6月最終日、相変わらず、変な梅雨です。今日は天気予報よりは天候が良かったですが、妙に涼しい日でした。
仙台から角田→霞目の空輸を、リクエストされていましたが、どうも今日なら出来そうと言う事で、原君に行ってもらいました。
愛 :「角田へ行って、ブラニクを霞目へ空輸して、仙台で給油して帰って来てくれる?」
原 :「ヘーーーーイ、ただ自分は角田を知らないんですが、、、、、、」
タヌ:「ゴロゴロニャーン、私は角田に行ったことがあるにゃン。ニャンでもしますニャー、連れてっほしいニャン。」
愛 :「ふーーーーん、じゃ原君、このゼンゼンかわいくないタヌキをお供にじゃない、タヌパパを水先案内人にして行って来てくれる。」
原 :「エェーエ、チョットキモいけど、仕方ないですねぇ〜」
と言う会話の後、2人は大利根を飛び立ちました。
大友:「そっち飛び立ったー?、昼飯はどうしようか?」
愛 :「時間がないから、機上で食べられるものを用意しておいてくれますか?」

と言う、大人の会話があった事はつゆ知らず、、、
角田に降りたハスキーは、ただちにブラニクを曳航して霞目基地へ。
仙台管制圏をクロコンして霞目基地管制圏でグライダーを離したハスキーは、仙台での給油はせずに、そのまま大利根に戻ってきました。

(原文:中澤 愛一郎 写真:大友氏 編集:スダチ)
気温は高かったですが、微妙に風が気持ちの良い日でした。
クラブ員のフライトは少なかったですが、そのかわり、原くんはグローブの訓練を充分受けることができました。

左> 原君がグローブでソロに出ました
右> ソロに出した、藤沼さんと
エンジンを乗せ変えたJA01KYの試験飛行がありました。左席は原君です。

(影の声:1日中、職員だけ飛んでるなんて、この先が思いやられるナーーーー)
朝からさわやかに晴れた、気持ちのよい土曜日でしたが、クラブ員はほとんど来ず。
唯一、某エアラインにお勤めの青木さんが、元気にグローブで練習していました。

そんな中、お昼頃、勇躍飛び上がったグライダー訓練生河合さんが、JA2255で2時間40分あまり飛んで銅賞を獲得!
おめでとうございます!

二週連続、目前での銅賞を見せ付けられたペーパーグライダーマンの原ボーは、「もぉ〜う、我慢できないっっす!!」と、すっかり対流もなくなった16時過ぎの大利根上空へ、無謀なる出撃を敢行。
「フライト料は給与天引きだ! 18時まで降りてこないぞお!」との気合もあえなく玉砕。
たったの15分で、、、コッソリと戻ってきてました。
(原文:垣内氏 写真:カッキー 編集:スダチ)
2007年6月23日(土)
<近況・京都番外編>
6月21日に大利根を出発した京都大学のディスカスは、22日に到着、23日にセレモニーがありました。
発注時から担当していた、寺田由香子が納品立ち会いと命名式に出席しました。
寺田です。
22日(金)、京大Discusの納品立会いのため京都へ行ってきました。
翌23日(土)は大学関係者、OBの方へのお披露目・命名式があり、出席してきました。
前日まで雨でしたが、式典当日は梅雨の中休みで見事な青空が広がりました。
大学のシンボル・時計台の前でグライダーを組み、関係者の集う中、「蒼月」と命名されました。
今後の活躍が期待されることでしょう。
どうもありがとうございました。
左>「蒼月」と命名 (画像提供:前田氏)
右>関係者の見守る中、神主さんのお払いを受けました (画像提供:前田氏)
6月20日(水) 晴れ 梅雨はどこへ行ってしまったんでしょうか。

何回かの社内飛行で、機体に異常の無いことを確認したLS3aの耐空検査が、山本康夫耐空検査員の元で行われました。
以前は、搭乗者最小重量が85kgでしたが、この機会により現実的な75kgに調整をしました。以前より飛びやすくなったと思います。

エンジンの載せ換えや夜間飛行の装備を追加したJA01KYが、飛行場へ搬出されました。エンジンの調整作業が始まります。
6月21日(木) 同じく晴れ
写真はありませんが、01KYが試験飛行に飛び上がりました。今後、エンジンの調整をしながら何時間か飛び、福井へ空輸されます。
その途中、名古屋か富山で夜間飛行の試験飛行をしたいと考えています。

京都大学へ納入するディスカスがトラックで京都へ発ちました。
6月23日には、京都大学でセレモニーがあります。寺田由香子が出席します。
<< おまけ >>
仙台で飛んでいる、モールの左脚の取り付けボルトが破損し、機体が少し壊れてしまいました。
このモールは別名「北の尊師」と言われている仙台の大友さんが見つけて来て、JMGCが耐空検査を担当した機体です。
私はそのためにジョージア州にあるモール本社へ行き、書類の取得に行ったことがあります。
サウザン・ホスピタリティーと南部なまりの英語を体験しました。
どこの部署の長もみんな女性でみんなモールさんでした。160馬力から700馬力のタービンまで、全て、同一胴体、同一主翼です。
社長のモールおばあさんは、アメリカで初めて、ズボンを履き、乗馬した女性だとのことでした。
修理のためにモール本社へメールを出したのですが、やはりレスポンスが悪く(日本のテンポに合わないだけなのでしょうが)、モールの代理店を探しました。
なんとなく、日本に一番近い、カリフォルニアの代理店に連絡を取ったところ、すばらしくレスポンスが良く、そこ経由で部品の調達をしています。
何度かのやりとりの末、どうも1度会ったことがあるような気がしてきました。数年前に、三田くんや米田さんといっしょにカリフォルニアへ行った時に、シアトルの北で行われたEAAのエアーショーでその「じーさん」に会っていました。写真を送ったところ、彼も思い出してくれました。いつも感じますが、世界は狭いですね。

ワシントン州アーリントンでのEAAエアーショーでの一こま
愛:「モールのクーリングが悪いんだけんどなー。どうしてる」
ジー:「ンダナーーー、悪いんだよーーーナーーー」
と言う会話をした覚えがあります。
<< おまけ2 >>
6月21日の夕方、航空会館で櫻井玲子さんの「グライダーとパン」と言う講演会がありました。

櫻井さんが勤めている会社の冷凍パンが大好きな私は、取る物も取り敢えず行ってきました。(今後のパンの供給を確保するためです。)
「グライダーとパン」と言う、とりあえず無関係な題目でしたが、更に会場では「じゃこ天とマーマレード」の講演もありました。
頭の中は「??????」でいっぱいでした。
(原文・写真:中澤 愛一郎 編:スダチ)
ドイツへ行っている川村(父)さんより、レポートが送られてきました。
ドレスデンから川村(オヤジ)です。
あまりドイツ来る事は無いのですが、今回2回目です。(勿論仕事ですよ?)
前回はSZD55の購入を決定し、折角なので帰りにポーランドへ行ってみました。(製造国に敬意を表して)
今回は、JMGCに研修(?)として来ていたアンジーさんを頼って、現地のPirna滑空場(ドレスデンから12km程南東、エルベ川上流)へ行って来ました。
アンジーさんは車を所有していないということで、川村がレンタカーを借りておきました。(当日は彼女に運転してもらえばいいかな?と目論んで・・・)
ホテルのロビーで待ち合わせ、「運転免許持ってるよね?」と聞いたら『持ってるよ!でも最近運転してないしドレスデン詳しくないから運転お願いします』と言われてしまった。(普通は問題ないのですが、この町は路面電車が多くとても運転が難しいのです。現地弊社の仲間に聞いたら「路面電車には近づくな!」という何とも当たり前で、どうしていいかわからないアドバイス)
アンジーは彼女の日本語の先生ヒサコさんも招いていました。(Hisakoさんは20年程ドイツに住んでいるそうです。ご主人はドイツ人でLS7のオーナー、そして彼女もグライダーパイロットでした。)

左> 彼女はとても元気でした(アンジーさんが変わったのかどうか私にはわかりませんが・・・)
右> アンジーさんとヒサコさん

何と彼女はおにぎり、豚肉の生姜風味煮つけ、サヤエンドウの卵とじ、きゅうりの漬物、日本茶を用意してくれていました。
(ドイツの滑空場でです! 聞けば2005年の女子世界選手権が、ドイツKlix=50km程北、で行われた時、日本人が出るということで「廣常氏」におにぎりを差し入れたとか。)

変なでかい複葉機が着陸したので、写真を撮りました。
パラシュートジャンプ用にチャーターしたロシア製で複葉機最大のアントノフ2だそうです。
(でかい!遅い!それだけでした。でもマニアにはたまらないんでしょうねきっと・・・)

この日、本当は雨の予報でした。
前の晩から一晩中サンダーストームで、どうなってしまうかと思いきや、午後にはご覧の天気になりました。
でも見た目と違い皆バッタでした。我々のASK21以外は・・・(自慢か?そうです。)
グライダーと曳航機は東ドイツの影響が残っているため、ポーランド製のSZDが殆どです。
(この日は、曳航機が嫌がるくらいの横風、ガストだったのでウインチ曳航でした。曳航策はナイロン製でした。とてもスムーズで久々のウインチ曳航も気持ち良く曳かれました。)
追記(アンジーから):社長を始めJMGCの皆様によろしくとの事でした。(飯塚さんの話が多かったな?)
2日目
昨日、アンジーが交渉してくれて、今日は4時間でも5時間でも好きなだけ飛んでいいことになっておりました。(財布の中身しだいでスピードを出すとか冗談を言っていました。)
今日は、お2人ともお忙しそうなので「1人でも迷わず行けるので大丈夫です」と意気込んで、滑空場に朝早くから行きました。
さすがに天気がいいせいか、たくさんのグライダーがすでに準備されておりました。
昨日一緒に飛んでくれた、体型がスダチさん型のオジサン(いやもっと腹が出ていました。サーマリングで速度がつきすぎて困ったほどでした。)が、愛想よく挨拶し近寄ってきたので「?、?、?」と思ったら
「今日はうちのクラブで一番エライのが来ていて飛ぶというのでごめんね!」 チャン、チャン、、、
(女神2人の影響力は偉大だった)と思わず天を仰ぐのでした。
ふだん仕事でドイツ人には裏切られ慣れていますから腹も立たなかったのですが、、、
滑空場を後にする頃、凄い積雲とストリートには悔しい思いをしてしまいました。(帰ってビール飲むぞー!)
そこで、地上からのレポートです。
普段あまり見られない機体がありましたので、写真でも添付します。

ウィルガ
まずは曳航機ウィルガ(ポーランドで見たものより綺麗で整備されています。
また、消音機付なので静かでした。でもアニメ映画に出てきそうな格好ですね?)

