そんな私が初めて合宿参加、それもフェリーさせていただけると言うことで、どきどき、わくわく、小学生の遠足前と同様数日前から天気が気になり続けていました。
出発前々日に、フェリーの際に同乗いただくN美教官からお電話いただき、「ルートはどこを通っていきますか?天気がはっきりしないけど、中止の連絡がなければ取りあえず飛行場で会いましょう。」とのこと。
未だ本格的なナビの経験のない私は、何も準備を考えず「いゃー、初めてのナビなのでどこを飛んでもいいです。」などと応え、天気が晴れることばかり祈っていました。
出発当日天気予報通り朝のうち雨は止んだものの、モヤと言うか霧がひどく、のんびりと11時頃に飛行場に到着。皆さんが順番に給油やら備品のチェックをしていました。私もそれをお手伝いし始めたら急に晴れ、気温も上がり始めました。
ここから出発までのお話はスダチさんなどからもあるので省略。
JA2373にN美さんと乗り込み、ルートについては天気が天気なのでJA2343,JA2123と固まって行くことになりました。
モグラの先頭を切ってJA2373がR/W25から離陸14:15。筑波山の西側を目指します。
ほとんど一緒にJA2343が離陸して、フォーメーション。最近T&Gがほとんどなので1500ftを越えて下を見ると別世界のように感じました。
さらに2500ftまで上がりました。
筑波から宇都宮にかけては、気流もまずまずで、時折揺られる位ですがJA2343の後ろにくっついて周りを見る余裕も少しありました。筑波山の当たりではJA3758もそばにきたりして「みんなで飛ぶのも楽しいなぁ、」などと考えていました。
宇都宮をすぎる当たりから先行していたJA3758から「だんだん気流が悪くなる」との情報。確かに北の方は雲が多い。那須のVORの当たりになるとJA2343を見失わないようにするのが精一杯。
(空中でフォーメーションを保つのって難しいんですね。自分が動いてんだか、相手が動いてんだかよく解らなくなるし)
2500ftで飛んでいるはずが気づくと3000ftを越えています。ショルダーハーネスを
きつめに締め直しました。
でも、それまで結構揺れるとの情報を送ってきていたJA3758 から「二本松をすぎると落ち着きます」との連絡があり、「二本松まで頑張りましょう。」と教官に励まされながら飛び続けます。因みに初ナビの私はDGを見てヘディングを会わせる余裕などどこにもなく、JA2343を追いかけるように飛んでいました。
白川当たりでは3000ftが3500ftになり、JA2343が下に行ったように見えています。
後で聞くとこの当たりで福島空港が見えたそうですがそんな余裕はゼロ。
郡山の当たりでは揺られるはスポイラー開いても上昇するはで手のひら汗だく。
パワーは入れたり抜いたりの繰り返し。でも、まだ「二本松まで」と信じていました。
ところが気づくと二本松どころか福島上空。
JA2343とは二本松付近で離れて(放されて??)見えない。
(このあたりから教官が「10年寿命が縮まり」始めたカウントダウン)
そろそろ福島が近くなりラジオ周波数の切り替え準備。ところが、私と教官は福島フライトサービスの130.675の合わせ方が解らない。
ダイヤルをくりくり回しても130.60、130.65、130.70......どうしましょ???
(ここで寿命1年)
取りあえず無線で「130.65にします。」というとすかさず金子教官から「フライトサービスは675です。」との指摘、おそるおそる「出ないですけど....」と答えると「ちっちゃいつまみを回すように。」とのご指導。
つまみを回すと出るわ出るわ「130.67」ほっと一安心。
JA3758はとうの昔に着陸。JA2343もファイナルで間もなく着陸。
さて、福島上空にいる私のJA2373は.......
ここから風に激しく揺られる中でちょっとハプニング
N美教官は愛息子を残してきているため直ぐに帰路へ。お疲れさまでした。
とにかく初めてのことばかりのフライト。でもとても楽しむことができましたし、よい経験でした。
翌日は、JA3758に便乗して新潟へ、夕方になってJA2373で福島上空へローカルフライト。
空の楽しみ、楽しみ方を知ることができました。その一方で、天候の影響、出発前の予習の大切さを痛感しました。