大利根近況

不定期ですが大利根飛行場やJMGCのトピックスをお伝えします。

<< 「面白可笑しく」という編集方針のため、ウソ・大げさ・まぎらわしい情報が混じることがあります。その辺は差し引いてお読み下さい。特に(by スダチ)のサインがあるものに付いてはご注意下さい。 >>

バックナンバー

2005年6月25〜26日

25日() 
Ver.2 曇り 視程10km 南西5kt RWY 25

画像を追加しました。


 誰かが言っていたそうです。「ここ数日、梅雨がサボっている」と。

 と言う訳で、雨がやんでいるうちにと、この週末は大勢のクラブ員が飛びに来ていました。


 A150で、お嬢さんと一緒に調布へ遊びに行って来た長屋さん。



<<< 二日分の焼き鳥が一日で無くなった訳 >>>

 マレーシアへ出張に行っていたタヌパパから、お土産に「マレー風焼き鳥の元」を買って来たので、日本で購入した鶏肉と合わせて、25・26日の二日間にわたって焼き鳥BBQをすると連絡メールが入りました。
 スダチ、25日は大利根へ行けなかったので26日を楽しみにしていました。

 ところが主力練習機G109の一機が整備中だったことと、練習中の機体を奪取して遠くへ遊びに行った者が出たため、フライトの順番待ちが長くなったクラブ員と教官の皆さんが、ヤケになって焼き鳥を焼いてしまい26日分(スダチの分)まで消化してしまったそうです。(TOT)


左>焼き鳥屋「みゆきちゃん」 おいしゅうございました。
右>あまりの暑さにヤケになって食べている人もいたとか、いないとか。



 マレーシア帰りのタヌパパはソロ訓練中。

 後ろにうっすら写っている旅客機は、楽しそうなJMGCに惹かれたのか? この後、大利根上空へ進入して来てみんなを驚かせたそうです。


[画像提供 遠藤氏]



26日() 曇り 視程10km 南西5kt RWY 25

 この日は、外来機が一杯。朝も早くから沢山の自家用機、訓練機が飛んできていました。


左> 遊びに来ていた、高橋先生のボナンザ。
右> こちらは岡本先生のターボアローと、奥は内海先生のアロー。


 蒸し暑い中、今日もみんな飛びに来ていました。





 駐車場の草刈りを、クラブ員の藤沼さんがやってくれていました。
 「車を止めている人、少し動かしてぇー」の声に、サイドブレーキを解除して「オリャー」と愛車を押す美幸さん、、、、、

 あっ、うっ、動いた。(@o@)




左> 帽子までおそろい二人は、最近よく一緒に飛んでいます。もうスダチの出番は無い様です(;o;)
右> 明野から来たベランカ。調整とテストを兼ねてグライダーを曳航していました。

(by スダチ)

2005年6月24日(金)  晴れ時々曇り 気温30℃ 視程10km 無風 RWY 25

 中澤です。
 梅雨の合間を縫うように瀬尾さんは愛機09AWで東北方面へ朝早くから出掛けています。また、3722は白藤/金子のコンビで仙台へ往復しています。

 RF4Dに乗っていた清水さんは、その後4097にのっていましたが、ついにはその4097も耐空検査前の整備に入ってしまい、乗る機体が無くなってしまいました。
 しかたないので、先週からセスナ150に乗っているのですが、これがうまく行かず、結構苦労しています。

 胴体下面の修理をしていた、アステアの修理が終わり、試験飛行が行われました。


左>機体のの計測をしています。
右>修理が終わってピカピカのアステア


2005年6月23日(木)  雨のち曇り時々晴れ 視程5km 無風 RWY 25

続・整備工場より

 中澤です。
 4097が耐空検査の整備作業に入りました。だいぶ色落ちしているので、塗り直そうと言うことになっています。


左>今日は三田、大曽根が脚ストラットの整備を始めました。
右>作業する大曽根さん。最近いいことがあったみたい。


左>00CNはプロペラを交換して、ついでにエンジンの整備をするためにドック入りしています。
右>金子が新しいRF4Dへの無線機の取付を始めました。


 裕子は相変わらず、粉まみれです。




2005年6月19日(  晴れ時々曇り 視程20km 21003kt RWY 25

整備工場より

 中澤です。
 梅雨のまっただ中、あまり飛行場での話題がありませんが、整備工場では相変わらずの作業がそれぞれの担当で動いています。


Markと斉藤は毎日が「ペーパーワーク」です。
MarkはASK21の主翼(画像左)、斉藤はディスカスの胴体を磨いています(右)。


左>三田はまたなにやらあやしい作業を、、、、、
右>裕子はホイール・パンツの修理


左>大曽根は関宿の白カブに引き続き4097の耐空検査(だいぶ色落ちした主翼を塗ろうと準備しています)
右>マッツァンは2351のエンジンを交換中


2005年6月18日(  雨のち曇り時々晴れ 視程10km 07008kt RWY 07

高田です。
今日は私は出遅れたのですが、朝から天気が悪かったようで、第一便の時間には間に合ってしまいました。
大利根に着いたのは午後1時だったのに・・・(^^;)。

陸単持ちの浅尾顧問弁護士がモーターグライダーのファーストソロに出ました。日本でも初ソロだったそうです。
ソロチェックで二回も模擬エンジンフェイルでいぢめちゃいました(笑)


1999年以来のソロフライトだそうです。おめでとうございます。(画像提供:遠藤教官)
今頃大利根飛行場で野宿しながら喜びをかみしめていることでしょう。


2005年6月12日(  晴れのち曇り 視程30km 07006kt→15010kt RWY 07

 寺田です。
 今日は梅雨の中休みで、真夏のような蒸し暑さでした。晴れ間めがけて朝からクラブメンバーが殺到しました。

 RED FOXのメンバーが、FOXという、アクロ競技用のグライダーを持ってきていました。飛行場の上空をタテや横にクルクルと回っていました。


左>植田さん、鐘尾さん、森中さんがFOXを持ってきてくれました。
右>早速、空撮が行われました。(画像提供:瀬尾氏)


 法政大学航空部の皆さんが遊びにこられ、それぞれ、スーパーディモナに体験搭乗していました。

 一日中、パラシュート・ジャンプが行われていました。午前中は山本が、午後は寺田由香子が担当でした。





左>夕方、曳航機のエンジンがごきげんをくずしてしまい、FOXの飛行は途中で中止になってしまいました。秋永と大曽根が駆けつけたのですが、ちょっと重症とのこと。
右>増田さんが3度目のソロで、初めてトラフィックから離れました。担当の直美さんと。


 梅雨の間は飛べなくなるし、この時とばかりに飛び溜めをするクラブメンバーで溢れました。
 それにしても、ホントに一日中良く飛んでいましたね。
 お疲れ様でした〜。


〔原文:中澤氏 画像提供:みゆきさん 編集&代理アップ by 寺田〕


2005年6月8日(水)  曇り時々晴れ 視程20km 東風 RWY 07

 中澤です。
 昨日(6月7日)、耐空検査のために飛んで来たHK36TTS JA27AR は、耐空検査の作業に入る前の社内飛行(不具合部分を探すための飛行)、 HK36TTC JA00CNはブレーキ・ディスクの交換後の試験飛行、 JA01DAは燃料ポンプの交換後の試験飛行でそれぞれ飛行しなければなりませんでした。


 ついでに、JA3787はパラシュートの作業で右側のドアーが外されていました。ついでに瀬尾師匠も大利根にいました。

 と考えると、やることは一つ、、、、、、、、、

 (「ドアないから、落ちないでね」 画像提供:みゆきさん)



上>大利根で、グローブ以外のモーターグライダーも、時にはフォーメーションします。
 (画像提供:瀬尾氏)



上>そしてやっぱり、こうなりました。唖然と見送るセスナ。(画像提供:みゆきさん)



 この日、園山さんがモーターグライダーのファースト・ソロでした。
 おめでとうございます。

 (画像提供:金子さん)