ピラトー
井上さんが泣いて喜ぶ?ピラトーSZDxxです。(Ka6クラス?)

???
私の知らない機体です。
レトロなので(ビンテージと言った方がいいのかな?)撮りました。

ボシアン
アンジーに言わせると、三田さんが大好きな機体だそうです。
SZDxx(ポーランドで乗りましたが思ったより素直で飛びやすかった記憶があります。)

<< ひと時代前の傑作プラスティック機達>>
リベレ、LS4、LS1f、みな手入れがよく綺麗です。現役バリバリですね?
並木さん、こんなリベレの塗装はいかがでしょうか?

さあ、明日から仕事するぞー!(この溜まった4時間フライト分エネルギーを同僚のドイツ人にぶつけるんだ!)
(文,写真:川村氏 編集:スダチ)
19日は、十何年ぶりかの「整備士の実地試験」がありました。
現在の有資格者は、私(エッ持ってたんですか!!!整備してるとこ見た事無いよ。[影の声] )、三田、秋永の3人が滑空機の整備士資格を持っています。ちなみに、飛行機は同じく私(エッ)、三田、秋永、大曽根、藤江の5名です。
最近、若干、外の仕事が増えて、微妙にグライダーの整備士が足りない事があり、大曽根が受験することになり、今日、実地試験が行われたのです。
私を初め、三田、秋永とも、試験を受けたのはとうに昔の話で、その間、劇的に航空法が改訂されていました。
いつの間にかに、3等整備士が2等になり、陸上、水上や単発、多発の限定も無くなっていました。それらを改めて勉強したり、なにげなくやっている仕事、一つ一つにその根拠を調べることになりました。実地試験前日になっても、まだ、「小改造」はだれが確認するのか等と議論している有様でした。
午前中は机の前で、午後はディスカスを大曽根の指示の元に組み立てたりしました。

「何を言うべきか、はっきり伝える事」とか、「信念をもって整備にあたるように」 「整備する機体に愛情を持て」 「飛行機は整備するために有るんじゃない。飛ばすために整備するんだ」との講評をいただき、合格しました。
大曽根としては、もっと勉強や経験をして、合格したかった様子でした。ちょっと悔しそうでした。
暑かったですが、良い1日でした。

左> 試験官の質問にあらぬ方向を見ている大曽根。奥では三田君が心配そうに!
右> 「合格」の後の記念撮影です
(文:中澤愛一郎 写真:小野寺美幸 編集:スダチ)

朝から多くのクラブ員が集まり、モーターグライダーは1日中飛んでいました。
グライダーはASK13が2機、ヤンターが飛んでいました。
駐車場は朝からいっぱいです。
『カッキーが銅賞を獲得』イエーーーイ
一時は1時間で降りてしまうかと思われていたカッキーは、ねばりにねばって、2時間30分以上飛んで、銅賞を獲得しました。
だいそれた事に、ASK13かKa6で「銀賞」を目指したいと言っている職員の原ボーは羨望の眼差しで見ていました。

左> ソアリング中のカッキー(斉藤進一撮影)
右> 銅賞おめでとう!!滑空記章試験員の小林さんと

胴体が折れてしまった修理が終了し、重心位置の調整を行っていたLS3aの社内テスト飛行が行われ、染中さんが担当しました。
染:「どんなふうに飛べば良いんですか?」
三田:「マー普通に飛んで異常が無いか見て来て下さい。胴体が折れたら、それ以上飛べませんから」
染:「エーーーそうですか。耐空検査の前のテスト飛行ですよね。滞空性能も確かめるんですよねっ ねっ ねっ!!!!」
三田:「、、、まぁーーー、、、適当に、」
と言う会話が有ったか、無かったか定かでは有りませんでしたが、上がったら最後、降りてきませんでした。
胴体が折れずに帰って来たので、私も乗りました。
「今日の大利根お料理教室ぅ〜」

今日の出し物はローストビーフでした。ホースラディッシュ、わさびを忘れましたが、すごくおいしかったです。
ますます、羊に近づいています。(まったく、毎日、なにやってるんだか)
『今日のお客様』
変なドイツ人『スティーガーさん』がNナンバーのモールで遊びに来てくれました。

左> スティーガーさんに隠れていますが、『N666JA』と言うコールサインです。
右> 飯島朋子さんと

関宿からはモーターファルケが飛んで来てくれました。
(それにしても、最近の近況にモーターの話題が出てきませんね。あたりまえすぎて、ニュースにならないんですね。ゴメン)
(原文:画像 中澤愛一郎 編集:代理アップ by スダチ)
14日の午後には、雨が降り始め、どうやら梅雨入りだとの事でしたが、今日は信じられないくらいの「カラッパレ」。テレビでは「梅雨の中休み」と言っていましたが、梅雨に入って2日目で「中休み」も無いだろーが、ネー***!!!!!
関東地方にあれば、空撮の機会もありますが、「遠くに離れて行ってしまう機体の写真はなるべく撮っておきたい」と言う瀬尾師匠の希望と、空撮の写真が欲しい京大OBの米田さんの希望、天候、その他全ての条件
が合い、京大グライダー部へ納入されるディスカスの空撮が行われました。
ディスカスにはやはりOBの阪口さんが乗りました。青いストライプが新鮮です。
先日も書きましたが、トレーラーのシールも凝っています。クラブ員の青木さんが一手に引き受けてくれています。

左> 25側に勢揃いするグライダー。ASK13, Discus, Std Libelle,Janter Std,Duo Discusが飛んでいました。
右> 青いストライプが新鮮な「京大ディスカス」

そんな中、3612がトコトコと新潟まで行っていました。
相変わらず繊細な森岡君の写真です。

「本日の大利根、お料理教室ぅ〜」
再度、ロースト・チキンでした。今日の鶏のおなかにはプチ・トマトが入って、良い味を出していました。

左> 最終目標は羊の丸焼きです。 秋には出品できるでしょう。
右> 『梅雨の中休み』とは到底思えない、気分の良い1日でした。
(原文:画像 中澤愛一郎 編集:代理アップ by スダチ)
6月14日(木)
昨日、三保で積み込んだ、10t平と10tユニックのトラック2台は、早々と大利根に到着しました。
積み降ろしは順調に終わり、とりあえずシマンゴは第4ウエアーハウスに格納されました。これで雨風を避けることができます。
ここ、数ヶ月、シマンゴを見てきました。見れば見る程、そこここにRFのにおいがします。
最初は単に機体よりエンジンに興味があったのですが、機体を修理して、大利根の別働隊として、RF4D,RF5,Ximango(RF10)の陣容を組むのも悪くないかと考えています。
昔のフェアーレディーがモデル・チェンジを重ね、現在のフェアーレディーを良しとするか、はたまた、昔のフェアーレディーに乗り続けるのが良いのか、、、、、、難しいところですね。
確かに、RFには昔のにおいがします。しかし、そこに味があります。スーパーディモナがモデルチェンジを繰り返したフェアーレディーだとすると、シマンゴはレトロなフェアーレディーだと感じます。
三田君曰く、フォルニエさんの機体はどれも脚がすごいね。あの日常的には分解をあきらめた構造、主翼の翼弦、胴体に主翼の桁が無いあの構造を見るだに、魅力的な機体だね、と言っていました。
確かに、タイフーンの脚とシマンゴの脚の構造を見ると、その違いは歴然としています。シマンゴの尾輪も圧巻です。これはフォルニエ氏ではなく、ブラジルのオリジナルなのではないかと思いますが、ブラジル人もやる時はやるんだもんねと言う声が聞こえてきそうな尾輪です。あちらこちらに首を傾げたくなる部分がある反面、全体に丁寧に作られています。
ロータックス特有の冷却ラジエターが機体の中でしょ。よくスマートにまとめています。
グライダーは究極、性能の追求だけですが、ツアリング型のモーターグライダーはそのコンセプトから、シャイベSF25C,SF28Aに始まり、RF4D,RF5,RF5B,GROB G109Bがあり、タイフーンがあり、ディモナ、スーポーディモナがあり、シマンゴ、IS28M2とかなり違ったコンセプトの機体がありますね。
大利根では明日から梅雨入りとかで、大急ぎに、FA200と京都大学向けDiscus bの耐空検査が行われました。

左> 青いストライプが新鮮です。
右> トレーラーも文字がこっています。
6月15日 (大樹町番外編)

大樹町で実験が続けられているJA01DAのスケジュールの調整と天候の組み合わせで、JA01DAの点検整備ができることになり、三田くんが大樹町は行くことになりました。
私の「工具箱」が必要と言う事で、私も付いて行くことになりました。
(エヘヘ)


<< おまけ:大樹町でのお昼の風景 >>

(原文:画像 中澤愛一郎 編集:代理アップ by スダチ)
梅雨入り直前のきれいに晴れた日でした。
延び延びになっていた、三保からのシマンゴの分解/運搬大作戦が挙行されました。
最近の常では、トラックの手配やホテルの手配は金子が担当しています。
微妙に人が足りなく、私や美幸姉さんも参加することになりました。

12日は、
私と美幸の1台で、三田とマークがもう1台で、早朝の大利根を出発しました。
一方、天候は良い予想でしたので、分解要員を空輸することにしました。(もちろん、空輸するパイロットも分解要員です。)
ついに、サンチャン!!!
「ウーーンーート、ねじってどっちへ回すんだっけ?」美幸姉さんまで工具を持っています。

左> 足が主翼についているために、分解はちょっと厄介です
右> 空から助っ人に来た2人(と思ったら、1人は、わざわざ会社を休んで参加した廃人でした!!)

