不定期ですが大利根飛行場やJMGCのトピックスをお伝えします。
詳細は特設のお知らせページをご覧下さい。





<大阪、八戸の里にて>
中澤です。この日は大阪へ行ってきました。
布施工業高校に鷹7(戦後、ドイツのグルナルベビーを原型に製作された機体。私の父も何機か製作をした)があるというので、見に行きました。
瀬尾さんからの情報で、瀬尾さんは九州の帰りに、私は八尾までの夜間飛行訓練のついでにと計画しましたが、天候不良であえなく中止。
結局私は新幹線で、瀬尾さんは長崎から松山経由、甲南空港に機体を置いて、大阪で合流しました。
布施高校の格納庫には、おどろいたことに、鷹7以外にも、H22や文部省式プライマリー(復元機)と東飛式SAが置いてありました。

左>鷹7(たかしち)と呼ばれるソアラー。有名なグルナウ・ベイビーの日本版です
右>布施工業高校の校舎前で。保存状態も良さそう。
SAはさすがにフライアブルにするのは難しいとかんじましたが、鷹7はフライアブルに復元できそうでした。
ちなみに、鷹7はJA2002、SAはJA2005、来年の西暦ですね。
[原文&画像提供・中澤氏](編集・代理アップ by 寺田)


典型的な西高東低の気圧配置で風強く、寒い日でしたが、夕方になって静まりました。
風が収まるのを辛抱強く待っていた、磯山さんと、小林さんが、夕方モーターで練習していました。
16日の続報です。
一部の人からの情報では、昨日大利根を出発したJA09AWは、松山経由で夜の福岡空港に降り立ったとか。
そして、夜10:30にリンドバークに電話したところ、3人で飲んだくれていたようです。
2人は分かるとして、もう1人は誰でしょう?
中澤
画像を追加しました。
暖かい日でした。ここのところ毎日寒暖の差が大きいです。
田中裕子さんが昨日翼端の修理作業を終えたばかりのJA09AWが、九州へ向けて離陸しました。
目的地は熊本か福岡か。阿蘇場外のライトフライヤー復原機の取材だそうです。
左>嬉しそうな瀬尾さんとスダチです

夕方、山本が新品のプロペラを携えて帰国しました。
その他にもいろいろお土産を持ってきてくれたようです。詳しい話が聞きたい方は、
クラブハウスへどうぞ。
(by 寺田)
中澤です。
ロスの山本は順調のようです。ロス近郊の部品屋さんやエンジン・ショップを回っています。
金子は、たまった移転登録、変更登録、新規登録や某氏(特に名を秘す)の実地試験の申請で東京航空局と本局へ行っています。
そんなわけで、中澤が朝から飛行場勤めでした。
飛行場は内山さんが見えられ、3回目のソロに出ました。3回目なので北部調整池で30分と言ったのですが、けっこう怖がって、20分ぐらいで帰ってきてしまいました。
初のノルマ仕事を休日返上でがんばっていた田中裕子担当のJA09AWは、すんでの所で間に合いました。
飛行場の機体に主翼を付ける早々に着替えて、塾の先生に行きました。
今日は年末のクラブ便り「ウインド・ソック91号」ができ、みんなでなかよく発送作業をしています。
2,3日後(河内町内は4,5日らしい)にお手元に届きます。
[原文&画像提供・中澤氏](編集・代理アップ by 寺田)
今日はJMGCは休日の日でしたが、皆それぞれの仕事に出てきていました。
昨年、ホームページのキリ番「234567」をゲットされ、大利根で体験飛行をされた小田島氏から、先日のプハッチのお見舞いの手紙とリンゴを送って頂きました。
大変ありがとうございました。お礼を申し上げます。
プハッチが壊れたことを継起に、復座はASK13,単座はKa8,Ka6CR,Ka6Eと言う陣容が固まりつつあります。
また、遊びにきてください。
中澤愛一郎
JMGC 様
昨年「234567」で体験させていただいた岩手の小田島といいます。その際はたいへんありがとうございました。
ホームページを見ていますと強風で大変な被害が発生したとのことですね。
少しですがリンゴを送りますので皆様でおやつにでも食べていただけると幸いです。(リンゴも異常気象のためいまいちですが)
又、近くに行く際がありましたら寄りたいと思いますので、宜しくお願いします。
岩手 小田島
ところで小田島さんが「234567」キリ番をゲットされたのが2003年9月6日。
そして昨夜から今日にかけて、HPのカウンタが50万を越えたようです。1年3ヶ月で倍に進んでしまうなんて、近頃アクセス数が異常に伸びています。この分だと「555555」もすぐですね。
担当者の独り言でした
<山本 緊急出張でロスアンジェルスへ>
事は先週金曜日(12月10日)の朝でした。
現在整備の最終段階を迎えている飛行機のプロペラが、使用不可能だと言うことが2週間ほど前に判明し、急遽新品のプロペラを発注していました。
10日の朝、整備の秋永からいつ納品か聞いてくれと言うことで、ロスに電話を入れました。
するとどうやら、13日に入荷。その後、書類を整備してこちらに着くのは20日になるだろうとのことでした。
しかしこの機体の耐空検査は22日にセットされています。
この日、私は妻沼滑空場での耐空検査のため、足がわりのスーパーカブで移動していました。
天気予報と違い、天候は申し分なく、まことにけだるいフェリー・フライトです。こういう時は、とめどもなくいろいろな事が頭をかけめぐるものなのです。
そのなかで、ひらめいちゃったのが、だれかが使用できないプロペラを担いでロスへ行き、新品のプロペラを受け取って帰ってくれば、プロペラはいち早く手にはいる。
どうせ、プロペラを送り返したり、送られる費用もかかるのだし、ロスの空気を吸わせられるし... ってひらめいちゃったわけなのです。(このひらめいちゃったことで、今まで何人の人が迷惑をしたことでしょうか)
妻沼に着陸し、フライト・プランをクローズするやいなや、旅行会社に「あさってからのロス行き、可能性あるか?
運賃はいくらか?」 という問い合わせと同時に、だれが行けるか、だれを行かせたいかと思い、山本に電話し、「あさって、日曜日からロスへ行ってくれない」と連絡。 電話を受ける方も受ける方で、「国際免許が切れてるけど、今から走ればどうにかなる」との返事。
そして間髪を入れずに、旅行社にお金を振り込みに銀行へ走る経理。一方で国際免許を取りに走る山本。

というわけで、山本は今日プロペラを担いで、成田を出発しました。
現地水曜日にはロスを出ます。
[原文&画像提供・中澤氏](編集・代理アップ by 寺田)