〔原文:中澤氏 編集&代理アップ by 寺田〕


2005年6月7日(火)  曇り時々晴れ 視程20km 東風 RWY 07


 梅雨に入る直前の6月7日に、十日町から尾輪式のスーパーディモナが空輸されてきました。

 高崎あたりでかなり苦労したとのことです。




 (付録)最近の愛ちゃん
 こんなに変になってしまっています。



〔原文&画像提供:中澤氏 編集&代理アップ:寺田〕


2005年6月4日(  曇り時々晴れ 視程20km 東風 RWY 07

 予報よりやや良い天気でした。4日はかなり天候が悪い予報だったこともあり、出足の鈍い土曜日でした。それでも、お昼ごろから天候もじょじょ回復してきました。


 デュオ・ディスカスTが一日中飛んでいました。
 前席:伊藤健ちゃんと由香ちゃん。
 一日中グライダーに乗せといても、文句の言わない二人です。





左>スカイネットアジアのディスパッチャーを勤め、飛行機のインストラクターの柳田さんが、ASK13でソロしました。
右>関西エアロクラブで飛んでいた、佐志田さんがG109Bでソロに出ました。


2005年6月5日(  晴れ時々曇り 視程30km 07012kt RWY 07

 やはり一日中デュオ・ディスカスTが飛んでいました。


左>小山でデュオ・ディスカスを飛ばしている米田さんが”T”バージョンに試乗しました。
右>関宿の曳航機JA4087が耐空検査のために空輸されてきました。


 IFR教室が開校に向けて動き出しました。
 聴講生を含めて8名ぐらいが始めます。


〔原文&画像提供:中澤氏 編集&代理アップ:寺田〕

2005年5月某日(?) < 番外、大樹町の多目的航空公園と、田中祐子と裸の*** >

 中澤です。

 先週末は、堀川氏の米寿のお祝いがあり、帯広へ行って来ましたが、市内での夕方からのパーティーの前に大樹町にある航空公園と言う名前の飛行場を見に行きました。


 そこは、誰一人もいなく、ただただシーンとしたところでした。中にはいるのもはばかられる程に静かな、きれいなところでした。

 すぐに頭に浮かんだのは、ここで合宿ができないかと言うことでした。
 近くには晩成温泉と言う温泉宿もあるようで、ここを起点に、帯広、釧路、中標津、別海、女満別、北見、と足を延ばすことが出来ます。



 前々から考えているのですが、ある時期に合宿と言う形態もいいのですが、梅雨時期に北海道に1機ぐらいおいて、みんなが勝手に北海道を飛び回ることができないかと考えています。



[写真、JAXAの無人成層圏飛行船(試作中)の格納庫(?)]





 さて、大利根に戻ると、祐子の作業が進んでいました。


 祐子に丸裸にされたKa6の胴体です。木目が綺麗に見えています。

[原文・画像提供 中澤氏] 
(編集・代理アップby スダチ)

2005年5月31日(火)  曇り時々雨 のち 晴れ 視程30km 34012kt→無風 RWY 07

 速報でトップページに、時々様子を掲載していましたが、本日は滑空機上級の実地試験がありました。
 受験者は渡辺さん、田山さん、畠中さんの3名。この3人はそれぞれ飛行機またはモーターグライダーからの機種または限定変更です。

 天候が思わしくなく、午前のオーラルはともかく、午後になっても雨が降っています。2時ごろようやく明るくなりましたが、まだ10ノット前後の横風でした。


左>フライトは可能との判断で、飛ぶことになりました。見守る2人にも緊張が。
右>1番手は渡辺さん。


左>2番手は田山さんです。
右>畠中さんの頃にはすっかり青空に。風も静かになりました。


 機種及び限定変更とはいっても、試験は試験です。

 渡辺さん、田山さん、そして畠中さん。
 合格おめでとうございます。お疲れ様でした。



(画像提供:JMGC 編集 by 寺田)


2005年5月30日(月)  <番外・帯広&別海近況

 みゆきちゃんです。
 先週から今週にかけて、JMGCスタッフが行なっていた北海道方面での活動報告です。

 まず、ひとつ目の報告。
 5月28日の土曜日に、帯広で“堀川勲氏の米寿を祝う会”が催され、愛ちゃんと私・みゆきちゃんが出席しました。米寿といえば、88歳です。そのお歳でまだまだお元気にグライダーで飛ばれることがあるとは、ほんとうに脱帽です。会場には、遠くは九州から、70人を超える人たちがお祝いに集まりました。


 堀川さんは愛ちゃんの父親である貫次さんと同様、グライダーの設計製作に長年携わってきた方です。JMGCのHPでも紹介された“萩原式H-23C型”も、堀川さんがデザインした機体のひとつです。またデザイナーとしてだけでなく、教官として多くのパイロットを育て、ご自身も76歳にして3つ目のダイヤモンド章をお取りになっています。スゴイッ!





 これからもどうぞお元気で、私たち後輩をご指導下さい。


 ふたつ目の報告。
 ちょっと遡りますが、大曽根クンが、23日からの週に突入するやいなや、北海道の別海フライトパークへ出張しました。ここは作曲家の小六禮次郎さんがJA2417を飛ばしている、“草原の中のグリーンの飛行場”として“有名”なところです。出張の目的は、JA2417の耐空検査のための整備作業です。

 道東はずーっと天候が芳しくなく、雨が降ったり濃い海霧に覆われる毎日だったようです。愛ちゃんが耐空検査員として帯広から別海入りした29日(日曜日)も全天の雲。シーリングは、300ftあるかないか。一応夕方まで天候の回復を待ってみましたが、その日はあきらめて近くの“養老牛温泉”で一風呂浴びました。写真がないのが残念ですが、そこは大曽根クンお勧めの、とても気持ちの良い温泉です。



 翌日、30日(月)も同じように海霧に飲み込まれた別海でしたが、昼頃風が吹き始めて青空が見えてきました。しかし、いつまでもその状態が続くような天候ではありません。すぐにでも飛べるように大曽根クンが準備万端整えておいたJA2417に中澤耐空検査員と大曽根整備士が乗り込み、離陸。無駄のないマニューバリングで手早く検査を終え、無事に新しい耐空証明書が発行されました。



 遊んでばかりではなかったからネ! という証拠写真を一応載せておきますが、別海での仕事を終えたあと、大曽根クン、愛ちゃん、みゆきちゃんの3人は厚岸でふっくらとした牡蠣を堪能し、釧路空港入りする前に和商市場で数々の海の幸を満喫しました。エッヘッヘ。

(原文&画像提供:みゆきさん 編集&代理アップ by 寺田)


2005年5月29日()  曇り時々晴れ 視程15km 東より6→20kt RWY 07

 朝の大利根は低視程、低層の雲がべったりでしたが、牛久から北は晴れていたそうです。
 時間と共に少しずつ雲も上がり、お昼ごろには通常のフライトができる程度に回復しました。

 北海道へ愛機をフェリーする予定だったJA2428のオーナーさんは、この天候と少々のトラブル(オイル漏れ)で、フライトを断念しました。
 正しい自家用パイロットの若林さんは、愛機アローにタヌパパと桜井さん同乗で、JA2428のパスファインダーを兼ねて山形を往復してきました。

 長野からグライダーのトレーラーを曳いて来た3人組がいました。


左>長野3人組。左から磯谷さん、西里さん(お久しぶりです!)、そして中澤さんです。
右>中澤さんが手にしているのは、最近手に入れたという自慢のカメラ。詳しくは分かりませんが、これで12mmのレンズだそうです。
(クリックするとアップの画像になります)


 実地試験直前組は、今日も厳しい訓練が行われていました。


左>勝利宣言ですか、田山さん。
右>20ktの強風を、ものともせず。頑張ってくださいね〜。


おまけ


 今年もやられてしまいました。
 クラブハウス前のカウリングの中に雀が巣を作り、ヒナが孵っています。
 人がいると親鳥が寄り付かないので、向かって右側の出入り口を、巣立ちまで一週間程度、クローズさせていただきます。

 少し間不自由ですが、ご協力をお願いします。


 (by 寺田)



2005年5月28日() Ver.2 曇り時々晴れ 視程15km 東より8kt RWY 07

 記事と画像を追加しました。

 大気が湿気を帯びてきました。雲底3000〜4000ft。グライダーで遊ぶにはもう少し、高度が欲しい所です。

 3日後に迫った実地試験に備えて、受験生がラストスパート。グライダーで飛んでいました。アフターはクラブハウスでオーラル対策です。

 ここ数日、九州方面に出かけていた瀬尾さんとタヌパパが帰ってきました。
 薩摩硫黄島の風景は凄かったとか、桜島では赤いマグマを見たとか、いっぱいお土産話を持って帰ってきました。



 ドクター阿部が久しぶりにクラブハウスへ来られました。
 嬉しそうに手にしているのは、真新しいライセンス。
 そう、計器飛行の技能証明書です。 (画像をクリックすると拡大します)


 口頭試問とエアーワークの後、機体が壊れ、再受験は1年にもおよびました。
 その間のモチベーションの維持には大変な努力があったことでしょう。

 おめでとうございます。


 (by 寺田)





 石鹸!!! せっけん!!! 


