2007年9月23日(日) 視程 9999 WIND 05012kt
<飛行場復旧作業 Day 6>
昨日に続いて「水洗人海戦術」の1日でした。
北からの前線は秋の空気を持って来たため、気温は昨日に比べて大幅に低く、「水洗い」で濡れ鼠になる作業にはちょっと寒い日でした。
多くのクラブ員やJMGC全職員が手に手に武器を持ち、滑走路とエプロンの水洗いをしました。
手に持つ武器はいつもの武器ではありません。エプロンの掃除です。

作業終了!!泥だらけのゴム長を洗っています。
滑走路が開くにつれ、竜ヶ崎に避難していた機体が戻って来ています。

手伝ってくれた水洗い軍団
「マンマユート」ではありません。
しばらくは埃っぽかったり、過ごしにくいですが、その代わり以前より平に、広くなります。
しばらくのご辛抱をお願いいたします。
<番外・「大利根水害避難ジプシーツアー」名古屋編>
みんなが滑走路の水洗いをしているのを尻目に、「ジプシーツアー」のモーターグライダーJA2429に、「タヌ」と「タブ」の2匹のネコが、松本を目指して離陸しました。
セスナ172XP JA3796は、ナイトで名古屋へ入るため、時間を調整して、3時に松本を経由して名古屋を目指しました。
結局、名古屋へは2機とも日没前に着き、日没から9時半まで、とっかえひっかえ、ナイトの訓練が行われました。

左>空中のネコ2匹
右>名古屋での給油

左>アップウインドとファイナルでの滑走路は大変よく分かりますが、ダウンウインドで滑走路を見失う事が良くあります。
右>久しぶりのG109Bのナイト訓練でした。
2007年9月22日(土) 晴れ!!!!!
<飛行場復旧作業 Day 5>
今日の大利根飛行場は、ジャブジャブ水洗いです。まず、ブルでヘドロをどかした後に残った砂を丁寧によけます。
肉体労働をして下さった皆さん、またカンパや差し入れを下さった皆さん、
お見舞いのメールを下さった皆さん、ありがとうございます!!!

左>今回は散水車を2台手配して、水をまきながら洗っていきます。
右>10人近くの奇特なクラブ員の皆さんが、手伝いに来てくれました。

そんな中、こ〜んな面々(画像左)がモーターで飛行機でと、砂煙を上げ(画像右)、「さまよえる廃人ツアー」に出かけていきました。名古屋でナイト〜〜〜だって。
(彼らの名誉のために付け加えておきます。この人達も汗と泥にまみれて水洗いのお手伝いをしてくれて、それから出かけて行きました。……だから廃人って言われるんだよね、
きっと。)
(文:小野寺美幸 代理アップ by 寺田)
2007年9月20日(木) 晴れ!!!!!
<飛行場復旧作業 Day 3>
当面、滑走路のヘドロを除去しようと作業にかかり始めました。
すぐ泥の山ができてしまいます。

左>相変わらず、重機の似合う「大利根のパイロット」です。
右>ブルドーザーに立ち向かう「変な輩」
<シャイベの機体>
戦前から脈々と続いていたシャイベ社は、創設者が亡くなり、代表者がガッド・シャイベの時代から娘婿に変わり、長らくハインス・ハファコム氏が技術面で支えていました。
私が初めてシャイベ社を訪れたのは35年も前のことでしたが、2年ほど前に再度訪問した時も、会社の建物は寸分変わらず、作っている機体も35年前と同じでした。
しかし、工場の周辺は、だんだんに普通の家に囲まれてしまい、騒音や臭いでクレームが出ると悩んでいました。
そのシャイベ社もごく最近、経営者が変わり、場所も変わりました。

FRPグライダーの波に乗り遅れた感の否めない「シャイベ社」ですが、この会社の作る木製の主翼のすごさには敬服します。
現在JMGCでは、SF25Cの主翼を一部修理していますが、主翼に使用されている木材はほとんどが堅の木で、年輪の詰まったすばらしい木が使用されています。
こんな木は現在ほとんど入手不可ですので、壊れた主翼は材料取りをするためにたいへん貴重なのです。
決して侮れない「シャイベ社」の技術なのです。
(文:中澤愛一郎 代理アップ by 寺田)
2007年9月19日(水) 晴れ 視程 ?? WIND ??
<大利根復旧作戦2>
いよいよ、本格的な復旧工事が始まりました。
しかし、どうして大利根のパイロットどもは、どいつもこいつも土木作業が似合うのでしょうか。

飛行場の主任教官は、ヒコーキだけではなく、あらゆる乗り物の操縦を得意とします。
<整備工場より>
工場では、DG400の修理が始まりました。修理のまず第一歩は考えることです。
マークは一見、どうでも良いような作業をしながら、どんな段取りか考えています。

どんな大きな修理作業も、マイナーリペアーの連続です。
マークが持っている小さな破片から四方八方へ修理して行くと、いつかはDG400になっています。
金子はコメット・トレーラーの車軸を交換しています。
トレーラーの車検を受けたのですが、車軸が腐っており、交換しなければなりませんでした。
由香子さんがAERO2007でスピンデルバーガーおやじに交渉をして、コメットのトレーラーに、スピンデルバーガーがアレンジをした車軸が付きました。
普通だったら、商売敵に相談なんてできないのですが、やはり女性は強いです。

ついでに、アグネス・スピンデルバーガーも強い女性です。
強い2人の女性に囲まれたスピンデルバーガー氏はどのような気持ちだったのでしょうか。
(文:中澤愛一郎 代理アップ by 寺田)
2007年9月17日(月) 視程 9999 風 25015/20
本来であれば、3連休の最終日で、世に言う(言わないか)「廃人」どもが元気に飛んでいると言うのに、大利根飛行場は栄養
をたっぷり含んだ「ヘドロ」がいっぱいです。どう逆立ちしても、飛行機が飛べる状態ではありません。
しかし、さしもの「ヘドロ」もそろそろ乾いてきました。やっと、重機を投入できます。
次の3連休には曲がりなりにも、再開したいと思っています。

「公道を走るG109B」
どうしても飛びたいと言う、ワガママおやじと化した瀬尾さんの要求で、G109Bを竜ヶ崎飛行場へ「地上を走って」運搬しました。パ*カーとは
すれ違いませんでした。
瀬尾さんは名古屋から枕崎へ行く予定です。

