員の岡部さんが遊びに来てくれました。現在は九州へ転勤となりこちらにいるそうです。
右> イベント「HBT」の一コマ。バイクも飛んでいました。

 バルーンフェスタとSLJの繋ぎには、この大会の大型スポンサーである本田が「HONDA BIKE TRIAL」と名を打って、モトクロスのトップライダーがデモをやっていました。

 さてSLJ本番は、まずパラシュート降下から始まり。
 エアロックが佐賀空港からリモートでアクロを披露。
 MLP、模型飛行機、ジャイロプレーン、モーターパラグライダーと飛んで、13時過ぎに「チームJMGC」が4機のモグラで展示飛行。  さらに自家用機のフライトや、4機のFA200を使うスーパーウィングスの展示飛行などもあり、計9団体が4時間の時間を目一杯使って飛び回り、無事終了しました。


左> エアロックのピッツと、地上展示中のグローブ。
右> 地上展示が終わり、暖機運転中の「チームJMGC」。


左> ダイヤモンド編隊を披露中の「チームJMGC」。
右> この展示飛行を終わって、ランディング中の3番機。


 SLJが終了すると、またバルーンの競技が始まります。

 滑空協会のブース上空にも、バルーンが飛んできました。

 夕方のバルーン競技も日没前には終了し、各機は戻ってきてイベントに備えます。

 この晩は、気球のバーナーでライトアップする幻想的なイベント「LA MONTGOLFIER NOCTURNE」が行われました。
 音楽に合わせて気球が光る様子は、一見の価値あり。最後は対岸から花火を打ち上げて締めました。


左> 「LA MONTGOLFIER NOCTURNE」準備中。
右> 「スリー、ツー、ワン、バーナーオォーン」のカウントダウンと共に一斉点火。


 土曜日とあって日中も人が多かったと感じましたが、バーナーにライトアップされた人影は凄かったです。
 さすが80万人を集める大イベントでした。

 ところでこの日、TB9は平野さん・武者さん・他1名を乗せて帰京、無事竜ヶ崎に着いたそうです。
 また、松橋さんもラインで佐賀を離れました。残りのメンバー9名で、明日は宮崎へ移動です。
(by スダチ)


2004年11月5日(金)番外、九州合宿SLJ編2 晴れ 視程30km 南より5kt RWY ?

 まず留守番中の大利根では、ANAの加藤さんが小林教官とグローブで大島へ遊びに行ったそうです。

 そして九州組は、今日はSLJ公式練習日。

 9時過ぎに会場へ着くと朝のバルーン競技は終わっており、キッズデーとして大勢の幼稚園児が招待され、滑走路を含む会場に係留されたシェイプト・バルーン(変な気球?)を楽しそうに見ていました。


左> 到着記念?、シェイプト・バルーンをバックに記念撮影。
右> 白線の内側、土の見えているところがランウェイです。

 午前中は、現場での打ち合わせとパイロットによるチェック。滑走路を歩いて確かめたり、周りの障害物などを確認していました。

 その後、パイロットは午後の公式練習に備えて機体を取りに、お手伝いのクラブ員と佐賀空港へ移動。
 スダチを含む3名程は、会場での連絡係として現場に待機となりました。

 この間に、3日から参加していた吉本さんは帰京のため駅へ、新たに櫻井君が到着しました。




左> 佐賀空港からのリモートで練習に現れたエアーロック。相変わらず見事な演技でした。
右> 佐賀にもいたタヌちゃん。本物です。

 13:05「チームJMGC」は佐賀空港より飛来。上空から会場周辺を再確認後、展示飛行の練習を開始。20分程で無事に終了。佐賀場外に着陸しました。
 夜間駐機場所にタイダウンし、午後のバルーン競技を待ちながら会場を散策しました。

