大利根近況

不定期ですが大利根飛行場やJMGCのトピックスをお伝えします。

<< 「面白可笑しく」という編集方針のため、ウソ・大げさ・まぎらわしい情報が混じることがあります。その辺は差し引いてお読み下さい。特に(by スダチ)のサインがあるものに付いてはご注意下さい。 >>

バックナンバー

2005年9月30日(金) 晴れ 視程?km 風?kt RWY?

 みゆきちゃんです。

 クラブ員の皆さんのお手元には、もうウインドソックが届いたでしょうか。
 たま〜にしか出ない会報ですが、今回も楽しく読んでいただけることと思います。


 発送準備はいつも整備陣ほぼ総出で行なうのですが、
 今回は仲良しのこの二人と愛ちゃんと私で、ちまちまっとやりました。
 なぜなら“折り”の作業がなかったから、この4人で充分だったのです。

[原文・画像提供 みゆき氏](編集・代理アップ by スダチ)


2005年9月29日(木) 曇りのち晴れ 視程?km 東より15kt RWY 07

 スダチです。

 秋風が吹き渡り、さわやかな好天に恵まれました。視程も良くフライト日和でした。
 ただ、日中はコンスタンスに15kt程度の強風が吹き、訪れたクラブ員は数名でした。正対風だったので風速の割りには飛びやすかったのですが。

 DG800がテストフライトしていました。
 FA200が本田から飛んで来ていました。

 そして、諸事情あってしばらく飛行場から遠ざかっていた荒城棟梁が帰ってきました。
 「早く、RF4に乗りたいなぁー」と言っているとかいないとか?


 大利根近くの現場で仕事中の荒城棟梁。


 航空関係者の皆さんにお願いです。

 荒城棟梁は、仕事中に飛行機を見ると、気になって仕事が手に着かないそうです。(^o^;

 仕事中の棟梁上空の飛行は控えて下さい。
 m(_ _)m




(by スダチ)


2005年9月28日(水) 曇り 視程30km WIND05010kt RWY 07

Janus CM の中古があります。
詳細はトレーダ・プレーンをご覧下さい。



2005年9月23日( 晴れ時々曇り WIND30005kt→05005kt RWY 25→07

 寺田です。3連休の初日です。
 予報はあまり良くありませんでしたが、そこそこ晴れて大勢のクラブメンバーが集まりました。


左>モールの耐空検査は無事に終わり、仙台から大友さん、山田さんが取りに来られました。
右>帰りがけに並木さんのヤンターを曳いてくれました。



左>夕方はまたまたオープン・カフェ。が、今日はなぜか赤提灯がぶら下がっていました。
右>サンマではなく今日は揚げ物がメイン。サマになっていますが、初めて揚げ物をしたそうです。



 そしてこれは、流しそうめん。昨年に続いて今年も開いてくれました。

 めんを流す人、食べる人、すくう人、下流でちゃっかり待ち構える人。なかなか賑やかで楽しかったです。

 どうもありがとうございました。



 24、25日は、台風17号の影響で雨と強風でしたが、大利根は被害ありませんでした。

(by 寺田)


2005年9月17日()〜21日(水) 番外、瀬尾氏の北陸−関西フライト記

 土曜日(17日)は、

  大利根−海ホタル−天城山−箱根カルデラ−愛鷹山−富士山−八ヶ岳−横岳・蓼科−霧ヶ峰−和田峠−松本城−RJAF(松本)
  RJAF(松本)−白馬大池−黒部河口−白山(小松で丁度同じ時刻にBIの練習飛行)−RJNF(福井)

 と飛んでおりました。
 午前はパーフェクト、午後は全く撮れるような空ではなく、雲たちこめた高度ある白馬大池、白山山頂など、なかなか緊張させるものでした。その緊張が、イメージ的にせよ分かり合える人が多ければ、フライト・ストーリーも面白いのですが・・・・・。


 日曜日(18日)は小松基地祭。

 500mmなんぞを構えると、腰がふらついて定まりません。歳であります。


 月曜日(19日)は、福井−八尾。

 八尾空港では何年か前に食堂「代」が無くなったので、昼食に困ります。


 情報官室で「自転車貸してくれませんか」と聞きますと、運良く借りることが出来、八尾南の地下鉄終点駅近くのレストランにちゃりんこちゃりんこ出かけました。関東のパイロットで募金をして、2〜3台の自転車を八尾に置いておくといいと思いました。


 午後は奈良盆地の歴史的遺構や大仙陵(仁徳陵)を撮り、関西の学生で面白そうな人を体験搭乗に迎え、大阪に泊まりました。


[写真=八尾の6nm、関空の特管区にも近い大仙陵(仁徳陵)]



 火曜日(20日)は、奈良盆地の古墳を新たに撮り直ししました。


 その数、25かそこら。いま、撮った古墳の判別が大変です。


[写真=箸墓古墳。遠方右の山は三輪山で、古墳登場以前のこの地域の信仰対象だった]



 午後は高松、讃岐平野の溜池や満濃池を撮りに行ったのですが、雲が濃く、あと400mほど高層の雲が動いてくれればなんとかなるのに、無為に旋回してもブルーホールは小さくなり次第にますます光が当たらず、萎えて八尾に戻りました。

 帰路、阿波の土柱を撮りました。以前、徳島ご出身の某教官殿に、「なんであれが見っからないんだよ」と言われておったものですから、ようやく名誉挽回です。
 土柱と言えば、ユタはブライス・キャニオン(飛行場の標高は7,500ftだったっけか。これも激しい思い出がある。セスナ172で 7,200ftを走りきって、かろうじて浮いたはいいが、谷のドンづまりはすぐそこだった)の凄いのを見てますから、まぁこの国の箱庭らしさに改めて感心しました。上空から見ると、あれは驚くほど小さい。


 水曜日(21日)は、気象予報思わしくなく、でも前日の予報より少し好転したので、

 ・伊賀上野城下町
 ・街道町関町
 ・木曽三川合流部福原輪中
 ・明治初期近代河川改修の基礎を作ったオランダの水工技師デレイケの作った養老扇状地の砂防ダム
 ・長篠の戦いの後にも美濃に残った武田勢力の拠点岩村城(城主は信長の叔母、攻めたのは信長の嫡男信忠)
 ・阿寺断層の表出した岐阜県坂下町[写真=手前に延びる明らかなラインがその証拠]

 などを撮りつつ大利根に戻ることにしました。



左> 木曽三川合流部にある福原輪中。
右> 岩村城。いまだに縄張りがよく残る。背景は岩村の城下町。

 美濃といえども岐阜県のこの辺りまで北上すると、目的地大利根は真東近くなりますので、ヘディング真東で向かいます。


 すると伊那谷を越えて、南アルプスが立ちはだかります。

 西山麓から1万ftまで必死に上がって、実際結構技術がいりますが、山脈を越えたらば、東側は全く予想もしなかった9合目までが大雲海で、ゲゲゲでありました。



 熱海の先の海まで雲上を行き、雲の穴のような薄いところでフルダイブの急旋回。1,000ftでリカバリーしたら、海上は降雨の中で、結局平塚の先まで濡れていました。雨に当たるとプロペラが痛むんだよね。それが辛い。

 八尾−大利根は撮影があったため04+48でありました。

[原文・画像提供 瀬尾氏](編集・代理アップ by スダチ)


2005年9月19日( 薄曇り WIND25004kt RWY 25

 中澤です。
 夕方の大利根は女性に占拠された感がありました。


 仙台から帰ってきた由香ちゃん、Ka6に乗っていた礼子さん、久しぶりにモーターに一人で乗っていた美幸ちゃん、そして映像はありませんが、いつも元気なインストラクターの直美さんと芸達者な女性の声で大利根は占拠されていました。







 野外パーティーがまた自然発生的に盛り上がりました。
 タヌパパとついにはタヌパパには付き合わないだろうと大方の人達が見ていた、「愛のフライト」のインストラクター吉田さんが、大子VORを地上から見るとかでやどかりの旅をしていたようです。

 那珂湊からタラバを2杯とほたてを買ってきてくれたので、さっそく野外パーティーになってしまいました。




(原文&画像提供:中澤 編集&代理アップ:寺田)


2005年9月18日( 番外仙台近況

 中澤です。
 寺田由香子が急遽仙台へ行きました。仙台グライダークラブの曳航機・モールの耐空検査が延びてしまい、その間にグライダーを霞目から角田へ移動しなければならなくなりましたので、急遽出張曳航サービスが実施されました。


 寺田です。
 急な話でしたが、ロータックス・ファルケで仙台へ出張してきました。まずは仙台空港のすぐ北にある霞目飛行場に着陸しました。


 霞目は2度目の訪問です。
 仙台グライダークラブは、陸上自衛隊霞目飛行場のグラスエリアでグライダーを運航しています。

 広いのですが、自衛隊の敷地のすぐ外側に宅地が迫っていてプレッシャーでした。

 この後、自衛隊側の舗装ランウェイからグライダーを曳航して、角田市の阿武隈川河川敷にある角田滑空場へフェリーしました。




左>フェリーする山田さんとL-13ブラニク。708mの舗装滑走路から曳航で離陸します。正対風で6-8ktあったので楽勝でした。
右>角田滑空場遠景。仙台の管制圏をクロコンしながら20分ほど飛んだところにあります。


左>佐々木さんは普段はモールでタグパイを担当しています。
右>新鋭機 HPH 304CZ とオーナーさん。

 最近東側の地面を整地したそうで、皆さん活動の場の整備・拡張に余念がありませんでした。それにしても、どこの滑空場でも草刈りはたいへんですね。
 どうもお世話になりました。

(by 寺田)


2005年9月17日() 晴れ時々曇り WIND07010kt RWY 07

 中澤です。
 秋風が気持ちのいい日でした。


左>久しぶりに、由香ちゃんがパラシュート・ジャンプを担当しました。
右>JMGCのKa6も一生懸命飛びましたが、川村さんのSZD55は軽く4時間飛びました。


 飛行場入り口に突如出現した「のぼり」。
 いかがでしょうか。


(原文&画像提供:中澤 編集&代理アップ:寺田)


2005年9月16日(金) 晴れ→曇り 視程30km 東より10kt RWY 07

 スダチです。

 大利根周辺では稲刈りが進み、今日は上空から見るとあちこちで稲刈り後の野焼きの煙が立ち上がっていました。風も涼しくなり、すごし易い一日でした。


左> 大利根に着くと愛さんが草刈りをしていました。
右> モールの社内試験飛行があり、後席に乗せてもらいました。


左> いつも通り、ちょっと怪しい機体も飛んでいました。
右> 工場では、斉藤さんがG109の尾翼を補修していました。

(by スダチ)


2005年9月15日(木) 曇り時々晴れ

 中澤です。
 ちょっと秋めいてきました。飛行場に吹く風が気持ちいいです。
 しかし、平日の大利根はあいかわらず怪しいです。


 飛行場では、見慣れない大型のラジコンの準備をしている人たちがいました。




第2工場では耐空検査待ちのモールとエンジンを装備しているパイパー・アローが作業しています。

(原文&画像提供:中澤 編集&代理アップ:寺田)


2005年9月10・11日()

9月10日(

 みゆきちゃんです。

 お昼頃、瀬尾さんと愛ちゃんが何か悪巧みをしている様子……
 ASK13とK6の空撮でした。

 プラスティックのグライダーばかりを好む人が多い今日この頃、大利根は由緒正しい木製機が人気です。


 赤い胴体に白い翼と、配色もコーディネートされたASK13とK6の編隊は、瀬尾さんのカメラにとても美しく納まりました。

 (画像提供:瀬尾氏)




 編隊飛行の撮影を終えた後、K6にはスダチが乗り込みました。
 あ〜っ! K6のコクピットはスダチのカラダで隙間がないよ〜!
 操縦桿、動かせる?

 何とか風防を閉めて、ファルケに曳航されて行ったスダチは、40分ほどソアリングを楽しみました。

 (画像提供:瀬尾氏)



9月11日(

今日は、名嘉真さんがK6で飛びました。K6で飛ぶのは初めてだそうですが、
「イイ機体だね」と、お気に召したようです。



 午後3時ごろ、不穏な空模様を見てケータイに手を伸ばしたケイブンさん、「あ゛ーーっ! すごく強いエコーだー! 真っ赤っかだー! 機体の係留だー!!」


 みんなであわてて係留をしたり、オープン・カフェの椅子やテーブルを片づけたりと大騒ぎ。

 雨・風・雷に追われ、みんなクラブハウスに逃げ込みます。

 …と、一人逃げ遅れたスダチが……。
 自分のクルマに乗り込み、K6に寄り添って雨宿り。

 Cbに追われ、大利根より北にある出発飛行場に戻れなくなった機体がいたようで、とても心配でしたが、どうしたかなあ。



(原文&画像提供:みゆきちゃん 編集&代理アップ:寺田)


2005年9月9日(金)Ver.2 曇り WIND05008kt RWY 07

 中澤です。
苦節8ヶ月、思えば真冬にドイツから来たアンジェリカと始めたKa6でした。
 アンジェリカが帰った後、三田のダメ出しで、胴体に穴を開け、胴体内部の点検、修理を行うことになりました。必然的に胴体は全部塗り替えとなりました。

 最後の計測作業中にアクシデントがあり、試験飛行が1週間ほど伸びてしまいました。


 今日、11年ぶりに飛行しました。
 日本へ輸入された第1号のKa6です。

 みなさん、だいじに乗って下さい。


 画像>キャノピーが特徴的です



(飛行中の画像はスダチのカメラの中で、スダチは調布へ空輸されて行ってしまいました。明日帰ってから画像をアップさせるとのことです。それまで、地上のスナップと仲の良いカップルの写真をどうぞ)

(原文:中澤 編集 by 寺田)


左> いつもカメラ目線の愛さん。
右> 離脱するJA2088。

 空撮写真を追加しました。(by スダチ)