左> マークが胴体に潜り込んでいます
右> やっと、主翼が外れました
13日 <トラックへの積み込み作業>

左> 胴体の受け台を作る三田さん
右> トラックの到着

左> 胴体の釣り上げ(最近ちょくちょく、この光景を見ます。)
右> 主翼は2段重ねで計4枚(トラックにとっては重さは有りませんが、場所を取ります。

左> 富士山をバックに、トラックが出て行きました。作戦終了です。
右> 三保ネコです
(編集:代理アップ by スダチ)


RFシリーズを設計し、南フランスのギャップに製作会社を興し、RF1からRF4までを製作、その後、ドイツのアルホンス・プッツツアー氏が興したスポルタビア社で全盛を誇ったRF4DとRF5、その後RF10までを設計した、レニ・フォルニエ氏を囲んだ大きなパーティーが開催されました。
オーガナイズした、ジャン・ミッシェル・ドバーニャ氏が写真を送ってくれました。
未だに、2123の主翼の修理でフォルニエ氏に相談すると、ギャップに当時の職人も居るし、ジグもあるので、中央翼を製作しようかとのオファーが送られてきます。
今、RF5を再生産したら、モーターグライダーと言うよりは、軽快なスポーツ機として、売れると思うのですがねーーーーー
中澤愛一郎

(編集:代理アップ by スダチ)
朝から、CB系の雲が出ていて天候が安定しない日でした。

そんな雨の振る中、テントを張り、火を起こし、鶏を焼いている人達が居ます。
「ナンダカナー」と思うくらい、「廃人」になっています。
一番右の「タブパパ」なんぞは、実地試験に受かったにもかかわらず、他の時間の過ごし方を忘れてしまい、相変わらず、飛行場へ出没しています。
まあ、その他3人も似たり寄ったりですが、、、
しかし、焼いたチキンは絶品でした。

そんななか、工場では2351の風防を修理したり(三田)、00CNの修理をしたり(マーク)、01KYに夜間照明を付けたり(飯塚)しています。

左> キャノピーを直す三田さん
右> 夜間飛行用の照明を付けるスーパーディモナ

尾翼を修理中のスーパーディモナ
<< おまけ : これはだれでしょう? >>

(原文:画像 中澤愛一郎 編集:代理アップ by スダチ)
前日の実地試験の興奮も覚めやらぬこの日は、朝から気持ちのいい日で、相変わらず空に浮かぶもの全てが飛んでいました。
モーターの練習が若干少なく、16時を過ぎる頃にはグローブが空いてしまいました。
それを見た村田さんは、流れ落ちるよだれを押さえつつ、3回も飛んでいました。平日も仕事が早く終わったのでなんて言いながら飛んでいます。確実に廃人に近づいています。

右> 親子で飛ぶ人も居ます。川村親子はそれぞれDiscus bTとSZD55で。しかし、その後に事件が!!!!

右> 前後席お互いに練習していました。

左> 着陸練習の宮田さん
右> 本業に戻った「原ボー」

2時間寸前で降りて来た、河合さんは、
「銅賞が2時間だとは知りませんでした」と、笑い飛ばしていました。

右> ひとりで降りてきた「川村オヤジ」は、トレーラーを引いてまた北へ向かうのでした。

川村(Jr)です。
当日の飛行ルートはこんな感じでした。
筑波からの帰路、トップがだんだんと低くなり状況が悪くなってきました。
オヤジのBTもファイナルグライドマージンが350ftしか取れなかったぐらい雲低が低くなって来て「2機ともはまるかな?」と思ったくらいです。
BTはなんとか大利根に帰れましたが、MSは霞ヶ浦駐屯地にアウトランディングしてしまいました。

(さすがに自衛隊と思ったのは、現場の担当官が判断を上官に承認を受けなければ事が運ばないことですね。芝生の滑走路に入ったのですが、トレーラーの重さ確認でしばらく足止めがありました。)
実は、オヤジも30年程前に栗橋からH−32というグライダーでここに降りた経験があり、親子2代にわたりお世話になりました。
風邪で休養中の長屋さん、お世話になりました。
長屋です。
取調中、4人の自衛官に囲まれて可哀想に見えましたが、カメラを向けると取調官の方が顔を隠し、川村Jrは余裕の笑顔でした。
機体は、紐で飛行場外に牽引することも考えましたが、トラフィックはなくガラガラ、急ぐことはないのでトレーラーの軽量さを説明して滑走路に入れてもらいました。トレーラと聞いてすごいデカイのが来ると思ったそうです。

右> 紐で飛行場外に牽引することも考えましたが、、、
空の親子の再会は、お互いの無事を祝うアイコンタクトだけでした。かっこいいなあ。無言でもさくさく分解作業は進みます。

霞ヶ浦駐屯地の当直の親分は航空基礎学教官でした。そしてなんと、防大パラシュート部のOBだそうです。当然PJEのお誘いをしておきました。

右> 霞ヶ浦管制塔前で。霞ヶ浦飛行場は550mの芝滑走路ですが、まわりの格納庫などの背が高いのでとても立派です。
<< おまけ >>
夕方、まだグローブが飛んでいると言うのに、なにやら変な物(丸い玉)を飛ばしている輩たちがいます。

右> オイオイ!!由香ちゃんまで!!
(原文、画像:中澤 愛一郎 川村Jr氏 長屋氏 編集・代理アップ by スダチ)
整備工場より
先日、飛行場で係留を解く際に翼端を損傷したJA2255の修理は、以前お伝えした通り、整備の実習を兼ねて大曽根が担当しました。

ベニア板のスカーフがうまく行かずに苦労していましたが、急遽、仙台へ行くことになり、作業は三田に移りました。


三田に移ったとたんに作業は終了してしまいました。
落雷の直撃を受け、垂直安定板が壊れた修理はほぼ終了しました。主翼の点検/磨きもほぼ終了です。


<< おまけ : 裕子のらくがき >>
ツインアステアの主翼を磨いています。
磨きの指標に色をつけるのですが、裕子さんは、ただ色を付けるんじゃおもしろくないと「らくがき」しています。
(原文:中澤 愛一郎 代理アップ by スダチ)
何ヶ月も前から、だんだんにその双肩に重圧を感じ、毎土曜日曜日にフライトの訓練と座学に明け暮れていた、鈴木秀博氏(タブパパ)と角田有紀人氏。
ついでに「なんちゃってグライダー」の典型のような原君の3人の実地試験が行われました。
受験生1号 タブパパ (動力滑空機 新規)
受験生2号 ツノダさん(動力滑空機 限定変更)
受験生3号 はらボー (滑空機 新規)
の3人の受験でした。

右> 口頭試問がおわり、航法の計画を立てる「タブパパ」
私は、試験官のお出迎えで8:30分に取手駅東口へ、、、、しかし、朝5時には青空だった天気がにわかに悪化し、雲は手の届きそうな所にあるわ、雨は降ってくるわ、、、
エーーーー予報と全然違うじゃんと思いつつ、飛行場へ電話。
愛:天気悪いね。
俊:イーーーーエ、晴れます。なにがなんでも晴れます。今の天気は幻想です。晴れます。
愛:フーーーーン、
と言う会話の後、試験官をピックアップして飛行場へ、、、、、
途中で再度、電話が、、、、、
俊:すいません。飛行場の準備がちょっと遅れ気味なんで、途中でコンビニかなんかで、試験官にお昼のお弁当を買うように勧めてくれませんかねーーーー。なるべくゆっくり来て下さい。
愛:アイヨーーー。試験官、次のコンビニに寄りますので、お昼を調達してくれますか。
と言う会話の末、飛行場へ到着。3人の実地試験が始まりました。
3人の受験生はそれぞれに経歴が違い、各自各様でした。特に「はらボー」はついこの間、やっとグライダーのソロに出て、ほとんど1日でソロの曳航回数をこなし、その後、ろくな訓練も受ける機会がありませんでした。
見るに見かねた、染中さんが、水曜、木曜と「はらボー」の訓練につきあってくれました。

右> はらボーの着陸。きれいに決まっていました
ギャラリーの面々。なんで平日にこんなに人が居るわけ!!

右> 受験機を目で追うギャラリー達

そして、仲良く、全員合格!!!恒例の記念撮影です。
おめでとう!!!
これからは、ゆっくり楽しんで下さい。
「はらボー」はますます忙しく飛んで下さい。
お疲れさまでした。みんなおめでとうございます。
手伝ってくれた、染中さん、小林さん、直美さん、ありがとうございました。
上段左より、村川試験官、立ち会い教官 山本俊平
下段左より、原、角田、鈴木の受験生
(原文:中澤 愛一郎 代理アップ by スダチ)
月曜火曜は飛行場が休みのため、ニュースがありません。
こんな記事をどうぞ。
2ヶ月前ぐらいからスタッフの一員になった、真悟は以前アメリカのワコー社で仕事をしていました。
ワコー社のジェネラル・マネージャーに連絡することがあったので、真悟が元気に働いていると伝えた所、喜んでいました。
以下がそのやりとりです。
> To: Patrick J. Horgan
> Cc: Carl L. Dye; ?? ??
> Subject: JA55BP
>
> Dear Pat,
>
> Shingo is now working my company and he is very well.
以下、略
パトリックからは以下のメールが届きました。
> Mr. NAKAZAWA,
>
> Hello my friend. It is nice to hear from you.
>
> Shingo is fortunate to have joined such a good company. Please tell
him
> hello and that I am happy he is working on airplanes, instead of
cars,
> bullet trains or some nonsense.
パトリックは真悟がワコー社を去る時に、飛行機関係の仕事を続けるように言ったそうです。

写真と共に以下のメールを送りました。
>Dear Pat,
>
>Yesterday Shingo and me went to 300Km North from our airfield
パットからは以下のメールが、、、、
>Thank you for sharing! That should be a good project for your company.
>Let me know if we can help. Warm regards, Pat
>
>BlackBerry service provided by Nextel
(原文:中澤 愛一郎 代理アップ by スダチ)
中国からの黄砂の1日でした。
相も変わらず大利根の日曜日恒例の、節操無く、空を飛ぶもの、空から降ってくるもの、全てが飛んでいる大利根の1日でした。

右> 最近人気急増中のタンデムファルケ。小林さんが次々に後席要員を養成しています。

右> 見事な芝目の大利根のグリーン。加藤隊長の努力の賜物です。

さんまを焼くのはソルジャー小林、、、
それを食べるのはタヌパパ?