こう言う日に限って、「おいしそうな雲」がいっぱいです。
2007年9月15日(土) Ver.2 快晴 気温31℃
<大利根復旧作戦>
どぶ底のようになってしまった大利根飛行場の復旧作業は、本格的な作業が来週から始まります。
その前に、クラブハウスの掃除と周りの整地作業を、原君と染中さんがやってくれました。
(画像:パイロットにしておくのはもったいないほど絵になる原君)

左>クラブハウス内部です。水につかってしまった机、本棚はバラバラに崩壊しました。新しくなります。
右>崩壊したシンク
(文:中澤愛一郎 代理アップ by 寺田)
<番外・大野近況>
寺田です。
この日は岐阜県の大野滑空場へ行ってきました。
先日ドイツから輸入された、新素材プラスチック・ケーブルの、日本最初のウインチ曳航評価試験が大野で行われ、駆けつけたものです。
日本フライトアシスタンスが輸入しました。(宣伝)

画像>第1回目のウインチ曳航試験。黄色い曳航ケーブルが分かるでしょうか。
現在ドイツでは、ウインチ曳航用の索が、鋼索からプラスチックに変わりつつ有ります。
今年3月に来日したアンドレ・ヤンセン氏から情報を得て、4月に訪問したドイツAERO2007でも積極的に調査をしてしました。
その後、国内で日本フライトアシスタンスへ発注があり、情報を集めていました。結局、ウインチ・メーカーのTOST社のAldo氏の薦める製品を輸入することになり、先日のASW19のトレーラーと共に入荷したものです。

ケーブルの素材はダイニーマ(登録商標)。
比重0.97のダイニーマ・ケーブルは、長さ1200mでも13kg(コイルを除く)と、この軽さ。
ウインチはいくつかの改修が必要になります。ドイツTOST社製のウインチは、緊急用索切断装置(通称・ギロチン)の改修キットがあります。

左>改修されたギロチン
右>ドラムにダイニーマを巻いています。
雲が低く、時折強い雨の通り過ぎるあいにくの天候でしたが、ASK21で鋼索と交互に3回ずつ、合計6回の比較曳航試験が行われました。
パイロット及びウインチャーは「軽い」「加速が良い」「曳航中は同じ」という感想でした。曳航時間は平均4秒位短縮されたそうです。
これから試験曳航回数を重ね、ケーブルの軽量を生かした曳航が行われることでしょう。
日本学生航空連盟の皆さん、どうもお世話になりました。
(by 寺田)
2007年9月14日(金) Ver.2 曇り時々晴れ
中澤です。
台風9号により飛行場が水没して、早1週間になります。
通常は、水が引くのと同時にホースで滑走路上のヘドロを吹き飛ばすのですが、今回はその量を超えています。

今日、やっと飛行場の駐機場へ行かれるようになりました。
現在はヘドロがある程度乾くのを待っています。
来週水曜日(19日)ぐらいから、飛行場に重機(ユンボ、ブルドーザー)を投入し、復旧工事が始まります。
分解できない飛行機は竜ヶ崎に避難しています。
分解できるモーターグライダーとグライダーは分解して、整備工場に入っています。整備工場はそれこそ足の踏み場もない状態です。
とりあえず、滑走路と駐機場を開け、22日ぐらいから仮再開をしたいと思っています。
希望者が「ジプシーの旅」(大利根飛行場疎開ツアー)に出る予定です。多分、セスナとモーターグライダーが1機ずつ参加します。
<除去作業を始めました>

左>待つのが苦手な中澤は、「乾くまで待ってられるか!」と強引に作業を開始してしまいました。(笑)
右>それにしてもすごいヘドロの量です。
(文:中澤愛一郎 代理アップ by 寺田)
2007年9月9日(日) 晴れ 視程9999 WIND 17005kt

利根川の水はだいぶ引きました。
山本以下数名の斥候隊がカヌーで飛行場まで行っています。
皆さん、大利根飛行場の様子を見るためにローパスする場合は、消防ホースの水をかけられないように注意してください。
(画像提供:澤田氏)

澤田さんは、オーストラリアからのすてきなお客さまをお連れして、竜ヶ崎飛行場から江ノ島へ行っていました。
(画像提供:澤田氏)
<秋葉原の報告会>
東北巡業ツアーの締めくくりの飲み会が秋葉原で行われました。
それぞれにいろいろな思い出ができたようです。
(画像提供:タヌパパ)

青森空港のエプロンで。
ツアー中は、毎日日没ぎりぎりまで飛んでいたそうです。
思う存分飛んで、楽しい思い出ができたことでしょう。
(画像:飛びすぎて係留はナイトになりました by タヌパパ)
(文:中澤愛一郎 代理アップ by 寺田)
2007年9月7日(金) 雨のち晴れ WIND 22020G30kt
中澤です。
台風9号が関東地方を縦断し、東北へ抜けています。
この数年ぶりの大洪水です。栗橋の水位は最大7.8mに達しました。

午後4時半の画像です。飛行場までたどり着けませんでした。
明日はカヌーかゴムボートの世界になります。
来週は「どろんこ遊び」の週になります。

竜ヶ崎に避難した飛行機の場所を変更しに行きました。
「由香子さんのお買い物」
今年のフリードリッヒスファーヘンで行われた「AERO2007」に行ってきた由香子さんが、中古トレーラーに入った中古の主翼を始めとして、トレーラーの部品やウイング・ドーリー、トレーラーの車軸等、いろんなものを買い込みました。
それらを積みこんだトレーラーが千葉港で通関が切れ、今日取りに行きました。

左>通関中に台風が。屋根のある倉庫に保管していただきました。
右>「シュライハー」社製のトレーラーです。古いですがしっかりした良いトレーラーです。

左>内部はASW19の右翼が入っています。胴体と左翼はどうしたのか聞かないで下さい。
右>その他ドイツで購入したパーツの数々。重量や嵩のあるものばかりです。
(文:中澤愛一郎 代理アップ by 寺田)
2007年9月6日(木) 曇り時々雨 WIND 12015kt
<台風9号接近中>
接近がゆっくりでしたので、対応もわりとゆっくりでしたが、関東直撃をまぬがれそうにないと、朝から撤収作業を開始しました。
すべての飛行機、モーターグライダー、グライダーを飛行場から引き上げました。
幸いなことに、昼間は時折強い雨が降るものの、止み間も多く、飛行機は飛んで逃げることができました。尾翼の赤い172を先頭に続々と離陸、すべての飛行機をお隣の竜ヶ崎飛行場へ避難させました。
グライダーは前日すでに分解・撤収済み。
この日はグローブを始めすべてのモーターグライダーを分解して、手分けして工場へ収納しました。