2005年9月3日() 晴れ 視程30km WIND18006kt RWY 25

 みゆきちゃんです。

 9月3日は、先週台風のせいで延期になってしまったモーターグライダーラリーとBBQと安食町の花火大会を、大いに楽しみ満喫することができました。

 ラリー参加は約20組、花火を観賞しながらのBBQ夜の部参加者は、総勢87名でした(大利根野鳥の会・平林憲次調べ)。
(編集部注:キャンピング・カー軍団を加えると何と100名だったそうです)

 ラリーは藤沼さん・スダチ・桜井くんが、BBQはタヌパパと“愛のあるフライト”の吉田さんが下準備と当日の仕切りをしてくれました。
 この日の大利根飛行場は、朝から夜遅くまで、予想を上回る大盛況でした。


 ラリー受付デスクのパラソルの下、タスクを見ながら真剣な眼差しでイメージトレーニングをする市川さん。




 問題と解答用紙、そして航跡を記録するためのGPSを渡される岡部さん。




 指定のコースを回ってきた後、西側エプロン脇にしつらえたターゲットを狙って、500ftの高度から柔らかいゴムボールを投下します。(※1)

 ボールを持った手が窓から出ているのが分かるでしょうか。




左>競技最後の科目は、このように尾輪を定点に入れるというもの。最高得点が狙えるターゲットのすぐ横には、イジワルにも切り欠きがあります。高得点を狙うか、安全圏で行くか、性格が出ますネ。
右>「はい、ここ」と、低得点エリアでブレーキを踏むと、審査係は一斉に笑顔で拍手〜!
はずれてるのにワルイ人たち。

(原文&画像提供 by みゆきちゃん 編集&代理アップ by 寺田)


 参加者が多くて、競技は夕方に終わり、表彰は夜になりました。
総合得点順で、優勝は、A150Lで参加し、ターゲットのパラソル横2メートルにボールを投下した樋口オーナー。2位は阿曽さん、3位は青木さん...以下17位まで、高得点者から用意した賞品を選んでもらいました。


左>グローブのプロペラ・ブレードをゲットした戸部さん。嬉しそうです。
右>長野からDiscusのトレーラーを受け取りに来ていた磯谷さんも参加。「かがくらんど」を選んでいただきました。


 表彰が終わると待ちに待ったBBQの始まり〜。
 こんなに人数が集まるとは思わず、食材やビール、炭などが足りなくなり、途中で買出しに行きました。(画像提供:瀬尾氏)




左>タヌパパ料理部長の指揮でBBQが始まりました。
 定番の焼肉やヤキソバに加え、イカ焼き、野菜炒め、カキの網焼きにトウモロコシなど、メニューはまだまだ続きましたが、何しろ人数が多くて、焼くそばからあっという間になくなりました。どうもありがとうございました。
右>裏方でイナダをさばく増田厨房部長。ありがとうございます。



 食材が底をついた頃、ようやく花火が始まりました。

 安食町で打ち上げる花火はちょうど飛行場の対岸。特等席でゆったりと、夜空を彩る大輪を楽しみました。

(画像提供:遠藤氏)




左>グローブも花火を見物(画像提供:遠藤氏)
右>夜も更けた頃、何と生バンドが始まりました。

 この後も遅くまで大勢の人が楽しんでいました。岩風呂にお湯をはったり、テント村ができあがっていたり、長い夜のほんの始まりだったようです。

(※1:物件投下申請済み)

(by 寺田)


2005年8月30日(火) 晴れ 視程?km 風?kt RWY ?

 みゆきちゃんです。

 今日はクラブのフライトはお休みの日でしたが、飛行場ではファボット君が汗をかきながら(冷や汗??)フライト練習をしていまし た。

 また、横田基地の近くから2名、体験搭乗ご希望の方がお越しになり、由香ちゃんがお付き合いをしていました。

 工場では、マークと斉藤クンが汗をかきながら(勤労の汗です)、“たけとんぼ”のG109Bを整備していました。


 そのほか旧工場側の整備スタッフ(三田、飯塚、祐子)は、プハッチくんが張り付いて変形させてしまったジャンパーズ・クラブ“アラジン”のバスを、汗をかきながら(暑かったのです)修理していました。

 JMGCは、バスだって直しちゃうのだ。 スゴイ!




 こっ、これは‥‥?

 空も地上も安全第一。欧米の飛行場では地上走行車にチェッカー・フラッグですが、大利根ではノボリです。

 飛行場のコンディションを守る草刈り機には、赤地に真白く“営業中”!どーです、目立つでしょ。

 それにシンメトリーな文字だから、裏からでもチャンと読める…って、

 …か、加藤隊長、乗ってくれますよねぇ(^_^;)。

[原文・画像提供 みゆき氏](編集・代理 by スダチ)

2005年8月26日(金) 台風のち晴れ 視程50km 暴風のち西より3kt RWY 25

 絶対、増水し飛行場は水の底だと思っていたのですが、なんと台風はタヌパパの家の辺りで東へ変針、利根川上流にはたいして降らずに、飛行場は無事でした。
 とりあえず、竜ヶ崎に逃がした機体を大利根にフェリーバックしました。


左> 「大利根に帰るぞぉー。」龍ヶ崎飛行場にて。
右> 台風は来たけど、増水もなく平和な大利根です。

 さて、これを食べると「曲技飛行」がうまくなると言うパンをご紹介いたします。
 私は大好きで、機会あるたびに取り寄せています。なかなか一般的には手に入らないので、この機会にいかがでしょうか。
 私は「森中パン」と称しています。森中玲子さんが扱っているパンです。

 在庫はまだ、たくさんあります。

 セサミベーグル(90g) 1袋8個入 1ケース9袋入 賞味期限2005年9月1日
 エブリシングベーグル(90g) 1袋8個入 1ケース9袋入 賞味期限2005年9月3日

 1ケース2000円の配送料のみでバーゲンセール中です。
 8月29日(月)の14時までにご注文いただけるとうれしいです。
 ご注文はJMGCまでどうぞ。

 中澤愛一郎

[原文 中澤氏](編集・代理アップ by スダチ)


2005年8月24日(水)〜25日(木) −−台風避難−− 

 < 8月24日(水) くもり 070/10 5/8 2500 >

 台風11号の動向が気にかかり、朝からどうするか考えていましたが、「この台風は速度が遅く、長い時間に渡って雨が降るでしょう」の一言で、今日、天候が悪化するまえに全機撤収を決意しました。早めに飛行場へ行くと、早出組の飯塚やマークもどうやらおなじ気持ちで、早、準備に取りかかっていました。


 「えーと、グローブが3機、スーパーディモナが2機、ロータックス・ファルケが2機、飛行機が全部で5機、グライダーが2機、トレーラーがざっと10台、、、、」とそれぞれが段取りを考えていました。

 「とりあえず、自分で動けない奴からかな」と言う三田の一言で作業が始まりました。



左> ASK13の分解・移動。
右> 移動するトレーラー。

 グライダーを分解する者、トレーラーを「第4倉庫」に運ぶ者、とそれぞれが仕事をしていました。結局、分解出来にくい、ロータックス・ファルケと飛行機3機を竜ヶ崎へ空輸、最後にセスナ150と172を第2工場へ運び、、、、、、、、だれもいなくなりました。


左> グローブの胴体も3本が、、、、。
右> 飛行機はこうやって運んでいます。

[原文・画像提供 中澤氏]



 < 8月25日(木) 雨 >

 分解せずにキッチリ係留して、と思ったファルケたちの台風避難ですが、

   やっぱり心配(-_-;)‥‥

     と思い直して龍ヶ崎の新中央航空さんの格納庫に入れさせてもらうことにしました。

 新中央航空の整備の皆さんは「モーターを2機も入れられないでしょう」と首をかしげていたようですが、JMGCの整備陣はいつも通りに手際よく分解。
 格納庫の隅に楽々納まりました。


 これで、軽いファルケも無事に台風をやり過ごせそうです。

[原文・画像提供 みゆき氏](編集・代理アップ by スダチ)


2005年8月20日()〜21日()Ver.3 晴れ 視程20〜50km 南西10kt RWY 25

 この週末も蒸し暑い日が続きました。
 この暑さの為か飛びに来る方も少なく、21日に練習で飛んだのはわずか4人でした。

 そんな中「軽飛行機、モグラ、グライダーの体験搭乗してみたいんですが」と、遊びに来てくれた方がいました。児玉さんです。


 児玉さんは、このHPを見て、なんと鹿児島県は与論島から遠路遙々やって来て下さいました。
 編集部としても、たいへん嬉しい限りです。

 さて児玉さん、飛行機、モグラ、グライダーのどれが一番気に入りましたか?
 是非、また来て下さいね。






 番外、長野滑空場

 諜報員1034、岡田工作員より、長野滑空場潜入報告を頂きました。

 6月よりN県S市臨時駐在員となったため大利根にも行けず、休日もなく、ひたすら仕事のみに励んでおりましたところ、やっと帰京出来ることになりました。
 9月初旬からまた、大利根に遊びにいけそうです。

 帰京当日になって、やっとS市の隣にある長野滑空場を訪ねる事が出来ました。

 綺麗な滑走路になってからは初めて訪れた長野滑空場は、正式にはなんと多目的広場(!)。

 長野県人になって、はや2年の磯谷教官。
 当日も機体の組立、ウインチの準備と、汗だくになって準備に追われながらも一万フィートで南アルプスを飛ぶ素晴らしさを熱く語ってくれました。

 忙しいのにお邪魔してゴメンナサイ。


左> なんともビミョーな呼称に複雑な表情の私でございます。
右> 磯谷教官との再会の感激に顔がクシャクシャの私でございます。

 時間が無くてファルケに乗れなかったのは残念でした。
 この1時間後には、瀬尾さんとタヌパパが舞い降りてきたとは!



 そして20日も朝早くから出発した瀬尾さんより、またまたフライト記を頂きましたので掲載させて頂ます。

 前日は、雲しか見ることの出来ない日でした。しかし、どうやら土曜日の関東平野は案外良さそう、福島南部から新潟にかけても日照があるような予報となったので、09AWを飛ばすことにしました。8月の尾瀬、その他撮りたいものがあったからです。

 大利根離陸は08:14。

 1時間ほど前にはなかった朝の低い雲が次第に濃くなり、離陸してすぐ、利根町辺りで雲を回避する旋回をしました。トップ2,500ftかそこらの雲の高度より上がると、あとは順調で、水海道、小山、栃木といった街々を通過して、山々に入っていきました。

 山なので、平野と異なり雲が被っています。その低い部分を狙って、やや南よりに迂回しましたが、結局は9,000ftちかくまで上がることになりました。

 渡良瀬の奥、草木湖、庚申山、皇海山(すかいざん)あたりから針路を北向きにして、雲に触れないようにして尾瀬を目指しました。


 正面に、雲の複数の隙間から、どうやら三角形の山らしきものが見えました。尾瀬ヶ原の北東にある燧ヶ岳のようです。とすると、尾瀬ヶ原は左手に見えるはずですが・・・・、その状況は<右写真>。

 雲の隙間から、かろうじて湿原の明るい緑が見えています。




 燧ヶ岳の手前、10,000ftほどで旋回すると、尾瀬沼が見えました。<右写真>




 湿原の上や沼の上空は、差し渡し6kmほどでしょうか、ブルーホールとなっていたので、その上空でエリアの観察をしつつ、尾瀬ヶ原の撮影をしました。<右写真>

 高度を落としても大丈夫かどうか。雲の下に入った場合、谷筋を使って、この場から去ることが可能かどうかを見ました。
 <右写真>に見る谷、これは右が燧ヶ岳の麓、左が与作岳・景鶴山(自然保護のため立入禁止)の麓なのですが、この谷は尾瀬ヶ原を源流とする只見川で、くの字に屈曲しています。一部トンネルのようですが、手前の雲と奥の雲(下部は右手の雲の陰となっている)との間に十分な間隔も見えます。こっちに抜ければいいと思い、周囲の雲以下の高度に落としました。


 尾瀬ヶ原は、東に燧ヶ岳、西に至仏山でブロックされた湿原ですが、高度を落としてみると、至仏山の脇(北側)は地面まで雲が降りていて、利根源流でもある奈良俣湖や洞元湖の方への抜け道は全くふさがれていました。
 只見川に沿って北に抜けるという方針を決めて、湿原の写真を丹念に撮りました。
 6月に来たときと比較し、湿原の状況には異なったものがあり、来た甲斐があると思いました。

 平滑の滝、三条の滝を撮り、奥只見湖をかすめ、越後駒ヶ岳を迂回し、八海山を飛び越えて、越後湯沢の火山、飯士山に立ち寄り、魚沼産コシヒカリで有名な魚沼の水田を撮ることにしました<写真-下左>。
 でも、どこが元祖魚沼産の水田なのでしょう。信濃川の上流部、十日町市あたりの、この小さな盆地なのでしょうか。
 魚沼産コシヒカリは、しかし巷にあふれているように見受けられます。たぶん、この小さな盆地で生産される米の何倍もの魚沼産があるのでしょう。
 ちなみに今回の同行者タヌパパは、1haの水田を持つ米の生産者でもあり、またその田圃は大利根RWY25を上がった先にあり、今年の新米は、機体やグライダー・パーツと同様にフライトアシスタンスで販売もされるということで、飛行場のニュースになっています。30kg単位の販売だそうです。例年タヌパパ米は美味なことで好評です。


左> 魚沼の水田。
右> 頸城丘陵。

 米といえば、これ<写真-上右>は頸城丘陵です。ちょうど北越急行ほくほく線の松代町(まつだい)のトンネルの上くらいでしょうか。棚田が無数に広がっています。米に対する日本人のあくなき欲求の風景、あるいは米にすがる農業の風景、なのでしょうか。ところどころ耕作放棄された棚田も見受けられます。十日町の盆地と、たった15kmほど離れた丘陵のコントラスト。「こりゃ大変だわ」とタヌパパは述懐しました。


 さて、上越に来たからにはぜひ見たいモノがありました。縄文の大珠・管玉、弥生の勾玉は、ヒスイ製品ですが、その生産地として、糸魚川に近い明星山麓小滝川の硬玉産地跡があげられています。ちなみに三内丸山遺跡でも、礼文島でもヒスイ製品は出土しているのです。<右写真>が明星山です。