本番前にテストフライト。

日中は陽が差さず寒い1日でした。
月、火は通常JMGCはお休みですが、飛行場は誰かしら飛んでいます。
今日は見慣れないFA-200が来ていたそうです。
滑走路に重機が入りました。
10月の台風で滑走路の周囲の芝生に泥が堆積していました。
近頃良いお天気が続き、表面は乾いているのでつい進入し、脱出不能になる車両が続出していました。
そして本日ついに泥を除去することになりました。作業のため滑走路上を重機やトラックが入ることがあります。
外来の方は、滑走路の状態をよく確認してから着陸してください。
(by 寺田)
2004年12月5日(日) 嵐→晴れ 視程? 南よりの暴風のち西風強く RWY 25
5日,台風並みに発達した低気圧が日本列島を縦断し,各地に被害をもたらしました。
今回,関東地方では特に風が強くて,ニュースを見ると7都県で44人が重軽傷。羽田では一時滑走路が閉鎖し欠航多数。成田も到着17便がダイバートだったそうです。
ちなみに羽田空港では,午前6時過ぎに最大風速(10分平均)50kt−最大瞬間風速65Kt,成田空港では同43kt−同61kt,大利根の風上に当たる千葉市では,なんと最大瞬間風速93ktを記録したそうで,大利根のグライダーも大きな被害をこうむりました。
前日,成田のTAF「ガスト55kt」を見て,JMGCでは全ての機体のノーズを風上に向けて厳重にタイダウンしたのですが,
グライダーの主力練習機であるプハッチ君が,ロープを引きちぎってお隣パラジャングループのバスにめり込んでいたそうです。(ToT)
以下は,現場に駆けつけた寺田氏からの報告です。
今日はお仕事で名古屋へ出かける予定でしたが、強風の影響で朝電車が止まっていたので、とりあえず飛行場の様子を見に行きました。
飛行場についてみると、プハッチがおとなりのパラジャンのバスに突っ込んで、胴体と翼がぽっきり折れていたのに唖然。バスがなかったらその後ろのグローブも巻き込んでいたでしょう。
一見無事な機体も係留環が抜けたりロープが切れており,ある一機は係留の金具が翼端ごと千切れていました。
飛行機も大半が向きが変わって動いていましたが、目に見える被害はなし。きちんとタイヤにフィットしていなければ、チョークもあまり意味がないんですね。
プハッチが当たったバスも大破。クラブハウスまわりのテーブルやイスも吹き飛んでいました。
台風の時よりも被害大でした。でも東京では最大瞬間風速40m/sを超えていたそうですから、グライダーが吹き飛んでも不思議ではありませんね。
実地試験を控えているグライダー練習生の皆さんには大変お気の毒ですが,ある意味,この程度の被害で済んだのは幸運だったのかもしれません。
その後めげずに名古屋で仕事をすませて来ましたが、くしゃくしゃになったグライダーが、目に焼きついていて、なんだか朝の光景が夢のような気がしています。
一緒に行った社長は、新幹線の中で「ウーーーム」「ウーーーム」とうなりながら、突然、「ASK13,Ka8,Ka6」の陣容で行くかと言ってみたり、「ASK13にカバーは無いよね」「飛べるKa8を用意しなくっちゃーー」と言ってみたり、突然「やっぱりASK21にしようか、ドイツに無いかな」と言ったりしていましたが。
東京に帰り着いたとたんに、胃を押さえて「ウーーーー、ダメだ」と阿部医師のところへ行ってしまいました。結局,入院したようです。
左> ロープと係留環は暴風に耐えたのですが,翼が耐えられませんでした。
右> グライダー運搬用トレーラーの幌も被害を受けていました。
[画像提供 JMGC](編集・代理アップ by スダチ)
2004年大安吉日(?) 番外、マリア近況 快晴 視程1000km 風、穏やか
10月初旬に連絡が来ていたのですが、台風による冠水や事務所の停電、九州合宿などの騒ぎですっかり「大利根近況」へのアップが遅れてしまいました。m(_ _)m