左> イベントステージでは子供向けのショーを上演中。
右> 別のテントでは「ふるさと物産展」


 会場はとっても広くて、子供向けのプレイランドやイベントステージに、インポートマーケットあり、バルーンミュージアムあり。
 そして出店・模擬店?なども多数。

 さすが80万人の人出を誇る佐賀の一大イベント、バルーンフェスタです。



 午後のバルーン競技は「フライ・イン」。一定以上離れた好きなところから制限時間内に会場に設けられたターゲットを目指すというものでした。

 60機以上のバルーンが遠くからダンダンと会場に近づいて来ましたが、会場内に入ってきたのは10機弱。
 他の機体は会場には到達出来ませんでしたが、風任せのバルーンを操って会場内のターゲットにマーカーを置く様にした機体が2機もあり、拍手喝采を受けていました。


 夜は佐賀市内のホテルでSLJの前夜祭が行われました。


左> 前夜祭会場にて、なかなか本格的な立食パーティーでした。
右> 中国の影響を色濃く残していると云われる佐賀伝統の獅子舞だそうです。

(by スダチ)


2004年11月4日(木)番外、九州合宿SLJ編 晴れ 視程50〜5km 大利根RWY 25

 高知に一泊した第一陣は、高知県航空協会の日比さんの迎撃を受け、大変な歓待を受けたそうです。ありがとうございました。m(_ _)m
 特に主任教官の山本は、出身校が同じと云うことで昔話に華が咲いた様です。

 さて、第二陣は午前8時に大利根集合。まずは平林・スダチ組のグローブが9時前に大利根を離陸。10分程おいて中澤・青木・武者・江原組のアーチャー3722も出発。更に1時間ほどおいて竜ヶ崎から出発の平野・SKのTB9が続きました。


左> 出発準備中の平林機長。まずは南紀白浜を目指します。
右> 横田の南を通過中。丹沢、富士山方面を望む。(絶景)

 関東地方の視程はなかなかでしたが、上空は強めの北西風が予想されていました。高度を上げていきながら大気速度計とGPSの対地速度の差を比べてると、7000ft以上は向かい風成分が強いので6500ftで巡航することにして、大利根−沼津−浜松−鷲尾と通り、3時間半ほど掛かって南紀白浜に着きました。

 直ちに給油・食事を済ませ、先に着いていたアーチャーの江原さんと平林さんが交代。グローブは江原機長のもとで佐賀を目指しました。今度はアーチャーが先行。10分程おいてグローブが離陸(13時15分)。丁度このタイミングで平野さんのTB9が南紀に入ってきました。


左> 南紀白浜空港、RWY33のファイナルで。
右> 佐賀到着直後。翌日からのSLJに備えて、徹夜で作ったステッカーを貼る青木氏。

 アーチャーは8500ftへ上がったようですが、グローブは5000ftまで上がるとまたもや向かい風となったので4500ftで巡航。するとしばらくして追い風5〜10kt程度になりました。高知を過ぎる辺りで10nmまで追いつきましたが、その後アーチャーも高度を下げてきたため、また差が開き佐賀に着いたのは30分遅れの16時20分頃でした。
 道中はずっと視程が良かったのですが、大分に入った辺りから悪くなり始め、佐賀の20nm位手前からは野焼きの煙や西に傾いた太陽に向かっていることもあり、前方視程は極端に悪くなりました。地形からファイナルを推測してアプローチを掛けましたが、2nmファイナルまで滑走路が視認出来ませんでした。

 南紀−佐賀間は追い風に助けられて、約3時間の飛行時間でしたが、この日の飛行時間は6時間半となりました。


 先に高知から阿蘇山経由で到着していた第一陣とも合流し、更に一時間後に着いたTP9と合流。合宿参加機は全機無事に佐賀空港へ到着しました。

 無事の到着と明日の好天を祈って乾杯。



(by スダチ)


2004年11月3日() 晴れ 視程?km 風? RWY 07

 今日はなかなかの好天。いよいよ、九州合宿が始まりました。

 第一陣は、陣容に少々変更があり、モグラ3機となりましたが、無事高知に着いたそうです。
 スダチも明日、第二陣の1人としてモグラで追いかけます。飛行機2機も一緒です。