 な、なんと、これ全部が石鹸です。それも、「檜の香り」「炭配合」の美容石鹸です。この石鹸が、3t !!!!

 3個ではありません。3箱でもありません。3tの石鹸が突如として工場へ運び込まれました。





 と言うのは、クラブ員の戸辺さんが、知り合いの方から、商品としては売れない、しかし、ごくまっとうな美容石鹸を引き取って、なにか世の中のためにならないかと相談を受け、28tの石鹸を引き取ったのです。

 戸辺さんから話があり、各市町村の福祉関係に配ろうと、今日1.5t、来週に1.5tの石鹸が来ます。直美さんは成田を、秋永は河内町を、山本は栄町を、中澤は取手を受け持ちます。

[原文・画像提供 中澤氏] (編集代理アップ by スダチ)

2005年5月22日() 曇り 視程15km 西より10kt RWY 25

 予定通り、RJTUへ行ってきました。

 宇都宮入りは0815〜0830と指定されていたので、大利根離陸は0740を予定。集合は0700としていましたが、0630に着くと参加者はほぼ全員が集合しており、機体を洗機している方もいました。


 早朝の凪を利用して、日大の学生さん達が人力飛行機のテストをしていました。

 以前から人力飛行機のテストをしているのは知っていましたが、生で見たのは初めてでした。人の脚力だけで機体が浮くというのは、やはりチョット感動ですね。


  この日、JMGCから「航空学校宇都宮校駐屯地開設32周年記念行事」へ参加したのは、JA2351(スダチ、タブパパ?)、09AW(瀬尾、タヌパパ)、3722(石塚、藤沼、オクタゴン、園山)の3機8名でした。
 オンタイムで離陸した09AWを先頭に3機は、弱い南より追い風に後押しされて、予定通り0815〜0821に掛けて宇都宮に到着。指定された芝地に駐機したのでした。


 早速、機体の前にベースを設営。JMGCの新パンフレットを配って勧誘活動。
 そして、陸自のイベントで空自の50周年誌「JASDF TODAY」を売ろうという瀬尾さんのお手伝いをしながら、記念行事も楽しむJMGCクラブ員でした。
[広角レンズを持ってないスダチ、10.5mmを貸して頂きました。m(_ _)m レンズ提供たかこ氏]

 G109Bの前で「モーターグライダーのパンフレットでぇーす」と配っていると、少なからずの人が「エッ、グライダーなの?」と言って驚いてました。この様な基地祭に来る方でも、モーターグライダーの認知度はまだまだ低いようです。


左> 陸自の異機種編隊飛行。
右> ある時は「プロ航空カメラマン」狙いを定める瀬尾さん。

 心配された天候も、途中から上層雲のみとなり、予想外の日差しにみんな日焼けしてしまいました。


左> またある時は「売れない本屋の親父」、、、、、イエイエ、最終的に完売しました。(^^;
右> 小山から参加のDG800。

 楽しかったイベントも14時過ぎには終了して外来機は順次帰投を開始。スダチたちも1458宇都宮を離陸して1640には大利根へ帰り着きました。
 大利根はこの日一日、曇り空だったそうで、日に焼けた宇都宮参加者を見て「そんなに天気良かったの?」と、皆さん不思議そうでした。
 そして1時間ほどすると雨が降り始め、日没が近いこともあり、この日のフライトは終わりとなりました。



2005年5月21日() 晴れのち曇り 視程20km 南より10kt RWY 25のち07

 新鋭機、ASW28-18とデュオディスカスTの2機が大利根上空を舞いました。
 最新鋭グライダーが2機同時に初飛行なんて、めったにあるものではありません。


左> ASW28-18のオーナーとなった平林さん、愛機で初飛行しました。
右> 同日、デュオディスカスTも社内テストで初飛行。[画像提供 瀬尾氏]

 日の沈んだ飛行場では、テーブルと椅子を出してお祝い。Duo Discus Tオーナーのシャンペン差し入れで盛り上がりました。


左> 大利根上空飛ぶ、Duo Discus T。[画像提供 瀬尾氏]
右> 夕方のパーティー。愛機のトレーラー前で照れるオーナーさん。


 夕方、機体を磨いている人々がいました。

 明日のイベント参加に向けておめかしだそうです。


[原文・画像提供 寺田氏]


 この日は、なかなかグライダーの条件が良かった様で、訓練にJOYフライトにと、SZD-48や55、DG800そしてASK13なども飛んでいました。
 川村さんと井上さんは、クロカンへ出て数時間帰って来ませんでした。井上さんによると大子VORの南まで行って来たそうです。

(by スダチ)

2005年5月19日(木) 晴れ時々曇り 視程?km 風つよし RWY ?

 本日の実地試験(上滑)は強風のため中止。31日に延期となったそうです。
 と、言うことは、31日は3人まとめて実地試験ですね。



 中澤です。

 平日で、なかなか近況ネタもありませんが、どうも近況が変わらないとイライラするもんです。


 今週末には絶対飛ばすように言われて、準備するデュオ・ディスカス・ターボ !!

 トランスポンダーを付けたり、計器を変えたり、ヘッド・セットのジャックを変えたりとマークの不得意科目が続きます。



 アンジェリカが帰って早1.5ヶ月。やっとフタができるか!!!田中裕子!!!



 新工場(別名、秋ちゃんち。またはアメリカ工場)ではセスナ172の耐空検査の整備が行われています。




 シタブリアも着々と、、、、、、、 





 [ここまで、原文・画像提供 中澤氏]



 スダチです。

 5月22日(日)に「北宇都宮駐屯地 開設32周年 記念行事」が行われます。この行事に、JMGCからG109Bを2機とパイパーアーチャーを1機、展示することになりました。
 なかなか降りられないRJTUがログに付けられると言うので、フライインするクラブ員は大変楽しみにしています。

 当日はJMGCの新パンフレットを配布する予定です。
 あと、瀬尾央・撮影、航空自衛隊創立50周年を記念した大冊の写真集『JASDF TODAY』8,700円の販売も予定しています。
 どちらも、数に限りがありますので、ご希望の方はお早めに。

(代理アップ by スダチ)

2005年5月10日 「AERO2005」レポート

 フライトレポートに、中澤の「AERO2005訪問記」を掲載しましたので、ご覧下さい。

 下は、会場で一緒だった飯島さんから、ドイツ近況を報告の後、メールいただいたものです。(本人の承諾を得てあります)
 飯島さん、どうもありがとうございました。(寺田)


 愛さん,美幸さん,由香さん,瀬尾さん

 飯島です。こんにちわ。
 美幸さんのカメラは見つかりましたでしょうか?それだけが気がかりです。私が取った写真では役に立つかどうか分りませんが,お送りしますので遠慮なくおっしゃって下さい。

 私は皆様とお別れしてからFriedrichshafen Stadt13時32分発,電車に乗ること6時間半,19時58分にBraunschweigに着きました。
 帰りは,Aero2005での楽しかった出来事に思いをめぐらしたり,今回収集した情報からポット頭にランプが着いた事(瀬尾師匠の引用)を書きとめたり,眠りこんだり,本を読んだりして意外と早かったです。