数年前、ドイツからJMGCへグライダー整備留学(?)に遣ってきて、旋風を巻き起こていったマリア。
彼女が、このたび目出度く、御結婚されたそうです。

おめでとう、マリア。
お幸せにね。
(代理アップ by スダチ)
2004年11月20日(土)〜21日(日) 晴れ 視程20km 東より3kt RWY 07
土曜・日曜と小春日和で、絶好のフライト日和となりました。
大利根は、九州合宿に参加していた機体が帰投したうえ、耐空検査やなんだかんだで大利根に来ている外来機が数機あり、さらに某大学パラジャン部のジュニア記録会が行われて、一体何人の人が大利根に来ているんだぁー(?) と言う状態でした。 (概算7〜80人位?)
その上、グラスエリアの東側半分がドロドロで使えないこともあって、駐機スペースに入りきれないモグラ
が駐車場の方まであふれていました。
そんな中、グライダーも飛んだし、飛行機も飛んだし、パラジャンも飛んだし、モグラも飛んだし、外来機も飛んで来てたし、大利根に来ていた外来機の皆さんも呆れながら飛んでたしぃー。
とにかく、いっぱい、イッパイ、飛んでいたのに何事もなく、如何にも大利根らしい二日間でした。
左> 日曜の朝。土曜の夜からナイトの経歴付けに名古屋へ行っていた三人が帰投。お土産は?
右> 某大ジュニア記録会のひとコマ。
色々なことが沢山ありすぎて書ききれないので、スダチが見たことを少しだけ。
日曜日、青木さんに誘われて大島−新島へ行って来た帰り道でした。
東京TCAにコンタクトして、館山−海ほたる−千葉経由で帰ろうとしていたところ「木更津管制圏はお休みなので通って良いですよ」と言われました。
こちらも「じゃあ、1000ftまで降りて通過します。」(羽田のPCAは避けますね)と気を使っているところを見せながら答えて、1000ftで木更津基地に突っ込んでいきました。
ところが滑走路脇の芝生には何やら見慣れた白い物が、「おっ、グライダーだ。」と青木さんと話すスダチ。
そうです。木更津基地はお休みでしたが、防大のグライダー部は活動していたのです。しかも、ウインチで。
皆さん、御存知だと思いますが、ウインチは鋼鉄製のワイヤーで1000ft以上までグライダーを引っ張り上げます。当然、ワイヤーも1000ft以上の高さまで立ち上がります。その昔、モグラでワイヤーと勝負した方がいたそうですが負けたそうです。
攻撃機と違ってワイヤーカッターが装備されていない航空機でアタックするのは、とっても危険です。
操縦していた青木さんは、発航準備中と思われるグライダーを見てジリジリとコースを変更。木更津基地の滑走路から十分離れた所を通りました。
とっ言う訳で皆さんも、休日に木更津管制圏がお休みと聞いても、グライダー部のウインチにはユーズコーションです。
ちなみに防大のグライダーはグライダー無線(HF)のみでVHFは聞いてないそうです。
(by スダチ)
2004年11月13日(土)〜14日(日)
九州合宿中に、大利根の留守を守る美幸さんより投稿をいただいていたのですが、掲載がすっかり遅れてしまいました。m(_ _)m
小野寺です。
11月13日(土)
今日も、大利根は飛びました。
飛行場担当は金子さん、非常勤教官は、直美さん、遠藤さんが来て下さいました。
グローブもファルケもアーチャーも飛び、教官の皆さんはお昼を食べる時間もとれません。
これでもしカブがあってグライダーができる状態だったら、えらいことになっていたでしょうね。
捻挫から回復した鈴木さんが、タヌちゃんを連れて練習に来ました。でも、先週お留守番をさせられたタヌちゃんのご機嫌は、まだ回復していないようです。
垣内さんと鈴木さんは、フライト・シミュレーター仲間。
機体をしまいながら、「やぱりシミュレーターで予習復習をするのは大切だよね」
すっかり日没時刻が早くなり、お外は暗くなりましたが、
直美さんと増田さんは熱心にディブリーフィングです。
11月14日(日)
今日は、早朝は雨、のち終日曇りでした。
曇り空でドンヨリしてはいましたが、穏やかに北よりの風が吹いて“FLT練習には最適な日より”でした。
でも、練習生はだれも来ませんでした。
こういう日を逃しちゃーダメだなあ、みんな!
しかたがないので、教官の遠藤さん、ターボアローの若林さん、教官見習い(?)の櫻井クン、そして竜ヶ崎のデイビッドなどと、クラブハウスで四方山話。
若林さんが日没前に愛機で場周を1回飛んでいましたが、本日のフライトは、なんとそれだけでした。
九州遠征組が大利根に戻るのも、もう間もなく。
大利根がまた賑やかになりますね。
みなさん、またのお越しをお待ちしています。
九州合宿組が戻る前、先週の大利根の様子でした。
もう一つ、15日(月)に宮崎空港で別れた Jurgis Kairys 氏より画像をいただきました。
彼らは富士山の側を通って、山梨航空学園に向かったそうです。
トップページにも、画像を使わせて頂きました。
> 富士山とチームdeep blues。[画像提供 Mr Jurgis Kairys]
(代理アップ by スダチ)
2004年11月16日(火)番外、大利根帰投編 晴れ 視程30km
松山市内のホテルに泊まったグローブ3機のメンバーは、バスで松山空港へ移動。午前9時頃には到着して機体の準備をはじめました。
その頃、福岡に泊まったカブの二人はすでに福岡空港を離陸し八尾を目指していたそうです。
ところで、出発前の点検をしていたところ、離陸滑走を開始した某社のライン機が「アボート テイク オフ」で戻ってきました。誘導路でしばらく点検していましたが、私達が離陸のため滑走路へタキシングするときに、2度目の離陸滑走を開始しました。
「今度は大丈夫だろうなぁー」と目の前を通り過ぎる機体を見送ろうとしたのですが、また離陸滑走を中止してスポットへと戻っていきました。きっと機内では、乗客の皆さんが「もう飛行機なんか乗らない」と思っていたのではないでしょうか?
左> 朝の点検をする加藤さん。実は某エアラインの整備士さんでもあります。
右> 離陸滑走を中止して戻ってきた、某社のターボプロップ機。
さて、他のグローブ2機は松山からダイレクトで大利根を目指すということでしたが、完全に観光モードになっていた加藤・スダチ組は、瀬戸内海の名勝地を遊覧しながら帰ろうとなり、途中、南紀白浜空港に寄ることにしました。
離陸直後は、昨晩泊まったホテルの近くにあった松山城へ、ビルが立ち並ぶ松山市街の中に、小高い山が残っているのはチョット異色でした。その山の上に残る松山城。次回は地上から、ゆっくりと観光したいものです。
左> 初めて訪れた松山空港。
右> 山の上に残る松山城。
四国の北を海岸線に沿って東に向かうと観音寺の町が、ここには誰が作ったか諸説入り乱れる謎の砂絵?「寛永通宝」が。
この絵、近くの山から見た時に丸く見える様に、真上から見ると楕円になっています。
その後は、高松の管制圏を避けて一旦南下し、中央構造線の谷沿いに東へ。
左> その昔、時代劇「銭形平次」のオープニングシーンが撮影されたことでも有名?
右> 吉野川と中央構造線?、中央構造線が判らない人は地学の勉強をやり直しましょう?
徳島基地の西でAPPにコンタクト。鳴門海峡を目指します。
徳島レーダーからは「リポート デパーテッド ナルト」の指示があり、遊覧で旋回することがすっかりばれていました。
鳴門海峡で遊覧モードを解除。南東進して南紀白浜空港を目指しました。
左> 鳴門大橋。残念ながら時間帯が悪くて、ダイナミックな渦潮は見られませんでした。