左>空間有効利用のため、第2工場では高翼機の下のスペースをちょっと拝借しました。
右>交通渋滞ではありません。ハスキーのみ、トラックの荷台で土手越えしました。

16:00 撤収作業完了。
ガラーーンとした飛行場。車両もトレーラーも、すべての機材を引きあげました。
台風は7日早朝に関東へ上陸します。
飛行場が水に浸かるのは避けられそうにありません。
あまり被害がないと良いのですが。
(by 寺田)
2007年9月2日(日) 晴れ 視程9999 風 06015
カブスカウト来訪!
茨城県利根分団のカブスカウトの皆さんが訪れてくれました。
広ぉ〜い飛行場で、飛行機の説明を受けたり、触ったりしていました。
長屋さん、垣内さん、染中さん(ズーーーーーート昔にボーイスカウトだったとか)が、説明役を引き受けてくれました。
飛行場でのBBQはまた格別だったようです。


通常の訓練飛行の他、、、
JA2428の耐空検査、
富士重グライダー部のPW5(JA2561)の耐空検査、
LS4(JA2548)の無線検査、
HK36TTC(LA00CN)の慣らし運転飛行
が、行われました。


北海道は別海へ出かけていたJA3333と原君が帰ってきました。
お疲れさまでした。

< 今日のゲスト >
お馴染みのスティンガーさんとモールです。
< 整備工場より >
第2工場では、緑のモールの主翼が胴体に取り付けられました。
第1工場へは、ロータックスファルケが搬入され、耐空検査の準備作業が行われています。


< おまけ: >
美幸ねーさんのグライダー訓練が始まっています。
(文:中澤愛一郎 写真:小野寺美幸 代理アップ:スダチ)
8月最後の日曜日でした。
東北から帰って来た2429は東北の疲れを癒す間もなく、2351との2機でフル稼働でした。
昨日、落雷からの復帰で試験飛行にこぎ着けた、JA00CNは再度の調整を経て,ほぼ不具合が出尽くしたようです。
夕方,試験飛行を兼ねて,関宿滑空場まで足を伸ばしました。
垣内氏以下大利根ナンチャッテパイロット軍団の3人は、牧草地のなかの、緑の滑走路である「別海フライトパーク」を目指して、飛んで行きました。
パイロット1:青森経由カナー???
パイロット2:花巻で給油して、花巻から帯広ぶっちぎりでしょー。
パイロット3:それなら、仙台で満タンにして、別海ダイレクト!!!
と最後までルートが決まりませんでしたが,午後4時半に別海に着いたとの報告が有りました。

下は同行の垣内氏からのレポートです。
大利根を10:00前に一路北を目指し離陸したJA3333は、ケンケンゴウゴウの議論 の挙句、結局約3時間で青森に到着。
青森空港では飛行機と人間(ただし主任教官のみ)にたっぷり燃料補給。
青森離陸後は津軽海峡の雄大なTCuをかいくぐり、噴火湾を眺めつつさらに別海へ向けて2時間15分飛行し無事にグラスの滑走路へ気持ちよーく着陸しました。
大利根の飛行機は、大空港より「滑走路がグラス」とか「狭い」とかのほうが得意です。

久しぶりに以前の職場に戻ってきた主任教官殿はいたってご機嫌でした。
(文、写真:垣内宗一)
東北巡業大成功記念BBQです。


左> 昼間の一時期の駐機場(全機出払っています。)
右> タヌパパはグライダーに改宗(?)
「今日のお客様」
仙台、角田滑空場から2367を佐々木氏がフェリーしてくれました。
その佐々木氏を拾う、仙台のタンデムファルケノパイロットです。


大利根に出現した、ファルケ一族
仙台のタンデム・ファルケJA2178は、30数年前にJA2177と一緒に輸入され、私と私の父親が新型式の検査をしました。
その時、航空局の検査官の補助で来ていた人が、今、航空局の技術部長です。先日も、那覇の事故で新聞に名前が出ていました。
機体って、よくもつものですね。
(文:中澤愛一郎 写真:小野寺美幸 代理アップ:スダチ)
JA00CNの試験飛行が始りました。
落雷の直撃を受け、垂直尾翼がまっぷたつに裂けてしまったJA00CNですが、今日、試験飛行にこぎつけました。
整備工場でずいぶんつぶしたつもりでしたが、やはり機体を飛行場に持って行き、組み立て、試運転をしてみないとなかなかSQ(不具
合)が現出されません。
ブレーキ系統が最後の最後まで不具合続出で、一度機体を整備工場へ持って帰りました。その00CNが今日、初めての試験飛行に出ることができました。
明日から、だんだんに足を伸ばし、「アク出し」をして行きます。


曳航機の定時点検の一こま。ちゃっかり翼の影でさぼっている人がいます。

俺たち、パイロット !!!!????
大利根軍団のパイロットたちです。
「こう見えても、操縦させリャーうまいんだぜ」
この4人がセスナ2機に分乗して、セントレアに着陸した事を想像してください。
「俺たち、パイロット、こう見えても、操縦させリャーうまいんだぜ」と言ってもネーーー

整備工場より
先日の「ジグソーパズル」は現在こんなふうです。
第3工場ではこんな機体の整備が始まっています。RF4Dとシュワイツー1-26です。

(原文・写真:中澤愛一郎 編集:スダチ)
「おかえりなさーーーーい」
北海道遠征が変じて、青森出張所になった「タヌー・パッパーとモグラの廃人団」のJA2429が今日,青森から帰ってきました。
これで、「タヌー・パッパーとモグラの廃人団」のフライトは終了しました。
参加された皆さんは,それぞれに良い思い出を作られた事でしょう。
ネーーーー藤沼さん。なかなか大湊には着陸できませんものね !!!!!!(by 愛)