 今回のAero2005では,本当にご一緒させて頂き大変ありがとうございました。
 私はこのような展示会がある事も知らなかったし,又たとえ知ってて自分一人で行ったとしても得られない体験をさせて頂きました。
 それぞれの会社や idaflieg 等が何をしているかが分ったとしても,活動の経緯やつながりまでは知る由もありませんでした。
 ドイツってすごいな!東欧も活動的というか躍動的!どうして小型機の会社がこれだけあって,それでやっていけるのだろう?日本は何やってきたんだろう?,私もこの世界にもっともっと踏み込みたい!
 ドイツやヨーロッパをもっと知りたい!というのが素直な感想でした。

 特に印象に残ったのは,ウルトラライトの展示でした。グライダーをも曳航してしまうSamba Lambadaから,「Fliegen mit Cabrio」(ドイツ語で二輪幌馬車のように飛ぶだと思います)のSunnyという機体,格好は飛行機だけど,翼から胴体までハングライダーの生地で覆われたウクライナの機体といい,私にとっては斬新そのものでした。
 Sunnyはとても気に入ってしまいましたので何度も見に行きました。ちなみにエンジンはBMWです。
 Samba LambadaやSONATA,SONET等,命名もお洒落ですよね。Samba Lambadaと聞けばどうしたって,あの躍動感あふれる踊りを想像してしまうし,そこから機体の設計だけではなく刷り込みでこの会社は元気が良いなんて思ってしまいます。どうもあの機体を思い出すと同時に私の頭の中には,Lambadaの音楽が流れてしまうんですよね〜。
 機体の名前をつけるのもセンスが問われるし,大事な事だというのが分りました。

 又,仕事柄パイロットインターフェース屋としては,ウルトラライトの簡単なコックピットやMovinngTerrain社のElectric Flight Bag,TCAS,Rader Display,Bendix/King社のNAV/COM System,New Technology社のEasy System等,有意義な情報を収集する事が出来ました。Messeに向かう車の中で少しお話しましたが,自動車感覚で小型機を飛ばすアメリカのプロジェクトSATS(Small Aircraft Transportation Systems)の真似事をJAXAでやろうとしています。これらのインターフェースとして,参考になる情報を収集出来ました。お陰様でちゃんとお仕事もしましたよ。

 展示会の際にAirbus社の人と知り合う事が出来ましたが,この方が「自分は大きな機体をやっているけれど,この展示会は自分の設計者としての目のトレーニングになる。」とおっしゃっておりました。私も目が肥えたかどうか分りませんがモチベーションがど〜んと上がりました。決して,MesseやSondeがドイツ語だったんだ〜という事が分っただけではありません(笑)。

 Aero2005楽しかった事はさることながら,何より愛さん,美幸さん,由香さん,瀬尾さんの元気なお顔を拝見でき,一日の出来事や思いついた事をおいしいビールと南独料理を肴にお話出来たのが楽しかったです。
 久しぶりに思っている事を日本語で思う存分話したって感じで満足です。皆様のお仕事に少しくっついていったり,そして由香さんの一生懸命,説明している姿かっこよかったですよ!

 私には,通常では知り合う事が出来ない方達もご紹介して頂き又一つ世界が広がりました。ドイツ語の勉強にもなりました。人との出会いでは,ドイツに来ても「It's a small world」である事も認識しました。(AndreやLambadaの人など。Andreはどうもどこかで一度会っているような気がして成りません。JAXAに見学に来た時にでも会ったのだろうか?)

 今回の事で,ドイツという国をもっと知りたい,どうでも良いたわいもない話をドイツ語で話したいという気持ちが一層強くなりました。

 何だか興奮してとても長いメールになってしまいすみません。どうか,残りの旅もお気を付けてお出かけ下さい。そして,もしまた機会がありかしたらヨーロッパ方面にいらっやる事があればお会い出来れば幸いです。
 本当に重ね重ね楽しいお時間をありがとうございました。このタイミングにドイツに赴任していて本当によかったなと思いました。
 JMGCドイツ駐在員としても,何か出来る事がありましたら遠慮なくご連絡下さい。

 飯島朋子


(原文:飯島氏  編集&代理アップ:寺田)


2005年5月7日()・8日()

<< 7日 >> 雨のち晴れ 視程20km 風?kt RWY 25

 5月6日、東京湾に迷い込んだコククジラが、木更津基地の近く袖ヶ浦に現れたというニュースが流れていました。
 一日遅れですが、まだ居るかなぁーと、セスナ150でタヌパパと見に行ってきました。


 飛行前点検で燃料キャップを見ると、キャップの縁の窪みに、朝まで降っていた雨水が溜まっていました。
 チョット怖いですね。良く拭き取ってからキャップを開けて中を点検。
 ドレンからも水は出なくて一安心でした。


 千葉〜袖ヶ浦〜千葉〜マリンスタジアムと海岸線沿いに捜索しましたが、残念ながら絶滅危惧種にも指定されているコククジラは見つけることが出来ませんでした。


 袖ヶ浦の海岸で、クジラを待つ人々。


 結局この日、コククジラは習志野沖に現れたそうで、もう少し浦安方面へ捜索範囲を広げていれば見つけることが出来たかも?



<< 8日 >> 曇り 視程30km 北東8kt RWY 07

 前日の予報がはずれて2000ft以下の曇り空となりました。

 北アルプスに向かう予定をしていた瀬尾さんは、この雲のため断念したようです。

 美保場外から滑空機の練習に大利根へ通う岡本さんは、この日もグライダーに乗りに来ていました。

 そして、前日、あと一歩でクジラが見られなかったタヌパパとスダチは、新たな目を8個仲間に引き入れ2機に分乗して捜索に出ました。


左> コククジラ捜索機1号。
右> コククジラ捜索機2号。[画像提供 タヌパパ]


左> ヨット。競技中かな?
右> マリンスタジアム。試合じゃないようですが?

 この日のコククジラ君は、私たちが現場を離れて30分後に、袖ヶ浦沖に現れたそうで、またまた発見出来ませんでした。(TOT)
 生き物を追いかけるのは難しいですね。

 ちなみにコククジラ君は、その後、横須賀に現れたそうです。

(by スダチ)

2005年5月3日()〜5日() 

<< 3日 >>

 技術進歩は幸福をもたらすのか?

 近年の通信技術の進歩は目覚ましく、場外離着陸場や河川敷滑空場でのフライトプランのファイル・クローズは携帯電話のお陰で非常に楽になりました。また、各種行事予定やその日の出来事も、メールで一斉に連絡がついたりと非常に便利になりました。
 しかしその一方で「人の口には戸は立てられぬ」と言いますが、狭い航空界、ちょっと内緒のフライトも、あっと言う間に噂が広がる様になりました?

<<< さぁ、いま、何人の人がドキッとしたでしょう? (^O^; >>> 

 とっ、言う訳で、最近は、遠く離れていても各機がどの様に遊んでいたのか、だいたいその日の夜には大まかな連絡がついています。
 3日の朝、大利根を離陸した南紀白浜行きJA3786と名古屋行きのJA3787、そして本田APを離陸した当HPのWebマスターが操縦するJA3788は、ほぼ同時刻にセントレアTCAにコンタクト。連番する3機の同時コンタクトに管制官の頭は混乱。舌も大混乱だったそうです。


左> 西行きの計画を練る、垣内氏と長屋氏。
右> こちらは、大島行きの計画を練る渡辺氏と戸部氏。

 一方、スダチが乗せてもらった岡本さんのアロー4は「愛のあるフライト」と言うことで、大利根離陸後、成田レーダーでIFRのクリアラスをもらい阿見VOR〜V22で、仙台を目指しました。滅多にない(初めてか?)リクエストに成田レーダーも混乱した様子で、コールサインJA4035が「ジャパン・エアー 4035」と何回も呼ばれてしまったのは御愛敬でしょう。(^o^;