 そして今日は、佐賀のSLJで披露する展示飛行へ向けて、大利根での最後の練習が行われていたそうです。

 また、合宿に参加するクラブ員も、色々と用意したり練習したりしていたそうです。


左> 大利根での最後の練習。気合いは入っています。[画像提供 平岡氏]
右> 合宿組、出発前の打ち合わせ。[画像提供 古島氏]


 第一陣のグローブ3機。いよいよ出発。

[画像提供 平岡氏]




左> イッテラシャーイ。[画像提供 古島氏]
右> お留守番役のロータックスファルケ。オーナーの好意でJMGCクラブ員も乗せていただけることになりました。[画像提供 平岡氏]

(代理アップ by スダチ)


2004年10月29日(金) Ver.2 晴れ 視程50km WIND08008kt R/W07

福井往復
 早朝、ビーチA36ボナンザが大利根を離陸しました。


 クルーの中澤と飯塚が、お仕事でプロペラを担いで福井へ向かいました。
 目的は福井のスーパーディモナの修理です。

 田中裕子さん、クラブメンバーの鈴木啓文さんが同乗しました。


 左>福井空港へは高橋航空のボナンザ便(画像提供・鈴木氏)



左>修理したプロペラを取り付ける飯塚・田中コンビ
右>この後テストフライトがありました
(画像提供・鈴木氏)


 彼らはボナンザの快速を生かし、テキパキと仕事を済ませ、ついでに富山空港へ寄り道して午後には戻って来ました。


左>富山空港は大きな大利根のようです。だって滑走路が河川敷だし、氾濫すると冠水するし...
右>エプロンからの標識が、とても分かりやすく表示されていました。
(画像提供・鈴木氏)



お帰りなさいJA2428
 午後、1機のモーターグライダーが大利根に着陸しました。
 グローブG109B JA2428 です。この半年の間、北海道の北見農道空港でフライトしていましたが、冬になる前に大利根へ戻ってきたものです。オーナーさん自らフェリーして来ました。

フォーメーション
 夕方、SLJ in 佐賀のイベントへ向けて、G109B・4機のフルメンバーで、フォーメーションの練習が行われました。本番に即した演技を、通しで繰り返し練習していました。
 出来はどうだったかって? 「エシュロンの向きがなぁ」「1人乗りと2人では重さが違ってやりにくいね」「課目の間が空いているんじゃない?」 などとブリーフィングも余念がありません。

 練習は日没まで続きました。

 (by 寺田)

2004年10月28日(木)Ver.3 晴れ 視程?km 風?kt RWY ?

 今日は、絶好のフライト日よりの様でしたね。

 平岡氏からの又聞きによりますと、本日の大利根では、並○先生がラジコンを壊しちゃったり、DG800の耐検が行われたり、平岡さんはグローブで久し振りに関東の空を楽しんだり、お隣のAFJさんも相変わらず実地試験前の訓練に励んでいたり、だったそうです。

 このDG800Aは、ドイツ国籍を取得し、日本でドイツの耐空検査を行った機体です。
 本来10月上旬にテストフライトの予定でしたが、2度の台風襲来と飛行場の冠水で、今まで延期されていました。

 この日、晴れて日本国籍での耐空検査となり、無事終了しました。
 作業に携わった関係者の皆さんの、ご協力に感謝します。

(by 寺田)



 耐空検査中のDG800。
 [画像提供 平岡氏]





(又聞き情報アップ by スダチ)


2004年10月27日(水) 曇り一時晴れ 視程30km 東より8kt RWY 07

 台風24号は南海上で温低化、再度の襲来はありませんでした。

 本日は、ときどき日が差す天候でしたが、北風が冷たい日でもありました。
 そんな中、工場へ避難していたモグラ・グライダートレーラー・曳航機が飛行場へ戻りました。


 < 飛行場の様子 >

 写真を見て下さい。センターエプロンより東側のグラスエリアは、まだ泥濘となっています。絶対に進入しないで下さい。タクシーは滑走路上を逸脱しない様にして下さい。

 また、他のエリアも彼方此方に泥濘があります。車の進入は泥濘を避けてワダチを作らない様にご協力お願いします。



 復活なった大利根では、お隣のAFJさん実地試験が迫っているそうでTGL練習に励んでいました。
 JMGCでも、ANAの加藤さんが合宿に備えてグローブのブラッシュアップに励んでいました。