右> LS3aの重心計測。重量重心計測だけで2週間の日にちを要しています。飛行機でもグライダーでも、一度壊すとなかなか直りません。
(原文:中澤 愛一郎 代理アップ by スダチ)
大利根は予想したより静かな日でした。
相変わらずの大利根の土曜日でした。
モーターが飛び、グライダーが飛び、ジェット・ラジコンが飛び、パラシュート・ジャンプが降りていました。

初スタンダード・リベレへ出発する平野操縦士。
いろいろ、世話を焼く米田部長。

高田さんが長期アメリカ出張から帰ってきました。
グライダーのライセンスを見事にゲットした(途中では首がうなだれてはいましたが)ホーク鷹野氏はモーターの練習を始めるとの事。
一説によると、既に自分のグライダーを手に入れているようです。

大利根の様子を見に来た、科技大OB村田さん。早速、グライダーの上下関係でリベレの主翼を磨かされていました。
(ここまで原文:小野寺美幸?)

<< 福島空港番外編 >>
あの「井上君」、福島空港へ降り立つ、、、、、、
26日、私(中澤)は所用があって仙台におりました。
午後2時、仙台からの帰る途中、1本の電話が、、、、
美幸「愛ちゃん、今どこでどうしてる?」
愛 「今、東北道の白石蔵王を南下中。」
美幸「ウンーーート、事故でもなんでも無いんだけど、井上君がDG800のエンジンが調子悪くて、大事を取って福島空港に降りたの。彼を拾って来てくれないかな。」
愛 「了解。福島空港経由で帰るね。藤江君、福島回りだって。」
と、運転中の藤江君に言って、急遽、目的地を福島空港にしました。
あの「井上君」が福島空港へ降りた!!!!!! と私は感慨深く思いました。
と言うのは、過去にさかのぼる事、数年前の事です。小山で飛んでいた彼は、セルフロンチの動力滑空機のライセンスを取るべく、JMGCへ入ってきました。
口頭試問の担当は山本俊平。
山本「宇都宮の東、5マイル、高度3000ft、氏家にも小山へも帰れない。こんな時、どうする?」
井上「ウーーーン、近くの牧草地に降りるかな。」
山本「エーーーー、宇都宮の飛行場があるじゃん?」
井上「だって、宇都宮基地は自衛隊だし、降りたら後で問題になるかもしれないしぃ〜。」
山本「牧草地に無事に降りれれば良いけど、近くに立派な飛行場があるんだから、飛行場に降りる方がよっぽど安全だろ。」
井上「だって、グライダーだし、、、、ほんとに宇都宮へ降りちゃって良いのぉ?」
山本「、、、、、、、、、、」
と言うやりとりがあったのです。その井上君が積極的に福島空港へ着陸したとの事は感慨深いものがありました。
しかし、我々がいくらそう言ったって、着陸後にいろいろ問題が大きくなったら、次はそんな事をしなくなるでしょう。
福島空港への道のりで、航空局の対応はどんなものかな?管理事務所の対応はと心配していました。
福島空港へ着くと、井上君は、航空局の担当官と話をしている真っ最中でした。どうも話を聞いていると、最初は面食らったようですが「大事を取って福島空港へ降りた事は、安全を第一に考えた良い判断であった。」との評価でした。
県の管理事務所ともども、大変良い対応で、我々が彼に教えた事は間違えではなかったと思いました。
(ちなみに、表には出さないインシデント報告を一枚、提出するだけで済んだそうです。)
しかし、警察と報道は、どうしても事件にしたかったようで、彼はアルコールの検査を受けたとの事でした。

右> 報道関係者に呼び止められた井上君。『ずいぶん急角度で降りてきましたよね。事故だったんですか!!!』
(原文:中澤 愛一郎 代理アップ by スダチ)
東風の快適な1日でした。
毎木曜日はグライダーの教官に染中さんをお願いしているので、木曜日はグライダーの練習をしたい人が集まります。
そんな中、しばらく鳴りを潜めていた「小野寺美幸」がグライダーの訓練を再開しました。

染中さんと初教習。
プリブリーフィングもフライト中も、とっても練習生を読み取ってくれる後席要員…じゃなくて“教官”です。(美幸)

バラスト=0.5みゆき クッション=2常人
小さくて軽い「美幸姉さん」がグライダーに乗ると大騒ぎです。
3人で持っているのが、美幸用クッションとバラストです。
私は調布のエアロテックに用事があって、3333で行ってきました。
いつも感じる事ですが、飛んでいる時はゆっくりですが、それでも30分たらずで着いてしまいます。
もし、大利根から車で往復したら、それは一日仕事ですよね。

調布飛行場は大利根飛行場と同じように、フライト・サービスになりました。したがって、写真のように、大利根と同じように電話でフライトプランを入れています。
「もしもし、調布空港からのフライトプランのファイルをお願いいたします。エッ、すみません、羽田の情報官室の電話番号が分からないので、成田へ電話しました。」と、久しぶりに操縦桿を握った「美幸姉さん」がファイルしていました。
ひっさしぶりのヒコーキ。右足疲れるし、操縦桿重いし、セスナって主翼で上が見えないし…でも、面白かったんだな〜。(美幸)

しかし、大利根飛行場と大きく違う点は、調布空港内を数十メートルでも歩く場合でも、「調布飛行場制限区域通行許可証」が必要になります。
「次からは、この許可証が入れられるストラップを持参してください」と注意されてしまいました。(ナンダカナーー)
この国は、「制限」したり、それをえらそうに「許可」したりすることがお好きな国柄ですね。(中澤)

大利根飛行場の緑化推進委員の一人、小林英次さん。
大利根の美緑には、もちろん草刈りも重要ですが、植芝と草刈り後の後始末が第2のポイントです。

単独の曳航パイロットを努めた、渡辺君。本人の新記録 13回曳航したそうです。
「離陸直後につり上げられたら、間髪入れずに、グライダーのことなんか考えずに、曳航索を切るんだよ」「そうしないと死んじゃうからね」
「自分のことを考えるんだよ」
「曳航索が完全に巻き取られている事を確認するんだよ。巻き取れたと思った曳航索が巻き取られていなかったら、着陸時にアッと言う間に事
故るよ」
「1日、30回でも50回でも、常に着陸が安定していること。丁寧に操縦すること。接地したら、絶対操縦桿を緩めない事」
「遊びに命を賭けちゃだめだよ」
等々、注意を受けての曳航パイロットの誕生でした。(中澤)
(原文:中澤 愛一郎 代理アップ by スダチ)
JALの整備をしている青木さんは熱心に平日の朝に飛んでいます。
今日は関宿滑空場まで、ソロで行ってきました。
青木さんが来ているとの電話で飛行場へ向かい、駐車場に車を止めようとした私の目の隅に、「タブパパ」の車が視野に入ってきました。
?、?、?、? 「今日は水曜日だよなー」と思いながら車から出ると、、、
そこにはタブパパが姿が、、、、、

一瞬にして、私の目の色を感じたのか、
「廃人じゃありませんよ。ちゃんと会社は休みを取ったんですから」だって。
他の廃人だって、会社に休みの届けぐらいするって!!!
ちゃんと届けを出したからって、「りっぱな廃人」です。オメデトウ!!
実地試験にむけて、平日のすいた日に大島空港へ行っていました。
重圧にもめげずに、大島までのプランニングをする「タブ」

<< 今日のお客様 >>
関宿から佐藤さんと佐藤一郎さん。
佐藤さんは、加藤隆士さんのところで訓練をされていたとのことです。
(原文:中澤 愛一郎 代理アップ by スダチ)

風が涼しく、すごしやすい気持ちのよい日でしたが、「もう少し風が少なければね」と言う日でした。
あいかわらず、実地試験まじかのタブパパ/ツノダ組は肩にかかる重圧に逆らいつつ、山本俊平と飛んでいます。
その他、クラブ員のフライトは遠藤さん、小林さん、藤沼さんが飛んでくれました。
そんな中、グライダー組は、グライダーの訓練を再開した平野さんが久しぶりにソロで飛んでいました。
ロシアから帰って来た朋子さんと小山さんがASK13で飛んでいました。
ロシアでさんざんアクロをして来た朋子さんは、「なんだかゆっくりだわねー」と、のたまっていました。

右> グライダーの仲良し2+3=5人組。
人気のタンデム・ファルケが突然駄々をこねて、25側から自動車に曳かれて駐機場へ戻りました。エンジンがかからなくなってしまいました。


LS3aの試験飛行がまぢかです。
山本耐空検査員と三田、オーナーの鈴木さんが打ち合わせをしています。
<< おまけ >>
三田さんがレストアしているKa8です。芸術作品のようです。

大曽根はグライダーの整備士の実地試験に向けて、慣れない木製グライダーの修理をしています。
一応、目つきは真剣です。1mmのベニア板のスカーフ取りを真剣に作業していました。
(原文:中澤 愛一郎 代理アップ by スダチ)
朝から天候はぱっとせず、相変わらず、日本の空は緯度が10°程下がったような天候でした。
そんな中、社団法人日本飛行連盟の総会がありました。

右から高橋淳日本飛行連盟理事長、本部職員の夏目さんと加藤さん。

「ほんとはえらかったんだーーーー。」
総会に出席したロイヤー浅尾と鐘尾みや子さん。
みや子さんの名刺を見て、ロイヤー浅尾はぶっ飛んでいました。
(原文:中澤 愛一郎 代理アップ by スダチ)

何でも簡単に考える私は、三田さんに「三保のシマンゴを持ってくることにしたから」と言ったところ、「脚がもぎれたシマンゴはちょっとやそっとでは分解できないよ」「翼受け台や胴体の受け台も作らなければならないし」と言う事で、下見に行くことになりました。
結局、2日がかりの大作戦になりそうです。
しかし、飛行時間の少ないこの機体はどこからどこまできれいな機体です。

帰ってから、
愛 :「ネー、あれは直さなくちゃね。」
三田:「そうだね、世の中、なんでも効率やお金で判断することが良くなっちゃってるけど、そんなことは度返しして、直さなくちゃね。」
と言う会話がありました。
5月末に作戦は行われます。
大利根に帰ると、整備工場へ次の機体を搬入しているところでした。
このトラックもそろそろ新しいトラックに代わりますが、荷台の上で機体が360°回転するアイディアはこれからも踏襲されます。