 糸魚川周辺には、ヒスイ加工の遺跡であるとともに、ウッドサークル(環状木柱列)も発見された寺地遺跡もあります。ウッドサークルとなると、能登の真脇遺跡や金沢のチカモリ遺跡、いにしえの出雲大社の超高層社殿や、諏訪の御柱祭に連想がつながっていきます。
 寺地遺跡のすぐ近くには、縄文後期の芸術品と思える火炎土器が出土した糸魚川市・長者ヶ原遺跡もあります。ちなみに十日町で出土した火炎土器は、国宝(新潟県唯一の)に指定されています。
 連想のネットワークは、飛ぶことでずいぶん身近なものになるような気がします。


 谷をわたる高圧線に気をつけながら、姫川の谷を低くいき、長野滑空場に12:03に降り立ちました。降りるなり、冷たいスイカを御馳走になりました<写真-下左>
 じつは、一旦の着陸地を長野にしようか、松本空港にしようか、ちょっと悩んだのですが、日頃滑空場間の交流を標榜していることもあり、土曜日で運航されていることもあり、ちょっとでも仲間のいるところに行きたいという思いがありました。また、アブガスに比べるハイオクの安価さと、ハイオクによるエンジンの保護に引きずられました。
 でも、こうした判断が、後で後悔を生むことになります。
 滞在が2時間になってしまったのです。それまでの4時間近いフライトが結構神経をつかうもので、疲れていたのでしょう。この場の心地よさ、コンビニへの弁当の買い出し、美味くもない弁当を救ってくれた、いただいたキュウリの美味さ、携行缶による給油、給油するとき、満タンではない缶から入れたこと、風が変わってピスト・チェンジ、いろいろあって、離陸は13:59となりました。長野滑空場は申し分なく晴れていたのですが、大利根へのエンルートを思いやると、すでに十分すぎるほど午後の気配でした。


左> 長野滑空場ではスイカを御馳走になりました。
右> 松代の皆神山。

 長野を離陸後、そうそうと思い出し、松代の皆神山を撮りました<写真-上右>。標高659mの小さな火山ですが、見るからに火山で、昔連発した松代地震との関連を学者は考えているそうです。

 先を急ぎました。浅間に至る前に、美しくもはっきりした虹を斜め下に見ました。そこに降雨があるはずだ、と思うや、風防が濡れ始めました。それはつかの間の雨でしたが、浅間の積乱雲は強大でした。大丈夫かなぁ、と内心心配を始めました。軽井沢あたりは低い雲も満ちていて、雲底と地表との差があまりなさそう(200ft?)で、上を行くしかありませんでした。

 碓氷峠を越えて次第に高度を下げ、妙義山を脇に見て、そろそろ平野になるところでした。濃いグレイの視程を遮るものの中で、右手前方に稲妻が光りました。あ〜ん、と心配が深まりました。
 電光は秩父山地の中なのでしょう。何本も立て続けに光りました。一方で左手前方は、榛名山辺りから完全に雨域と分かる、やや黄味を帯びた気塊が、まるで気象の参考書にある寒冷前線の断面図のような格好で、南にせり出していました。東進するにはそれを避け、針路をさらに南に寄せねば成りませんが、すると電光の秩父山地に寄っていかねばなりません。寄っても山肌がみえるものだろうか、高度を落とせば、せめて地上だけでも視認しつづけられないか、でも、さらに高度を落とすと、ダイバートのためにUターンする際、通ってきた碓氷峠の雲を高度的に回避することが難しくなるし、困ったなぁ、と思うやいなや、榛名の気塊の中でもバリバリと電光が走り始めました。
 行く手の右も左もカミナリで、BBSにカミナリの話なんか書くからだ、と天の罰を感じましたが、そのうち風防が割に強く濡れ始めました。Uターンしかありません。もう少しで群馬県富岡市というところでした。


 東京Info熊谷を呼び、松本にダイバートしたい旨、伝えました。駐機場確保の調整です。「OK」という返事が来れば、次は「到着時刻」と「いつまで駐機か」を聞いてくるに決まっています。ちょっと高度を落としたために、眼前には碓氷峠の雲が立ちはだかっていて、緊張することに加えて対処に忙しいわけです。こういうときは、何でもいいから適当な答えを用意しておきます。松本まで直線で100kmはないと思いましたが、碓氷峠の雲を回避してもこの先、和田峠なども被っているかもしれず、佐久、上田、大町などと低いところを這い蹲って迂回するやもしれず、ともかく適当。「運用時間の17:00までには着くはず、1時間半以内には」くらい答え、「いつまで駐機か」については、「到着して気象情報を集めて決める、今は忙しいので、到着後県管と相談する」とバシッと答えることにしました。
 ちなみに東京Infoは、「妙義山の東にはエコーはありませんが」とトボけたことを言ってくれました。「西の間違いだろうが・・・・」
 幸いにして和田峠は雲がなく、15:15にRJAFに着陸しました。
 すぐ気象台に行きたいのですが、まずは機体を完璧にするために、接地と同時に燃料屋を呼び、満タンにしました。47 Lも入り、入れなければ3時間しか飛べないと分かり、落ち着いて判断している自分に自信を持ちました。行く手を次々に阻まれた場合、案外ナイトになる時間は近いわけです。大利根がもしダメとなると、仙台あるいは名古屋しか選択肢がなくなることも、こうしたときは考えねばなりません。
 県管で着陸料を払い、気象台に行って状況を見せてもらいました。妙義の東は真っ赤っかでした。じゃぁ大利根に帰るには、甲府を抜けて笹子峠か、あるいはさらに南下して箱根越えか。
 八ヶ岳や南アルプスにCbはあっても、笹子には何もないようでした。一時は当然のように松本泊を覚悟したのですが、八ヶ岳に沿って雨域のない細い通路しかないにせよ、これで何としても大利根に帰るぞ、と意欲がわきました。念のため、双葉の日本航空学園運航部に連絡し、何かあったら泊めてもらうかもしれないと電話で聞いてみようと思いましたが、電話番号が分からず、JMGCに連絡して調べてもらうことにしました。でも分かる山本さんが捕まりません。

 次の対策は、それでも松本に戻ってくる可能性を否定できないことでした。ここの運用時間は県庁と同じ9時−5時(17時)で、離陸後1時間ほどで事実上空港は消滅してしまうわけです。八ヶ岳の南端あるいは甲府市街地上空まで行って、実際に笹子峠を見て判断するのが一番いいのですが、あそこまで行くのに何分飛ぶことになるのかなぁと経験を元に暗算しました。向かい風だから、35分飛んで、25分で戻れるか? 運用時間は実際は管理事務所のカギが閉まる時間だけど、17: 00に接地で、あとはゴタクを並べて頑張ろうと密やかな闘志を燃やし、事務所に人には穏やかに「何とか助けて下さい」とお願いをしました。
 このとき、エプロンに高級機マリブがいたのですが、タヌパパによると、「え、本当にあの機体で大利根に帰るの?」とパイロットの人たちはビックリされていたようです。

 15:53に松本を離陸。離陸しざまに雨に襲われたものの、虹は美しいし先は見えているし、我ながら落ち着いていました。
 韮崎の手前、富士見あたりで双葉航空学園フライトサービスとコンタクト。「笹子が通れなかったら、1晩やっかいになるかもしれません」と伝えました。学園の教官先生たちが「ここから笹子の稜線は見えていますよ」「大月からその先、全くエコーはありません」と気象データを伝えてくれました。これはとても心強い支援でした。甲府市街上空に至ると、笹子がはっきり視認でき、助かったと実感しました。

 石和町の北、山梨市上空で北の空を見ました。金峰山、国師ヶ岳にも立派な雲が被り、その先、甲武信岳にはさらに発達する積乱雲がありました。甲武信岳の積乱雲の背景には、秩父から榛名、赤城に繋がった巨大積雲の崩れつつある姿がありました。崩れて関東平野に流れ込んでいるようです<右写真>。


 笹子は5,500ftで一番低いところを狙っていきました<写真-下左>。こんなに穏やかな笹子峠は久しぶりです。
横田アプローチにコンタクトし、GPSを見るとGSは125ktも出ていました。完全に関東平野に入ると、夏だというのにこの視程の凄さは何なの?という状況でした。房総半島から大島さえも見えました。横田アプローチに断って旋回し、大東京の空撮を行いました<写真-下右>。


左> 笹子峠。
右> 東京。

 大利根到着は17:23。大変勉強になったフライトでした。午前の晴れを過信してはいけない。気象に疑念のある場合は滑空場ではなく気象台のある空港を利用するべき。山々の積雲はくっついて平野にも雷光をもたらす。まだまだ反省点はありそうです。
 航跡図エンジのラインがこの日のトラックです。


[原文・画像提供 瀬尾氏](編集・代理アップ by スダチ)


2005年8月17日(水)  晴れ(SCT025) 視程20km 東より8kt RWY 07


 中澤です。

 天気予報はあまり良くなかったのですが、どんどん良くなり、おいしそうな積雲がポコポコできていました。
 その積雲に釣られて、戸辺さんや並木さんがヤンターで飛んでいましたが、いまいちの様子でした。


 尾橇から尾輪に改造されたディスカスと垂直尾翼を壊したKa8の耐空検査の試験飛行がありました。


左> 尾橇から尾輪に改造されたディスカス。
右> 垂直尾翼を壊したKa8の試験飛行。

 クラブ員の皆さんはお盆休みとあって、平日にもかかわらず、かなり大勢の方が見えられました。
 平林さんは大島へ、江原さんはタヌパパと調布へ行っていました。
 防衛大学のパラシュート部の合宿が今日から始まりました。同じく自衛隊の長屋氏が今日、パラシュート・ジャンプ・パイロットとしてデビューしました。
 どちらかというと小柄な長屋氏とどちらかというと大柄な山本の対比は、如実に離陸滑走距離に響いてきます。(もっと重いスダチは、パラシュート・パイロットを解雇か!!!!)


左> スダチです。T田さん、K内さん、重い僕らは解雇らしいです。(ToT)
右> 午後のひととき。

[原文・画像提供 中澤氏](編集・代理アップ by スダチ)

2005年8月16日(火) 曇り 視程?km 風 ほぼ無風 RWY ?

 こんにちわ。タヌパパです。
 今朝は、ヘリの爆音で目が覚めました。


 ヘリだと言うのはわかりましたが、ドクターヘリとはとは違った重々しさがありました。カメラをもって外に出ると千葉県警ヘリ が飛行場対岸の利根川河川敷(RWY25ファイナル直下)で降下訓練を行っていました。
 「大利根飛行場の関係者ですが」と言って、そばに近づき、色々と話を聞いてしまいました。


 4名づつ機動隊員が降下しています。
 訓練中ずーっとホバリングでパイロットは大変だったでしょう。




 訓練が終わったら機体前に整列して記念撮影です。
 (その間10分位、燃料もったいないぞー)



[原文・画像提供 タヌパパ](編集代理アップ by スダチ)

2005年8月4日〜8日 番外、AW北へ2

 「番外、AW北へ」の続きをお送りします。(5日間で一体、何十時間飛んだのでしょう?)

【8月6日(土)】
・美瑛滑空場〜十勝岳〜大雪山系(トラウムシ岳、旭岳、黒岳、ドコモ岳)〜美瑛滑空場。
・午前11時、美瑛滑空場〜サロマ湖〜北見農道離着陸場。
・昼飯後、北見農道離着陸場〜屈斜路湖〜摩周湖〜北見農道飛行場。


 途中のサロマ湖でなんども旋回、オホーツク海が青い〜、砂嘴が凄いー


 [コメント・画像提供 タヌパパ]


 北見のRWY10は、かなりの下り坂のように思えたので、浅くアプローチし、我慢我慢と接地を待ちました。

 夜はオホーツクビール工房で、エアロスポーツ北見の方々と懇親会。

【8月7日(日)】
・午前9時、北見農道離着陸場〜屈斜路湖〜摩周湖〜硫黄山〜北見農道離着陸場

 北見は、ガソリンが高いんですね。ハイオクが農協給油所で143円。1回目は北見のクラブで取り置きのものを分けていただきましたが、2回目は国道まで買い出しに行って、給油しました。
 どの飛行場にもローカルルールはあるものです。エプロン内は車両進入禁止か?と思われたので、格納庫の台車に携行缶を載せて、機体に運びました。

 そのエプロンには同型機のJA2428。この前、大利根で主翼上面が塗り替えられて、見違えるほどきれい。並ぶのが恥ずかしいくらい。空は、なんとなく北海道の光ですね。


左> 北見エプロン、燃料を運ぶタヌパパ。
右> 渡り鳥の様に、冬は大利根、夏は北見に常駐する2428と一緒に。

【8月8日(月)】

・午前9時、北見農道離着陸場〜女満別〜斜里〜羅臼岳〜硫黄山〜知床岬〜標津〜野付半島〜納沙布岬〜釧路湿原空撮〜層雲峡〜 旭川空港

 マグネトーが?突然不調になったDR400R。パイロットの加藤さんや齋藤さんが、「どうしちゃったんだろ、今まで何の不具合もなかったのに」と調べ始めましたが、滝川の五十嵐さんが翌朝、飛行場がオープンする前に車でかけつけてくれたようで、整備に入りました。もう元気になったかな?