左> 飛行場に戻ったトレーラーや機体達。
右> 第二栄橋建設現場。川中の橋脚用の穴には、増水した水が流れ込んでいました。[撮影協力 加藤氏]

(by スダチ)


2004年10月24日()Ver.2 晴れ 視程50km 

 11:00 現在 滑走路の泥の除去作業が続いています。
 残りは 1/3 となりました。

 今日中に作業は終わる予定です。
 
 この後、台風24号の動きを注視しながら、竜ヶ崎に避難している飛行機を大利根へ戻すことになるでしょう。







 左>水源を確保するために、ホースを巻いてはあちこちに移動しています


(by 寺田)



 午後には滑走路オープン。
 竜ヶ崎飛行場へ避難していた飛行機も全機戻って来ました。

 なお、工場に避難しているモグラは、27日(水)に飛行場へ戻して組立。28日(木)からは飛行再開の予定です。(ただし、台風24号のコースに寄っては、遅れる場合もあります。)


左> こんなになって作業していました。
右> 何しているんだ、バンビは?

(by スダチ)


2004年10月22日(金) 晴れ 視程50km 南西より10kt RWY ×

 いやぁー、台風一過で良い天気ですね。絶好のフライト日和です。(TOT)

 しかし、大利根は写真の通りの状態で飛べません。明日(23日)は車で滑走路に行けるでしょうか?


 

 [22日14時10分撮影]

 滑走路はまだ水の中ですが、飛行場の中でも西側の高い部分は冠水していません。
 でも、堤防から飛行場へ通じる道が冠水しているため、まだ車で行くことは出来ません。


左> 大利根飛行場に通じる道(堤防の上より)は、普段はこんな感じですが。
右> 今日は、こうなっていました。(>_<)

 スタッフの山本、飯塚、斉藤の3名がカヌーで、中州と化した飛行場に渡り様子を確認に行きました。最高水位は前回より少し高かった程度だそうです。

 スダチも竜ヶ崎に避難しているセスナを出して、カヌーの3人を激励?に行きました。ついでに、飛行場の様子も空撮してきました。


左> 大利根飛行場へ偵察に行く、冒険家の皆さん。
右> 飛行場に上陸していた、カヌーの3人。

(by スダチ)


2004年10月17日() 晴れ 視程30km 東より5kt RWY 07

 久し振りに良い天気の日曜日でした。

 しかし、大利根はやっと個人オーナー機とAFJさんのセスナが戻って来た程度。台風23号の動きも気になるので、JMGCの機体は避難したままでした。


 一見、元に戻った様に見えますが、グラスエリアの東側半分(写真奥)はまだ可成り泥濘となっています。

[画像提供 垣内 氏]。



左> グラスエリア東側、まだ泥の海です。
右> もどって来た機体の前で、オーナーと山本氏、なんの相談?

(by スダチ)


2004年10月16日() 曇り 視程?km 東より5kt RWY 07

 いやー、予想外に粘っこい泥でした。
 本日の夕方までかかって、やっと滑走路が使えるようになりました。

 まだ、滑走路東側の端に少し泥が残っており、東側のターンパッドは使えないので注意が必要ですが、離発着は可能となりました。
 グラスエリアの東半分は泥濘となっているので立ち入り禁止です。飛行機だけではなく、車の乗り入れも控えて下さい。出来ればこのまま乾燥して固まるのを待ちたいと言うことでした。一ヶ月位でしょうか?
 とっ言う訳で、その間、ラジコン・グライダー・パラジャンは出来ないと思われます。

 明日も飛行場の整備が続くようです。その関係で、明日は通常の練習・訓練フライトも難しいかも知れません。

 さらにJMGCはスタッフ休養のため、18日(月)〜21日(木)まで臨時休業とします。ご了承下さい。
  m(_ _)m


左> 滑走路中央部に溜まった泥。
右> 消防ホースを使用して、泥を洗い流すJMGCスタッフ。

(by スダチ)