(原文:中澤 愛一郎 代理アップ by スダチ)
5月の連休中、甲府、長野、霧ヶ峰、高山から出た10数機のグライダーが山の飛行を満喫していました。
一方、大利根へパラシュート・ジャンプをしに来ているメンバーの一人は、百里基地でRF4を使った偵察飛行隊(正式名は知りませんが)へ転勤になり、染中さんとは旧知の中だそうです。
この方も、まったく目的は違いますが、RF4で山すれすれに飛ぶ訓練をしていて、たまにグライダーを見かけるようです。
今までは接点がなかったのですが、これを機会に、双方で情報を交換し、お互いの飛び方を伝え合い、楽しく飛べればと言っていました。
高山で飛んでいた、中航連の伊藤健児さんからは、こんなお便りをいただきました。

中澤 様
GW前無理なお願いをして直していただいたASW28-18の左翼ウィングレットは少しきつかったのですが無事に機体に取付きました。
ASW28-18はやはり最新のレーシングマシンでした。以前にもお話しましたが、機体を操ることに全く集中することなく常に戦略考えられるというのはこんなにも素晴らしいことだとは思いませんでした。初めて持込んだ機体で、自分のDG-600/18と全く遜色なく、どころかそれ以上に楽しむことができ至福の時を過ごさせてもらいました。

5月13日に無事合宿を終了して各務原へ帰ってきました。
この間、5日間飛行して飛行時間は14時間でした。今年も色々と勉強させられることばかりで、山を飛ぶことは本当に奥が深く飽きることがありません。
もう既に来年のGWに思いを馳せています。
ありがとうございました。
(原文:中澤 愛一郎 文・画像:伊藤 健児 氏 代理アップ by スダチ)
予報は、やれ天候が落ちるダ、風が強いダとの予報から昨日と打って変わって、静かな一日でした。
来るメンバーは、実地試験を控えて、勉強会が予定されているタブパパとツノダさん。
両人とも、肩がだんだん重くなっています。ともすれば重圧に負けそうになるこの時期。実地試験に合格して、晴れて自由に飛べる日を夢見て下さいね。(ちょっと、おおげさでした。)
グライダーは河合さんと斉藤さん。俊平は実地試験組の対応で一日中、机の前のため、不肖、私がグライダーの教官を努めることになりました。
昨日からの「人気のタンデムファルケ」は小林さんが教官の教官になり、一日中飛んでいました。
直美さん、遠藤さん、藤沼さんと続々チェックアウトして、教官が生まれています。
「島抜け」して来た「スダチ」はここぞとばかりに飛びだめをしていました。

右> 前席のチェックアウトの後の後席訓練。


そんななか、河合さんがファースト・ソロに出ました。ソロに出たとたん、面倒見の悪い「愛ちゃん」に見放された河合さんと斉藤さんはかわるがわるソロで飛んでいました。
(原文 画像:中澤 愛一郎 代理アップ by スダチ)
大型連休後、初めての土曜日でした。
多くのメンバーと、多くのインストラクターが集まってくれました。
(なんだか寝坊したとかで、遅くに来た某インストラクター(特に名を秘す)もいました。)
この教官は、お仕置きとして、タンデム・ファルケの前席訓練の権利を剥奪されました。後席にだけ乗れます。
モーターは2351と2429がフル稼働でした。
グライダーはクラブリベレを目指す『栄光、おっと違った、曳航の平野」さんが久しぶりにASK13で飛んでいました。
人気の「タンデム・ファルケ」は藤岡さんにチェックを受けて、教官要員の訓練が始まりました。

自然発生的に始まった「米田の空力教室」
「だからサー、前縁半径が、、、、、、」

右> 宮田さんはT/Gの訓練です。

青木さんがソロでのT/Gに出て行きます。

藤岡さんに後席をお願いして、教官作りが始まりました。垣内さんがトップバッター。その後、映像はありませんが、小林さん、藤沼さんがくんれんを受けました。
小林さんがトップでタンデム・ファルケの後席をチェックアウトしました。
(原文 画像:中澤 愛一郎 代理アップ by スダチ)
前線通過後の北風の吹く1日でした。
飛行場はなすすべもなく、先日8日の実地試験以来、あまりニュースもありません。
そんななか、飛行機の耐空検査のちょっとしたあいまに、秋永、大曽根、藤江、山本が北海道に行っています。
(エッ 遊び? そんなばかな!!! その内写真でも送って来ると思います。)
工場では、一応天候には関係なく進んでいます。

右> 水平尾翼の取り付け金具を垂直安定板の桁に固定する作業です。

LS3aの重量/重心位置の計測作業が続いています。(アームの長さを実測中)
(原文 画像:中澤 愛一郎 代理アップ by スダチ)
「全員 合格 !!!!!」
今日はグライダー自家用の実地試験が行われました。
受験生1号 長屋氏(自衛隊での整備教官)
受験生2号 鷹野氏(医学の教授)
受験生3号 後藤氏(高校の物理の教諭)
3人とも、なんらかの先生ですが、分野が違うと「完璧な受験生」と化していました。
午前中は一人一人の口頭試問が行われ、午後からそれぞれ2回ずつの飛行試験が実施されました。
火曜日とあって、大利根飛行場のトラフィックがほとんど無い中、翼端から「アセアセ」と緊張の汗が見えるような飛行の末、午後4時過ぎに、「全員合格」の嬉しい結果を得ることができました。
150/08の右からの横風になった後の、ホーク鷹野氏の着陸はおもいっきり右へ機首を振ってしまいました。本人は「ダメダ」としょげていまし
た。鷹野さんの一言、「これからやさしい先生になろーー」だって。

右> 受験生1号が曳航パイロットと曳航の打ち合わせをしています。

右> 受験生3号の機体に曳航索を取り付ける受験生1号

右> 後藤さんはこの日、自家用操縦士技能証明とA,B,C章を獲得しました。
そんな中、あと12回のソロでの曳航が残っている原君はここぞとばかりに回数を消化することができました。受験生が口頭試問を受けている間に。私と原君でコソコソと飛んでいました。ところが、3回目のフライトで一向に降りてくる気配がありません。彼の場合、必要なリクアイアメントは15回のソロでの曳航です。ソアリングの要件は含まれていません。しかし、ソアリングの楽しさを知ってしまった彼は降りてきません。結局、55分も飛んで、『C章」を獲得しました。
その後は、試験官がお昼から帰ってくる車の様子を見ながら、15回のソロの曳航回数をクリアーしました。(6月の実地試験の申請ができます。)

右> 飛行場3人衆(左から、山本(実地試験モード)中澤(変なオヤジモード)原(スタッフと言うより、練習生モード)
(原文:中澤愛一郎 代理アップ by スダチ)
GWの大利根近況に「タヌパパこと鈴木ケイブン氏」の姿がないとのお問い合わせに答えて、某師匠より匿名の報告が届きましたので、御紹介させていただきます。
以下、師匠より。

5月2日に名古屋へ行き、大野滑空場を訪ね。
一泊して3日には再起なった岡山県邑久滑空場に行きました。
同行者はけいぶんさんです。

邑久ではけいぶんさんにシビアなミッションが待っていました。関西エアロのグライダーの空撮です。
「空撮編隊飛行なんて、怖いよう〜」と尻込みするけいぶんさんに対し、
「ミッッションを手伝わないかぎり、今後はパラサイト・フライトはないからね」と容赦せず冷たくプレッシャーをかけ、
ピラタスB4、ロータックス・ファルケ、L23ブラニクと、都合3機の空撮をしました。
初めての編隊飛行によくありがちな、緊張して知らず知らず足に力が入って「ハ」の字隊形になりがちで、撮影機はばたばた揺れて飛んでいました。
「操縦桿をこねくり回すな! わめくんじゃねぇ! この****!」と言ったときもありました。
とはいえ、私が10年かかったことを強要しているのですから、逃げて当然だし、トラウマになるかもしれないし、ここに至って「ただより恐いものはない」と思っているかもしれない。
しかし、これからはどんなフライトでも自分で自分を鍛える方策を考えてほしいし、ともかくもこの距離で撮れたという事実は、誰でも出来ることではなく、凄いことなのです。
その成果と、上空からファルケで撮ってもらった撮影状況の写真をいただきましたので、ここで公開します。
編注: もともとスダチに依頼のあった話を盗ったタヌパパに対する複雑な思いが、一部文章をいつも以上に過激編集したことをお詫びしません。。。師匠、もっといじめてやって下さい。
(原文:瀬尾央 画像:瀬尾央 富山晋氏 編集・代理アップ by スダチ)
最近のクラブハウス内でのはやり言葉である「カゼピュー」な予報の日でした。
案の定、風は吹いたのですが、飛べない風ではありませんでした。
しかし、連休の中日とあって、クラブ員もあまりおおくなく、一日中、だらだらした空気に包まれた一日でした。
スタッフ全員、連休前半のペースが続いたら、死んじゃうねと言っていました。
そんな中、自らに試練を課しに、一人で飛び立った「森岡君」のセスナ150は、山形を経由して、花巻にステイ、花巻から仙台を経由して帰ってきました。
一方、平野さんは一日中曳航機を担当してくれました。ご自分の最高記録だそうです。ありがとうございました。(2機のASK13が交替で飛んでいました。)

パラシュートには風が強すぎ、閉会式を行っていました。競技はとどこうりなく終わりました。

日本落下傘スポーツ連盟理事長 應蘭芳(おうらんふぁん)さんにサインをいただきました。

ところで、私はテレビの撮影に駆り出されてしまいました。
先週、その申し込みが来たのですが、秋永と山本がこそこそと「これは社長しかいないよね」と持ち込まれた企画です。どうやら60歳ぐらいで「飛んでいる」人をモデルにした撮影でした。
前日になって、「奥さんも」と言うこと で、「奥さん」も出演しました。(ナンダカナ!!)
<< おまけ:大利根のあやしい面々 >>
(原文:中澤愛一郎 代理アップ:スダチ)
相変わらず、微妙に教官が足りない状態が続いていますが、ちょうど「幻の0期」の同窓会で午前中G109B2機が大島に行っていたのと、グライダーの訓練生がいなかったので、やりくりが付きました。
K教官:仕事のシフトがちょうどかさなり、連休中は1度もこられません。
E教官:連続した休みは、ご家族の居る北九州へお戻りになります。その間は九州で飛んでいます。
T教官:アメリカへ出張中。
SW教官:自分の機体を山梨へ運び、山飛びをしているようです。
SO教官:心の傷を癒しに、山奥でカヌーをやっているとのうわさです。
大島から帰って来た後は、藤沼さんと直美さんがモーターの教官を担当してくれました。
パラジャンは1日中、2機のセスナが飛んでいました。
以下は「幻の0期」の同窓会の報告を藤沼さんからです。