右> 富士山を北側から。加藤さんは窓一杯の富士山にいたく感動されていました。
南紀白浜への着陸を加藤さんが綺麗に決めた後。ゆっくりと食事をしながら大利根への残距離と日没時間を再計算していたところ「アレッ!」。
ノンビリ遊覧しすぎで、ちょっと時間がギリギリとなっていました。
急いで食事を済ませて南紀白浜を離陸したのは13時30分。大利根日没は16時32分。
取り合えず高度を目一杯上げて(トラポンモードa、東行きなので9500ft)昨日の様な追い風を期待しましたが、残念ながらこの日の追い風は35kt程度。対地速度は115kt程度で、もしかしたら本田飛行場か福島空港かとチョット心配しましたが、真っ直ぐ大利根を目指し、16時16分に大利根へ着くことが出来ました。(ホッ)
左> 日没迫る大利根へファイナルアプローチ。
右> 先に降りた林・寺田組。14時半頃には着いたそうです。
私達の到着まで、待っていて下さったみんなと記念撮影。
「お疲れ様でしたぁー」
これで今回の番外編は終了。
宮崎に用事で残った瀬尾さんのグローブを除いて、全機無事帰ってきました。
(by スダチ)
2004年11月15日(月)番外、大利根帰投編 晴れ所々曇り 視程30km 北西20〜5kt
朝、天候の回復は予想外に遅く九州南部は良いものの、九州北部から関東まで降雨域が広がっていました。午後まで待っても、大阪より東方の天候は回復の見込みなしでした。
取り合えず午前中は、九州南部を遊覧することにして帰投する全機、廃港の噂も出ている枕崎空港を目指すことにしました。
左> 隣のエプロンに、前夜タイガーウッズが乗って来たG5が駐機していました。
右> 志布志湾に入るところで、鹿屋基地にレーダーモニターをお願い。
まず、森岡・中澤組のカブが天候調査を兼ねて先行出発。
続いて、朝一のエアラインで宮崎入りした加藤さんとスダチの組が離陸。雲避けと遊覧を兼ねて海岸線を南下して志布志湾から鹿屋基地の南を通って枕崎を目指します。
高度1500ft程でスダチが操縦中。鹿児島湾をもう少しで抜けると云うところで、それまで静かだった鹿屋APPが飛行高度や機体の型式を尋ねて来ました。加藤さんが無線に答えるのを聞きながら、今さら急にどうしたのかと思っていた所「トラフィック 3オクロック パパスリー」の情報が、右翼の方を見ると4発のエンジンから薄い黒煙を曳きながら同高度を此方に向かってくるP3Cが目に飛び込んできました。
ゲッ、近い。(余計なこと聞く前に早くトラフィック情報をくれよ!)と思いながら、加藤さんに「1000ftまで降下するって答えて」と叫び、エアブレーキ全開で降下。
P3Cは、今話題の原潜を捜索に行く所だったのでしょうか?
左> 北西約20ktの強風でアプローチは結構緊張。11時36分枕崎空港着。
右> チャンとお弁当を買ってきていた、しっかりもののお二人。
後続のモグラ2機を待ちながら、次の目的地として考えていた薩摩硫黄島(鬼界ヶ島)は、今回は風が強いのでパス。カブが天草へ向かうと云うので、我々も天草空港を目的地とすることにしました。
続いて降りて来た林・寺田組は、宮崎空港でお弁当を買ってきており、ここ枕崎で食べて今晩のステー先、四国の松山空港へ向かうと言う。
もう一機の藤沼・山本組は、やはり天草へ行くと言うので、カブとモグラ2機は林・寺田組をおいて一足先に離陸、天草を目指します。
左> 風光明媚な天草諸島、諸浦島付近で。
右> 天草空港、西方向より。
天草までは、向かい風が強く1時間10分ほど。空港では愛さんの御友人、土佐谷氏が歓迎しくれました。土佐谷氏は天草エアラインの取締役整備部長で、スポットの件でも骨を折っていただき、更にはお昼までご馳走になってしまいました。ありがとうございました。
天草エアラインはダッシュ8が一機だけだそうですが、一日10便(5往復)も飛ばしていました。その分、整備するのは夜しかなくて大変だそうです。
でも無闇に滑走路を延長しては大きな飛行機を導入し、結果、便数が減って不便になり利用客が遠のいている関東の地方空港に、是非、聞かせて上げたい話でした。
左> 天草エアラインのダッシュ8。
右> 愛さんと土佐谷整備部長さん、天草空港にて。
大歓迎してくれた天草で一泊したいところではありましたが、明日中に大利根へ帰るためには、この日の内に少し東に進出しておかなくてはなりません。
モグラは2機は、林・寺田組を追って松山へ向かうことに。森岡・中澤組のカブは、なぜか?どうしても福岡へ行くというので、ここで別れることになりました。
15時04分、加藤・スダチ組離陸。島原湾を遊覧しながら北上し、高度上げながら大分空港へ向かいます。
少し遅れて離陸した藤沼・山本組は真っ直ぐ松山を目指したらしく、熊本空港を過ぎる辺りでは先行されていました。
しかしその後、モグラでは高く上がったことがないという加藤さんに、じゃ9500ftまで上がって見ましょうと高度上げた加藤・スダチ組は55ktの追い風に遭遇、対地速度が135kt(時速250km)もでました。16時43分、先に松山空港へ着いてしまいました。(藤沼・山本組は巡航高度7500ftで、追い風30kt程度だったようです。)
(by スダチ)
< 大利根近況(福岡番外編) >
中澤です。
モーター組は天草の後、すこしでも大利根に近づくべく、松山空港を目指しました。
しかし、パイパーだけは、強い希望で福岡を目指しました。
その理由は、
1.前席の森岡君に福岡空港のような大きな空港を経験させたかった。
2.私も福岡空港の経験が無く、経験したかった。
3.福岡、中州になんか重要な用事があった。
の内どれでしょう。
さて、だめもとで情報官に電話してみたところ、開いているのでどうぞとのこと、スポットも歩いて出られる東側の航空局に近いところをアサインしてくれました。
ジェット旅客機とヘリコプターしかいない、福岡空港に羽布張り、尾輪式はちょっと違和感がありましたが、プリーズ、フォローボーイング777アヘッドオブユーの管制官の言葉で着陸しました。
夜は、中州の「航空スタンド・リンドバーク」へ行ってきました。
> リンドバーグの法子さん。飛行機好きの集まるお店です?
[原文・画像 中澤氏](代理アップ by スダチ)
2004年11月14日(日)番外、スカイブロッサム編3 曇り時々雨 視程?km 風?kt RWY ?
予想より早く雨が降り出した様で、朝起きた時にはすでに一雨降った後でした。雲底2000ft程度の雲も可成り広がっており、都城場外へは1000ftチョットの峠を越えなくてはならないので、これはダメだなと思いながらも、一応フライトの用意をして宮崎空港へ行きました。
しかし、気象室でレーダーエコーを見せてもらうと、無情にも西から降雨域が接近中。都城の会場からも中止の連絡が入り、スカイブロッサム関連のイベントは全て終了となりました。
情報官室に行くと、昨日都城場外へ降りたセスナ・FA200・スホーイ達が宮崎に移動してくるとフライトプランが入っておりましたが、この雨で現地の滑走路もそうとう柔らかくなっている様で「大馬力のスホーイはともかく、他の機体の離陸は大丈夫だろうか?」とちょっと心配をしてしまいました。しばらくすると、プランキャンセルの連絡があり、ますます心配してしまいました。
さて、JMGCもスカイブロッサムが中止となれば、大利根へ帰投しなくてはなりませんが、この天気では本日中の出発は無理。ローカルフライトで辺りを楽しむ天気でもありません。前日のイベント終了後「折角だから飛べる時に飛ぶ」と宮崎周辺のローカルフライトをした藤沼さんは正解でした。