<< 4日 >>

 先日の家族サービスに続き、今回も名古屋で親族を乗せて遊覧飛行をサービスしてきた長屋氏。お昼頃には大利根に戻ってきていたそうです。
 南紀白浜で釣りを堪能した、若林オーナー、垣内ライセンサー、タヌパパ、高橋氏の四名も夕方には無事戻りました。タヌパパの釣果は地球を2匹だったそうで、機体には乗らないので持って帰って来なかったそうです。

(ここまで by スダチ)



<< 5日 >>

 中澤です。

 明日(6日)から天気が下り気味で、大利根を出た機体が続々と帰ってきました。


5月4日にはパイパーアロー3786が南紀白浜から帰ってきましたが、今日は函館−新潟と回ってきた三保のアロー4035が「愛」の飛行を終え、スダチが帰ってきました。

[画像提供 JMGC]


 飛騨高山へ遠征に行っていた「00CN」は機体の不具合と言うことで、救援に山本/大曽根が早朝にグローブで飛騨高山へ出掛けました。点検した結果、帰れるとの判断で関宿へ戻ってきました。関宿から大利根へは、中澤が試験飛行を兼ねて持って帰りました。


左> 2230UTC、飛騨へ向かう山本・大曽根。安房峠で何があったかはクラブハウスで聞いてね。[原文・画像提供 タヌパパ]
右> 関宿経由で戻ってきた00CN。[画像提供 JMGC]


 妻沼のグライダーの修理に行っていた三田/由香子組はちょっと手こずりましたが、午後に帰ってきました。

[画像提供 JMGC]



 スダチさんはアローで愛のある飛行をしたそうですが、江原御夫妻は本当の「愛」のある飛行をしていらっしゃいました。

[原文・画像提供 タヌパパ]




 今日は一日、将来のベースとなる守谷場外(?)へ行っていた藤岡氏とSF25C。夕方には帰ってきました。

[画像提供 JMGC]


 北東流でサーマルが期待できない、SZD55の川村さんはトレーラー置き場のまわりの草刈りをしていました。藤沼さんと加藤さんも1日中草刈をしてくれていました。

左> 異常に草刈りがうまい、川村さん。
右> 負けじと、藤沼さんと加藤さん。

 飛行場では、お昼過ぎから日没後まで、ズーーートBBQでした。
 今回のBBQオーガナイザーはタヌパパ。お疲れ様、そしてありがとうでした。

左> 焼きソバと言えばやっぱりこの人です。焼きソバ屋「愛ちゃん」[原文・画像提供 タヌパパ]
右> 飛行談義に花が咲き、夜が更けても話は止まりません。

[原文・画像提供 中澤氏](編集・代理アップ by スダチ)

2005年5月3日() 晴れ 視程50km 150V220 10kt  RWY 25

<ショットガン・フォーメーション>

 全国快晴の空模様に、朝早くから大勢のクラブメンバーが集まりました。
 3連休3日間、絶好のクロカン日和の予報で、皆さんそれぞれに遊びに行く予定を立てていました。

 アメリカンフットボールには、ショットガン・フォーメーションという戦略があるそうですが、そんな感じに大利根の機体達もそれぞれ定員まで人を乗せて、四方に飛んで行ってしまうのでした。

・瀬尾さんのグローブは、大野滑空場へ。
・セスナ3787は、名古屋へ。
・若林さんのアローは、南紀白浜へ。
・4196は平野さんが、帯広−豊頃へ行くらしい。
・スダチは、岡本さんのアローで函館へ行って来ます。初めてのIFRっす。
・ホンダエアポート発ムーニーが、八尾らしいですね。
・アーチャーは大島へ
・クラブのG109B2機も日帰りクロカンへ。

(原文・スダチ)


上>がらんとした駐機場。アーチャーと150をのぞく飛行機は、それぞれお泊まりだそうです。

  機体達が飛び立った後、大利根はグライダーが散発的に飛んでいるだけの、たいへん寂しい光景でした。

(by 寺田)


2005年4月30日() 番外、ポディロンの森近況? 晴れ 視程?km 風? RWY ?

 スダチ、本日は仕事だったので大利根の様子は判りません。ただ、外遊中だった中澤社長夫妻と寺田氏は本日、帰郷した筈です。また、瀬尾ししょーは一足早く、昨日(29日)日本に帰って来ていました。


 さて本日は、家族サービスの為に、茨城県南部に位置する観光農場(?)「ポティロンの森」へ遊びに行って来たJMGC会員、長屋氏からのレポートを御紹介します。
 実は「ポティロンの森」は、先日大利根場外離着陸場にて捕獲されたブタさん一家が引き取られていった先なのであります。
 遊びに行くと聞いたので「ちょっと、ブタがどうなっか見て来て」とお願いしたところ、快く引き受けていただけました。m(_ _)m


 皆さん、こんにちわ。長屋です。

 行ってきましたポティロンの森。


 豚さんたちはゴーカート乗り場付近にいます。

 道路を隔てて親子?は暮らしています。

 親豚は元々あった動物ふれあい農場の中でふて寝してました。



 子豚くんたちは急造?と思われる小屋にいましたが、なんとすぐそばに動物のえさ自動販売機があり子供がえさをあげることができるようになっていました。
 歓迎されていると感じました。うちの娘もえさをあげました。

 一方、親豚は他の山羊たちのようにはなじめないのか豚らしく寝ていました。ちょっと待遇が違うかなと言うところでした。


左> 親ブタ達。
右> 子豚達とお嬢さんとエサの自動販売機。 [原文・画像提供 長屋氏]

 いやー、親ブタも元気そうですね。もしかしたら生ハムかソーセージになっているかと心配したのですが(ここにはそういう施設もあるので)、良かった、ヨカッタ。
 そして子豚達は、随分大きくなりましたねぇー。まったく3週間しか経ってないのになぁー。ほんと、美味しそうに大きくなって。

 ところで長屋さん、これで妻子持ち義務(家族サービス)は果たしましたねぇー。連休の残りは大利根でフライト三昧ですかぁー(^J^;

(by スダチ)

2005年4月29日() 晴れ 視程20km 西のち東より15kt RWY 25→07

 昨日(28日)は、風が強くて誰も飛びませんでしたが、、、、、


 本日も、朝から南西風が20ktと強めで、始めはひよっていました。

 しかし段々と風は弱くなり、皆さん飛び始めました。



 そう云えば、今日からゴールデンウイークですね。職場に拠っては10連休だそうで。


 こんな季節になりました。皆さん、離陸前点検は厳重にね。

[画像提供 タヌパパ]


 金子さん、白藤さんがアーチャーで経験値稼ぎに福島空港へ行くと言うので、スダチと江原さんもA150で後を追いかけました。


左> 途中、明野滑空場でグライダー曳航するファルケを発見。[高度4000ftより]
右> 福島空港にて、中国南方航空のB757。


 福島空港管理事務所には、小型機パイロット向けに、この様な注意書きが置いてありました。

 ちょっと、感じわりぃー。 (`o´)

 ちなみに先日、この福島空港ではライン機が尻餅事故を起こして滑走路灯を壊しましたが、同様なものをラインパイロット向けにも出しているのでしょうかねぇー?