左> この水平がチョット傾いている画像、タヌパパからです。[画像提供 タヌパパ]。
右> 駆けつけた五十嵐さん、あっという間に直してしまったそうです。


 北海道は、山々が若いせいでしょうか?特徴ある火山の宝庫です。屈斜路湖と摩周湖の間にあるアトサヌプリ(屈斜路硫黄山)。周辺には昇華硫黄を主体とした硫黄鉱床が形成され、1963年まで採掘されていました。アトサヌプリ周辺では現在も活発な噴気活動が続いています。


 世界遺産になった知床半島です。知床は写真のように狭いものです。箱庭のように脆い自然環境にあるので、気軽に「観光との両立」などと言ってほしくない気がします。


 30,000haの広さ、道内の泥炭地の約15%をしめる釧路湿原。釧路の海岸には砂丘が延びて、この地域の水はけを悪くしています。そして寒冷な気候は、枯れた植物の分解を行う微生物の生存を妨げ、泥炭層を発達させました。泥炭層は水を吸い込み、湿地植物はいつまでも腐らず残り、ますます人を寄せ付けない土地となっていきました。でも、水害対策から排水路の直線的な新釧路川ができ、湿原らしい湿原は、北半分になってきているような気がします。


 さて、釧路湿原からは、旭川空港を目指しました。この飛行は、クロカン初級者には、なかなか良い設問となる状況となりました。

<状況1>

 釧路湿原〜旭川空港は、距離約170km、方位293°となりますが、丁度大雪山系にぶつかるコースです。湿った空気は、至る所に雲を作っていました。
 タヌパパは雲底高度を行きました。釧路湿原を離れた頃の雲底は2,500ftでしたが、ここでは高度4,500ftほどでした。
 しかし、この高度では、大雪山系を越えられません。かすめる雲との位置関係が、ちょっとでも上がりたいパイロットの気持ちを表しています。

<状況2、大雪山系手前>

 正面右手のこんもりした部分が大雪山ですが、長々とキャップクラウドが山脈にかかっています。
 山々が「ほらほらタヌパパ、来てみなよ、どうやって越えるんだい?」と招いているようでした。

 タヌパパの目は「正面を見据えて真剣」でありました。そして旭川空港は、これらの雲の向こう側に位置します。

 この様な状況では、幾つかの問いが思い浮かびます。

問1.「正面を見据えて真剣」は、実際のナビゲーションにおいて算数的な正解をもたらすでしょうか?
問2.<状況1>では、雲底よりも高い位置にいて、コースを少し変更して雲を避けました。ある程度前進した<状況2>の写真では、雲底はやや高くなっています。どうしてでしょうか?
問3.大雪山系は6,400〜7,000ftとチャートには出ています。またマージナル・アルティチュード(安全高度)は70と記載さていますが、キャップクラウドのトップは、実際にはどれほどでしょうか?
問4.キャップクラウドは、なぜ左手の方が濃いのでしょうか?
問5.G109Bのクライムレートは、実際的にはどれほどでしょうか?
問6.クライムピッチに変換して、この雲を飛び越そうとすると、外気温26°の状況でどうなるでしょうか?
問7.油温が次第に上がっていくとすれば、それを抑える方策は何でしょうか?
問8.索敵、あるいはルックアラウンドは、空中衝突防止のためだけでしょうか?
問9.とすれば、算数的正解はどこにあるのでしょうか?

 といったことを瞬時に見定め、とるべき方針を決定します。ところが、

 「真っ直ぐ行くの?」
 「は?」
 「状況を観察した結果として、何かないの?」
 「え?」
 「ホラ、観察なんか、しちゃいないもんな。真っ直ぐ行けるのか?って聞いてるの! 正面に雲があるからって、緊張しないでね。パイロットは目が据わったら死ぬよ。真ん前ばかり見てちゃダメだぜ。右も左も上も下も、心に余裕を持って、自分の状況を把握するためによく観察してだな・・・・・・、大雪の北東側(<状況2>の写真右端)には雲がないじゃん。なんであれが見えなんだよ! コラ!」
 「あ!」
 「あ!じゃないよ、層雲峡を迂回して行こうや。これが算数的あったしめぇの答えじゃないの」

 タヌパパのお勉強その幾つ目かでありました。




 09AWは8月9日(火)、庄内経由で大利根に戻ってきました。おしまい。

[原文・画像提供 瀬尾氏](編集・代理アップ by スダチ)


2005年8月4日〜8日 番外、AW北へ

 日本全国津々浦々を飛び回っている瀬尾さんの09AWですが、今月上旬は北海道へ行っていました。
 ここ数日、トップページを飾っている画像の数々は、その時もの頂いてます。
 なお、今回のお供も、最近師匠にえらく気に入られているタヌパパ。職場に無理言って有給を取って付いていったようです。

【8月4日(木)】
 午前8時 大利根離陸〜会津街道〜蔵王〜月山〜鳥海山〜秋田空港着陸(給油&昼飯)

 昼飯後、秋田空港離陸〜八郎潟〜白神山地〜十三湖〜竜飛崎〜津軽海峡〜函館空港着陸


 白神山地付近の難破船
 [画像提供 タヌパパ]


 北海道の出入り口は、今回は函館にしました。
 朝の渡島大島を撮りたかったこと、WXが非常に不安定で、そういうとき、海峡は鬼門だからです。でも、函館空港自体が海霧の影響などあって、緊張する状況でした。
 METARでは何事もないのに、滑走路の上だけ太い海霧が長く漂っていて、ファイナルに立っても滑走路自体が半分程度しか見えない、という状況もありました。


 函館空港でモーターグライダーが困るのは、エプロンに十分なタイダウン・リングが用意されておらず、時には円筒のコンクリート・ブロックを運ばねばならないことです。
 滑走路に近い場所をアサインされたので、照明灯下から3個もゴロゴロと蹴飛ばして運びました。
 ちなみにスダチは、RF-4で1人で来たとき、これを1人でやったそうです。偉いね。



 さて、もうひとつ函館ではやりたかったことがありました。ここでしか撮れないサハリン航空のアントノフAn-24と、DASH-8 の撮影です。これは毎週月金の運航で、わざわざ自分の出発時刻を 彼らの離発着に合わせてスポッターと化しました。DASH-8の方はチャーター便です。
 ちなみに、ゴロゴロの背景に見える機体は、エアトランセのビーチ1900。たった1機で、函館−帯広を日に2便、コミュータ運航しています。



【8月5日(木)】

 午前8時、函館空港離陸〜白神岬〜日本海沖60kmにある絶海の孤島大島〜函館空港



 13時頃、函館空港離陸〜大沼空撮〜駒ケ岳空撮〜噴火湾〜昭和新山空撮〜有珠山空撮〜洞爺湖空撮〜羊蹄山空撮〜ニセコ(雲で撮影不可)〜石狩湾〜富良野〜美瑛滑空場着陸

< 美瑛滑空場 >

 何機もグライダーをお持ちの大倉さんが、美瑛を本拠とされ、格納庫を2棟もつくられたというので、函館の次には美瑛滑空場にうかがいました。
 森を切り拓いて新しく作られた専用「エプロン」は広々しており、トレーラーが5台。格納庫の中には2機ずつ? 凄いコレクションですね。



 「いよいよ本格稼働ですね。で、お客さんはいるの?」
 「いないわけじゃないが、免許証1枚だけ持って来てくれるんだよね。航空図1枚もって来てくれないんだから、困っちゃう。上空に曳航すれば、迷子になっちゃうし」
 美瑛滑空場は、旭川空港(RJEC)のアプローチ・コースに近く、普通の滑空場のようには気楽に飛べない立地条件です。空港当局との取り決めやローカルルールもたくさん。
 ボクも電話で、大倉さんや美瑛航空協会の海野さんのブリーフィングを受けて行ったのですが、RJECのTWRを最初に呼ぶとき、しっかり「ASAHIKAWA TWR」と呼んだりして、簡単に間違えました。「ASAHIKAWA TWR」は市内にある陸自の飛行場(RJCA)で、ここは「DAISETSU TWR」なんですね。


 もし初めて飛んで行かれる場合は、空域の詳細を描いた地図(写真)を送ってもらい、それを見つつローカルルールのブリーフィングを受けるのがいいと思いました。

 ちなみに美瑛滑空場は、赤く塗りつぶされた中の黒点です。


← クリックすると大きな画像が見られます。



 ここでは、一切合切1人で運用されている大倉さんの燃料を分けてもらいました。自動車用バッテリー駆動のエアポンプで携行缶に空気を送り、そのプレッシャーで機体に送る工夫がされていました。
 「歳だからさ、20kgも持てないよ」
 手伝ってくれたのは、大昔三重明野におられた二井田さん。20年振り?


 美瑛は、十勝岳の麓にあり、大雪山系での山岳ソアリングのベースとして好適地です。JMGCの皆さんに十分なパワーがあれば、いつかはここで合宿もいいだろうな、と思いました。温泉もあるし。
 宿泊は、最寄り(約7km?)の白金温泉。機材車?をお借りしてホテルに向かいました。



[原文・画像提供 瀬尾氏](編集・代理アップ by スダチ)


2005年8月12日(金) Ver.2  曇り 視程?km ?kt RWY ?


 中澤です。
 夕方近くに大曽根から電話があり、阿部先生のビーチ33の試験飛行をしてくれないかとのこと。エンジンからわずかなオイル漏れがあり、部品を交換したので、30分ぐらい飛んで欲しいとのことでした。
 斉藤と美幸ちゃんを誘って、佐倉から成田を突っ切って、佐原を経由してきました。

 成田では到着機が無かったため、滑走路Aの一番北側を通してくれました。出発機は数珠繋ぎでした。




 北へ南へと飛びまくる瀬尾師匠の機体は、飛び始めるとアッと言う間に定時点検になります。今回も9日に北海道から帰ってきて、今週末には九州だそうです。その合間に整備しています。




<ポロシャツ>
 モデルが悪くて申し訳ありませんが、アメリカン・チャンピオン社で山本が購入して、私へおみやげでくれた、アメリカン・チャンピオンのロゴが刺繍されたポロシャツです。
 すごく気に入ったので、アメリカン・チャンピオン社へオーダーを出します。もし、ご希望の方がいらっしゃればいっしょに購入します。
 私の来ているポロ・シャツでSサイズです。(172Cm,68Kg) ご連絡ください。

(by 寺田)



 ◆まるまる1冊、モーターグライダー◆

 瀬尾です。
 幼稚園児向け直販雑誌の『かがくらんど』9月号が出版されます。
 例年この雑誌は、9月号で「運転席・操縦席特集」を行う(前年は都バス)のですが、今回は飛行機ということになって、おはちがまわってきました。

 子役モデルをからめて、ユカちゃんがフライトに案内する趣向です。割とリキを入れて、中澤さんの見事なコースどりで飛んだ成田空港上空での空撮や、飛行船との編隊飛行も入っています。

 残念ながら一般書店では販売されませんが、版元から100部ほど取り寄せ、この週末から大利根飛行場でも販売しますので、ぜひお買い求め下さい。1冊500円です。

 じつは、定期購読の幼稚園児は幾分安価だそうですが、飛行場でお世話になる関係機関にモーターグライダーをご理解いただくいい「絵本」だと思い、差し上げたいと思っています。そのための少しの割り増しをお願いします。

 ご希望の方は発送も承ります。代金は振込みで、送料をプラスさせていただきます。
 詳細はこちらへお問い合わせ下さい。



 ところで別の話ですが、ある雑誌にこんな記事が掲載されているのを見つけました。



 こちらが掲載誌です。


(by 寺田)


2005年8月11日(木) 薄曇り 視程?km ?kt RWY ?

 今日も暑い一日でした。

 一部の会社では、そろそろお盆休みがスタートしたようですが訪れたクラブ員は少なく、渡辺さんと粕谷さんがA150で飛んでいました。
 あと磯村さんを見ましたが、、、、、飛んではいない様でした?
 そして、当HPのwebマスター兼モグラ教官の高田さんが、明日からの北海道旅行に備えて、フライトログを作成していました。

 本日スダチが、飛行場で見たのはそれくらいでした。

 あとは、愛さんから、


左> オーナー自ら汗を流して整備しています。もうそろそろASK18がお目見えします。
右> 夏真っ盛りの午後の一時。


左> 裕子担当のKa6CRもじょじょに、、、、、
右> ラダー、縦のJAナンバーがおしゃれ?



 新規輸入耐空検査が始まった、あるモグラのコックピットです。

 さて、機種はなんでしょう?

 わかるかなぁー?



 [原文・画像提供 中澤氏](編集・代理アップ by スダチ)


2005年8月10日() 番外、妻沼近況+夜の龍ヶ崎 晴れ 視程7km RWY14 140度05knot

妻沼滑空場に耐空検査を行いにグローブG109bで高田浩章氏を運転手がわりに行ってきました。
中澤愛一郎

webマスターの高田です。昨日の大利根近況が遊んでるところばっかだったので、たまには仕事してるところを取材してくれとの社長の命により、妻沼に同行させていただきました。

左>実際に受検する機体の外観や各操作系の動作状況などを入念にチェックしています。「このピンは何だろう?」
右>日本の航空機は空力で飛ぶんじゃない、書類で飛ぶんだ・・・という冗談がありますが、国会が解散しようが、内閣が総辞職しようが、国土交通大臣の代理人として書類をチェックする耐空検査員の厳しいマナザシ
・・・というわけで仕事に励む愛さんの午後をお送りしました。

たくさん写真を撮ったのですが愛さんが選んだのはこの二枚。さりげなく背景に女子学生が写るように撮った写真はボツ?