「2000年に竜巻ように大利根をかき混ぜた「幻のモグラ指定養成0期生」のメンバのうち日程調整がついた4名が2機のモグラを借用して、「遠足」と称して大島までJOY FLTに行って参りました。
幸い天気にも恵まれました。
これに味をシメ、次回の企画を練ることにしました!!
左> 大島にて
右> 大利根へ帰って来た「仲良し4人組」
G109Bが大島へ行っている間、耐空検査のKa6Eと修理が終わったDG800Bの試験飛行が終わりました。
DG800Bは私が担当したのですが、ついつい「滞空検査」になってしまいました。
降りてから、みんなに「フーーーン、耐空検査でもガグルを組むんだ。」と言われてしまいました。
また、修理がほぼ完了した、LS3aの計測作業が行われていました。

パラシュートの大会は順調です。

<< おまけ:「変な魚」 >>
田中裕子の作品です。本人は「まぐろ」だと言っています。
(シタブリアのホイール・パンツです。仕事中にナニヤッテンダカ!!)
(原文:中澤、藤沼 代理アップ:スダチ)
連休も後半に入りました。
飛行場では、パラシュート・ジャンプの選手権大会が開催されました。
左> 大会委員長は、マグマ大使の奥さん役を演じられていたあの方。
右> 高橋淳さんがご一家で開会式に来られました。
2機のセスナはボランティア・パイロットによって運航されています。
左> パラジャン・パイロットの垣内さん。
右> パラジャン・パイロットの長屋さん。
その大会の合間をぬうように石塚氏は、家族サービスためアローで出かけて行きました。
工場では機体の大移動が一日中行われていました。
結局「玉突き」で「ロイヤーのおもちゃ箱」(別名:第5工場)には、ロイヤー浅尾氏の所有となった、SF25Bが格納されました。
第2工場では、次の機体が入る間に、シタブリアの仮組作業が行われています。
さて、大利根を飛び立ったアローは、約1時間40分で流刑島に着きました。
左> 八丈空港ランディング。
右> エプロンで到着記念撮影。
(原文:中澤愛一郎 勝手に編集:スダチ)
JMGC会則 第222条
会員はネコ好きでなくてはならないだにゃー。
とっ、言う訳で、JMGCの会員はみんなネコ付きで、ネコ会員も居るだにゃー。
ネコ会員の、
会長は、取手に住む「お七さん」ですだにゃー。JMGC会長に付いてます。
副会長は、「タヌにゃン」です。キャンピングカーに住んでいます。
会計は、つくばに住む「タブ」ですにゃん。博士に付いてるだにゃ。
書記長は、東京に暮らす「アルト」だにゃん。ダイビングが得意だにゃん。
東京都下には流されたのは「トリム」だゃん。
左> 副会長のタヌだにゃ〜。
右> 会計のタブだにゃん!
左> 会長のお七だにゃ〜。
右> アルトです。「うちの子が一番美人です」と書いておいてね!(飼主より強要されました)
一番可愛いと言われる? トリムだにゃん。
<原文>
JMGCのごく一部ですが、「猫好き」グループがいます。
会長は「タヌパパ」です。
猫の名前は「タヌ」「トリム」「タブ」「お七さん」「アルト」です。(大利根近況にはなんの関連も無い記事でした。ゴメン) 中澤愛一郎
(原文:中澤愛一郎 編集&代理アップ:トリムだにゃー)
どうも、日本の天候は緯度が10°ほど下がったのではないかと思うような天気が続きます。
今日も、朝から突然のスコールでした。
飛行場は一日中、スタンド・バイでした。
そんな中、今日、大利根には「新兵器」が入りました。
飛行機を整備工場へ運搬するためのトラックです。
10tトラックにアウトリガーが付き、荷台がスライドし、ウインチが付いています。
今までの飛行機運搬車も充分活躍しましたが、今度のトラックは斜路を作らなくてすみますので、より効率的になります。
タンデム・ファルケのオーナーの須原氏の紹介で入手することができました。
左> アウトリガーで車体を上げ、荷台がスライドします。
右> ちなみに、この赤い車はトラックを届けてくれた運転手さんの車です。
(文・画像:中澤愛一郎 代理アップ:スダチ)
昨日に引き続き、忙しい1日でした。
今日は渡辺翼氏の企画で、上里で行われるラジコン模型ページェントに「実機」として参加することになっていました。
上里に着陸するタンデム・ファルケ(タンデム・ファルケだから着陸できました。)写真提供:瀬尾央氏
昨日の桶川のページェントも兼ねて、私と増田さんがタンデム・ファルケで参加することになりました。
桶川での一コマ。 写真提供:奥貫博氏
この2日間、微妙に人が足りず、ほとんど一人、1機を担当することになっていました。
そんななか、一人染中さんは自分のディスカスで空を満喫していました。
染 :「グライダー・ピスト、染中ですが、2294の準備はまだですか?」
俊平:「もうちょっとかかるようです」
染 :「ンなら、もうちょっと飛んでいます」
俊平:「いえいえ、もうそろそろ降りて来てくださいナ」
と言う会話の末に染中さんも教官に組み入れられたのですが、、、、、、その着陸時に!!!!
ここからは、本人の弁で、、、、
これまで、ギアダウンを忘れて降りる間抜けが空を飛んでいるなんて「し〜んじられな〜い」と公言して憚らなかったのですが、撤回します。人間誰にでも失敗はあるのです。人の失敗は暖かい目で見守ってあげる必要があると思います。
「世の中には2種類のパイロットがいる。ギアアップランディングをしたパイロットと、これからするパイロット」...どうやら、この格言
は正しいみたいです。気をつけましょう。(染中)
この日はさいごまで、みんなからいろいろ言われていました。
以下はほんの一例です。
染 :「アー、一日疲れた」
美幸:「そうだよね。慣れないこともしたしねぇ。」
みんな「そうだ、そうだ」
染 :「ーーーーウ〜、このクラブには優しい言葉をかけてくれるヤツはいないのか。みんな、傷口に塩を塗るヤツらばっかりダ」
(ちなみに、グラスの上への“たいへん”きれいな着陸だったので、機体は無傷でした。)
<<< おまけ >>>
「アラヨッ」ソロでの着陸
直美さんは一日中、G109B担当
原君は明けても暮れても曳航機担当。自分のグライダー訓練はお預けです。
(文:中澤愛一郎 代理アップ:スダチ)
昨日とは打って変わって、穏やかな天気でした。
今日から本格的にイベントが始まります。

1.パラシュート・ジャンプ セスナ172 2機
2.もちろん、通常の訓練
3.本田航空のページェントにグライダーが参加と目白押しでした。
大利根の一風景 (飛行機、モーターグライダー、グライダー、パラシュートとなんでもあります。)