2004年10月12日(火) 曇り時々雨 視程?km 風?kt RWY ×

 大自然の驚異!  大利根は、10月6日の深夜に震度5弱の直下型地震に襲われ、幸い被害はなかったと安心していたところ、今度は台風22号のため冠水しました。(;O;)

 本日の午後、やっと飛行場まで車で行くことが出来るようになりました。
 明日は、天候が許せば復旧作業が行われると思います。


 竜ヶ崎から上がった飛行機より、整備の大曽根さんが大利根を空撮。


 [画像提供 大曽根氏]。



左> 飛行場へ通じるいつもの道は冠水中。
右> やっと、水が退き始めた滑走路。ところにより3cm程の泥が!

(by スダチ)

2004年10月 9 日()   雨  視程20km  WIND??  R/W??


 午前11時の画像です。

 早くもR/W25から水が入ってきていました。

 --

 午後6時現在、台風は関東を通過中。
 暴風雨です。

 冠水以外に被害がないといいなぁ。



(by 寺田)


2004年10月 8 日(金)   曇りのち雨  視程30km  WIND??  R/W07

 今日はアローとDG-800の耐空検査が予定されていました。

 しかし台風の影響が思ったより早く、朝から雨が降り始めました。
 台風22号が勢力を強めて関東直撃コースだと。

 試験飛行は中止。とりあえず飛行機だけでも竜ヶ崎へ避難開始。同時に飛行場やクラブハウス周りの機材や車両、雑多なものを片付け始めました。



 お昼をはさんで、モーターグライダーと残った2機のカブを順番に分解して、土手向こうの工場へと避難させました。

 トレーラーもクラブのデスク周りも、カフェも片付けました。
 (いつの間にか飛行場の機材はこんなに増えていたんですね〜)


上>運搬用トラックに積まれるカブ

 ずぶぬれになりながら、夜までに飛行場の避難は完了。スタッフ全員、水もしたたるいい男と女になりました。
 お隣の使用事業さんも個人オーナー機も全機が避難を終え、飛行場はもぬけのカラです。



左>クラブハウスも撤収。またのご利用をお待ちしております。
右>避難した飛行機。新工場前は、他にも車両やその他の機材でギッシリです。


 明日は台風、日曜はたぶん冠水。
 ということで、飛行場も整備もすべての予定が狂ってしまいました。

 怒った愛ちゃんは「エーイ、明日は休みだ」と休業を宣言しました。

 えー、そんなわけでして、土日は工場・事務所ともに臨時休業させていただくことになりました。
 わざわざ台風の中訪れる人もいないと思いますが、週末は来ても誰もいませんので、ご注意ください。


(by 寺田)


2004年10月5日(火)〜6日(水) Ver.2

 10/06 中澤とマークは福井空港でJA01KYにプロペラを取り付けてきました。


 先日土曜日(10/02)と言い、今回の福井と言い、ついでに言ってしまえば今週末に予定している仙台への夜間飛行訓練と言い、すべて天候に見放されています。

 正確に言えば、浜北への空輸も、昨日の福井行きも粘れば、当初の計画とおりに行ったのですが、天候が悪いと判断してしまい、中止してしまいました。

 と言うわけで、私とマークはプロペラをかついで小松空港経由で福井空港へ行き、スーパーディモナにプロペラを取付、試験飛行をしてきました。

[原文・画像提供 中澤氏]




国際航空宇宙展近況?