 スダチです。

 10日の夜、あるFS(フライトシミュレーター)関係のサーバーでチャットしていたところ、「いま、愛さんがインターネットラジオに生出演中」との緊急情報が、、、、、、



 ネタ元は「戦うグライダーBBS」の書き込みでしたが、気づいた時は22時過ぎで、番組もすでに後半となっていました。
 更にチャット仲間は、みんなブロード環境で楽しい話を聞けているらしいのに、、、、、

 我が家のISDNでは、途切れ途切れの音声しか聞こえませんでした。(TOT)


−−− 以下は「戦うグライダーBBS」より転載、まさき氏の書き込みです。 −−−

  龍ヶ崎の
  インターネット・ラジオ IT'S-FM
  水曜パラダイス「売切れご麺屋彦二郎」ゲスト「中澤愛一郎&美幸さん」編
  たくさんの人に聞いていただきありがとうございました。
  再放送の日程は次のとおりです。
  8/11 05:30〜07:00
  8/11 23:00〜00:30
  8/13 01:00〜02:30
  8/14 01:00〜02:30
  8/15 02:00〜03:30
  8/16 04:00〜05:30
  8/17 05:30〜07:00
  となっています。聞き逃した人はこの時間帯でお楽しみください。
  聴き方は同じです。(ISDNでは聴けません。ごめんなさい)
  よろしくお願いいたします。
  No.670 中村

  http://itsfm.dip.jp


2005年8月8日(月)〜9日(火) 番外、大阪訪問編

 最近はあまり大利根にいらっしゃいませんが、相変わらず精力的に「スピード・カナード」でフライトしている桂文珍師匠。


 高校生の頃から落語が大好きなみゆきちゃんが、文珍師匠の独演会が“なんばグランド花月”で8日に行なわれる旨の情報をヒミツのソースから入手したので(?)、ぜひとも本場での公演を聞きたいと、行ってきました。



 文珍師匠の上方落語、どの噺もとてもテンポが良く、面白くてすごく楽しかったです。

 9日はグランド花月の地下にある「吉本笑店街」を案内していただきました。


 ディープな大阪南を満喫しました。

   中澤愛一郎・美幸


[原文・画像提供 中澤氏](編集・代理アップ by スダチ)

2005年8月6日() 晴れ 視程20km 西→東より5kt RWY 25→07

 今日も午前中から気温がうなぎ登り、遊びに来るクラブ員は少ないかなと思いましたが、最終的には20名近いクラブ員が来ていた様です。

 森岡さんが、学生時代の写真部後輩を連れて遊覧飛行していました。空撮のレクチャーでしょうか?


左> 皆さん元体操部じゃなくて、、、写真部だったんですよね?
右> 本日入会の新クラブ員さんと、まずは基本事項を説明する遠藤教官。

 グライダーでは、SZD55の川村さん(父)が3時間強。ヤンターで並木さんと鈴木獣医さんが、それぞれ1時間強のフライトを楽しんでいました。

 一方、クラブハウスのヨコでは、ボランティアクラブ員に寄るオープンカフェの整備が進んでいました。


左> 川村さんは守谷−牛久辺りまで進出したそうで、トップは4500ft程の条件だったそうです。
右> 整備中のカフェに防腐剤を塗る垣内さん、吉田教官、櫻井君。暑い中お疲れ様です。

 そして、加藤(ANA)さんとスダチは、スカイタイパーズを見学しにA150で本田飛行場へ遊びに行って来ました。


 フライト終わって給油中のスカイタイパーズとツェッペリンNT。
 またまた、佐々木さんにはポカリスエットを御馳走になってしまいました。m(_ _)m


左> オープンカフェの完成(?)を祝って早速BBQ。
右> A150オーナー樋口さんによるバイオリン生演奏。


 完成なったオープンカフェでは、夜遅くまでフライト談義が弾んだとか?

 また、対岸「栄町の花火大会」も間もなくですね。オープンカフェが活躍しそうです。


(by スダチ)

2005年8月5日(金) 晴れ 視程20km 東より3kt RWY 07

 暑い〜ぃ 

 いよいよ本格的な「日本の夏」といわれる日がやって来ましたね。
 夜勤明けだった性もあるかも知れませんが、スダチにはとても耐えられない蒸し暑さでした。

 そんな暑さにもめげず大利根では、モグラで飛ぶ人。グライダーで飛ぶ人。何やら実験をする人が飛んでいました。

 そして愛さんは、整備の終わった機体を本田へ、名古屋へとフェリーしていました。

 まずはFA200を本田フェリーしたところ、仙台の佐々木君が今話題のスカイタイパーズのお手伝いで本田に居ました。


 この時間スカイタイパーズは栃木−茨城−千葉方面で「空に落書き中」で本隊は居ませんでした。

 予備機と地上待機中の佐々木さんです。
 ときどき、一緒に乗せてもらうこともあるそうです。

 ポカリスエット御馳走様でした。


 そして、とんぼ返りで大利根へ戻った愛さんは、今度はシタブリアに乗って大利根を後にしました。


 三重県航空協会のベランカ・シタブリアは、紆余曲折の末、名古屋へ空輸しました。

 久しぶりに、前席一人で空の旅を満喫しました。
 普段は、だれかが操縦をしてくれて、だれかが次々に周波数を変えてくれる「大名の様な飛行」に馴れてしまい、
 操縦して、地図を見て、考えて、、、、、、思わず「タイヘンダー」とだれかさんの口癖が出てしまいました。

 定石どおり、沼津、美保、静岡、掛川を経由して、浜松の北10マイルを指示されて後、名古屋VORへ316°でインバンドしました。

 静岡から浜松にかけては視程が悪く、山がよく見えませんでした。また、内陸は塔状積雲ばかりでした。東京インフォメーションからの情報で、豊田で雷と言う情報に一時は緊張しましたが、浜松に聞いたところ、周りには何もないとのこと。ダイレクトに名古屋へ入ることが出来ました。

 やはり定石どおり、TCAにコンタクトして、名古屋へ入りました。TCAからタワーへの切り替え時にちょっとトラブルがありました。

 そのトラブルに関してでしょうか、情報官室だったところには、制服を着た自衛隊職員が待っててくれました。
 なぜか私が外から入って行った時にちょっとびっくりしたような顔をしていましたが物腰、態度は極めて丁重で、今後気を付けて下さいと言っておられました。(アロハを着たパイロットを見たのは、きっと初めてだったんでしょうか?)

 やはり下どうし(TCAと名古屋)で連絡を取り合っているわけではなかったようで、5マイルになったら、こちらから積極的に切り替える旨を通報するんですね。
 もっとも、横田レーダーで見ていて、厚木の管制圏に入ることはしばしばあるんですがね。だれか正解を知っていますか?

 久しぶりに名古屋へ一人で飛んだ、アロハを着た愛ちゃんでした。



 愛さんが居なくなった大利根では、新しく借りたハスキーを使ってグライダーの運航が行われていました。


左> 曳航パイロットは寺田さんでした。
右> SSCの方が遊びに来て、グライダーで飛んでいました。

[原文 中澤氏](編集 by スダチ)

2005年8月3日(水) 晴れ 気温32℃ 視程20km WIND20008kt RWY 25


 みゆきちゃんです。

 垣内さんが、屋外にとても素敵な日除けを作ってくれたので、自然発生的にBBQパーティーになってしまいました。





左>主翼、水平尾翼の上面を塗り替えたASK21の試験飛行がありました。
右>ジュニアも耐空検査です。


 日大の人力飛行機の方達が2年連続で「鳥人間コンテスト」に優勝し、挨拶に来てくれました。




 山本がアメリカから帰ってきました。ほとんどアメリカからの買い出し部隊となって
います。

 お疲れ様でした。


(by 寺田)


2005年8月2日(火) 晴れ時々CB 気温33℃ 視程20km WIND?? RWY ??

グライダー・フェリー作戦

 寺田です。
 今日は整備のメンバーでグライダーのフェリー作戦が決行されました。


 早朝5時、事務所へ集合したメンバーは、バネットに乗り込み八王子へ向かいました。目的地は中央大学八王子キャンパス。
 都心の渋滞を避けて早めに移動したところ、早く着き過ぎたそうですが、運送会社のトラックと無事に合流し、キャンパス内へ。
 まずKa-8を積んで大利根に戻ります。

 ちなみに、バネットの座席が足りなくて、荷台に転がった人は、固い床の上で往復6時間を過ごすハメになったそうです。

 画像>事務所前と第3工場にグライダーを降ろします。


 Ka-8を降ろすと、荷台がカラになったトラックとバネットは、次の目的地である宝珠花滑空場へ向かいます。次のレグは私も同行しました。


 関宿滑空場の橋をはさんですぐ上流にある宝珠花滑空場は、明治大学航空部が運航している滑空場です。初めて訪問しました。

 格納庫から明治のASK-13とKa-8の2機を運び出します。10トントラックの荷台に何とか乗りました。

 この格納庫の天井には、三田式や機種不明のグライダーが吊ってありました。貴重な機体かもしれません。



左>グライダー2機を積んで運び出します。
右>宝珠花滑空場の北エンド。運航する時は格納庫から人力でグライダーを土手まで押し上げ、また降ろすそうですが、登ってみると結構な急斜面でした。

 一方、事務所に残った人はというと...

 みゆきちゃんです。
 JMGCスタッフの若い衆が揃って出かけている間、整備工場に残ったオジサンたち3人がグライダーの移動をしました。


 以前オーストラリアのワイケリーにはマークという人物が3人いて、マーク・ワン、マーク・ツー、マーク・スリー…と呼んで区別していたそうですが、今日の3人は、バーカ・ワン、バーカ・ツー…って言うんだって。
 当のマークが言うんだから、間違いないでしょう。

 しょーもない人たちは置いといて...

 大利根に戻った時はもう日の入りの時刻。
 中央大のKa-8を移動させて空いたスペースの事務所前と塗装室に、明治大の2機を運んだ時はもう真っ暗でした。



 長い一日でしたね。お疲れ様でした。

(by 寺田)


2005年7月31日(Ver.2 曇り時々晴れ 気温33℃ 視程10-15km WIND21004kt RWY 25

 夏の到来です。風がないのでひたすら蒸し暑い週末でした。
 朝は視程5キロ前後ですが、昼ごろにはまあまあ飛べるほどになり、クラブの皆さんはいつものように集まってきました。
 G109Bが2機と飛行機はセスナ150と172がそれぞれ飛んでいました。


左> 久しぶりですね、青木さん。どうしました?
右> クラブハウスのデッキを補修する愛さん。


左>滑走路上に落ちていたゴルフボール。お隣から飛んできたようです。
右>最近増えた? 飛行機の列線。


 飛行後のアフター。

 一部クラブ員は飛行場の対岸の鰻屋へ行きました。ここはクラブハウスから直線距離で1km圏内と近い様で遠いお店で、鈴木獣医さんや鈴木さん(タヌパパ)お進めの店です。なかなか美味しゅうございました。





 「大空に魅せられて」
  堀川 勲 著

 萩原式で知られるH22やH23Cの設計者、堀川勲氏の著書とCDをクラブハウスにおいてあります。
 1冊2,500円、在庫少数です。


(by 寺田 / スダチ)


番外 アメリカ近況・第8弾>(山本のオシコシ報告 Day4)

 山本です。
 いよいよ最終日のオシコシDay4 です。
 さすがに4日目になると一種の疲れを感じながらの散策となりました。桜井君も言っていましたがいわゆる底辺の大きさとその深さをしみじみと感じています。
 子供から大人まで、ビジネスユースからプライベート、自作機に至るまで言ってみれば、「航空」関する全てを網羅している「イベント」だという印象が一番の収穫でした。
 昨年の「バルーンフェスティバル」で覚えた感動と共通するものがあります。特に子供たちの活き活きとした姿は、一児の父としてまた、一応航空界にいるものとして深い感動を覚えました。



 また、運営そのものは「EAA」(まー自作航空機協会)が主催していますが、テクニカル的には、その歴史の深さと厚みをしみじみと味わうことができました。イベントの開催については、FAA、陸海空軍、警察、コーストガードその他もろもろの行政機関、また、ボランティアチームが機能しており、一日に数万人という来場者を淡々と親切にまたあらゆる場面で機能させる正にアメリカのお家芸を見せ付けられたような気がします。


 また、飛んで遊ぶということが至極当たり前のことでその方向性例えば 「遠くへ飛ぶ」 「アクロバットをする」 「自分で作る」などのことはいわゆるスタンダードの上にがっちりと根を張っている。故に普段の飛ぶは極めて当たり前の事となっている。という点が飛ぶだけですごい、「Pilotは特別」といったような日本とは、根本的に違うということが判りました。

(画像:ガラクタにしか見えないけど...)


 イロイロと日本で問題になっている事柄については各種のフォーラムなどを通して、入り口を広く、実に深くまた、経済的援助(特に保険)など様々な側面からケアされている実態を目にしました。
出来ることから日本でも・・・いやJMGCでも実践できればと感じました。
今日は、その他お世話になった皆さんへ挨拶をしてきました。

 Shumpei


<櫻井君のオシコシ報告>

 今日は、少し出遅れた昨日とは違い朝早くに出発し、エアショーに行きました。
 今日はショー自体を見ることよりもお土産を買うことが目的でした。最初はハンガー内の展示を見て歩き、途中山本さんは仕事の話をしつつもほぼ全てのブースをまわることが出来ました。
 個人的に欲しい飛行機も物色し、これは!と思うものがありました。値段を聞いてみると1億5千万でした。
 なかでも興味を魅かれたのは、トランスポンダーなしで搭載できるTCASシステムでした。光学レンズを用いたものでIMC(低視程)では使えないようです。ただグライダーなどには搭載も容易でいいのではないかと思います。2000ドルだそうです。

 肝心のお土産は、2人で持ち帰れる荷物の都合で大きなものは買えませんでしたが、小物を中心に買いました。それにしてもアメリカの空港は、広くて歩いて見てまわるだけでも、かなりの労力を要します。

(by 寺田)


番外 アメリカ近況・第7弾>(山本のオシコシ報告 Day3)

 今日はFAAの安全関係の方とFAAブースでずいぶん長い間話す機会を得ました。

 全部話すのには(いえ書くのには時間が掛かりすぎますので)ここでは省略・・・・リビジョンのフライトとそれに変わる”WINGS PROGRAM”という事について説明を受けました。
 また、Over40’s Over50’sの飛行技量維持などのフォーラムに参加してきました。為になる話が多くありました。

 また、ヤットエアプレーン のラファエルとも話をすることができました。各国のSTCを取得した経験から基本的に日本でのSTCの取得に非常に積極的です。
 但し、日本での取得には、時間と努力と忍耐が必要であり、また、FAA と JCABとの間の”アグリーメント”という言葉について3ヵ月後に辞書で”アグリーメント”の意味をひき直すことになっても我々と御社の将来の為に頑張りましょう、という事で話がつきました。
 申請書については出来上がり次第日本に送るとの事です。