翌日の出発に備え、展示飛行や曳航用に減らしていた燃料をフェリー用に満タンにしたり、イベント用グッツを機体に積み込んだりと、色々と帰投の準備をしましたが、それも午前中で終了。
仕事のため、エアラインで先に関東へ帰ることにした高田さんと瀬尾さんを見送り、残りのメンバーは一旦ホテルに引き上げました。
昼食をする所を探して町をウロウロしていると、飛行機の爆音が。FA200の4機編隊がダイヤモンド隊形で飛んでいるのが見えました。無事、都城から離陸出来たようで、人ごとながらホッとしました。
今回「チームJMGC」に参加した(お借りした)グローブは、09AW、2351、2428、2429の4機。留守となる大利根用には、同じグローブの2373を借りていましたが、なぜか宮崎で借りたレンタカーのナンバーが2373で奇遇でした。(2373も合宿参加したくて追いかけて来たのかしら?)
午後には、帰りのフェリー参加者、林さんと森岡さんが宮崎入り。合流したのでした。
(by スダチ)
2004年11月13日(土)番外、スカイブロッサム編2 晴れ 視程?km 風?kt RWY ?
九州の夜明けは関東より小一時間ほど遅くなっていますが、その日の出を向かえたばかりの都城場外の滑走路を確認に行きました。
一昨日の雨の影響は大きくて、まだ柔らかい部分が少しありました。着陸に支障はないものの、離陸はパワーのある飛行機ならともかく、残念ながらモグラでは危険と判断して「チームJMGC」の展示飛行は宮崎空港からのリモート。着陸は控えることにしました。
左> 午前6時半、日の出を向かえたばかりの滑走路を点検する中澤氏。
右> 午前8時過ぎ、安全祈願の神事が執り行われ、実機代表として瀬尾氏が出ました。
その後、「チームJMGC」は宮崎空港へ移動。リモートでの展示飛行のため離陸。
大馬力エンジンを搭載したスホーイ達も離陸。こちらは一旦着陸してアクロの準備に備えるとのことでした。
この頃、高田教官と藤沼さんがラインで到着。
FOX曳航用のカブの準備を高田さんにお願いして、藤沼さんとスダチはレンタカーで都城場外へ、カブでのFOX曳航離陸も、なにかと心配なので色々と準備に走り回りまるのでした。
丁度、地上班が都城場外に着いた頃、中澤・高田の両教官がカブをフェリーして現れ、FOXの曳航は大事をとって中澤教官が曳くこととなりました。
左> ちょっと心配したのですが、さすが180馬力のタイガーカブは、危なげなく曳航をこなしました。
右> 華麗なるFOXのアクロ展示飛行。パイロットは植田氏。
FOXを引っ張り上げたカブは宮崎へ帰投。午後の「チームJMGC」での展示飛行のため、中澤教官は宮崎空港へ戻らなくてはならないのでした。
午後の「チームJMGC」の展示飛行を待つ間、地上スタッフと化した高田・藤沼・スダチの三人は宮崎名物(?)「はし焼き」などをつまみながら、スホーイのアクロやFA200の展示飛行を見物するのでした。
左> ユルギス・カイリスの離陸。
右> ユルギス、ロバート、室屋の3氏による華麗なるアクロバット飛行。
左> 都城のメイン会場。奥が滑走路。
右> クレーンを使った子供用の遊具。GBとスペースシャトルに乗れます。
「チームJMGC」午後の飛行展示開始。下には先に展示を済ませたFA200の皆さんがタクシーバック中。
「チームJMGC」九州で披露する最後のダイヤモンド編隊となりました。
残念ながら、翌14日(日)は、雨のためスカイブロッサムは中止となりました。
(by スダチ)
2004年11月12日(金)番外、スカイブロッサム編1 晴れ 視程20km 西より18kt RWY 27(宮崎空港)
スダチです。
合宿の夜は誘惑が多く、ついつい遅くまで飲んで歌って飛行談義(?)。大利根近況の更新も滞りがちになってしまいます。m(_ _)m
12日の昼前。寺田さんとスダチはエアラインで宮崎空港へ到着。雨の関東から晴天の九州へと戻ってきました。
前の晩に宮崎入りしていた瀬尾さんと、ズッと宮崎に残っていた中澤・山本の両教官と再び合流です。
更に、韓国グライダー協会より朴さん(以後、アシアナ朴さん)が合流。アシアナ朴さんは、以前日本へ留学中は航空部に所属していたそうで日本語もペラペラ。現在はアシアナ航空でキャプテンをなさっており、今回はJMGCと親睦を深めるため遊びに見えられました。
また、以前JMGCの整備で修行を積み(?)、現在は宮崎空港の整備会社に勤務されている平田さんが遊びに来てグローブでひとっ飛びしました。
この合宿中はなにかとお世話になったそうです。m(_ _)m
[画像提供 平田氏]
予定ではこの日は、明日(13日)から始まる「都城スカイブロッサム2004」のために、グローブ4機とカブは都城入りするはずでしたが、宮崎の天候は良いものの前日まで降り続いた雨のため、会場となる都城場外の滑走路はぬかるんでおり着陸は出来ない状況でした。現場では急ピッチで整地作業が進んでいたそうです。
都城へ降りることが出来ないので、この日の練習は宮崎空港からリモートとなり、グローブ編隊とFOXを曳航したカブが飛びました。
[写真=宮崎空港で機体を組み立てるレッドフォックスの皆さん。その後ろは、都城へ移動することが出来ないため待機するアクロ機のスホーイ達。]
夕方、もう一組、お馴染みの朴さん(以後、ダイカン朴さん)が合流しました。皆さん、御存知の通り、此方の朴さんは大韓航空にお勤めで、今回は奥様と一緒に見えられました。
それしても、お三方とも日本語がお上手です。英語も話せるそうですので母国語と合わせて三カ国語を操るのですね。
さて、スカイブロッサムの方では、都城市内のホテルで最終打ち合わせと前夜祭が行われました。
前夜祭は、佐賀とは一味違った手作りの味が満載でした。
左> 左から、アシアナ朴さん、ユルギスさん、ダイカン朴さん夫妻。
右> 保母さん達による歓迎の太鼓。
なぜかセグウェイの体験搭乗が行われていました。
左> セグウェイを体験する、アクロパイロットの室屋さん。
右> 駐機するときは、ちゃんとスタンドが出るのですね。
左> 突然、司会者がロックミュージシャンに変身。踊り出す方も(^O^;
右> 夜、宿泊先のホテルに戻って、日韓出版関係者が何やら打ち合わせ。
(by スダチ)
11時ごろにクラブ員の藤岡さんが仕事の途中に顔を出してくれました。居合わせたユルギスと握手をした写真を撮りましたが、ご本人は誰と握手をしたのか分からない様子。 九州で合宿中の中澤です。
今日は3機目のスホーイが到着する予定です。
ところが宮崎の天候は、予想よりはるかに悪く、その旨を南紀にいる室谷氏に伝えました。室谷氏はとりあえずトライするとのことでした。
今日の最大の関心事は、カブの左ブレーキの修理でした。
しかし大利根と違い、部品もなければ工具もない。ついでにここにいるのは、一整ジャンボの資格を持つ小林英次さんと、口先”確認”整備士の私の2人、というなんとも心細い陣容なのです。
そこで大利根にいる大曽根に「空気抜きの方法を教えてくれ」と電話すると、「あー、ムリムリ、もし空気抜きするなら自分が行きますよ」とつれない返事...
そこで思い出したのが、その昔JMGCに居た紅顔の美少年・平田君でした。都合の良いことに、彼は現在宮崎のSNAで働いています。
彼に必要な作動油と工具の依頼をすると、快く持ってきてくれました。ブレーキは何とか空気抜きをしないで修理することができました。小林さんの一言、「久しぶりに工具を持ったな〜」