左> 何日かぶりに大利根に足をつける2429
右> 今日のフェリーを担当した,澤田さんとタヌパパけいぶんさん。
二人とも昨晩青森入りし、今朝早くに青森空港行きのバスに乗っていたとの事。お疲れさまでした。
(原文・写真:中澤愛一郎 編集:スダチ)
相変わらず、暑い日が続きます。
ここのところ、草刈り機が不調でドック入りしており、なんとなく飛行場の草が高くなっています。
草刈りというのは結構「はまってしまう」性質があるらしく、はまってしまった人は草の高さが高くなると居ても断っても居られない症状になるものです。
今日の飛行場は、JA2351の耐空検査と来週から北海道遠征のJA3333の整備が行われていました。青森に置き去りになっている2429は、24日に大利根へフェリーされてくることになりました。
瀬尾さんの09AWも、北海道へ旅たちます。JA3333は別海へ26日に旅たちます。角田滑空場に居るJA2367は26日に大利根へ戻ってきます。耐空検査を行った後に、再度、福井へ行きます。
結構、右往左往するもんです。
さて、整備工場ではめずらしい仕事が行われていました。モールに装備されているボーテックスジェネレーターを新しい翼に貼付ける作業です。


キットを購入したところ、ボーテックスジェネレーター、接着剤、糸、巻き尺、鉛筆、カッター、綿棒、テンプレート、マニュアルがキットの中身として入っていました。
鉛筆や綿棒まで入っていなくても良いのにと思いました。ちなみに、綿棒だけを輸入しようと思うと,厚生省の許可が必要になります。アメリカにはコンパクトなファースト・エイド・キットが有るのですが,包帯など厚生省の許可をえなければならないために、輸入が難しいです。
(原文・写真:中澤愛一郎 編集:スダチ)
< タンデム・ファルケな1日 >
昨日に引き続き4人の大学生が、ASK13で飛んでいました。
今日はタンデム・ファルケの人気が高く、1日中飛んでいました。
タンデム・ファルケは「軸線」に乗れると有って、かつてRF5やRF4Dに乗っていた人達のプライドをくすぐるようです。

左> 40分の訓練でソロに出る、往年のRF5ライダー。
右> 北海道遠征首謀者はちゃっかりと大利根で、、、、。

別名「ソルジャー小林」君も負けじとチェックアウトしました。

飛行機やモーター、ついでにグライダーと曳航機の間をかいくぐってパラシュート・ジャンプが行われています。

曳航機とグローブ。暑さで悲鳴を上げています。
< おまけ >
マークはなにをやっているのかと思ったら,「ジグソー・パズル」を楽しんでいました。
飛行機のスパッツ(アメリカではホイール・パンツと言います。)の修理風景です。
新品を買っても良いのですが,3つになってしまった胴体を繋いでいるJMGC整備陣のプライドが許さず、修理することにしました。

(原文・写真:中澤愛一郎 編集:スダチ)
午前中は弱い雨まじりでしたが、午後になるにつれ、だんだんに良い天気になりました。
昨日までとは打って変わって、最高気温は26℃前後ですごしやすい1日でした。
<< タヌー・パッパーとモグラの廃人団 >>
16日、青森を離陸して北海道へ向かったJA2429が「天候が崩れたために海上自衛隊大湊基地に降りた」という知らせがありました。ご迷惑をおかけした関係機関にお詫びします。(機体は天候の回復を待って青森に戻りました。)

17日以降も、東北〜大利根間のエンルート上の天候は何処かしら悪く、充分に飛べませんでしたが、それでも青森周辺をなんとか飛んでいました。
とりあえず、グローブを大利根に戻すのは断念し、今日で「タヌー・パッパーとモグラの廃人団」の活動は一時休止となりました。

ルンルンで飛べた人、いやになるくらい飛んでしまった人、とんだ苦労をしてしまった人とそれぞれですが、最初から誰にも頼らずに企画し、許可を取ったり,打ち合わせをしたり、大変だったけど,良い思い出が作れたと思います。
青森空港の「公式ブログ」に以下のような記事を出していただけるようです。
飛行機じゃーない(゜o゜;)!?
青森空港をいま利用しに来ている、この外来小型機。
この機体は、飛行機ではありません。
+
+ (一部略)
+
でも、見た目は***っぽいですよね。ちなみに日本モーターグライダークラブさん所有の機体でした。
(編集部注=リンク先のページ、本当に公式ページ? 表題に(裏)ってあるんですけど?)
さて、大利根本家では、天候が回復するにつれ、先日、戦列に加わったTwin IIやASK13が飛んだり,防大パラシュート部の合宿があったりと、相変わらずの1日でした。

左> 防大パラシュート部の合宿です。
右> 自分のパラシュートは自分でたたんでいます。
落雷を受けた機体の修復は苦労しています。

左> 次から次にSQが出てきます。
右> こんなところに落雷によって穴が開いています。
<< 今日のお客さま〜 >>

妻沼から機体部品の修理を依頼しに来た学生さん。
三田おじさんの修理を待つ間、あいちゃんに誘われて曳航機の後席に乗っていました。

大阪からは、四人の学生さんがグライダーに乗りに来ました。
赤いツナギと赤いポロシャツ “20+50” って、なんでしょう?
操縦席はFRPグライダーの初ソロに出る、ホーク鷹野さんです。

「スピンっていうのはネェー」
「はぁーーー??」
(原文・写真:中澤愛一郎 一部写真:バスマン高野氏 編集:スダチ)

秋田からの帰り道に大利根に立ち寄ってくれた、関西エアロスポーツクラブのRotax Falke JA21KAが、名古屋空港を経由して、邑久滑空場に到着しました。2000ftの雲底を名古屋まで這いずりながらの飛行だったそうです。お疲れさまでした。
因みに、垂直尾翼のマーキングは、「鬼ヶ島の鬼」です。カウリングには、今年からスポンサーになって頂いた岡山名物「きびだんご」のネームが入っています。この鬼は「きびだんご」のトレードマークです。
(原文:佐志田 氏)
「タヌー・パッパーとモグラの廃人団」からの報告が届きました。
今日のフライトは、直美教官とバスマンが青森空港でストップ・アンド・ゴーを行い、0945にケイブンとバスマンで八甲田〜十和田湖経由で大館能代に向いましたが、後12マイル地点で雲にまかれて退散しました(泣)
大館能代も青森も快晴だったのに〜!
ダイバートついでに田舎館の元祖「田んぼアート」を青森タワーの許可を貰って撮影しました(笑)
午後から直美教官と阿曽さんが第四次北海道上陸隊として函館に向かっています〜
(けいぶん)