 コンチネンタル:
 あちこちでカブのスポーツバージョンが発表されています。
 元は、カブクラフターかもしれませんが、カブクラフター自身は出展してないようです。

 そこでコンチネンタルに顔をだすと。O−200は、今でも出荷していて、どこのサプライヤーからでも買えるようです。

 技術的な側面また、G109Bにのせる場合にドキュメンテーションが必用であれば協力する・・・と言っていましたが、大きい会社のそれですからあてにはなりません。





 アヴィアット:
 昨日、行ってきました。
 カブも使っているということがJMGCのブローシャにあるのを見つけて 即刻 カブを売りなさい! 今度 ハスキー 200Hp を発売したから直ぐに買いなさい。
 早く 上がる、早く 帰ってくる。 金 儲かるよ!!!!
 ハスキー イズ ベター ザン カブ の一点張りでした。

 部品の供給については、担当者を紹介してもらいました。

 オシコシ3日目の報告でした。

 山本 俊平


画像をクリックすると拡大します。

(by 寺田)


番外 アメリカ近況・第6弾>(山本のオシコシ報告 Day2)

 山本です。今日は、オシコシの2日目です。
 今日のメインイベントはなんといっても「HONDA Jet」

 事前にいつもお世話になっているHFIの「加茂さん」と朝9時に待ち合わせ。遠藤教官の上司にあたるJAXAの泉さん、FHIからJAXAに出向している石川さんとご一緒させて頂きました。

 たまたま、バージンアトランティックがスポンサードしているグローバルフライヤーの前に人だかりを発見。突然 チャールズ 会長がお出ましになり、新しい企画を発表! 次回、同じ機体でもう一度世界一周を企むとのこと。
 前回は1万ポンドもの燃料が突然消えてしまい。どの位の性能が隠されているのか?という、素朴な疑問を払拭するために世界一周を蛇行して挑戦。(衛星の軌道のように)最長滞在時間に挑戦するとの事でした。



 さて、10時45分 時間通りにホンダジェットが登場! 今日は、オシコシフライイン自体もスポンサードする「HONDA」一色になりました。

 3時前に、HONDA JETのフライトが行われました。一言で感想を述べると「静粛」そのもの! G109の離陸とHONDA JETの離陸、間違いなくHONDA JETの勝ちです。とにかく静か。

 ショーが終わると 知らない老夫婦が、「よくやった 今晩家に飯を喰いにおいで(夫)  そうよ!是非いらっしゃいこれで日本から騒音問題がなくなるわ!(妻)」と、お褒めの言葉を頂きました。
 日本人ということで加茂さんや泉さんも、「日本は良くやった!」と方々で言われたそうです。



 さて、午後5時30分過ぎオシコシから約80マイル南にあるミルウォーキーエアポート・・・一人の日本人が降り立ったのです。

 さくらいです。
 山本さんのアメリカ行きが決まった後に、追いかけるように大急ぎで準備したアメリカ行きですが、中澤さんのサポートにより、なんとか航空券等を手配出来、アメリカに来ることができました。
 現地では予定通り山本さんと合流し、その日は夕食を食べて就寝。翌日は朝からOSHKOSHのエアショーに行きました。

 アメリカへ来るのはこれが始めてではないので、日本の航空文化との違いがあることは認識はしていましたが、今回会場に観に来ている観客の数、つまり底辺の広さには改めて驚きました。
 今日は朝から会場内をぶらぶら歩いて興味のあるところに途中立ち寄りながら過ごしました。WAR BIRDSの飛行展示では昔の戦闘機から比較的新しいものまで、何十機という戦闘機が会場上空を右旋回しながらぐるぐる飛び回り、かと思うと頭上を4機のダイヤモンド編隊を5個くっつけたような編隊がスモークを引きながらパスして行き、そんな中、ランウェイからはジェット機が次々離陸していくというような日本では決して見ることの出来ない光景を見ることが出来ました。
 実際に爆薬を使った模擬空対地爆撃はなかなか迫力があっておもしろかったです。またハリアーの間近での垂直離着陸は感動ものでした。とても飛行機の動きとは思えませんでした。

 途中立ち寄ったFAAブースではFAAの係官と話しをする機会を得ることが出来ました。
 まず驚いたことには、日本でいう局の人と話すのとは違いとても気さくに話をして下さり日本との考え方の違いを多少ではありますが認識することが出来ました。
 特に自家用の人達が一生を通して常に飛べる環境を整備することが我々の使命であり、そういった環境をどのように整備するかが課題であるといったような基本的な考え方の違いに驚かされました。



 一方の山本さんはいくつかの会社のブースをまわり仕事の話をしていました。すっかり現地人と化した山本さんはスムースに仕事を進めていたようでした。
 さくらい

(by 寺田)


番外 アメリカ近況・第5弾>(山本のオシコシ報告1)

 エアショーから先ほど戻りました。
 現在、夜の19時40分。日暮れまであと1時間半というサマータイムの恩恵をタップリ味わっております。沢山歩いて、死にそうなのでビールを頂きながらのご報告です。実はルームサービスです。殺されそうなので一言。
 ACAにとってもらった ホリデイ イン グリーンベイ。ミルウォーキーでもホリデイ イン。多分マンディさんがお好きなのでしょう。
 いやな予感はしてたのですが、最上階の”エグゼクティヴ”です。キーをエレベーターにささないと乗れません。(僕のチョイスではありません。すみません、支払いは宜しくお願いします。4日間幸せに暮らします。)
 全ての食事は10%引き。今下に下りれば8時までフリードリンク!! でも、報告を先にしないと飲みすぎて忘れるので、ルームサービスになりました。

 さて、朝8時にACAのある、「ローチェスター」を出発、州高速36号、I45を乗り継いで約100マイル北上「オシュコシ」に到着しました。(10時)到着前から 小型機ばかり ブンブン 飛びまわっています。

 駐車場に入るところで先ずビックリ! 200や300ではきかない小型機のテント村でお出迎え。

 恐らくスカイレジャーの10倍以上の観客が詰め掛けているのに殆ど渋滞なし小さな外国人の私が迷うことなく、またどのチケットが一番安いか、分かりやすく教えてくれる方々が、全て「ボランティア」でまかなわれているのには感心しました。(すみません。最近日本語が変です。)

 入場後、スーペリアエンジン、ACAなどを回ってきました。スーパーエアクラフトは明日以降のアポイントメントになりそうです。
 ACAの社長ジェリーさんも、ハイカントリーへの改造について最大限の協力をしてくれると言ってくれました。スーペリアの社長も機材はACA経由になるかも知れないけど書類面については、最大限に協力してくれそうです。



左>ハイカントリーとACAの社長のジェリー。マシンガントークのおじさんです。
右>小型機のテント村

 今日は、何となくどこに何があるかを見るだけで精一杯。4日でも足りないかもしれません。
面白そうな工具屋もあるしTシャツなんて1000の単位の種類はあるし気分は給料日の翌日の イトー屋、ジョイフル(又は、腹が減っているときのスーパー)並みで、何とか最後の日まで買わないように努力してます。


 午後3時にエアショーのところに行くとそのまま5時まで見とれて動けなくなりました。
 T6の4機編隊なんて・・・スカイレジャーの前に見なくて本当に良かったと思いましたし、瀬尾さんの頭にはこれがあったのか! と心から感じました。




左>別の4機編隊・・・分かります?
右>長機、P38  2番機、P51  3番機、F16  4番機、F4ファントム!!(なんで・・)

とにかく・・・この機会にいろいろ勉強しようと思っています。
明日は、いよいよ 「桜井君登場! です。」 

山本でした。


(by 寺田)


2005年7月29日(金) 晴れ 視程15km WIND23004kt RWY 25

 中澤です。
 三田が朝6時に出てきて、裕子担当Ka6の胴体を塗装していました。朝6時というのは、気温が適当と言うことと、人がいないので、ほこりが立たないと言うことがあります。


左>全身「真っ赤」の三田さん
右>作業中の塗装室。赤くなるのも当然


 裕子が丹誠込めて下地作りをしたKa6CRの胴体は、今日、三田の瞬間芸で、ピカピカの赤い胴体に変身しました。




(by 寺田)


番外 アメリカ近況・第2弾>(サルベージヤード)

 山本は興奮しています。

 行きました、サルベージ ヤードに。アイさんはアイさんなりに まっつあん なんか 3日は通うね!

 さて:PA28−180
 L Wing、エルロン、フラップ、胴体後部、垂直安定板、ラダー、ホライゾンASSy 全部あります。
 FAA 8130−3 Export 付き 左翼だけ Core 25%  どうだ!!!!
 ついでに KING 197 VHF オシコシで販売との事!!!!

 詳しいスペックを送ってください。ここには、無いものは無い!!!
 C172P ファイアーウォール 無傷 あります。マウントもあります。



 Shumpei


<さらに番外 アメリカ近況・第3弾>(ミネアポリスからミルオーキーへ)

 結構大変だったようです。

 御社長殿
 世の中が進歩するにつれ便利になるのか、そうでないのか?。今日の前半戦は完璧でしたが、後半、ただ単に移動するだけのミッションは大変なものでした。

 先ず、気の良いトム君26歳(AWI AMIのエンジンマウント担当営業マン)は、朝からピックアップを頼み気軽に引き受けてくれました。その後ミーティングは、一部上場の第1級のディーラー顔負けに進み楽勝モード。この話は別便で送ります。

 ただ、日本出発前から連絡を取り続けているACAのマンディーさんには連絡がとれません。24日までは、お休みですから当然と思っていましたが、今朝からも電話が通じません。
 今日のホテルもわかりません。アイさんからもらった全ての紙をひっくり返してもホテルの記載はありません。
 USA時間の24日寝る前に社長殿に「ホテルが判りません」のメールを打って寝ましたが、朝、メールを開いても社長からの返事はなし、まドライブして良い物を食べた後はそんなものでしょう。

 少々早く空港についてマンディーに電話・・・・繋がらない。空港から前出のトム君に電話 「ACAの電話番号・・・」を計3回・・どれも繋がらない・・・一回は、間違い電話をしてしまう。
 空港内の公衆インターネットを探す。・・・ない! 僕はスターアライアンス・ゴールドメンバーだ! とUAのサロンへ! でもインターネットは無い・・無い。
 インフォメーションデスクへ行って インターネットを探す。これ以上人間は太れるのか?というおばさんに聞いてみる・・・分からない。困っていたら、ハリソンフォードのそっくりさんがコンコースCにあると教えてくれる。
 急ぐ・・・急ぐ、何せあと50分で出発なのだから。「発見」。クレジットカードを突っ込む・・・Serch ・・・ACA 「発見」 ・・・同じ番号。「ガックリ」。出発前にUSAで困らないように入ったおなじみ「You've got a mail!」のAOL
 へアイさんからのメールを発見! やった!これで大丈夫!!!

 NW550 ミルウォキー行き 搭乗!  プッシュバック直後 深い眠りに。ふと目を覚ますと・・・飛んでない! 「サンダーストームの為離着陸が制限されています」とのアナウンス。タキシーウェイには、多分20機以上の NWが でかいのから小さいのまで並んでいる。タキシーウェイで1時間、離陸の順番待ちで20分でやっと離陸。ミルウォーキー到着定刻16時40分が18時20分・・・バゲージを取り普通ならタクシーに乗るけど、何となくシャトル・インフォメーションデスクへ。
「ホリデイ イン に行きたいんだけど」 "Which one?"
 どっちのってたって Holiday Inn in Milwaukee しか書いてないし。電話して聞いてきて・・・早速電話! 携帯もってて良かった!
"This is American Lominng Service, Please check for your credit card,or make corect call please press one ! "
 って なに? 金払えよ!!

 いそいそと公衆電話へ。「ホリデイインです」「今日予約した 山本ですけど」 「チョットまって!」
 "we are sorry not your name in reservation, please other name please?"
「OK! Shumpei」 "NO" 「Aiichiro NAKAZAWA」 "NO" 「American Champion」 "NO"
「I give you our reservation # ・・・・・」 電話は苦手だ。他のとこ泊まっちゃおうかな!
 でも会社のクレジットカードにチャージされたら・・・小銭が無い・・・クソ! 昨日のうるさいタクシーのウンちゃんにやっちまった。
 クレジットカードで電話を掛けるには・・・プロセスが死ぬほど難しそう。インフォメーションデスクへ どこかで プリペイドカード売ってない? 
 どうしたらそんなに太れるのか聞きたくなるような美女2名。アメリカでは、ドラム缶サイズにならないとインフォメーションデスクにはいられないのだろうか? ファイルを取り出そうとするとたわわな二の腕が日本で言う”LLL”サイズのコークをこぼす・・・・・フキフキ
「Can I Help You?」 って・・・・いうじゃない?  「ペイフォン カード・・・・」
「Yes I know・・・・」殺意を覚えるって言うのはこう言う時の為にある。
「下にあるシャトルインフォメーションデスク よ!」
「知ってる?」 「Yes I Know !」 振り出しに戻る。
 人生は 人生ゲームより時に楽しい!

 何とか「プリペードカード を ゲット!」 新しいリザベーションを取る!再び シャトル インフォメーション・デスクへ。
「ホリデイ イン エアポート」だって! "OK、 じゃ、向こうにある 電話で コンファームをもらってくれ!"
「え!まだ 駄目ですか!」 トボトボ 近くのオッサン 3名に 機械の使い方を教えてもらう。 全ての準備が整う!
 シャトル インフォメーション デスクへ 係りの人と眼が合う。
「I know you!!!」  そりゃそうだ! 紙をもらってしばし・・・・

 19時15分 チェックイン。最初の予約より 20$高い・・・俺は知らん!!! 最初の予約をサーチしてもらう。
 名前が無いらしい 「コンファーム番号だけ有効?」 取り敢えずオリジナルの予約もキャンセル。これで会社から2重の払いは無くなるハズ! でも、どうやらダウンタウンだったらしい。

 明日の朝、レンタカーのピックアップがある。・・・・泊まるホテルが違う。つまり最初の手配とは変わる。
 さてさて・・・・・・・本来の業務連絡は 気が向いたら します。いい話 ばっかり ダヨ!!