左>カブのブレーキ不具合で助けてくれた平田さん。ありがとうございました。(ちなみに小林教官の最初の訓練生だそうです)
右>整備中の都城滑走路の現地調査
そうこうしている間に3機目のスホーイも到着しました。
福岡へ転勤された岡部さんが、佐賀に引き続き、ここ宮崎にも来てくれました。ザンザン降りの中、少し飛びました。
その後、岡部さんもユルギスと一緒に都城を見に行きました。岡部さんも生ユルギスと一緒で嬉しそうでした。
左>せっかく来てくれたので飛びます。
右>豪雨横風・荒れ狂う波の中での宮崎空港ファイナル(隣の山本教官はたいへんそうでした)
夜は清武町町長の紹介のお店へ、ユルギス・カイリス、室谷氏を誘って行きました。
驚いた事に町長は私のBirthdayを知っていて、花束を持ってきてくれました。
ちょうどこちらの新聞に、都城スカイブロッサムの記事が出たこともあり、またそのお店のシェフがユルギスの大ファンでしたので、たいへん喜ばれました。

左>アクロバットの神様ユリギスさんにサインをもらいました
右>生ユルギスとお昼に中華
(原文・中澤愛一郎 画像提供・岡部氏 編集&代理アップ by 寺田)
2004年11月8〜9日(月、火)番外、九州合宿宮崎編1 Ver3 たぶん晴れ ところによりCb
フェリーを担当した平岡さんから、画像をいただいたので追加しました。
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九州で合宿中の中澤です。
天気に恵まれたJMGC九州遠征合宿は、6、7日と佐賀で行われたSLJへの参加をかわきりに始まりました。
7日のショー・フライト後は会場へ着陸せず、4機のハデなローパスを最後に佐賀空港へ移動、地上部隊の到着を待ち、下のクルーで宮崎へフェリーしました。
2351 江原・山本
2429 桜井・寺田
2428 平林・須田
09AW 瀬尾
3722 青木・中澤
多少視程が悪かったものの、1時間強のあっけないフライトで宮崎の移動は終了しました。
宮崎合宿第1日目、8日(月)は、いろいろ意見がありましたが、結局、種子島→屋久島→薩摩硫黄島→枕崎→鹿児島のハート型を3722(石塚・田山・山本・桜井)と2429(青木・中澤)で飛びました。
屋久島では地元の魚を食べられたのですが、雷鳴と共にCbの雨。2429はその後の予定をパスして、宮崎へ戻りました。
3722は果敢にも薩摩硫黄島へ着陸しました。
一方、都城でのスカイブロッサムに使用する曳航機JA4097は、天候の悪化が懸念されるため、平岡氏へ空輸を依頼、夕方には八尾へ到着しました。

左>フェリー途中、浜松の北あたりはオントップでした(画像提供・平岡氏)
右>この日は八尾泊まり。使用事業向けの機体が多い八尾では、とても異色で、人だかりがしていたそうです。(画像提供・平岡氏)
<9日(火)>
朝から思っていたより悪い天候でした。しかし、悪いのは宮崎周辺だけでしたので、私は青木さんと2429で鹿児島→天草を目指して離陸しました。ところが天候はさらに悪化、2000ftもとれず戻ってしまいました。八尾にいる平岡氏にかろうじて連絡が取れ、4097は松山へダイバードすることにしました。
3722は石塚・田山組で天草→佐賀→大分→高知と各駅停車で南紀白浜へ行く予定です。
午後になり多少天候も回復、まずスホーイ28の二人組、ロバート・フライとユルギス・カイリスが到着。その後平岡氏の4097も到着しました。

宮崎では知り合いになった清武町町長の一の瀬氏の紹介で、6人の体験飛行が行われました。
間断なく飛ぶラインの間をかいくぐり、「時間の節約のため」フォーメーション・テイクオフ、ランディングで飛びました。皆さん喜んでいました。
(画像提供・平岡氏)