残る日程は後3日。北海道の北の前線はじょじょに南下しています。19日からは関東も天候悪化の様子です。現地部隊は考えに考えている様子です。
(無理しないでネーーー。置いて来ちゃっても良いからネーーー by 中澤)
大利根では、数人の人達がグローブで飛んでいました。しかし、この暑さ!!!! シェスタが必要です。

私は米田さんからのお誘いでDuo Discusで飛びました。思い返してみると,日本での初めてのクロスカントリーでした。大学生の時に、筑波山の麓の農道を借りて,そこから離陸し、5時間と1000mを獲得しましたが、50kmの距離飛行はできずじまいでした。その後、ドイツのホルンベルグからアイシュタットまでの100kmをKa8で3時間かかって飛び、銀賞を獲得しました。
その後は、なかなか機会が無く飛んでいませんでした。

今日のフライトは米田さんというエンジンがいてくれましたので,無責任に飛行を楽しむことができました。雲低は4000ftぐらいでしたが、筑波山まで行き、3時間弱の飛行でした。
落雷を受けたスーパーディモナは最終調整に入っています。今日は私と同期(大学が一緒でした)の日高キャプテンが「魔除け」のシールを張っていました。

<< 今日のお客様 >>
秋田で合宿していた「21カ」じゃなかった、「JA21KA」が大利根に立ち寄ってくれました。


クラブ員と一緒に、妙齢の女性が遊びに来てくれました。訓練を兼ねて,大島の温泉プールに行って来たとの事でした。さっそく、記念写真
を取ってもらいました。(若い女性だと、すぐに肩に手をまわしてしまうくせがあります。反省 !!!)
<< おまけ >>

「JA07EC」の元のオーナーがアフガニスタンへ仕事に行っていたとの事。
写真を送ってくれました。ときどき、コロンビアにも行っているそうです。
昨年、アメリカでいっしょにいた時、とあるスーパーマーケットでベルトを買っていました。
「コロンビアでは、ピストルを離せないんだよね」とこともなげに言っていました。なんだか、ちょっと正体不明人間です。
(原文・写真:中澤愛一郎 編集:スダチ)
本日、大利根での運航はお休中です。

「東北ご一行様」別名「タヌー・パッパーとモグラの廃人団」の活躍は、あまりコンピューター事情が芳しくないためアップ・デートでお伝えできませんが、、、
「これから青森を出まーーーす」と言う報告や、「旭川に到着しました」と言う連絡が時間通りに入ってきます。
大利根以外の場所で、大利根の仲間達が、フライト・スタッフの居ない所で、自分達で判断して飛ぶ事の重圧感と、知らない所を飛ぶ楽しさを参加している全員が楽しんでいる事が、手に取るように分かります。

今日は、直美さんと船坂さんが、積丹半島を一周した後に,函館を経由して、青森へ着陸、右席が直美さんから澤田さんに変わって、大館能代へ行ったそうです。全員の距離的感覚が短くなっていることが分かります。
自分が飛んだ距離を飛び慣れた大利根を起点にして比較してみると,いかに自分の距離的感覚が変わっているか分かりますよ。
(現地でのインターネットアクセス事情が悪いらしく、画像が送られてこないので、トリムにゃんとDDの画像をお楽しみ下さい。編集部)
(原文:中澤愛一郎 写真・編集:スダチ)
日本中が休みに入った日曜日、さすがに家族と行動を共にしている方が多いと見えて、あまりクラブは盛況ではありませんでした。
「タヌー・バッバーとモグラの廃人団」は、北海道の天候が好転し、一部メンバーは、念願の北海道入りを果たした様子です。
海外赴任している嫁が帰国する前に遊ぶんだぁ〜教官と、ケンケンことバスマン高野氏が、青森空港をベースに奥尻→滝川→函館→青森と飛びまくった様子です。
明日も青森を起点に、北海道へ波状攻撃をかける予定です。最初は悪天の予想にどうなるかと悲観的でしたが、みんな楽しそうです。
大利根ではTwin IIの耐空検査が終わり,早速、職員の訓練が始まりました。原君はすっかりグライダーにはまっています。
その他,米田DD、川村親子SZDが飛んでいました。


最近人気のタンデムファルケは、八ヶ岳に行き、双葉(航空学園)に着陸して大利根に帰ってきました。
タンデムファルケの仲良し2人組
右:須原オーナー
左;藤岡キャプテン(現737キャプテン)
(原文:中澤愛一郎 写真:小野寺美幸 編集:スダチ)
本格的に日本中が休みに入った初日でした。
「東北一周ご一行様」「タヌ・ババーと7人の廃人団」は山形/秋田/竜飛岬を経て、青森に入りました。
明日、明後日のみは、北海道の西側は良さそうですね。あいかわらず、東側はだめでしょう。

「ニューフェイス」搭乗
百里でRF4Eに乗っている方が入会。グライダーのギャランティー・コースに入りました。
JMGC防衛省グループができました。
写真左から,旧空、旧海、現空、現陸の面々です。後ろのバンダナおやじは自衛隊には関係ありませんが,自衛隊に親近感があります。なぜで
しょう?

先日、桶川から空輸されて来たTB10が工場へ搬入されました。

いつもは、グライダーが入っている塗装ブースにアメリカ製の金属製主翼が入っています。
モールの主翼の塗装が始まりました。左主翼が新品になるので、右主翼も新たに塗装することになりました。
(原文:中澤愛一郎 写真:小野寺美幸 編集:スダチ)

クラブ員による、クラブ員の北海道遠征 第一日目
昨晩から、何回も電話で打ち合わせをしました。今まで積み上げた全ての企画、交渉、申請手続き、等々をすべてご破算にするのは、勇気のい
ることです。
どうしても、今まで積み上げた苦労から、企画を捨てきれない物です。
しかし、天気には「どんなことがあっても」「だれでも」負けます。
天候の悪い時に、苦労に苦労を重ねて、目的地にたどり着いても,それは決して褒められるものではありません。
勇気ある撤退は大変、取りにくい選択肢ですが、それはそれで良い思い出になります。
と言う訳で,「北海道一周ご一行様」は「東北一周ご一行様」となり、11時に大利根を出発し、山形へ着きました。明日は青森です。
みんな、楽しんで下さい。
大利根を出発する、鈴木タヌ、タブの二人 「いってらっしゃーーーーい」