 山本 俊平


<またまた番外 アメリカ近況・第4弾>(アメリカン・チャンピオン)

 本日(現地時間 7月27日)は、アメリカン・チャンピオン(以下ACA)に行って来ました。
 気がつけば いつの間にかあちらこちらの工場を見学することが当たり前になっていて、特段これは、と思うことも少なくなりました。

 現在ACAでは、月産5〜8機程度だそうです。偉い人の殆どがオシコシに行っていましたが、品質管理とドキュメンテーションの方と話をしてきました。
 ま、結果からすると、7GCBCのままハイカントリー・エクスプローラー・バージョンに改造するのが最も適当である、と思います。

 また、誰も ロン エモンド を知りませんでした。


 さて、ハイカントリー・エクスプローラーの特徴ですが、エンジンが O360−A3A2 180HP (スーペリアエンジン)。
 ランディング・ギアがアルミニウム・ギア (これからはこれだそうです)になっていることだけでしょうか。



 JMGCが部品を購入し社内で改造することは基本的に問題がないそうです。この場合、ACAは、新タイプの新規耐空検査に対しJMGCとJCABに出来る限り協力するとの事です。つまり、めんどくさい書類であっても直ぐに手配するとの事です。
 騒音については既に実地で計測が行われ FARの規準で79.19dbとの事です。 ICAOの要求に合うように計算書も出来上がっているようでJARに対して既に送った経験があるとの事でした。

 スーペリアエンジン 見ました。ライカのエンジンを少しちゃちにした感じですが、現在のTBOは2000時間。何故、このエンジンにしたか? に対しては、「安くて良いから!」。それだけで良いのか?とも思いますが、そういうものなのでしょう。(ライカに比べて4000$安い) 来年は、コンスタント・ピッチ・プロペラ・バージョンを考えているようです。
 しかし、本当に来年なのかは???のようです。

 スーペリアの新型の取得については、一応協力するとの事ですが、基本的には直接やって欲しい、というのが本音のようです。オシコシにも来ているようですから少し話してみます。
 また、ACAに対してもこの辺が交渉の鍵になりそうな予感がします。

 山本 俊平

(by 寺田)


2005年7月28日(木) 晴れ 視程60km WIND18005kt RWY 07

中澤です。
28日朝10時の画像です。


 R/W25に水は入っていますが、昨晩と変わり有りません。
 写真では水たまりに見えるでしょうが、川の水が侵入しているのです。


 日本製グライダーのビンテージについて書きましたところ、先輩からおしかり(?)のメールを頂いてしまいました。

 中沢様 読学OBの青木です。JMGCホームページいつも楽しんでいます。
 つきましては、お願いがあります。ビンテージに加えていただきたい機体があります。鳩 K14プライマリーです。 
 これは日大藤高で飛ばしてた機体で、現在は原田 卓さんが管理していると思います。 この機体で沢山の人が空に入門し大勢のパイロットが育ちました。又、耐空検査や修理では製作者でもある、お父上に面倒を見てもらいました。
 その他イロイロな思い込みがありまして結果、ビンテージ プレーンに加えていただきたくメールさせてもらいました。なにとぞよろしくお願いいたします。


 了解いたしました。私自身、鳩を忘れていました。

 昭和27年、航空再開の年、朝日新聞社の社旗をひるがえして武久氏が東京合板に勤める父親の所に来て、5機の鳩K−14を注文したのが、父親の戦後のグライダーのはじまりでした。「霧ヶ峰滑空機製作所」をたたむ12年間に、鳩K−14,とび、やまどり、と続き、その間に1機のみの生産機 K2P,MITA2が製作されました。
 その後、MITA3が5機製作され、「霧ヶ峰滑空機製作所」は閉鎖されました。

 先日の関宿でのSLJで木村貫一氏、堀川勲氏が何十年ぶりかで再会しましたが、そこに中澤貫次が加わっていたらどうなっていたでしょう。たぶん、1時間後にはけんかをしていたでしょう。

(原文&画像提供:中澤氏 編集 by 寺田)


2005年7月27日(水) 晴れ 視程60km WIND?? RWY ??

 中澤です。
 台風7号もたいしたことなく、過ぎようとしています。栗橋のピークが11時で4mでした。
 今までの経験上、栗橋のピークが4.5mだと、約10時間後に飛行場に水が侵入しはじめます。と言うことは、21時にピークということになります。その他の水位を見ていると、マー今回はだいじょうぶかと思っています。


 さて、24日 SLJも終わったようでホッとしていたところ、北見の加藤氏から「H22を預かってくれないか」との電話を受けました。

 この話しは一昨日にもありましたが、結局、関宿で預かってくれる事になっていました。しかし、直前になってダメになったとかで大利根へ運んで来られました。

 最近ではあまり見かけない機体ですので、興味のある方はどうぞご覧下さい。

 なお、これを機会に、H22,H23C,鷹7,やまどり、MITA3、東飛式SAの5機を揃えたいと思っています。だれかが日本のビンテージを残さなければならないと思います。


(by 寺田)


番外アメリカ近況

 山本のアメリカ出張

 社長の思いつきとオシコシと言うエサにつられて、来てしまいました、アメリカへ。
 たった2度目と言うのに、最初から濃い、アメリカのパイパー・アローのエンジン・マウントを抱えての一人旅です。
 以下、山本からの報告です。

 取り敢えず AWI AMI から行って来ました。(*注)
 何でもISOを取得して 新造機のマウントを作っています。もちろんマフラーの方も堅調でずいぶん忙しそうでした。



 従業員・・・30名+程度と思われます。
 若ちゃん号のマウントは、4日で完成。FA200のマフラーは、今週に完成、一緒に持って帰ります。

 エージェンシーのはなし:基本的にJMGCが日本のエージェンシーとなるように社長と話すとのこと。



 CABやコアの処理などを中心に話し、また、その他JMGCとJFAに好感を持ってくれています。
 CAB対策に、ワークショップとしてのライセンスのコピーをもらいました。

 取り敢えず そんなところ・・・次回サルベージヤードに続く

 Shumpei

(*注):Aerospace Welding Minneapolis, Inc. and Aerospace Welding Florida, Inc. という長ったらしい社名の略。ミネアポリスとフロリダにある航空機用エンジンマフラーとマウントの修理・製造会社。

(by 寺田)


2005年7月24日( 曇り 視程40km WIND07010 RWY 07

 この日もTeam JMGCは、モーター3機でSLJに参加していました。
 練習機のない大利根では、飛行場環境向上委員会の皆さんが簡易トイレの周囲にフェンスや水タンク・カバーを設置していました。


左>垣内部長に桜井係長、そしてお手伝いの方々、ありがとうございます。
右>「愛のあるフライト」コースの教官役・吉田さんも、この日はカバーのペンキ塗りをしてくれました。


 午後、戻ってきたグローブでナビに出かけた人が、こんな写真を撮ってきました。

 谷和原の田んぼアート。種類の違う稲を植えてあるそうです。今年秋に開業予定のつくばエクスプレス沿線から見えるとか。

 (画像提供:タヌパパ)





左>トバゴの点検をする秋永さん
右>プロペラで真剣白刃取り?三田さん


左>珍しい方々がモーターで飛んでいました。陸単のライセンスを取った垣内さん。
右>愛機アローのエンジンがO/H中の若林さん。昔取った杵柄?一回ごとにカンを取り戻していたそうです。

(by 寺田)


2005年7月23日() Ver.2 曇りのち晴れ 視程40km WIND07010 RWY 07

記事と画像を追加しました。

番外スカイレジャー・ジャパン'05 in 野田


 関宿滑空場で行われた、SLJにモーターグライダーで参加してきました。
 公開練習日の今日は、朝到着後間もなくは閑散としていましたが、徐々に賑やかになってきました。





 北海道から堀川勲さんが来ていました。瀬尾さんと一緒に飛んで来た木村さんと。




 H22の前で。この機体の設計と製作に携ったお二人です。




午前しか地上にいませんでしたが、モーターパラの編隊飛行にスホーイ、そしてエアロックが来ていました。


 グライダーも飛んでいましたが、我々も編隊飛行のデモがありましたので、見ていません。

 代わりに帰路の編隊飛行をご覧下さい。おいしそうな雲が出ていました。(違うって)




 この日のTeam JMGCは、スーパーディモナのリーダーとグローブG109Bの4機でした。

 (画像提供:鈴木秀博氏)





左>この人たちは何をしているのでしょう? (画像提供:鈴木秀博氏)
右>フォーメーションの演目を地上で練習しています。(画像提供:鈴木秀博氏)


 Team JMGCのダイヤモンド・フォーメーション

 (画像提供:鈴木秀博氏)



(by 寺田)


2005年7月22日(金) Ver.2 曇り 視程15km WIND07015 RWY 07

 中澤です。
 戦前に前田航研でグライダーのデザイナーとして数々の名機を設計された木村貫一氏が、同郷の瀬尾さんの案内で大利根へいらっしゃいました。あらかじめ、大変貴重なご自分の資料をお送り下さり、それらを拝見しながら昔のグライダーに関してお話を伺うことが出来ました。




 以前から連絡を取り合っていたのですが、お会いしていなかった米田さんもぜひお話を伺いたいと休みを取って駆けつけて頂きました。夜10時すぎまで楽しい一時を過ごすことが出来ました。

 木村さんは、23日に関宿で開催されるSLJにいらっしゃっている堀川さんと、何十年かぶりで再会することになっています。




 
瀬尾です。
 戦前からグライダーの開発をされてきた木村貫一さん(87)です。

 昭和10年のヒルト来日を契機にグライダーの世界に憧れ、前田航研に入社。22歳のときに作られた前田703は、九州耳納山地において、滞空12時間(うち約6時間はナイト)という記録を作りました。日本の機体開発が、ようやく世界の水準に追いついた出来事だったように思います。
 また、戦前のベーシック・トレーナーであった朝日駒鳥、文部省式1型などプライマリーも作られています。
 戦後は、一世を風靡したゴム動力模型飛行機「スカイホース」の製造され、その後はプラモデルのLSを経営されました。スカイホースは、前田703の翼型中心線を翼型として採用したもので、とてもよく飛ぶ機体で、当時爆発的な人気を博しました。

 (画像提供:瀬尾氏)


 来社にあたり、日本のグライダーの萌芽期を物語る重要な資料を送ってこられ、そうしたことに大きな関心のある中澤、三田、米田、瀬尾などは、直接お話をうかがい、感心しきりでした。

 愛ちゃんは中澤家に保管されているオリンピア・マイゼの図面などをお見せし、戦前の幻の東京オリンピック滑空競技に使用予定だった機体の図面を、日本側が受け取った時の印象などをお聞きし、父親寛次さんが活躍された時代の状況を一層詳しく知ることができ、嬉しそうでした。
 木村さんは、記録機703の翼型について、その現代的な評価はどのようなものになるのか、非常に高い関心を持たれ、米田さんに聞かれていました。また、米田さんがゴム動力機「スカイホース」を作ったことがあると言うと、とても喜んでおられました。

 土曜日は大利根から関宿のSLJにお連れすることになっています。




 マークさんは、オシコシへ行くというオーストラリアの知人を連れて遊びに来てくれました。
 ”ピーテンポール”が好きで、三田さんのピーテンポールを見に来てくれたそうです。
 実は昨日、マークさんが三田さんのピーテンポールを着地させ、ほこりを払ってお掃除していました。



(by 寺田)


2005年7月18日()Ver.2 晴れ 視程10km 西より3kt RWY 25

 連休3日目にしてやっと太陽が姿を見せる好天となり、この日の大利根は大勢のクラブ員、お客さんで賑わいました。
 でも、蒸し暑さは前日までと変わらず。むしろ最高潮に達した様で、ニュースを見ると各地で熱中症で倒れる人が続出した様ですね。

< スカイタイパーズ迎撃 >
司令部=[18日0000UTC、潜入中の工作員より入電「敵編隊の離陸を確認。目標は九十九里、千葉幕張、横須賀の模様」、A150緊急発進。これを迎撃せよ]

スダチ=「エェーエ、まだ準備出来てないよぉー」
長屋隊長=「今からじゃー、九十九里は無理だなぁー。千葉で待ち伏せを掛けましょう。」

0039UTC、長屋隊長と共に大利根を離陸。視程8km。もやもやで雲もハッキリ見えない中、Vyで上昇。一路千葉を目指す。高度2500ftで視程良くなり、真っ青な空が広がる。

千葉港上空、高度5000ft。待ち伏せを掛ける。

司令部=[敵編隊の交信を傍受「機数5、高度10,700ft」、なお機種はグラマンタイガーAA5、巡航速度120ktと判明。]
スダチ=「げっ、一万フィート以上。しかも120ktだぁー。こりゃ上から襲う案はダメだ。」(ちなみにA150の巡航速度は80kt)

0100UTC

長屋隊長=「あっ、右上方に敵作戦の痕跡を発見」

スダチ=「右旋回、右旋回。スダチにも見せてぇー。」

スダチ=「うーん、確かに痕跡ですねぇー。敵編隊は何処?」

長屋隊長=「いたぁーっ、さらに右方向、いま書いてる。」


と言う訳で、5000ftの差がありましが、スカタイパーズの撮影に成功。

 スカイタイパーズは、これから8月下旬まで日本各地の空にメッセージを書き回るそうです。

 詳細はこちら。


 ちなみに、横浜みなとみらいでスカタイパーズを偶然目撃したあるJMGC会員のお嬢ちゃんは、見事に洗脳され、帰りのコンビニでポカリスエットを買ったそうです。(^O^;


< 飛行機運航再開(愛のある飛行訓練も) >
 飛行機の運航が再開されました。大利根に常駐する個人オーナー機、アーチャー2を貸して頂けることになりました。


左> 貸して頂く飛行機4119(アーチャー2)
右> 4119の計器板です。なんとILS付き「愛のある飛行」にも対応。

< グライダー運航も再開 >
 そしてグライダー曳航も早速再開されました。曳航機は菊池様のハスキーをお借りしました。
 ハスキーのフェリーと教官は、道楽飛行で数千時間。曳航回数4500発超。ハスキーでの曳航も1000発近い平岡さんが引き受けてくれました。


左> H23Cが関宿へ空輸されました。来週末開催のSLJへ出品されます。
右> 大利根初のハスキー。愛さんも山本さんも、平岡さんと一緒に乗って練習していました。


左> なんの罰? リベレの前で腕立て伏せする畑中さんと寺田さん。
右> 梅雨明け宣言が出たので、ヤンターも組み立てられました。

< 整備より >

左> お嫁入りまえのDuo Discus のトレーラーを仲良く洗う、金子と由香子
右> 三田さんがまたへんな事をしているようです。


左> マークはディスカスに尾輪を付けています。
右> スカートとヒールのある靴を履いたこの女性はだれ!!