 そうそう、別の空港ですが、グランドハンドリングの車が機体に接触ってのもありましたねぇー。

(by スダチ)

2005年4月24日() 晴れ 視程30km 西より10kt RWY 25

 朝一で、滞空検査の終わったカブを富士川滑空場へフェリーしました。
 カブを届けたスダチを回収に、藤沼さんがロータックスファルケで追いかけて来てくれました。


 富士川には、ちょうど空賊とマンマユート団じゃない、、、ユルギス・カイリス氏がいました。

 藤沼さんとカイリス氏。




 富士山をバックにユルギス氏の離陸。富士山がもう少し見えてると良いのになぁ。




 富士川から大利根への帰り道、芦ノ湖にて。空賊を見た後なので海賊を見物しました。


 大利根に帰ると、鈴木氏がミニBBQを始めておりランチを御馳走になりました。

 また、強風で倒壊したトイレの補修工事が、垣内・櫻井、両ライセンサーによって進められていました。少々くたびれてきたので、最終的には新しいトイレに交換するそうです。

(by スダチ)

2005年4月20日〜 番外、ドイツより  

 ドイツへ出張中の中澤氏及び寺田氏から、リポートが届きましたので紹介します。


 DGの展示。[画像提供 瀬尾氏]


 まずは、中澤社長からです。

 4月21日(水)より開催された、2年に1度の、ヨーロッパ最大のトレード・ショーであるアエロ2005を見に来ています。

 その後、4月24日には開催地のフリードリッヒスハーフェンを出て、ドイツ南部のグライダーメーカーや修理会社をまわっています。

 今回のドイツ出張では、日本フライトアシスタンスで部品の輸入を行っている寺田由香子を、各会社に紹介することが最大の目的でしたので、その点で今まで名前だけの付き合いであったのが、顔を合わせたという意味で、今後の仕事がスムーズに回る思います。


 今回のフリードリッヒスハーフェンでは、東ヨーロッパで製作されているウルトラライトやウルトラライト・グライダーが「まがい物」でなく良く出来ています。(中には、いかにもという機体もありますが) 東ヨーロッパ勢が元気です。

 グライダーは、どこの機体もターボ(注1)が全勢で、かなりの機体に取り付けられています。
 その中でもシュライハー社は、独自のシステムでのセルフローンチ機を作り続けています。
 DG社で製作が始まったLS8のターボや、リトアニアの LAK17 のターボが魅力的でした。
 シェンプヒルト社のデュオディスカスとDG社のDG1000 は「熾烈」なシェア争いをしています。
 デュオディスカスは今回、フラップとウィングレットを取り付け、主脚の構造をより改善した新しいバージョンを発表してきました。
 相変わらずデイアモンンド社は元気ですが、軸足を完全に飛行機に移しています。オーナーのクリスチャン・ドリース氏や副社長のミハエル・ファイニック氏の話では、来年よりグラスコクピットのモーターグライダーを再生産するとのことでした。

 グローブG109Bのエンジン問題は、まだ片づかずにいます。

 天候の関係でコーフ社のリンバッハ・ターボ・エンジンを積んだG109Bの試乗がまだできておらず、今日、再度連絡をしてみようと思っています。

 こちらはアスパラガスの季節で、新鮮なアスパラガスを......毎日、モリモリ美味しくいただいています。( 注2)

(中澤 愛一郎)

(注1=ここで言うターボとは、自力発航は出来ないサステナータイプのエンジンのことです。)
(注2=ファクシミリの最後の部分が切れて判読出来なかったため、三田さんに想像していただきました。)



左> 7時間の汽車の旅でやってきた飯島博士と、ギュンタートの修理会社で働く昔ながらの友人、元アカフリーガー、アンドレ・ジャンセン。[画像提供 瀬尾氏]
右> 新しいG109Bのエンジンを探して。これはスマートのエンジンがベース。まだ型式承認は未取得だが。[画像提供 瀬尾氏]



 続いては、寺田氏からです。

 4月20日からドイツに来ています。

 南部の街、フリードリッヒスハーフェンで開催されたイベントに行ってきました。
 その「AERO2005」は、ジェネラルアビエーションの国際見本市のようでした。
 メッセ会場には、ULPからビジネスジェット・クラスまでの、あらゆる飛びモノやパーツなどが、所狭しと展示されていました。

 グライダーのブースでは、ドイツを中心にメーカー自慢の最新鋭機が並んでいました。中でも目を引いたのは、シェンプヒルト社のデゥオディスカスTにウィングレットとフラップを装備した最新型でしょうか。
 他には、HPH(チェコ)、PZL(ポーランド)、そしてLAK(リトアニア)などの東欧圏のメーカーが元気でした。

 中澤はチェコ製のロータックスエンジンを装備した ULP をいたく気に入ったようで、「グライダーの曳航機にしよう」とか、「フライトアシスタンスで輸入しよう」などと盛んに言っていました。
 部品を購入したり、メーカー各社を回ったり、他にも色々ブースはありましたが、「AERO2005」は4日間で終了しました。

 イベント終了後は、ドイツ国内のグライダーメーカーや修理会社など、各地を訪問しています。
 昨日はアレキサンダー・シュライハー社(残念ながらワッサークッペは雨の中で霧でした)、今日はDGと滑空学校のあるホルンベルグ。明日はシェンプヒルト社、さらに翌日はグローブ社へ行く予定です。ドイツ滞在もあと数日ですが、詳細は帰国後に報告します。30日に帰国します。

(27日記 寺田由香子)




ツエッペリンNT [画像提供 飯島氏]

(代理アップ by スダチ)

2005年4月23日() 晴れ 視程?km 北西15kt→弱く RWY 25

 土曜の朝、そろそろ大利根へ出かけようとしていたところ、一本の電話が入りました。タヌパパからです。

 「大利根に着いたんだけど、さっきから大利根フライトサービスの周波数で[成田アプローチ、デルタエアー6**]って何回も呼んでいるんだけど、どうしよう。」
 「返事してあげなよ。周波数チェックとかなんとか。成田APPの周波数も教えてあげたら。大利根FSは出力弱いから返事は無いかもしれないけど。あと、大利根は成田の北西10nmにあるグライダー場だから遊びにおいでよって言ってあげれば。」
 「エェーエ、そのまま降りてきたら困るじゃん!」

 (そんな訳、ないだろ!)


 さて、スダチが少し遅れて大利根に着いたところ、デルタエアーとは無事に無線が通じて「ありがとう」と言っていたそうです。

 ところで大利根は、朝から横風15ktと結構風が強くて飛ぶ気にはなりませんでした。この日は予定を変更してタヌパパと日本滑空選手権を見物に、関宿まで車で行くことにしました。
 途中、昼食に寄った中華料理屋では宮城県航空協会のサポート隊と遭遇しました。佐々木さん、お久しぶりでしたぁー。

 ノンビリと昼過ぎに関宿へ着くと、当然のことながら選手権参加機は全て飛んでおり、なぜか私たちが出発時する時には大利根にいたスーパーディモナが関宿来ていました。(ToT)

 そうそう、JMGCクラブ員の江原夫妻とお会いしました。今日は風が強めだったので、元JMGCの教官だった磯谷選手を地上から応援です。


左> 関宿ピスト。参加機が帰ってくるまではチョット暇そうなオーガナイザーの皆さん(?)
右> ロバンで曳航していた玉中さん。


左> 玉中さんにお願いして曳航機に乗せていただきました。
右> 関宿はRWYが一杯ありますね。これはRWY36のB〜D、、、だと思います。

 この日、滑空選手権DAY3は、300kmタスクだったそうですが、コンプリート出来たのは1機だけだったそうです。


 今は長野県航空協会から参加の磯谷さん。

 残念ながらタスクはコンプリート出来なかったそうですが、帰ってきただけでも凄いと思います。


 日没ギリギリに大利根へ戻ると、この日は午後から風も止んでクラブ員が大勢やって来て、記録的なフライト数だったそうです。

(by スダチ)

2005年4月17日() 晴れ 視程15km 南西10kt RWY 25

 16日(土)は、午後から雷雨の予報の為か、遊びに来る人はほとんど居ませんでしたが、、、、

 明けて17日(日)の大利根は好天。
 久しぶりに大入満員状態で、モグラ・飛行機・グライダー・パラジャン・外来機がウジャウジャと飛びまわり、地上も大勢の人々で賑わっていました。

 また、福島や大島へ遊びに機体がありました。

<初ソロ>
 本日は、初ソロが2人も出ました。

 まずはモグラ訓練中の関根さんが、そして2時間ほど空けて、同じく増田さんがモグラ初ソロに出られました。


 関根さん(左)、増田さん(右[画像提供 江原氏])、おめでとうございます。

<初、途中からソロ>
 陸単ライセンサーの垣内さんも、厳しいクラブ内チェックに合格してパラジャンパイロットとしてデビューしました。
 おめでとうございます。


 行きはジャンパー3名とワイワイだけど、帰りはソロで帰ってくる。

 パラジャンパイロットはチョット寂しいボランティアなのです。



<パラジャンも飛んでいました。>
 15〜17日の3日間。パラジャン組の皆さんもやって来て飛んでいました。

左> 高度4000ft、エグジットの瞬間を地上から狙ってみましたが。
右> 5cmのターゲット目指して着地?