続々と戦列へ(2)
昨日に続き、続々と機体の修理が終わって行きます。
今日は、マークが担当していたASK23が、飛行場へ搬出され、計測、試験飛行が行われました。
機体修理が終わりに近づいて来たので,そろそろ暖めている機体の修理にかかろうと思っています。
こんな機体が待っています。
・Ka6CR JA2088 主翼の羽布張り替え
・DG400の修理 (売り物)
・ASW19の修理 (売り物)
・Ximangoの修理 (売り物)
・GROB G109B JA2343のレストア
・RF5 JA2123のレストア
・RF4D JA2110のレストア
・RF4Dの新規輸入耐空検査
・Piper PA18 JA4097の修理
<< おまけ >>
昨日こんなメールがフランスから飛び込んで来ました。
>> Hello,
>>
>> My DG 400 is broken!
>> I am searching for a left wing (in good condition or repairable)
>> Could you help me?
>> Thank you for your reply
>>
>> Best regards
こんな返事を書きました。
I am sorry that I have also broken DG400 but I will repair my DG400.
I also need the fuselage. If you have some information about the fuselage of DG400,
please let me know.
regards,
上記の彼は胴体を売っても良いと言ってきました。また、新しい輪ができそうです。
(原文:中澤愛一郎 写真:小野寺美幸 編集:スダチ@好天の流刑島)
モグラで北海道漫遊ツアーを計画している「タヌババと7人の廃人達」は週間予報を見て悶々としていますが、それを尻目に仙台以南は「からっぱれ」の日が続いています。
昨日、釧路から羽田へ帰って来てそのまま小松へ行かされた俊平は、ロータックスファルケを福井空港から角田滑空場へ空輸することになりました。
気圧配置を検討すると,全行程、追い風が期待できます。
フライト・プランは福井からダイレクトに角田滑空場まで入れましたが,途中の燃料消費で給油の必要があれば、新潟空港へ降りようと,着
陸の許可を取って、10:10に福井空港を出発しました。
角田へ着く俊平を拾う、ハスキーは大利根を12:00に出発しました。
途中、AEISに電話をすると、刻一刻の情報を得ることができます。
「12:13 新潟ボルタックの南40マイル、高度5500、オペレーション・ノーマル。燃料は充分余裕があるので、新潟へ立ち寄ることはキャンセル。ダイレクトに角田へ向かう。」
とのAEIS経由の情報で、ハスキーは角田へ向かいました。
角田へは13:30に到着,10分遅れで、ハスキーも到着。14:00にはハスキーは角田を離陸し,15:30には大利根に到着。長い一日が終わりました。

右> 「北の尊師」と「流浪のフェリーパイロット」
タヌババ団は、明日(10日)出発予定です。
(原文:中澤愛一郎 写真:小野寺美幸 編集:模範囚スダチ)
続々と戦列へ、
今日は2機が飛行場へ出ました。
1機は昨年不幸にも落雷の直撃を受け,垂直安定板と水平尾翼が割れ、その他、脚やアビオニクスが損傷した、スーパーディモナが修復され、今日、飛行場へ搬出されました。
もう1機は新たに加わることになった、ツインIIです。

右> 新たに戦列に加わる TWIN IIです

左> 機体を組み立てたとたん、尾翼のできを確かめる、マークと三田
右> 胴体の修理全般を担当したマークを中心に主翼の点検を担当した,三田とエンジンを担当した飯塚
モグラの教習は、体重が軽くて、その分燃料が搭載できる直美さんが飛んでくれていました。
俊平は、北海道は別海へ、昨日から出張中でした。
俊平:「今、釧路です。15時ごろには大利根へ帰ります。」
愛:「悪いんだけんど、羽田からそのまま小松へ行ってくんないかなー。ロータックス・ファルケを仙台に空輸することになったんだ。」
俊平:「ウッ、、、、、、、(沈黙)、、、、、ヘーーイ、どこへでも行きます。」
と言うわけで、「さまよえる、フェリー・パイロット」は釧路空港→羽田空港→小松空港と乗り継いで、いま、福井にいます。
明日は,福井空港→新潟空港→仙台空港の予定です。
<< おまけ >>

モールの主翼に三田が修理した翼端を取り付ける「どこぞのおやじ」
(原文:中澤愛一郎 写真:小野寺美幸 編集:スダチ)
ものすごい暑さと湿気の日曜日。
2機のグローブはそんななか、大汗を書きながら、一日中飛んでいました。
クラブ員:「燃料入れますが、」
俊平 :「気温が高いから、燃料はなるべく少なくね。(必要最小限ね)」
スダチ:「最近、ちょっと油断したら、BMIが30を超えそうになっちゃって、、、」
クラブ員:「そうだね。流刑人はやる事無くて,食べてばっかりなんでしょう」
みんな:「やっぱ、教官や試験官は直美教官みたいに体重が軽い人がいいね。その分、燃料つめるし。」
と、あまり暑さから、気温と最大離陸重量、体重と身長の相関関係まで、話題の花が咲いていました。
、

そんな中、新しく耐空検査員になった奥平氏が、耐空検査のOJTに来ていました。
「TCってなに?」
「エッ、TCDSってなに?」
「TCDはどこでどうやって入手するの?」
「自分で探したTCDのリストを持ってなくちゃだめでしょ!!」
「予備品証明とEASA FORM1の関係は?」
「飛行規程の改訂の手続きは?」と、矢継ぎ早に質問されていました。

クラブハウスでは今週後半に北海道へ出発する面々がそれぞれ準備していました。
「旭川付近での飛び方は!」
「現地での天気予報は、地名が難しいよ。オシマ地方とかソラチ地方って判る?」
「レポーティングポイントの読み方も勉強しとかなきゃ!」
「国境での自衛隊周波数は?」

第2工場では、非破壊検査の専門家に来てもらい、モールの各部の非破壊検査が実施されていました。

右> 燃料タンクを取り付けている大曽根と真悟
(原文:中澤愛一郎 写真:小野寺美幸、トリムパパ 編集:スダチ)
JMGC整備部門の飛行機班は、桶川のTB10を大利根へ空輸する為、ホンダエアポートへ行って来ました。
私も面白いそうなので,行ってきました。