夜は同じホテルのユルギスを誘って、私の Birthday Party を行いました。
ユルギスと会うのは3年ぶりで話がはずみました。
(画像提供・平岡氏)
(原文・中澤愛一郎 編集&代理アップ by 寺田)
非常にラッキーなことに、このイベント期間中はズッと好天と弱風に恵まれました。
2004年11月6日〜7日の大利根 たぶん晴れ 視程?km 風? RWY ?
留守番の小野寺です。
< 11月6日(土) >
大利根ではいつものように、朝一番から飛んでいました。
とは言え、最初の内はモーターのお客さんがそんなにはいなかったので、勢揃いしたクラブ員教官の皆さんは、ボーっとヒマしていました。
左> 竹とんぼのJA2373。朝から元気に飛んでいました。
右> 手薄な大利根のためにクラブ員教官がたくさん来てくれましたが、午前中はわりにヒマでした。
グライダーも飛ばし始めたので、少し賑やかになってきましたが、それでも教官が充分に足りているので、小林さんは愛機ディスカスに日光浴をさせていました。
左> DG300の組み立てに大利根を守る金子さんもお手伝い。「主翼のピンがなかなか入らないヨ〜」
右> 小林さんはディスカスの日光浴を兼ねて軽くひと飛び。組み立てる時に主翼から水がけっこう出てきて、ちょっとびっくり。大雨の後は、皆さんも気を付けてね!
でもその内賑わってきて、JA2373を竹とんぼの皆さんといっしょに、時間を分け合って飛びました。
ロータックス・エンジンを搭載したファルケも大活躍。
事情があって予定より一日早く竜ヶ崎に帰ってきたタンピコの平野さんとSさん。車が大利根にあるので、高田さんがムーニーで迎えに行ってあげました。
なーんて豪勢なお迎えなんでしょうねえ。
左> ロータックス・エンジンを搭載したファルケ。軽い機体にパワフルなエンジンの取り合わせはとても素敵です。オーナーの須原さん、藤岡さん、ご厚意に感謝してます。
右> 竜ヶ崎ー大利根間を俊足ムーニーでお迎え。ちょっと冗談が過ぎたかしら? 高田さん、ありがとうごさいました。
< 11月7日(日) >
やはり今日も、朝一番から飛んでいました。
6日と同じようにモーター、グライダー、飛行機と出せるおもちゃを前部出して皆さん楽しんでいました。でも、だれよりも楽しく嬉しかった二人がいます。
DG300エラン・アクロ JA33LD のオーナー高島潔さんと、DG800A JA2831 のオーナー井上喜博さんです。
二人ともそれぞれのマイプレーンを今日初めて飛ばしたのです。
よかったね!
左> DG300 ELAN ACRO の離陸。美しい機体ですね。
右> DG800a とオーナーの井上さん。シアトルに住む、前のオーナーもこの機体の現役復帰を喜んでいます。
左> 妖しいバスが出現!これはいったい何…?
右> スカイダイビングのクラブ“アラジン”代表の岩崎さんが、会員さんのために用意した休憩所です。上空からもすぐに分かるようにと、鮮やかな黄色に塗装中。仕上がりが楽しみです。
ファルケのフライトを終えた合田さんと直美教官、そしてJA3612でナビかたがた紅葉を見てきた戸辺さんと紀子教官。
直美さん、紀子ちゃん、お二方には日本の美“奥ゆかしさ”を感じます。
この姿を見て、だれが貴女達をヒコーキの教官だと思うでしょう?
ところで、これはお知らせなのですが、JA4097スーパーカブが九州に向けて明日(8日)出発することになりました。
当初は木曜日頃の出発を考えていたのですが、天候の流れを見ると明日出かけてしまった方が安全ね、というわけです。
一週間ほどのあいだ曳航機がお留守になるのでグライダーができませんが、どうぞ、ご了承下さいませ。
(代理あっぷ by スダチ)
2004年11月6日(土)番外、九州合宿SLJ編3 晴れ 視程30km 南より5kt RWY ?
午前7時過ぎ、宿泊しているホテルの窓から外を見ると、多数のバルーンが飛んでいました。
既に朝の競技が行われているようです。バルーニストの朝は早いですね。
今年のSLJは、風の弱い早朝と夕方に行われるバルーン競技の間で行われるので、11時〜15時がSLJの時間となっています。
朝のブリーフィングも9時半からと少々ノンビリしていますが、各ブースはバルーンフェスタに合わせて早めに明けてほしいと言うことで、8時頃にはホテルを出発しました。
今回JMGCは滑空協会の看板を背負っているので、滑空協会のブースもお世話するのでした。
左> クラブ員の岡部さんが遊びに来てくれました。現在は九州へ転勤となりこちらにいるそうです。
右> イベント「HBT」の一コマ。バイクも飛んでいました。
バルーンフェスタとSLJの繋ぎには、この大会の大型スポンサーである本田が「HONDA BIKE TRIAL」と名を打って、モトクロスのトップライダーがデモをやっていました。
さてSLJ本番は、まずパラシュート降下から始まり。
エアロックが佐賀空港からリモートでアクロを披露。
MLP、模型飛行機、ジャイロプレーン、モーターパラグライダーと飛んで、13時過ぎに「チームJMGC」が4機のモグラで展示飛行。
さらに自家用機のフライトや、4機のFA200を使うスーパーウィングスの展示飛行などもあり、計9団体が4時間の時間を目一杯使って飛び回り、無事終了しました。
左> エアロックのピッツと、地上展示中のグローブ。
右> 地上展示が終わり、暖機運転中の「チームJMGC」。
左> ダイヤモンド編隊を披露中の「チームJMGC」。
右> この展示飛行を終わって、ランディング中の3番機。
SLJが終了すると、またバルーンの競技が始まります。
滑空協会のブース上空にも、バルーンが飛んできました。
夕方のバルーン競技も日没前には終了し、各機は戻ってきてイベントに備えます。
この晩は、気球のバーナーでライトアップする幻想的なイベント「LA MONTGOLFIER NOCTURNE」が行われました。
音楽に合わせて気球が光る様子は、一見の価値あり。最後は対岸から花火を打ち上げて締めました。
左> 「LA MONTGOLFIER NOCTURNE」準備中。
右> 「スリー、ツー、ワン、バーナーオォーン」のカウントダウンと共に一斉点火。
土曜日とあって日中も人が多かったと感じましたが、バーナーにライトアップされた人影は凄かったです。
さすが80万人を集める大イベントでした。
ところでこの日、TB9は平野さん・武者さん・他1名を乗せて帰京、無事竜ヶ崎に着いたそうです。
また、松橋さんもラインで佐賀を離れました。残りのメンバー9名で、明日は宮崎へ移動です。
(by スダチ)
2004年11月5日(金)番外、九州合宿SLJ編2 晴れ 視程30km 南より5kt RWY ?
まず留守番中の大利根では、ANAの加藤さんが小林教官とグローブで大島へ遊びに行ったそうです。
そして九州組は、今日はSLJ公式練習日。
9時過ぎに会場へ着くと朝のバルーン競技は終わっており、キッズデーとして大勢の幼稚園児が招待され、滑走路を含む会場に係留されたシェイプト・バルーン(変な気球?)を楽しそうに見ていました。
左> 到着記念?、シェイプト・バルーンをバックに記念撮影。
右> 白線の内側、土の見えているところがランウェイです。
午前中は、現場での打ち合わせとパイロットによるチェック。滑走路を歩いて確かめたり、周りの障害物などを確認していました。
その後、パイロットは午後の公式練習に備えて機体を取りに、お手伝いのクラブ員と佐賀空港へ移動。
スダチを含む3名程は、会場での連絡係として現場に待機となりました。
この間に、3日から参加していた吉本さんは帰京のため駅へ、新たに櫻井君が到着しました。
左> 佐賀空港からのリモートで練習に現れたエアーロック。相変わらず見事な演技でした。
右> 佐賀にもいたタヌちゃん。本物です。
13:05「チームJMGC」は佐賀空港より飛来。上空から会場周辺を再確認後、展示飛行の練習を開始。20分程で無事に終了。佐賀場外に着陸しました。
夜間駐機場所にタイダウンし、午後のバルーン競技を待ちながら会場を散策しました。
左> イベントステージでは子供向けのショーを上演中。
右> 別のテントでは「ふるさと物産展」
会場はとっても広くて、子供向けのプレイランドやイベントステージに、インポートマーケットあり、バルーンミュージアムあり。
そして出店・模擬店?なども多数。
さすが80万人の人出を誇る佐賀の一大イベント、バルーンフェスタです。
午後のバルーン競技は「フライ・イン」。一定以上離れた好きなところから制限時間内に会場に設けられたターゲットを目指すというものでした。
60機以上のバルーンが遠くからダンダンと会場に近づいて来ましたが、会場内に入ってきたのは10機弱。
他の機体は会場には到達出来ませんでしたが、風任せのバルーンを操って会場内のターゲットにマーカーを置く様にした機体が2機もあり、拍手喝采を受けていました。
夜は佐賀市内のホテルでSLJの前夜祭が行われました。
左> 前夜祭会場にて、なかなか本格的な立食パーティーでした。
右> 中国の影響を色濃く残していると云われる佐賀伝統の獅子舞だそうです。
(by スダチ)
2004年11月4日(木)番外、九州合宿SLJ編 晴れ 視程50〜5km 大利根RWY 25
高知に一泊した第一陣は、高知県航空協会の日比さんの迎撃を受け、大変な歓待を受けたそうです。ありがとうございました。m(_ _)m
特に主任教官の山本は、出身校が同じと云うことで昔話に華が咲いた様です。
さて、第二陣は午前8時に大利根集合。まずは平林・スダチ組のグローブが9時前に大利根を離陸。10分程おいて中澤・青木・武者・江原組のアーチャー3722も出発。更に1時間ほどおいて竜ヶ崎から出発の平野・SKのTB9が続きました。
左> 出発準備中の平林機長。まずは南紀白浜を目指します。
右> 横田の南を通過中。丹沢、富士山方面を望む。(絶景)
関東地方の視程はなかなかでしたが、上空は強めの北西風が予想されていました。高度を上げていきながら大気速度計とGPSの対地速度の差を比べてると、7000ft以上は向かい風成分が強いので6500ftで巡航することにして、大利根−沼津−浜松−鷲尾と通り、3時間半ほど掛かって南紀白浜に着きました。
直ちに給油・食事を済ませ、先に着いていたアーチャーの江原さんと平林さんが交代。グローブは江原機長のもとで佐賀を目指しました。今度はアーチャーが先行。10分程おいてグローブが離陸(13時15分)。丁度このタイミングで平野さんのTB9が南紀に入ってきました。
左> 南紀白浜空港、RWY33のファイナルで。
右> 佐賀到着直後。翌日からのSLJに備えて、徹夜で作ったステッカーを貼る青木氏。
アーチャーは8500ftへ上がったようですが、グローブは5000ftまで上がるとまたもや向かい風となったので4500ftで巡航。するとしばらくして追い風5〜10kt程度になりました。高知を過ぎる辺りで10nmまで追いつきましたが、その後アーチャーも高度を下げてきたため、また差が開き佐賀に着いたのは30分遅れの16時20分頃でした。
道中はずっと視程が良かったのですが、大分に入った辺りから悪くなり始め、佐賀の20nm位手前からは野焼きの煙や西に傾いた太陽に向かっていることもあり、前方視程は極端に悪くなりました。地形からファイナルを推測してアプローチを掛けましたが、2nmファイナルまで滑走路が視認出来ませんでした。
南紀−佐賀間は追い風に助けられて、約3時間の飛行時間でしたが、この日の飛行時間は6時間半となりました。
先に高知から阿蘇山経由で到着していた第一陣とも合流し、更に一時間後に着いたTP9と合流。合宿参加機は全機無事に佐賀空港へ到着しました。
無事の到着と明日の好天を祈って乾杯。
(by スダチ)
2004年11月3日(水) 晴れ 視程?km 風? RWY 07
今日はなかなかの好天。いよいよ、九州合宿が始まりました。
第一陣は、陣容に少々変更があり、モグラ3機となりましたが、無事高知に着いたそうです。
スダチも明日、第二陣の1人としてモグラで追いかけます。飛行機2機も一緒です。
そして今日は、佐賀のSLJで披露する展示飛行へ向けて、大利根での最後の練習が行われていたそうです。
また、合宿に参加するクラブ員も、色々と用意したり練習したりしていたそうです。
左> 大利根での最後の練習。気合いは入っています。[画像提供 平岡氏]
右> 合宿組、出発前の打ち合わせ。[画像提供 古島氏]
第一陣のグローブ3機。いよいよ出発。
[画像提供 平岡氏]
左> イッテラシャーイ。[画像提供 古島氏]
右> お留守番役のロータックスファルケ。オーナーの好意でJMGCクラブ員も乗せていただけることになりました。[画像提供 平岡氏]
(代理アップ by スダチ)