<ASW28デビュー>
 日本初。最新鋭のグライダー、ASW28の検査が大利根で行われました。
 撮影の為、関宿へ滑空選手権の取材に行っていたししょーは、急遽大利根にとんぼ返りして空撮に臨んでいました。


左> 曳航準備中。後ろのセスナは空撮用。エンジンの横からししょーの顔が覗いてます。
右> まもなく接地だと言うのに、、、カメラ目線のパイロット。

(by スダチ)

2005年4月14日(木) 晴れ 視程30km 南より10kt RWY 25

 今日は4日ぶりに雨が上がり、なかなかの好天となりました。

 スダチも久しぶりにグライダーで飛ぼうと大利根へ出かけました。
 ヤンター共同オーナーのひとり並木さんが既にラジコンで遊んでおり、二人でヤンターの準備をしました。
 まずはスダチが飛ぶことになり、小林教官に曳航機をお願いして12時過ぎに離陸。離脱900m、サーマルトップは1250mでした。
1時間20分ほどローカルで遊んで、待っている並木さんと交代するため降りました。

 そのころ下では、愛さんが整備の秋永さんより、FA200の整備が一段落したのでチェックの為に75%パワーで2時間以上飛んで来てくれと言われたそうで、その時、愛さんの[頭の中にランプが点いた]様です。
「2時間も飛ぶんなら新潟へ行かせて、置いてきたアーチャーを回収しよう。」

 と言うわけで、13時半頃にヤンターで降りてきたスダチは山本教官とアーチャーを取りに新潟へ行くことになりました。実はスダチ、新潟には行ったことがありませんでした。
 「帰りはひとり?、やだなぁー、もう一人誘おうよ。」と、たまたま来週の実地試験(滑)に備えてクラブハウスへ勉強に来ていた渡辺さんを、無理矢理説得して3人でお出かけです。ちなみに渡辺さんも陸単ライセンサーです。

 14時10分大利根を離陸、日光は男体山から発生し東に棚引く雲を西に避けて8500ftで北上。
 白根以北は予想外の快晴で視程は100km。そしてほぼ無風。雪山が綺麗に見えており、急いで準備したのでデジカメを忘れてしまったのを後悔しました。15時35分新潟着。

 ターミナルでお土産を買ってとんぼ返り。16時25分には、FA200とアーチャーで相継いで離陸。
 アーチャーはGPSで大利根へダイレクト。途中、横切る宇都宮レーダーと霞ヶ浦タワーを呼びましたが、17時を過ぎていたためか、もうクローズしていました。17時45分大利根着。

 ダイレクトで行くと、新潟って1時間半を割るのですね。以外と近いです。まあ、これからの季節は、雲が立ちはだかってダイレクトは難しくなるでしょうが。

(by スダチ)

2005年4月13日(水) 雨時々曇り 視程?km 風?kt RWY ?

 雨です。飛べません。

 そんな訳で,ちょっと事務所に寄ってみまたところ,新しいパンフレットが出来ていました。


 「JMGCの新しいパンフレット」

 プロカメラマン瀬尾氏撮影の,あぃーんな写真やこんぉーな画像が盛り沢山。
 いまクラブハウス前で「JMGCに入会しようかなぁー,どんな所かなぁー」と,つぶやいていると,この凄いパンフレットがもらえるらしいっす。(^O^;



 今日は雨で,写真も一枚しかアップしなかったので,うちのトリムでも見てなごんで下さい。(笑)


 たっ,たっ,頼むから,これ以上障子や襖を破かないでくれぇー

 (;o;)



(by スダチ)

2005年4月9日() 晴れ 視程20km 南より10kt RWY 07

 5時起床,0645離陸。

 この日,前日から泊まり込んだ瀬尾さんとスダチは,みんなが出て来る前に大利根を出発。向かい風20ktの中,一路北アルプスを目指しました。
 というわけで,9日の大利根の様子は良く判りません。m(_ _)m

 瀬尾師匠の目的は,黒四ダムとクリオネの写真だった様ですが,まだ凍結していたダム湖はともかく,解け始めた雪山は意外に写真写りが悪いとかで,残念ながらお眼鏡には適わなかったようです。


 取り合えずスダチも,瀬尾師匠からお借りした広角レンズ(自前で持っている28mmはデジカメじゃ42mmになってしまう)で,黒部第四ダムを写して見ました。


 東京はモヤモヤの天気でしたが,北アルプスは絶好の好天。
 10000ftでも西風は20ktと弱く,山の風下に入ってもローターは弱く,むしろサーマルからと思われる斜面上昇風があったりして山岳フライトを堪能しました。そして黒部の峡谷に降りていっての撮影も,怖い思いはしなくて済みました。


左> 黒四ダム上空から,ダムの下流方向,黒部渓谷。
右> これはぁー,?,?,,,たぶん槍ヶ岳だと思う。

 撮影後は,一旦長野滑空場にお邪魔して弾(フィルム)の補給。0945着陸で3時間のフライトでした。

 もう一回と上がって高度10000ftチョットへ,今度は穂高岳周辺の撮影でした。またまた長野に戻りランチタイム。1015−1130の飛行時間は1時間15分。


左> 長野滑空場,04ファイナル。
右> 長野の皆さん,ありがとうございました。

 お昼を食べ終わると,次の撮影があるからと早々に長野に失礼して1255に離陸。
 ちょっとショボイ噴煙がたなびく浅間山の横を舐めて都内に引き返した09AWは,今度は羽田の特別管制空域に侵入しながら師匠がなにやら撮影。その横でスダチは,下の桜と花見をしている人達を眺めていました。

 「噂のツェッペリンNTも空撮したいね」と本田APに寄り道することにした瀬尾師匠。1440,本田に着陸。1時間45分のフライト。

 エクスペリメンタル協会の浜尾会長や本田航空の根岸様の紹介で,飛行船側とも無事コンタクト出来た様で,翌10日に空撮させていただけることになりました。(10日,スダチは仕事だシクシク)


 本田APにて,オォーオ,懐かしのチョッピー号もいました。



 1650本田を後にして30分のフライトで大利根へ帰還。
 計6時間30分のフライト,一日にしては良く飛びました。


 大利根に着くと,ちょうどトランスJapanの調査飛行に北海道からロバンで飛んで来た池田隊長と平岡さんの40TWが到着するところでした。こちらも約6時間のフライトということでお疲れ様でした。
 翌10日には出発し九州は枕崎まで往復とのこと,天気が回復すると良いですね。頑張って下さい。

 ちなみに,大利根に帰ると若林さんのアローが居ませんでした。
 佐渡へ遊びに行ったところ機材トラブル。翌10日にアーチャーが整備士を乗せて救出に行くも意外に重症。時間が掛かりすぎて日没までに帰ってこられないし天気も悪いし,アローは佐渡へ,アーチャーも新潟に置いて,みんな新幹線で帰って来てしまったそうです。

(by スダチ)

2005年4月7日(木) 曇りのち晴れ 視程?km 南西風強く RWY 25

 スダチです。いつもの通り夜勤帰りに大利根へ寄りました。

 駐車場に着くと既に数台の車が居り,車内には知らない人達が寝ていました。地面で寝ている人も居ました。


 駐車場で寝るのは危険です。間違えて轢くところでした。

 ちなみに,寝ていたのは東海大学の人力飛行機の面々で,風が強くて早朝のテストフライトが出来ずに休んでいた様です。


< えほんの撮影? >

 今日は,瀬尾さんのG109を主人公とした「えほん」の撮影がありました。


 「えほん」というのは左の写真の様な小学校低学年向けの本です。
 世界文化社発行の「かがくらんど」シリーズ。今回は飛行機の紹介だそうです。



左> 寺田さんもママさん役(?)で出演予定。
右> 操縦席に座って嬉しそうな,モデルのダイキ君。


< 出前 >

 陸の孤島たる大利根。周りにはなにも無くて出前なんて無理と決めつけていましたが,なんとありました。「咲や姫(サクヤヒメ)」は,値段チョットお高めですがそれなりの料理を出すところです。


左> 「咲や姫」のメニュー。水曜は定休日だそうです。
右> 試しに特弁を頼んでみました。弁当なのに,なんとおかずは刺身と天ぷら。

 もちろん,食べに行っても近いです。ダウンウインドの真下。ちょうど中間くらいですかね。出前は3000円位まとめると運んでくれるようです。


< 飛行場にブタといえば「紅の豚」なんだけどなぁー >

 えほんの撮影を一休みして出前の弁当を食べていたところ,世界文化社の担当さんがクラブハウスの外を見て「犬かしら?,あらやだブタだわ!」
 いくらなんでも見間違えだろと思いながら外を見ると,確かに居ました「ブタ」が!