右> 本田航空の整備士との打ち合わせ。

右> 大利根からはモーターで染ちゃんが俊平を空輸。

空輸された俊平がTB10を大利根まで空輸して行きました。
(原文:中澤愛一郎 写真:小野寺美幸 編集:スダチ)
モーター2機が、フル稼働の一日でした。

飛行機のパイロットとして入社した原君は、グライダーのライセンスを取ったあと、なんだかグライダー好きになってしまったようで,
今日は「大きなグライダーに乗りたい」とわがままを言い、米田さんを後席にデュオ・ディスカスに乗っていました。
北海道に行く御一行樣方は、、、
「ねーー、北海道に行っている間に台風か何か来たら、分解しなきゃならないよね」「やった事ある?」
「実地試験の時に一応は教わったけど、、、、」と言う事で、今日は分解と組み立ての講習会をしていました。
アメリカからなにやら輸入されてきました。現在、修理中のモールの部品です。
一方、三田さんは手際良く、さっさとモールの翼端を直しています。
(原文・写真:中澤 愛一郎 編集:スダチ)
生憎の梅雨空で、あまりパッとした天候ではありませんでした。

先日、グライダーの自家用に合格された後藤さんの祝賀BBQを、以前所属していたクラブの皆さんが企画され、お祝いのパーティーが開催されました。
準備段階では、雨まじりでしたが、、、食べる段になってだんだんと晴れて来ました。
みんな、楽しそうでした。

一方、第2工場では、新旧の主翼が並べられ、旧主翼から燃料タンクを移設する作業が始まっています。
案の定、タンクはちょっとやそっとでは外れません。
比較的大げさに考える真悟、比較的強引に事を運ぼうとする「あいちゃん」、比較的いつも冷静な「あきちゃん」の3人がよってたかって、タンクを外しました。
< おまけ >

こんな本をご存じですか?山名先生の名著です。
小林英次さんが持っていました。
(原文・写真:中澤 愛一郎 編集:スダチ)
飛行場が少しずつ復旧されています。
今日は全てのグローブが飛行場へ出て行きました。

同じ尾翼なので、こうでもしなければ後が面倒です。

組み立てられつつある、グローブG109B 手前のコーンは小林英次さんが丹精こめて育てている芝の養生部分です。
だれも立ち入ることは出来ません。
新工場には、なにやら見慣れない箱が、、、アメリカから到着しました。
(原文・写真:中澤 愛一郎 編集:スダチ)
こんにちは。そめなかです。
フランスに続いて、ドイツはベルリン近郊にあるLusse滑空場に来ています。現在、ここではグライダーの世界選手権(WGC)の前哨戦である「プレワールド」が開催されていて、フランスでいっしょだったM山さんがこれに参加するので、私はそのお手伝いで来ているのです。
ちゃんとした競技会でのクルーの仕事は結構たいへん。朝はパイロットより先に家を出て、機体の準備から水バラストの搭載、グリッド(発航順)の確認から発航位置への機体の搬送までを完了しておいて、後から来たパイロットといっしょにブリーフィングに参加しなければなりません。
パイロットの離陸後も、ネットでweatherを監視して、必要に応じてパイロットに伝えなければならないため、長距離アンテナとブリーフィングルーム(ネット)の間を際限なく往復することになります。
その間にも翌日の水(200リッター)を汲んでおかなければ! ふだん怠惰な生活を送っている身には結構なエクササイズで、毎晩熟睡です。 (ビリーズブートキャンプ必要なし!)
プレワールドに関しては LILIENTHAL-GLIDE 2007 をご覧ください。

15m、18m、Openの3クラス合計のエントリーは100機。選手やクルー合わせて合計数百人が参加するブリーフィングは、毎朝、このような大ホール(格納庫)で行われます。

合計100機のグライダーが、南グリッド、北グリッドにそれぞれ4列(計8列)で並んだ眺めは壮観です。競技発航の開始とともに、これらは1時間以内に全機離陸します。発航点からの離陸風景は、さながらスターウォーズのよう。

日本チームのもう一人のクルー、ポーランド人のミレック。忙しい日々の活動で大活躍してくれます。私が持てないほど重いものを軽々と持ってくれる、頼もしい相棒です。

曳航機は全部で6〜8機。競技の進行などに関する情報がほしいときには、オフィシャルに聞いても型どおりの回答しか帰って来ません。
こんなとき、タグパイとお友達になっておくと、彼らはいろいろ言ってはいけないことまで話してくれます。

慣れ慣れしく「そうなんだよ〜 僕も日本でタグパイでさ〜」とか言ってたら、操縦させてくれちゃいました! ウイルガ。無骨ですが、力強くて頼もしい感じ。
彼が日本に来たときにはタダでハスキーに乗せる約束をしましたので、万一、来てしまったら、愛さんよろしくお願いします。
ちなみに、計器盤の下にある緑と茶のハンドルは「水」と「オイル」のコックです。この2つを始終回してエンジンの温度管理をするのだそうです。この飛行機は手が2本じゃ足りないかも...蒸気機関車みたいでした。
(原文:さすらいの空追い人、染中氏 写真:スナフキン染中氏 編集:ムーミンスダチ)
中澤です。
7月の台風としては異例なコースをたどり、関東直撃の様子でしたが、関東に近づくにつれ勢力が見る間に無くなり、結局、大利根飛行場は「大山鳴動すれど、、、」で無事でした。
台風避難は、台風を迎え撃ち、今しかチャンスが無いと言う切羽詰まった気分ですが、台風通過後の復旧は、それこそ避難の疲れがどっと押し寄せるものです。
大量の雨で地盤が弛んでいる中、とりあえず竜ヶ崎に避難をさせた飛行機だけを運びました。モーターの復旧は18日以降になります。
大利根、09:00の風景
「ガラーーーーン」としています。
大利根、15:00の風景
「飛行機は帰ってきました。」
モーターはまだ帰ってきません。
大量の雨で草が伸びています。
<今日のお客様>
阿部聰医師と一緒に、郡山元試験官が遊びに来てくれました。
2007年7月13日(金) 今日も雨
<台風4号 7/13>
関東直撃コースの進路をたどりつつある台風4号対策のため、グライダー以外の機体たちも避難を開始しました。
飛行機はお隣の竜ヶ崎飛行場へ、モーターグライダーはグローブもタンデム・ファルケも、それぞれ分解して第3工場の前へ運び込まれました。
画像:ハスキーは第2工場へ。