午前11時の画像です。
早くもR/W25から水が入ってきていました。
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午後6時現在、台風は関東を通過中。
暴風雨です。
冠水以外に被害がないといいなぁ。
(by 寺田)
今日はアローとDG-800の耐空検査が予定されていました。
しかし台風の影響が思ったより早く、朝から雨が降り始めました。
台風22号が勢力を強めて関東直撃コースだと。
試験飛行は中止。とりあえず飛行機だけでも竜ヶ崎へ避難開始。同時に飛行場やクラブハウス周りの機材や車両、雑多なものを片付け始めました。

お昼をはさんで、モーターグライダーと残った2機のカブを順番に分解して、土手向こうの工場へと避難させました。
トレーラーもクラブのデスク周りも、カフェも片付けました。
(いつの間にか飛行場の機材はこんなに増えていたんですね〜)
上>運搬用トラックに積まれるカブ
ずぶぬれになりながら、夜までに飛行場の避難は完了。スタッフ全員、水もしたたるいい男と女になりました。
お隣の使用事業さんも個人オーナー機も全機が避難を終え、飛行場はもぬけのカラです。

左>クラブハウスも撤収。またのご利用をお待ちしております。
右>避難した飛行機。新工場前は、他にも車両やその他の機材でギッシリです。
明日は台風、日曜はたぶん冠水。
ということで、飛行場も整備もすべての予定が狂ってしまいました。
怒った愛ちゃんは「エーイ、明日は休みだ」と休業を宣言しました。
えー、そんなわけでして、土日は工場・事務所ともに臨時休業させていただくことになりました。
わざわざ台風の中訪れる人もいないと思いますが、週末は来ても誰もいませんので、ご注意ください。
(by 寺田)




(by スダチ)
朝から雨でした。
せっかくの桶川のイベントも中止になり、クラブハウスでは、教官にあまりかまってもらえない垣内さんが、山本を相手に実地試験の準備をしていました。
心を完全に横浜へ向けてしまった垣内さんの教官は、いそいそと横浜へ行ってしまいました。
以下はその人からのレポートです。
<JAPAN AEROSPACE 2004>
10月3日 朝6時、工場集合。
三田、マーク、飯塚、斉藤、田中裕子と私は、雨の中、カーボンファイバーの主翼荷重実験に使用したWistrと柱を積んだ4tトラックとデリカに分乗して、パシフィコ横浜に向かいました。
ここ2,3週間、三田が工場でなにやらつくっていたのは、全てこのためだったのです。
横浜に近づくにつれ、久しぶりに見る大都会に全員ビビッてしまいましたが、勇気をふるって、桜木町や赤レンガなんとかを通り抜け、パシフィコ横浜に到着しました。

左>会場内で、まず機体が組まれます(画像提供・瀬尾氏)
右>工場の前に転がっていたあの”柱”が立てられ...

左>ディモナを慎重に吊り上げ柱の上へ
右>固定用の鉄骨も三田さん特製 (画像提供・瀬尾氏)

機体を組み、柱を設置し、恐る恐る機体を釣り上げ、バオバブの幹に、枝が取り付けられました。
他のブースを睥睨するように、FABOTが地上3mに8°の左バンクと8°の頭下げで設置されています。
ついに柱の上にディモナがのりました。イメージは「バオバブ」

作業に携わった整備の皆さんと米田さん(画像提供・瀬尾氏)
そうそう、言い忘れましたが、10/6から10日までパシフィコ横浜で開催される国際航空宇宙展での富士重工のブースの設置でした。
一般公開は9日と10日だそうです。ぜひ見て行ってください。
[原文・画像提供 中澤愛一郎](編集・代理アップ by 寺田)




<画像を追加しました>
台風一過の青空です。前日の強風だけで、今回も被害はありませんでした。
飛行場も工場も、大忙しの一日でした。
<フェリー班>
まず朝一でアーチャーが調布へ行き、パイロットを一人降ろして桶川へ行きました。降りたパイロットは、アローを受け取って大利根へ戻ります。
別便で、耐空検査の終わったFA-200をホンダ・エアポートへフェリー。パイロットは、待機していたアーチャーで大利根へ戻りました。

左>アーチャーの担当はDr.阿部。次のレグのホンダ・エアポートは、実は2度目の訪問だったそうです。
右>FA-200で嬉しそうな石塚さんでした。
<飛行場班>
平日ですが、好天に集まってきたクラブメンバーは、それぞれモーターグライダーやグライダーで飛びました。
調布から CAB C'K の飛行機が飛んできました。事業用だそうです。

モーターグライダーのファースト・ソロがありました。内山さんです。
おめでとうございます。

左>グライダーは渡辺さん。プハッチの後席から。
右>調布から飛んできた実地試験のセスナです。合格の報告をいただきました、おめでとうございます。
<整備班>
整備のメンバーも大忙しの1日でした。
はるばる九州・熊本からシタブリアを運んできたトラックは、大利根で機体を降ろした後、グライダーを積み込み浜北へ向かいました。明日、現地で別のグライダーを積み替えて大利根へ戻ります。
いったい何がどうなっているのやら。
曳航で浜北へフェリーするはずだったグライダーは、悪天続きでついに地上輸送となりました。今日のこの好天が皮肉です。

左>熊本から到着したシタブリア
右>同じトラックに、今度はグライダーを載せ替えて。それにしても一日中機体の積み降ろし作業、ご苦労様です。
( by 寺田)