パラシュート母機の操縦は自衛隊のよしみで、平野、長屋両氏が一手に引き受けてくれました。(紙上をお借りしてお礼申し上げます。)
さすがに敬礼が堂に入っている「平野3佐」
本田航空のページェントには染中さんがディスカスBTで行ってもらうことになっていました。
グライダーの訓練もあり、曳航機をあまり桶川に取られたくないねと話をしていると、染中さんは「良いですよ、条件も良さそうだし、エンジンもあるんで、勝手に桶川に行きますよ」とのこと。
早速、桶川にその旨を伝えました。
「すみません、参加するディスカスはエンジンが付いていますので、曳航機なしで行ってもらうことになりました。ただ、着陸してからの地上
の移動に人を運びますので、ビーチを着陸させてください。」
「了解しました。と言う事は、桶川の離陸も曳航機なしで良いんですね」
「イエイエ、エンジンは付いているんですが、離陸できないんですよ」
「??????????」
と言うやりとりの末、ディスカスは出発。
飛んで火にいる夏の虫と化した、八尾から来た疋田さんのビーチは人員輸送機になってしまいまし
た。
桶川に着陸する「エンジンの付いたディスカス」
一方、大利根では、スタンダード・リベレが戦列に加わり、並木、名嘉眞氏が機体の用意したり、学生言葉で言う、「シート完熟 おっと違っ
た、シート慣熟」をしていました。
午後に桶川から帰って来た染中さんがお二人に助言をして、難なく飛ぶことができました。
左> 並木さんの「初リベレ」
右> 名嘉眞さんの「初リベレ」
エンジンが不調になり、関宿から曳航で帰って来たDG800。
(排気管のガスケットとキャブレターの異常でした。)
← 故障探求する飯塚とオーナーの井上さん。
(文:中澤愛一郎 写真:小野寺美幸 鈴木啓文 代理アップ:スダチ)
啓文さんの夜間飛行での航法と離着陸の訓練をする予定でした。
前々から天候は良いはずでしたが、連休前から「ちゃっかり」休みを取った「行いの悪い」人のために、当日午後はサンダーストームの予報でした。
数日前から、目的地は仙台になったり、名古屋になったりしていました。
午後にしか出発できない当日のスケジュールでは、サンダーストームで大利根を離陸できないと、私は早々と戦意喪失していました。しかし、
ねばる「啓文」さんは、訓練の終わった、しかも実地試験まじかな角田さんを誘って、お昼に出発できる体勢を整えていました。
仙台(角田滑空場)に多少、用事もできた私も、ようやく行く気になって、大利根を出発しました。北に行くに従って、天候も良くなり久しぶ
りの仙台は快晴でした。夜間飛行の訓練が終わった後の交通手段などの理由で、航空局やターミナルビルに近い、ニューエプロンに半ば強引に
駐機場を確保しました。そのころ、大利根では案の定、かなりなサンダーストームで飛行もできず、みんなはクラブハウスで遊んでいたよう
です。(エッ、なんで遊んでいたかって、、、、、それはヒ・ミ・ツ・です。)
← 仙台に到着、すぐ横のB3に喜ぶ面々
そんななか、早めに着いたので、仙台市内で時間をつぶしていたのですが、関東のサンダーストームで成田に降りられなくなった旅客機が次々
と仙台にダイバートしてきました。我々が確保したニューエプロンはまさにこのような時のために取っといてある駐機場所で、情報官は「動か
してもらいたかったんですがね。連絡の着く所にいて下さい。」と結構怒っていた様子でした。
その後、仙台/花巻、花巻で離着陸を2回行い、仙台に引き返し、仙台では3回の離着陸の訓練が出来ました。仙台のB滑走路は滑走路中心灯が無いので、多少やりにくかった様子でした。
左> 仙台を離陸
右> 花巻でのタッチアンドゴー
(文:中澤愛一郎 写真:鈴木啓文 代理アップ:スダチ)
大型連休の前日です。29日にいろいろ重なってしまったイベントをすこしでも解消するべく、耐空検査の終わった静岡県航空協会のスー
パーカブを三保飛行場へ空輸することにしました。
これから大型連休だと言う前日に、すでに連休体勢に突入してしまった啓文さんが参加しました。
左> 三保メイブツ!!飛行機が自力で土手越えをしています。
右> 「ウーーム、直るナーーー」
(文:中澤愛一郎 写真:鈴木啓文 代理アップ:傷心のスダチ)
ドイツのアエロ2007に行っていた寺田由香子が無事に帰ってきました。
たった4日間のメッセでしたが、しっかり人脈を作ることができた様子です。
さて、本人は今朝帰ってきましたが、追いかけるようにドイツから最後の報告が届きました。
たまには、エアーラインよりメールが遅いことがあるんですね。どこか、世界中を経由していたのでしょうか。
・TOST
Aero終了後にミュンヘンのTOSTへ訪問しますが、こちらはグライダーのレリーズなどの曳航用品で馴染みの深い会社です。
新しい4インチのディスク・ブレーキなどの製品を見せてくれました。
・アルフレッド・スピンデルバーガーさんと
アルフレッドさんとお会いしました。大柄な紳士です。
中古トレーラーの車軸について打ち合わせをしてきました。お昼をご一緒してご馳走になってしまいました。
左から寺田由香子、アルフレッド・スピンデルバーガー、アグネス・スピンデルバーガー。
(現在、JMGCで車検準備中の古いトレーラーの車軸が腐食で使用に耐えないことが分かり、スピンデルバーガー社へ相談したところ、アルフレッドが新たに製作してくれると言うことになりました。仕事なんでしょうが、トレーラーの仕事が好きで好きで仕方が無いと言った人でした。暖かく包容力のあるおじさんです。)
3日目の夜はHannesさんに誘われ、ディナーに行きました。
シェンプ・ヒルトの皆さん、ヘルムート・リンドナー、計器メーカー、Winterのウインターさんと一緒でした。
2年前と同じHotel Adler です。毎回同じホテル、同じメンバーが毎日パーティーをしているようで、翌朝「飲み過ぎた〜」と頭を抱えているのはどこの国も同じです。
今回ようやくシュパーゲルを食べました。
ディナーに同席したWerner Meuser (ワーナー・モイザー)さんは、世界選手権の15mクラスで2回優勝している方。3、4年前にフライトアシスタンスに送ったディスカスは彼のだよとハネスさんが紹介してくれました。
AEROの会場でシェンプのブース上に吊り下げてディスプレイしてあったのは、シェンプが彼のために特別に用意したVentus2cxa だそうです。来月の世界選にこの新しいVentusで 出場するそうです。
(左から、寺田由香子、ハネス、ハネスのガールフレンド)
・Gadringer
ガドリンガー社のミューラーさんご夫妻も2年前お会いしたことを覚えていてくれました。
「前回はカメラを失くしたんだったね」というので、あらためて記念撮影。
(原文・画像 寺田由香子・中澤愛一郎 代理アップ by スダチ)
由香子さんがアエロ2007の期間中に仕入れた部品の写真が送られてきました。
全部、アンドレに託したようです。
アンドレは中古のトレーラーにこれらを入れて、しかも、ブレーマーハーベン港までトレーラーを回送して くれるとの事です。
このトレーラーはアンドレからのメールで分かったのですが、ワイベルが設計したシュライハ社製のものだとのことです。
(原文 中澤 愛一郎 代理アップ スダチ@雨の八丈島より)
一日中、風の強い日でしたが、それほどふってはおらず、ほぼ正対だったので、JA3333とJA2351がかかんに飛んでいました。
JA3333は教官のご指名で啓文さんが、「これごときの風で飛ばないダーーーー」と教官から言われ、泣く泣く飛んでいました。
その後席で胃がひっくり返りそうになった飯島朋子さんは、かかんにも30Kt以上の風の中、タッチアンドゴーを繰り返していました。
飯島さんに「パチパチ」拍手 !!!
遠藤博士もかかんに飛んでいました。それはそうと、最近の大利根は博士ラッシュです。遠藤さん、飯島さん、鈴木(タブ)さん、宮田さん、
鷹野さんと「石を投げりゃ博士に当たる」状態です。

そんな、いろいろな博士が飛んでいる中、来週からのロシアでの曲技飛行のイメージ作りに励む小山さん。遠くから見ていると「変」です。
一方、変に「旬な筍」に執念を燃やす変な奴は、啓文さんから「筍」をもらってご満悦でした。
(原文 中澤愛一郎 画像提供 鈴木(タブ)博士)
(代理アップ by GWは大利根で飛ぶぞのスダチ)
<< ドイツ・フリードリッヒスファーヘンからの近況 その2 >>
寺田です。
あっという間に最終日の朝になってしまいました。
とりあえずの感想です。
・アレキサンダー・シュライハー
シェンプがDuoのX(T)バージョンをメインにディスプレイしているのに対し、シュライハーは軒並みエンジン搭載機を3機並べてディスプレイしていました。
ASW28-18Eはターボ・タイプ、ASH26EとASK21Miはセルフローンチ・バージョンが売りのようです。最新鋭のASG29も展示されていました。また機体は展示されていませんでしたが、ASH25の後継機でASH30Miを盛んに宣伝しています。
・シャイベ (新生シャイベ社のカティアさんと)
電話で伝えたとおり、担当のKatjaさん(女性)に会いました。
先日納品したSF28Aのパネルを渡すとたいへん喜んでくれました。今後のパーツ供給についても対応を約束してくれました。
・ホフマン・プロペラ
あまりに小さなブースで見過ごしていました。Andrea Huber さんはやはり女性でした。
手荷物の重量超過で持参できなかったと告げると「それはそうでしょう」とたいへん好意的に理解を示してくれました。帰国したら発送する約束をして、ログだけ渡してきました。
(実は、成田の出発の際、重量超過で通常の輸送費の倍の金額を支払わなければならなくなり、持って行くのを止めました。女性がプロペラを担いで来たと「受ける」かと思ったのですが。どちらにしろ、良いリレーションが取れたようです。中澤)
・TOSTウインチ (Aldoさんと)
新素材のウインチ用ケブラー・ケーブルについて、たいへん丁寧に説明してくれました。
目の前でケーブルの補修方法を実演してくれて、さらには試験用のケーブルをたくさん手渡してくれました。
・IMI のウイング・ドーリー
無事担当のJan Kantor 君に会いました。
早速ドーリーのセットをオーダーしました。どうやって日本に送るか心配しているので、こちらの中古トレーラーで輸送することを話すと安心していました。
ドーリーのセットは、会場で無事に会うことのできたAndreに渡しました。4セット(ディスカス×3、リベレ×1)も注文したので、アンドレがどうやって車に乗せるか目を白黒させていました。申し訳ない。
中古のトレーラーは、彼自身がブレマーハーフェンへ陸送するそうです。
(ついでに「ウインチ用ケブラー・ケーブル」もトレーラーに乗せて運ぼうかと考えています。どこかで運用試験をやりたいと思っています。索自体の重量が画期的に軽くなるため、離脱高度が画期的に上がるようです。中澤)
(原文・写真 寺田 代理アップ by 流刑島テニス大会一回戦敗退のスダチ)
<< DG300の飛行規程改定のお知らせ >>
先日、この近況の欄にDG300の飛行規程改定に関する、DG社のSBを掲載しましたが、追っかけるように、TCD(耐空性改善通報)No. 7083-2007が発行されました。
このTCDによると、飛ぶ飛ばないにかかわらず、本TCD発効後7日以内に飛行規程の改定をしなければなりません。
いままで、このようなTCDが発行されたことがありませんので、航空局に問い合わせしてみますが、DG300のオーナーはなるべく早い機会に担当の耐空検査員に連絡を取って下さい。(中澤 愛一郎)
<< ドイツ・フリードリッヒスファーヘンからの近況 >>
フリードリッヒスファーヘンの由香子さんはまだメールが繋がりません。
現地時間の朝にホテルへ電話したら、フロントのおねーさんの横にいたようです。サンキューなんて笑い声が聞こえました。
元気そうです。(現地にひとがいると、やれこの問題をだれそれに聞けだとか、この部品と工具を探せだとか、毎朝のように指令が飛びます。)
大利根では、グローブG109B,HK36TTC-ECO,Cessna172が元気に飛んでいました。
明日からの天候悪化が予想されるので、今日の内にと、ロータックス・ファルケを飛行場に出し、アステアの無線機の試験と2年ぶりに復活したスタンダード・リベレの試験飛行ができました。
復活したスタンダード・リベレは並木さん、平野さん、米田さん、名嘉眞さんが飛びますが、他の人ももちろん飛べます。
左>実地試験の練習に余念のない「ホーク鷹野」氏と山本俊平。
右>アステアーの無線機の試験でした。
左>待ってました!!!!この曲線!!!この軽さ!!!40年まえの設計とは思えないセンシティブな機体です。
右>おまけ 「これななんでしょう?」
(原文・写真 中澤愛一郎 代理アップ by 流刑島のスダチ)
<< 急 告 >>
DG300の主翼に不具合が出て、それに対する対応策として、飛行規程の改定が必要になりました。
それぞれ、もよりの耐空検査員にご相談ください。
以下が発行されたSBです。
Technical Note 359/24
中澤愛一郎
中澤です。
通常、近況は日にち順に掲載しますが、今回は項目と日にちがオーバーラップしていますので、近況と言うよりはニュース(同じか?)を項目別に掲載します。
2007年4月10日
<三田さんのお仕事>
三田さんは仕事の合間(昼休みや休日)に自分のKa8のレストアをしています。
先日は休暇を取り、同じ場所で同じ姿で同じ仕事をしていました。
4月10日、休みの日に、塗装工場をきれいに清掃し、壁、天井、床に水をかけて、ほこりが舞うのを防いで、仕上げの塗装をしていました。
<第3工場の風景>
飯塚が主に耐空検査前の整備作業をしている第3工場の風景です。
どちらも甲乙付けがたい機体が並んでいます。
スタンダード・リベレとKa6Eです。どちらも5月の連休には飛行場へ出てきます。
2007年4月12,13日
<ワコー空輸大作戦>
ワコーを岡南空港まで空輸することになりました。
ワコーには山本と大曽根が乗りました。寒い、視界が悪い、地図をゆっくり見られないと言う3重苦のため、セスナ172XPが随伴することにしました。
暖房が効くセスナにはちゃっかり中澤と秋永が乗りました。名古屋まで2時間40分、名古屋/岡南が2時間の飛行でした。