飛行場はすべて撤収、もぬけのカラです。
滑走路が水に浸かるかどうかは今後の雨量次第。
画像:日本に在籍するG109Bの半数が、第3工場に集まりました。
(by 寺田)
<台風4号接近>
接近中の大型で強い台風4号に備え、軽量の機体や自力で動けないトレーラーなどの機材を避難させています。係留してあったグライダーは、すべて分解、格納しました。
台風は太平洋沿岸コースを、週末から週明けにかけて最接近、通過するでしょう。
各地の強風と河川増水などにご注意下さい。(もちろん大利根も)
左>2機のASK-13を小雨の降る中分解し、ワークショップに運び込みました。
右>避難中はどこも機体でいっぱいです。
(by 寺田)
2007年7月8日(日) 曇り時々晴れ 視程8km RWY07
中澤です。
昨日同様、ぱっとした天気ではありませんでしたが、徐々に回復し、結局1日飛んでいました。
梅雨時期のまっただ中と言うのに、JA01KYは富山から福井へ空輸され、JA3580はセントレアから帰ってきました。
画像は今年もタヌパパが撮って来た「田んぼアート」です。
<今日のお客様>
年に一度の三重県航空協会のシタブリアが、定期耐空検査のため空輸されてきました。

ベランカとFA200で来られました。
この後、FA200でお帰りになりました。
<ニュー・パラサイト・パイロットの誕生>
瀬尾:「おーーーい、鳥海山の写真を撮りに行くぞ!!!誰か行くか !!!」
O : (オズオズと)「あのーーー私でも良いですか?」
瀬尾:「5、6時間飛び続けだぜ、だいじょうぶか?」
O: 「マーーーグライダーで5時間ぐらい飛んでいますから、、、、」
と言う会話の後、大利根から鳥海山を目指して飛んで行きました。夕方6時に大利根へ着陸していました。

「怪人スダチ」はここぞと飛びだめをしていました。
最近入った某スタッフに「あの人は誰ですか?」と聞かれました。
「えーー、あの人がスダチさんですかーー!」
...という会話があったそうです。
<おまけ>
こんな本を知っていますか?
米田さんが見つけてきました。私も中学生のころに読んだ記憶があります。
中澤です。梅雨の季節に関わらず、降るんだか、降らないんだかのはっきりしない天気が続いています。
天気予報もあまり芳しくなく、クラブ員の出足も今一と言ったところでした。
そんな中、エンジン換装や夜間飛行への改造の終わったJA01KYの空輸を、山本俊平と鈴木タブが行うことになり、大利根を出発しました。どうも今日を逃すと、あと1週間は空輸できる天候にはならない様子で、決行することにしました。
4時頃「現在、藤岡、6500、白いけどもう少し行ってみます。」という連絡の後は、ただ待つだけ。
「今着きました。富山です。福井は5時までですので、今日は富山にステイです。」との山本からの連絡で、空輸は終わりました。
(鈴木タブは極度の緊張から写真を1枚も取れなかったとの事でした。)

小山に預かってもらっていたタイフーンを静岡理工大学へ運送することになり、整備組グライダー班が静岡まで行って、組み立て、格納しました。

残った整備組飛行機班は3333の耐空検査の準備に余念がありませんでした。
昨日、私が銀座で手に入れた室内模型飛行機を見せると、早速、3333が出て行った後の工場で飛ばしていました。
(結構真剣な顔をしています。仕事中もこんな真剣だと良いんだけどなー、と裏の声)

<おまけ>
三田Ka8はどこまでも芸術的ですが、ついでに工具箱も良い雰囲気を醸し出しています。
こんにちは、そめなかです。
川村さんのドレスデンに続き、フランスのグライダー「廃人村」に来ています。ここは世界中から「廃人」が集まって、来る日も来る日もグライダーを飛ばすところです。大親分はクラウスというドイツ人で、私とM山さんは彼に付いて「リード&フォローの山岳フライト」というものを習いに来ているのです。
M山さんは、昨年、大利根で澤田さんを教官にMGライセンスを取ったので覚えておいでの方もいると思いますが、澤田さんもM山さんも、グライダーの世界ではかなり「廃人」の部類に属しています。
ここでは、グライダーで一般的なサーマルソアリングとは違い、ダイナミックソアリングというテクニックがテーマです。これは、サーマルのように縦に動く空気ではなく、waveやリッジのように横に動く空気(って風ですよね)を利用して飛ぼうというテクニックです。
山の中でこれをやるのはむずかしく、風がどのように流れるかをイメージするのがたいへんです。師匠は「水の流れをイメージしろ」と言いますが、水なら目に見えるけど空気は見えません。できる人なら何とでも言える、という見本のようなものですね。私には全然イメージできません。

ベースであるserres滑空場です。南側にリッジがあり(写真奥)、通常は北風なので、down
windはリッジに向かって、base、finalはリッジぎりぎりに飛びます。
夕方遅くにwaveで帰って来たときなどは、10分前まで10,000ftで西日ギラギラなのに、着陸はリッジの影で真っ暗な中、リッジに沿って降りなければならず、非常に怖い着陸になります。

リッジソアリングでは、こんな風に高度をあげてゆきます。
慣れればなんてことも無いのですが、最初はとても怖いです。

そこそこに高度を上げてwaveをgetすれば、こんなパラダイスを経験できます。
遠くに見えるのはモンブラン(スイス)。現在位置はフランス−イタリア国境付近 20,000ft。

リード&フォローなので、常に編隊飛行です。前に見えるのがリード機(クラウス)。
この状態で1日6〜7時間飛びます。2週間の合計飛行時間は60時間にもなります。嫌いじゃありませんが、いいかげん疲れます。

師匠のクラウスです。
コワモテですが、非常にいい人です。
いっしょに飛ぶと「神」のように見えます。

桑原さんがモーターでのソロに出ました。
入会時に「グライダーのライセンスを持ってるんなら、ソロは10時間以内ね」と言われたそうです。(エッ、私が言ったの?)
まーーーー、困っている人や悩んでいる人の、その足を更にひっぱるのが、教官の楽しみです。(ねーーー、負けないで下さいね。バスマン高野さん。)
(そのいじめている当の教官がなにかヘマをすると、それは10倍になって帰ってきます。ねーーー染ちゃん)
桑原さん、ソロおめでとうございます。


首をうなだれ「優しい先生になろーー」なんて、殊勝な事を言っていたその舌も乾ききらない内に、なんと自家用機を手に入れてしまった人がいました。
「いつ乗れんのかナーーー」なんていじめられていました。
ホーク鷹野さん、自家用機おめでとうございます。
鷹野さん、うれしそう

(原文:中澤 愛一郎 写真:遠藤氏、美幸氏 編集:スダチ)