 小野寺です。

 きのう(5日)、都内に行く用事があったので、愛ちゃんと一緒にパシフィコ横浜の国際航空宇宙展会場を見に行ってきました。

 富士重の展示エリアでは、米田さんが若い社員さんたちにいろいろ指示を出しながら、パワフルに動き回っていました。


 FABOTクンはひときわ高いところに展示され、ライトアップされています。

 コラムの足元では、FABOTクンが大利根で見事に飛んだ映像が流されていて、“何もしない”パイロットの俊平クン共々、目立っています。



左> 大きな飛行機の主翼の一部? カーボン一体成形だそうです。
右> FABOT君、別アングル。

 “2004年国際航空宇宙展”は、10月6日10:00からですが、パブリックデーは9日(土)と10日(日)となっています。

[原文・画像提供 小野寺氏]




 スダチです。

 本日(6日)、早速行ってきました。
 夜勤明けで出発したので、残念ながらオープニングには間に合いませんでした。


左> 横浜駅到着寸前、白い雲が。ブルーインパルスが曳いたスモークの様です(^o^;
右> 宇宙展らしい? 三菱のブース。

 富士重のFABOT君以外にも、大利根で見かける機体や関係者の方が、この国際航空宇宙展には絡んでいます。
 JMGCのクラブ員でもある飯島博士も、最新式NAV計器(?)とシュミレーターの説明をしていました。
 スダチも、ヘリのシュミレーターで調布にアプローチさせて頂きました。m(_ _)m



左> お仕事中の飯島博士と、仕事中に他のブースでシュミレーターしているのは誰?
右> 自分のブースに戻り、お仕事に励む玉中さん。大利根でもTCADや新型GPS付きのモグラでお馴染みです。

(by スダチ)

2004年10月 3 日()   雨  視程10km  WIND??  R/W??

 朝から雨でした。
 せっかくの桶川のイベントも中止になり、クラブハウスでは、教官にあまりかまってもらえない垣内さんが、山本を相手に実地試験の準備をしていました。

 心を完全に横浜へ向けてしまった垣内さんの教官は、いそいそと横浜へ行ってしまいました。

 以下はその人からのレポートです。


JAPAN AEROSPACE 2004

 10月3日 朝6時、工場集合。
 三田、マーク、飯塚、斉藤、田中裕子と私は、雨の中、カーボンファイバーの主翼荷重実験に使用したWistrと柱を積んだ4tトラックとデリカに分乗して、パシフィコ横浜に向かいました。

 ここ2,3週間、三田が工場でなにやらつくっていたのは、全てこのためだったのです。

 横浜に近づくにつれ、久しぶりに見る大都会に全員ビビッてしまいましたが、勇気をふるって、桜木町や赤レンガなんとかを通り抜け、パシフィコ横浜に到着しました。



左>会場内で、まず機体が組まれます(画像提供・瀬尾氏)
右>工場の前に転がっていたあの”柱”が立てられ...



左>ディモナを慎重に吊り上げ柱の上へ
右>固定用の鉄骨も三田さん特製 (画像提供・瀬尾氏)



 機体を組み、柱を設置し、恐る恐る機体を釣り上げ、バオバブの幹に、枝が取り付けられました。

 他のブースを睥睨するように、FABOTが地上3mに8°の左バンクと8°の頭下げで設置されています。



ついに柱の上にディモナがのりました。イメージは「バオバブ」



作業に携わった整備の皆さんと米田さん(画像提供・瀬尾氏)

 そうそう、言い忘れましたが、10/6から10日までパシフィコ横浜で開催される国際航空宇宙展での富士重工のブースの設置でした。
 一般公開は9日と10日だそうです。ぜひ見て行ってください。


[原文・画像提供 中澤愛一郎](編集・代理アップ by 寺田)


2004年10月 2 日()   晴れ  視程20km  WIND21008kt  R/W25

 
昨日に引き続き、今日も大忙しの大利根です。

フェリー班
 
先日、尾橇を尾輪に改造したASK-13は、晴天の今日、妻沼へフェリー納品されました。
 学生さんと教官が受け取りにきたので、滑空場の近くまで曳航し、離脱後グライダーは妻沼へ、曳航機はそのまま大利根へ戻りました。

 さらに次のフェリーです。

 新型式の曳航機・モールをいよいよ仙台へ納品です。

 でも、ただ仙台を往復するのはかったるいと愛ちゃんは考えました。そこで、仙台に預けていたJA4087パイパー・カブを福島まで進出させ、お互いに曳航機を交換することにしたのです。