セスナから見るワコーはすごく美しい機体でした。
2007年4月14,15日

<原君のグライダー訓練>
原君のグライダー訓練が14日から本格的に始まりました。
14日の訓練風景 ほかの飛行はすべてボランティア教官にお願いして、曳航機が山本俊平、訓練生が原、グライダーの後席が中澤とオール職員が飛んでいました。(ナンノコッチャ)

左>なぜか、ソロに出す教官が練習生に手を合わせています。
右>グライダーのファースト・ソロに出る、原君。この余裕 !!!

ファースト・ソロ後の教官/練習生の握手
(なんか表情がヤラセッぽいなーーーー)
先日立命館大学に納入した機体に関して、以下のようなお手紙をいただきました。
こちらこそどうもありがとうございました。
寺田さん こんばんわ
本日は草津キャンパスでDISCUSのお披露目式でした。
理事長、学生部次長 立命OB会会長 学連の柘原次長龍谷大塚部長 京都新聞井上さんなど多彩な方々が出席され盛大におこなわれました。やはり片岡の優勝がきているようです。
先日受け取った時の京都TVの番組が26日に放映され、いい宣伝になりました。

記念写真をお送りします。
本当にいい機体をお世話いただき、すべてのOBが感謝しておりました。
冨山
(by 寺田)
中澤です。何となく、夕方には天候が落ちると言う予報の日でした。
JA3333が運航を再開したので、早速ケイブンさん(タヌパパ)のナビゲーション生地着陸2回、270Km以上と言う課題をこなしてしまおうと言うことになりました。

コースは、大利根発、富士川、大島経由の大利根帰りです。
瀬尾師匠のパラサイトでさんざん日本中をモーターグライダーで飛びまくっているので、富士川、大島なんて「お茶の子さいさい」だと思ったのですが、本人は結構緊張していたようです。
(画像:富士川滑空場を一人で離陸するJA3333)

そのほか、同じく富士川からスーパーカブが耐空検査で大利根へ来る予定でしたが、大利根からの便があったので、久しぶりの飛行機のナビゲーションだと言いながら、澤田さんが取りに行ってくれました。
昨日からパラサイトで仙台へ行ったりしていた宮田さんも同行し、けいぶんさんの富士川での離陸を見届けてくれました。そのカブはさっそく工場へ搬入されました。
(画像:工場へ搬入された、富士川カブ)
7日(土)の夕方の話です。
タンデム・ファルケの試験飛行も終わってホッしていた時、三田さんから「明日、休みたいんだけどな」との一言。続けて、「Ka8の塗装をやってしまいたいんだ」とのことでした。
というわけで、今日の三田さんは同じ場所で、同じ姿でプライベートなKa8の塗装をしていました。ちなみに、塗装ブースは2つありますが、どちらも、ドイツの修理工場そっくりで大好きな場所です。
(画像:プライベートな仕事をする三田)

LS3aの胴体修理がほぼ完成!!三田マジックです。

夕方の飛行場は、実地試験を控えた面々が真剣に勉強していました。
中澤です。
朝から多くの廃人、いえいえ、航空愛好家 ????、エーーイ要するに「煙と「なんとか」は高いところが好き」と言う人々が続々と集まりました。昨日からの引き続き作業で、整備陣は1日中、機体移動に明け暮れていました。
モーターは2351をメインに、昨日から戦列復帰したと言っても、まだまだリハビリ中の2429が慣らし運転をしていました。機体が足りずに2428も出てきました。
グライダーはJMGCとしてはほとんど初めての「ASK13」2機運航が実現しました。曳航機は1日中、平野さんが担当してくれました。

左>GROB G109Bの通常訓練
右>祝!!ASK13 2機運航 (今日のグライダーメンバーです)この中の2人は再来週に実地試験です。

グライダーのライセンスを取る事が絶対命題の原君は、澤田さんに乗ってもらって、本格的なグライダーの訓練がはじまりました。
のっけから2時間近くのフライトで、降りてからの一言、「グライダーって面白いかも」だって。
原君としげちゃん しげちゃんのペロペロキャンディーとレジ袋の昼食に注目
<タンデム・ファルケな1日>
昨日、飛行場へ出てきた、日本で5機目になる「SF28A タンデム・ファルケ」の試験飛行が行われました。
さっそく、みんながよだれを流していました。

左>三田と中澤 30年来の戦友です。
右>タンデム・ファルケのローパス。ゆっくりなのでシャッターチャンスに恵まれます。「静かで気が付かなかったよ」

試験飛行を終了後、由香子さんと空撮
(画像提供: 美幸さん)
左>大利根の最近の風景 Discus bTのエンジンを整備しています。(後ろでしゃがんで暗く整備している白いジャンパーに注目)
右>今日のお客様 福井からスーパーディモナが「おみやげ」と共に空輸されてきました。

今日の給食はサテー(マレー風やきとり) おいしかったです。

中澤です。
風の変動の激しい日でした。
昨日から始まった飛行場内の整地作業は、ほぼ今日で終わりました。
(画像:飛行場の整地作業風景)

昨日の2429の戦列復帰に続いて、今日は2255と3333が飛行場へ出てきました。
後席に乗っているのは?

2255の整備を担当した裕子さんでした。

JA3333。お待たせしました。
中澤です。飛行場も工場も忙しい1日でした。
今日の飛行場は、実地試験を控えたグライダーの訓練、同じく実地試験を控えたモーターグライダーのロング・ナビゲーション(大島往復)、
パラシュート・ジャンプ、HK36TTC-ECOの訓練と盛りだくさんでした。
グライダーは染中さんが担当、俊平は大島へ、私はECOの担当、曳航機とパラシュート・ジャンプは原君が掛け持ちでした。

「大島空港」から帰ってきました。
手前は大島からのおみやげです。
続々と戦列復帰する機体や、整備が終了した機体が、工場から飛行場へ移動され、組み立て、計測、試運転、試験飛行が行われていました。それに伴い、工場間での機体移動も行われていました。
JA00CNが第一工場へ移動され、第3工場には大阪大学のASK23とスタンダード・リベレが入ってきました。第2工場では同じく戦列復帰するセスナ172、JA3333
の主翼上面の塗装をしていました。

左>パラシュート・ジャンパーの一団です。
右>飛行場へ復帰したJA2429です。このあと試験飛行が行われました。

ECOの給油風景。
「あれ?」と思った方。
そうです、ECOの燃料タンクは主翼にあるのです。

左>ECO操縦席左側だけの「変な計器板」
右>右席には何も有りません。(ラダーペタルに乗っているのは私(中澤)の靴です)

左>飛行場に登場した「SF28A タンデム・ファルケ」。すごくいい感じの機体です。
右>JA3333の主翼上面の塗装をする大曽根
「日本フライトアシスタンス」の2人。
左が寺田由香子、右が中澤愛一郎です。
右が一応、社長。左が一人しか居ない社員です。
寺田由香子はドイツのフリードリッヒスハーフェンで19日から行われるスポーツ航空「Aero2007」のメッセに行くことになりました。
全ヨーロッパやアメリカから軽飛行機、グライダー、ウルトラライトの会社がほとんど参加します。
今まで親交を深めた会社の担当者と実際に会ったり、新しい会社や部品の情報、台頭著しい東ヨーロッパのメーカーや修理会社の調査をしてきます。
特に今回はウインチ用のケプラーの索やトランスポンダーに注目しています。
(ドイツでは来年からトランスポンダーがモードSに移行するので、モードCのトランスポンダーの中古が相当数出まわるとの事です。)
また、サステナーの動力がジェットになる兆候がますます顕著になっています。これも注目です。
寺田です。
隔週で火曜が休日のJMGCは、今週は営業日ですが雨の日になりました。
事務所が併設するワークショップ(母屋)、土手沿いの新工場(第2工場)、そして事務所の隣の建物の第3工場(飯塚工場)では、それぞれの作業が進められています。
新工場では"ドック入り"していた C172 JA3333 の主翼上面の再塗装が行われています。痛んでいた塗装をリムーバーを使ってキレイに剥がしました。
もうすぐお化粧直しを終えた JA3333 がお目見えします。
5マイルくらい速くなるかも?(保証の限りではありません)。

寺田です。
天候の移り変わりの激しいこのごろです。昨夜は前線が通過し、叩きつけるような風雨でしたが、今朝は打って変わって青空が広がりました。
気温が上がり暖かい日になりました。モーターグライダーもグライダーも飛行機も飛びました。
画像はありませんが、クラブハウス前でサテー(マレーシア風焼き鳥)を焼いている人もいました。

小林英次さんと愛機ディスカス。
今年飛ぶのは初めてだそうです。

クラブハウスでいつもシュラフを広げるロイヤー浅尾。
何を思ったのか飛行場の近くに土地を購入し、宿泊可能なガレージを建ててしまいました。
「大利根はボクの『フィールド・オブ・ドリーム』です」と、いつもおっしゃっています。
素敵なキット・ハウスですね。
ここからどんな夢が広がるのでしょう。