< 社内テスト飛行 >

 午後も遅く、明野から来ているシタブリアが耐空検査前の社内テスト飛行に飛び立ちました。



 その少し前に、ししょーから広角レンズを借りたスダチは、レンズの効果を見たかったので「シタブリア、ランディングライトが正常に点くか確認してあげるから、ワンパスして」とお願いしたところ、、、






 はっ、はい、チャンと転倒じゃない、点灯してました。



[一部原文・画像提供 中澤氏](by スダチ)

2005年7月17日() 曇り 視程5のち10km 昨日に引き続きほぼカーム RWY 07や25

 3連休中日です。蒸し暑い日が続きます。でも暑くても皆さん飛びに来ますね〜。
 せめて字だけでも涼しげな色にしました。

 この日もモーターグライダー2機と飛行機はセスナ150のフライトが、そしてセスナ172でパラシュート・ジャンプが行われていました。
 パラジャン・パイロットの方々は、離陸距離は伸びるし上昇遅いし、しかも上は寒くて下は暑いので、大変そうでした。


 この暑さでバーベキューなんか、突然始めてしまうのだから暑さも倍増です。何を考えているんだか。

 でも楽しかったし、お腹もいっぱいになりました。
 この日は定番の焼き鳥からジンギスカン風ラム肉、サンマも焼けば最後はやはりヤキソバのフルコースでした。

 ごちそう様です〜。



左>暑くてもBBQは楽しいのです
右>でもやっぱりちょっと暑いよ〜


左>久しぶりに来られた、古い会員の高橋さん。さっそく直美さんと飛んでいました。
右>夕方、H23Cを組んでいました。(ちょっとピントがずれていてすみません)

(by 寺田)





左> 久しぶりにJA00CNが出てきました。
右> 上空から楽しそうな笑い声が降ってきたと思ったら、初めてのジャンプだったそうです。


左> 加藤さんの作品です。まだうすいですが「OHTONE」と読めます。
右> スダチは見た! 撮影後、愛さんがみゆきさんを突き落とそうと、、、

 オーストラリアのヨーク・ハッカーから写真が送られてきました。

(観測ポッド付きのスーパーディモナでしょうか?)

[原文・画像 中澤氏](編集・代理アップ by スダチ)

2005年7月16日() 曇り 視程5km ほぼカーム RWY 07や25

 3連休の1日目。大勢の方が飛行場に見えられましたが、午前中の天候は視程も雲底も悪く生憎の空模様となり、地上待機となりました。
 前日のニュースを知らずに大利根へ来て、壊れた機体を見て驚く方もいました。

 カブとアーチャーは修理のため暫くお休みとなりましたが、本業(?)のモーターグライダーは元気なので、天候の回復した午後からは早速G109Bでのフライトが行われていました。
 また、個人オーナーさんの機体や、お隣AFJさんのセスナも飛んでいました。


左> 蒸し暑い中、一番機が離陸。練習再開。
右> お昼はカップ麺ですか? 鈴木先生美味しそうです。


 あまり知られていませんが、大利根場外のある茨城県南部は、北海道に次ぐ酪農地帯だそうで、利根川の土手を飛行場へ向かっていると、たまにこんな光景に出くわすことも。
 (とても都心から40km圏内とは思えませんね?)
 「スピードは控えめに。牛とぶつかると車のダメージも深刻です!」




(by スダチ)

2005年7月15日(金) 晴れ時々曇り 視程30km  RWY 25

 中澤です。
 13:30頃、JMGCの曳航機 JA4097が着陸後、滑走路から駐機場へ向かう際、操作を誤り駐機中のJA3722に追突。
 両機とも中破してしまいました。


 クラブ員各位にはご迷惑をおかけします。
 しばらくはグライダーの運行も制限せざるを得なくなりますので、悪しからずご了承ください。

 (画像提供:JMGC)


(by 寺田)


2005年7月13日(水) 曇り 視程30km  RWY 07

 中澤です。
 あまりぱっとした天気ではありませんが、垣内さんがカブの練習をしていました。
 飛行機のライセンスを取ると、次の訓練はスーパー・カブになります。スーパー・カブの離着陸が出来上がると、しばらくは、飛行機曳航の訓練があり、その内、曳航パイロットとして栄光のデビューとなります。
 垣内さん、渡辺君が手を挙げています。まず、手を挙げることが大事です。「やりたい」と言う意思表示がまず必要です。


 さて、工場では斉藤が担当しているディスカスの塗り替えが大詰めを迎え、JAナンバーの塗装が始まるようです。

 左>オーナーとロゴの位置を検討する斉藤




左>裕子のKa6の胴体の再塗装もそろそろ大詰めを迎えているのかな !!!!
右>めずらしく、Ka8の風防キャノピーが入荷されました。


左>増設中の新・塗装室
右>楽しそうにピーテンポールの修理をするマーク

(by 寺田)


2005年7月10日() 曇りのち晴れ 視程30km WIND21005kt RWY 25

 中澤です。
 予報では午前中雨の予想でしたが、結構朝から晴れました。クラブ員の方もボチボチ来ていました。
 今日こそはリベレを出そうとおもったのですが、トレーラー置き場から組み立てる場所(約150m)移動しただけで終わってしまいました。来週こそは組み立てて、飛びたいと思っています。

 画像はありませんが、モーター、アーチャー、セスナ150とデュオ・ディスカスがそれぞれ順調に飛んでいました。

 今日、また入会された方がおります。変わった経歴と言うか、変わったライセンスをお持ちでした。事業用陸上多発です。単発のライセンスを取得したく、以前からホームページを見ていたJMGCに入会されました。
 早速、T/Gを行いましたが、飛行場の短さにびっくりしていた様子です。我々スタッフもあまり経験したことがなかったのですが、要は機体に慣れればいつでも実地試験を受けられるんですね。



 夕方、山本が血相を変えて大騒ぎをしています。なんと、クラブハウスに由香ちゃんが設置した小鳥用の巣箱がスズメバチに占領されているとのこと。
 3612のオーナーの樋口さんが退治役を買って出てくれました。(格好はなんかあやしかったです。)

 「飛行機に作らないでここに営巣して」と、よく言い聞かせて雀のために設置した巣箱ですが、なんと雀蜂に占領されてしまいました。(泣)
 (寺田)

上>気をつけてね>樋口さん。山本さんはその格好で大丈夫?


 山本から飛行場環境整備委員に任命された垣内さんと櫻井くんは、だれかが勝手に発想したオープン・カフェ構想を実現すべく、「なんか、何年前かには、ここで飛行機で飛べますかって言って入会したのに、なんでこんなものを作ってるのかな」と言いつつ、オープン・カフェのテントの骨組みを作ってくれています。




 毎週、土、日曜日の午後から「冷えたビール、チーズ、ソーセージや、たまには焼きそば、BBQ」が提供できるカフェがもうすぐオープンします。

 (中澤記)

(by 寺田)


2005年7月9日() 曇り 視程5km 東より5kt RWY 07

 昨日とはうって変わって低視程、低シーリングの空。やはりまだ梅雨は続いているようです。
 VMCギリギリの天候でしたが飛べないこともなく、折角の週末とあってか、5・6名のクラブ員がやって来て場周飛行でお茶を濁していました。



 中澤です。

 JMGC Webのカウンターが14:05で666582でした。15:40には666670だったと言う報告が入っています。さて、どなたが666666だったのでしょうか。

 今回はうっかり666666でのキリ番でなにかとお知らせしなかったのですが、確かにカウンターが666666だった方はご連絡ください。
 何か記念品(壊れたプロペラ・ブレード?)をお送り致します。

 さて、今日はJA2429が途中でごねてしまいました。飯塚と大曽根が原因を探っていました。周りには、野次馬と化したみんながよってたかって、あーでもない、こーでもないと無責任に言っていました。


 原因は直径2mm、長さ5mmのマスター・ソレノイドに取り付けられているダイオードでした。


 4097の耐空検査が終わった第2工場では、三重県航空協会のシタブリアの耐空検査とパイパー・アローのエンジン交換の作業が始まりました。

 第3工場では三田がトレーラーの屋根を修理しています。性能の良いRotaxもなにかとトラブルをかかえています。JA00CNのエンジンも整備に入っています。



[画像提供 愛さん]

(by スダチ)

2005年7月8日(金) 晴れ 視程50km 東より15kt RWY 07

 思いがけず日が差す好天となり視程も良く絶好のフライト日和となりました。この季節しては東風が少し冷たかったですが、むしろ過ごし易すかったです。
 ただ残念ながら遊びに来たクラブ員は少なく、グローブで青木さんが、A150で清水さんが飛んだ程度でした。

<< カブの耐空検査が行われ無事終わりました。 >>


左> リペイントされ綺麗になったカブ。
右> 脚のストラットカバーは、羽布からグラスファイバーへ変えたそうです。

 そして、JMGC事務所に併設された塗装室脇では、なにやら工事が始まっていました。  また、新倉庫への引っ越しも始まっておりました。


左> 塗装室脇、なにを始めたのか? 拡張工事中?
右> 新倉庫内部。グライダーもフォークリフトも、そしてカプチも入る?
[画像提供 みゆきさん]

(by スダチ)

2005年7月7日(木) 曇り時々晴れ

ASW28-18E

アレキサンダー・シュライハーのデモ機の中古があります。
詳細はトレーダ・プレーンをご覧下さい。



2005年7月3日() Ver.2 曇り時々小雨 視程20km 南より3kt RWY 07

 記事と画像を追加しました。


 先週末「梅雨がサボっている」なんて書いたのがいけなかったか?
 この週末は「梅雨の逆襲」、低視程・低シーリングの週末となってしまいました。(ToT)

 2日()はまだなんとかグライダーも飛べましたが、3日()は朝から雲低くてグライダーの運航は諦め。グローブとセスナが、場周及び5nm圏内で飛んでいました。

 そんな中、阿見飛行場より5機が襲来。
 阿見の皆さんも、この悪天で遠出は止めた様です。



 阿見からやって来た飛行機達。
 手前から阿部先生のボナンザ、、、、、後は、、、、よくわからないです。m(_ _)m

 午後も遅くなって、大利根からもA150が阿見へ遊びに行きましたが、この日5nm圏外に出たのは若林さんのアローとこのA150だけでした。

 一方、堤防脇の新工場では、色あせてしまったカブのリペイントと耐空検査の準備が進んでいました。


左> 何を整備しているのか、大曽根君。
右> プロペラを磨く(?)秋永さん。

(by スダチ)

 ところでこの日、飛行場をお休みしていた中澤は、こんなところで遊んでいたようです。

 中澤です。
 北海道の方からの紹介で付き合いだした、ヨーク・ハッカーと言う人がいます。彼はドイツ人気象学者で、オーストラリアのアデレードを中心に、ARAと言う団体の主席気象研究員として仕事をしています。この団体は、ビーチクラフトの双発機を始め、グローブ社で作ったイーグレットやグローブG109B、最近ではスーパーディモナECOを使用して研究をしています。

 昔話ですが、以前、高田氏が横田飛行場上空からイーグレットの写真を撮ったことがありましたが、その機体がヨークの団体のもので、その時は台風の構造解析のために日本へ飛んできていたんだそうです。(NHKでその様子が放映されました。)
 ヨークはLS4のセルフ・ローンチ(LS4SL ???)を自分用には飛ばしています。

 先日、彼が日本に来るというので、瀬尾さんや米田さんを誘って、食事をしました。その席には彼のパートナーである、Shaktiと言う女性もいっしょでした。彼女は、インドの古典舞踊とモダン・ダンスをしています。この彼女のお誘いで、彼女のダンスを見に、米田さんと三田、畠中礼子さんと行ってきました。
 その後のパーティーでは、米田さんとヨークは飛行機の話で盛り上がっていました。



(by 寺田)


2005年7月1日(金) 曇り→雨 視程5km 南より3kt RWY 07

 朝から低視程、低シーリングとVMCギリギリの飛行条件のもと、IFRの実地試験が行われ、、、、あれっ、違うか。(^^;

<< 滑空機実地試験 >>
 いつも三保からアローでフライインしてグライダーの練習をしていた岡本さんが、滑空機上級の実地試験を受験され危なげなく合格されました。


[画像提供 美幸さん]


 おめでとうございます。




 いやー、この天候で飛べたなんて、さすが岡本さん。計器飛行証明をお持ちで良かったですね。(笑)

 冗談はさておき、岡本さんの実地試験とは別に、もう一機のグライダーが試験官を乗せて飛んでいました。

<< サステナー調査 >>
 航空局がサステナータイプのモーターグライダーの運用実態について把握するため、渡辺首席試験官と相原試験官が調査に見えられたのでした。


左> 一回目、渡辺首席試験官。
右> 続いて相原試験官。


 更に、実地試験の終わった浦松試験官もデュオデイスカスTは初めてと言うことで体験飛行しようとしたのですが、雨が降ってきたため中止となりました。残念。




<< 半世紀の時を経て幻の滑空機製造施設が復活? >>


 フライトも終わりJMGCの事務所で一休みしていたところ、愛さんが「新工場の様子を見に行くか」と言い出しました。新工場と言えば整備の秋永さんや大曽根さんが飛行機を整備している堤防沿いの工場と思っていたのですが、どうも様子が違う。





  聞けば、いつの間にか従業員が増えていくJMGC。またまた手狭になって別なところに、なにやら確保したそうです。

 その昔は、ここでグライダーを作っていたこともあったそうですが、その後、倉庫に使われていた様でボロボロ。現在補修作業中です。


(by スダチ)