 東海大学の学生にすっかりなついている様子に勘違いして(人力飛行機の学生達は畜産学部かぁー。飛行場にブタなんて連れてくるなよぉー)と思いつつ声を掛けると「僕達のブタじゃないです。そこの藪から出てきたんです。」と言うではありませんか。

 うーん,と言うことは「捨てブタ」か? そんなことあるのか?




左> おいおい,子豚もいるぞ。困ったなぁー。
右> お巡りさんが出動する騒ぎとなりました。

 結局,警察に届けたところ,町役場・河川管理事務所も巻き込む騒ぎとなりました。協議の結果,捕獲することになり町役場から檻が持ち込まれました。
 しかし,ミョーに人懐こかったブタも,イザ捕まえようとすると当然ごとく逃げるのでした。


左> お巡りさん,町役場職員,河川管理事務所職員,学生,JMGCがそろってブタを追い掛けるのでした。
右> 山本教官のお嬢さんもお手伝い「アッチへ行きなさい」

 一匹目,雌親を東海の学生さんがタックルで捕獲。その悲鳴を聞いて他のブタは逃げ出しました。
 二匹目,雄親を檻に追い込み成功。
 三匹目,分けが判らずに五匹そろって戻って来た子豚を,河川管理事務所のおじさんがタモ網で捕獲に成功するも,残り四匹の子豚が本格的に逃亡を開始。

 結局,二時間以上追い掛け回し,最後の一匹がつかまったのは日没寸前でした。
 そして,疲れきったおじさん達が残ったのでした。明日は筋肉痛かぁー?




 なお,捕まえたブタ達は町役場の人が色々と探してくれて,ある施設が観光用(?)に引き取ってくれることになりました。ホッ。

 皆さん,お疲れ様でした。

(by スダチ)

2005年4月3日() 曇りのち晴れ 視程30km 23005→05010kt RWY 25→07

 天気予報は見事に外れ、晴れた暖かい日になりました。
 訪れるクラブメンバーは少なめでした。


左>菜の花が両脇に出迎えてくれます。
右>気温もグングン上がりました。冷たい飲み物が欲しくなります。



 垣内さんがソロに出たのは、一時的にクラブで借りているセスナ172です。
 計器はSDFLOVと、ILSもできるフル装備。
 いつまであるか分かりませんので、早い者勝ちです。

 画像>セスナは初めての垣内さん。キャブヒートを忘れないでね。




 
ソアリング・デー
 周りの空気が冷えている中、日中は暑いくらい昇温し、そこらじゅう上昇気流になりました。
 こんな日になるとは誰が想像したでしょう。


左>今日も三保から愛機で飛んできた岡本さん。グライダーで30分ソアリングして見事C章をゲット。
右>2番手は金さん。帰国前日にC章を獲得です。



 3番手はKa6Eの藤沼さん。2時間半のソアリングで見事銅章を獲得しました。

 おめでとうございます。
 後光が差しています。



 藤沼さんを祝福する人々(?)

(by 寺田)


2005年4月2日() 晴れ 視程30km 05006kt RWY 07

<工場より>

 最近、木の仕事ばかりだったマークがひさびさのFRP機の整備になりました。
 と言っても、修理ではなく、最新のASW28−18にコンピューターを取り付けています。


 ASW28の横のKa6と比べて下さい。どちらもアレキサンダー・シュライハー社製です。

 このASW28−18は一昨年に注文し、代理店のバーナード・エキーのはからいで、自分の注文をこちらに回してくれた機体で、昨年1月には出来ていました。
 シッピング直前に輸出耐空証明書が発行されずに、再度問い合わせたところ、15mスパンでは型式証明が取れているが、18mでは取れていないことが判明。

 会社側はそれでもどこの国でも飛べると主張されましたが、日本では通用しないとつっぱね、型式証明が認可されるまで待ちました。

 その間、ヨーロッパの体制は激動し、型式証明はドイツではなく、EASAと言うヨーロッパ統一のものに変わりました。

 このたび、やっと、型式証明が発行され、日本で飛べる体制になったのです。LS8−18の撤をふむところでした。

画像>左、ASW28-18 右、Ka-6CR 時代は違えど共にレーサー機です


 さて、裕子とアンジの合作仕事である、Ka6CRは三田さんの検査に合格せず、胴体に3,4カ所の穴が開いています。やはり内部の接着が悪いところがあり、三田が修理しています。

 Ka6から追い出されてしまった裕子は、スタンダード・リベレの整備に入りました。最近、単座不足の大利根ナンチャッテ・グライダーにKa8と共に投入されます。


左>胴体にパックリ口を開けたKa-6
右>第3工場でスタンダード・リベレを整備する田中裕子さん

[原文&画像:中澤氏 代理アップ By 寺田]


<飛行場より>

 今日はクラブメンバーが大勢訪れました。

 韓国からグライダーの訓練に来ている金さんは、滞在が残りわずかとあって積極的に飛んでいました。
 この日は6回飛び、うちソロフライトが4回だったそうです。


 ところで金さんが手にしているのはなんでしょう

 どうやら切れた曳航ロープのようです。


 (張り合わせが少し強くて、動き出したグライダーがたるんだロープを踏んでしまい、切れたものです)




(by 寺田)


2005年4月1日(金) 晴れ 視程30km 北西風15kt RWY 25

 今日も,金氏が大利根でグライダーの練習をしていました。一週間連続で訓練中です。

 実は先月の25日(金),韓国より朴昌玉(パク・チャンオッ)氏,金根哲(キム・クンチョル)氏,朴冑星(パク・チョーソン)氏の3氏が成田空港に到着しました。
 2人の朴氏はグライダーを楽しむため,ライセンスの無い金氏は訓練のためです。韓国滑空協会に所属する3氏は,そのまま航空局の成田空港事務所に直行。キム氏の練習許可証を申請しました。


左> キム氏の練習許可証の申請をする3氏。[成田空港事務所総務課にて]
右> 廊下でバッタリで,JMGCクラブ員でもあるCABの川口氏と遭遇。

 なにぶん滞在期間の短い外国からの旅行者と云う事で,成田の空港事務所には無理を言って大急ぎ(3日間)で練習許可証を発行していただきました。
 ありがとうございます。m(_ _)m

 欲を言えばアメリカの様に「教官同乗での訓練については練習許可証は必要なし」と航空法が改正されて欲しいですね。
 体験搭乗の際などにも気軽に操縦させてあげられれば,航空界の底辺が広がる一因になりそうなものですが。

 さて,韓国滑空協会の面々は,翌26日にはぺ・ホンジョン氏(ヨン様ではない)も加わり,4氏がASK13でフライト。絶好の条件に恵まれ各氏とも一時間程のフライトを楽しまれました。

 そして,アシアナ朴氏ことパク・チョーソン氏は翌27日に,ダイカン朴さんことパク・チャンオッとぺ・ホンジョン氏は29日に帰国。現在はキム・クンチョル氏が練習に励んで折られます。今週末まで滞在とのこと。

写真> 韓国滑空協会といえば3年前韓国に遊びに行ったとき戦争博物館を案内してもらったことを思い出します。

(by スダチ)