 無事に福島空港でおち合い、乗機を乗り換え、互いにそのまま戻りましたとさ。



左>妻沼へ曳航されてゆくASK-13
右>ちょっと見にくいですが、福島空港でモールとカブの交換(画像提供・増田氏)

 
さらには、福井空港へ貸し出していた我らのJA4097・赤カブが、クラブメンバー有志の手でフェリーバックされました。
 彼らは途中ホンダ・エアポートへ寄り道してきたようです。


飛行場班
 久々の好天の週末です。朝からクラブメンバーが集まってきました。
 グライダーもモーターグライダーも、もちろん飛行機も飛んでいました。

 この日はホンダ・エアポートでイベントがあり、グローブが翼を揃えて訪問してきました。せっかくG109Bが3機も遊びに行くのだからと、SLJ in 佐賀の予行練習をしてきたとか。(参加者のレポート及び画像をお待ちしていま〜す)

 桶川でグローブと合流し、一緒に帰ってきた赤カブは、フェリー担当のスダチが休む間もなく曳航にかり出されていました。ご苦労様です。



左>着陸後、ホンダ・エアポートで休憩する参加者。鈴木さんはカブの後席。
右>飛行機のフォーメーションも行われていました。


整備班
 
整備も負けてはいません。


 浜北滑空場へ、修理の終わったグライダーを、地上輸送で納品しました。

 今日、預けていたグライダーを現地で載せ替えたトラックは、無事に大利根へ戻ってきました。

 まずはASK-13を降ろす作業。


 (画像提供・中澤氏)



 しかしそれで終わりではありません。

 同じトラックに、今度は富士重工の無人操縦実験機「FABOT」を積み込み、横浜で行われる国際航空宇宙展の会場へ、展示のために運ばれてゆきました。



左>FABOTの設置実験(画像提供・中澤氏)
右>ドナドナ♪売られてゆくよ〜、 ではなく横浜へ運ばれるディモナ(画像提供・中澤氏)

 
国際航空宇宙展の展示は10月6日〜10日まで、パシフィコ横浜で開催されます。

( by 寺田)

2004年10月 1 日(金) Ver.2  晴れ  視程50km  WIND05008kt  R/W07

<画像を追加しました>

 台風一過の青空です。前日の強風だけで、今回も被害はありませんでした。
 飛行場も工場も、大忙しの一日でした。


フェリー班
 まず朝一でアーチャーが調布へ行き、パイロットを一人降ろして桶川へ行きました。降りたパイロットは、アローを受け取って大利根へ戻ります。

 別便で、耐空検査の終わったFA-200をホンダ・エアポートへフェリー。パイロットは、待機していたアーチャーで大利根へ戻りました。


左>アーチャーの担当はDr.阿部。次のレグのホンダ・エアポートは、実は2度目の訪問だったそうです。
右>FA-200で嬉しそうな石塚さんでした。


飛行場班
 平日ですが、好天に集まってきたクラブメンバーは、それぞれモーターグライダーやグライダーで飛びました。
 調布から CAB C'K の飛行機が飛んできました。事業用だそうです。


モーターグライダーのファースト・ソロがありました。内山さんです。
おめでとうございます。



左>グライダーは渡辺さん。プハッチの後席から。
右>調布から飛んできた実地試験のセスナです。合格の報告をいただきました、おめでとうございます。


整備班
 整備のメンバーも大忙しの1日でした。
 はるばる九州・熊本からシタブリアを運んできたトラックは、大利根で機体を降ろした後、グライダーを積み込み浜北へ向かいました。明日、現地で別のグライダーを積み替えて大利根へ戻ります。

 いったい何がどうなっているのやら。
 曳航で浜北へフェリーするはずだったグライダーは、悪天続きでついに地上輸送となりました。今日のこの好天が皮肉です。


左>熊本から到着したシタブリア
右>同じトラックに、今度はグライダーを載せ替えて。それにしても一日中機体の積み降ろし作業、ご苦労様です。

( by 寺田)