JMGC1998年合宿に参加して ○林(事情あって匿名)

高田さんの報告に触発されて、合宿の感想文を。
 その前に、このホームページを訪問されている方はJMGCの会員以外の方も多いと思いますので、「合宿」の紹介をいたします。「合宿」と言いますとたいていの方は学生時代を思い浮かべ、体育会系であれ同好会系であれ文化系サークルであれ、朝から晩まで練習に明け暮れ、夜は夜で上級生やOBによる「精神鍛錬」を受ける「地獄の特訓」を思い浮かべるのではないでしょうか。
 ところが「JMGCの合宿」は職員の方や経験豊富な先輩の方々が未熟なクラブ会員をボランティア精神に基づいて「たっぷり遊ばせてくれる」というありがたい行事です。例えば高田さんが○山さんにエアロスバルの手ほどきをするとか逆に高田さんが○○さんにシマンゴの経験をさせてもらうとか、小生が−−−とか。−−−の部分が以下に述べる自己満足のレポートになります。自己満足でありますから全体の流れを客観的に述べたものではありませんのでご了承下さい。なお「モグラ」とは「モーターグライダー」を縮めた略称です。

 昨年までの合宿は但馬空港でしたので、首都圏に居住するクラブ会員にとっては参加が困難でしたが、今年は近距離の福島飯坂農道空港ということで、忙しくはない「普通の」サラリーマンであります小生は平日の8日木曜からの参加は困難で、いえいえ10日土曜からの参加もできるようになりました。
 9日金曜の勤務時間が過ぎると酒や麻雀やカラオケのあまたの誘いを振り切り、一目散にJR市ヶ谷駅経由で上野駅へ向かい、新幹線に飛び乗りました。宿舎の飯坂温泉「みちのく荘」に着いたのが21:30頃、参加者の宴会場のビールがほぼ空になった頃でした。クラブ便りに掲載された但馬での合宿の様子から、カラオケなど歌って盛り上がっているものと予想していたところ、皆さんは明日のフライトの打ち合わせと計画をまとめ、明日の期待と軽い酔い心地に満足の様子です。ともあれ小生も残りのビールをいただき温泉に浸かり寝床に潜り込みました。

 10日朝はピンカーンの晴天、天気予報も「寒冷前線が通過する秋田県および山形県北部では強い雨が降る恐れがあります」との気がかりを除いて一日中問題ないとのことです。ルンルン気分で朝風呂に入ると金子教官も入っております。「紅葉にはまだ早いようですね」との金子教官の言葉に「東北とは言ってもこの辺りは標高が低いですから紅葉はあまり綺麗ではありませんよ」とバカな返答をしてしまいました。
 今日これから紅葉の名所の吾妻連峰や蔵王やはたまた飯豊まで飛ぼうというのに、「この辺は標高がひくい」との発想は標高の低い下界の俗人、はたまた大利根飛行場周辺しか知らないヒコーキ乗りになりきっていない俗人の底の浅さでした。反省。
 8:30に宿舎の前をマイクロバスタクシーで出発、15分ほどで離着陸場(福島スカイパーク)です。早速機体に着いた朝露を払い点検にとりかかり、各機体の点検が終了すると昨日のフライト計画に従って、新潟、山形、仙台、福島、ローカルへと飛び立ちます。小生はと言えば、須○さんなどが「今日は一日天気が良いからノンビリ計画を立てよう」などと構えている隙に、金子教官と共に空いているJA2373(グローブ式基礎練習用モグラ)でローカルの訓練飛行に飛び立ちました。
 実は小生は福島の生まれで高校卒業まで住んでおり、フライトプラン提出の必要が無い離着陸場から半径9kmの範囲に生家があることを調べてあり、生家や母校の小学校の上空を旋回し、写真を撮り、母校の高校の上空まで行きスカイパークへと帰還。
 雲一つない好天で、紅葉標高線(こんな言葉があったけか?)のはるか上空から遠く吾妻連峰や蔵王も望め、満足。朝のフロの中での標高ウンヌンの会話のバカさかげんを改めて認識した次第。
 50歳を目前にして始めたモグラで生家を上空から眺め、これで今回合宿に参加した目的の50%は達成。小生は訓練生ですから名目は「訓練」ということになりますが、実態はこのようにクラブ員の遊びに教官に介添えしていただいたわけです。
 その後「寒冷前線が通過するので−−−」との天気予報の気がかりが悪い方向に向かい、どうやら寒冷前線が予想より南を通過したようです。むづかっている単座(スポルタビア型一人乗りモグラ)のエンジンを金子さんが見事な職人技?で始動させ、並○さんが飛び立った頃から西方の雲が勢力を広げ始めます。○畑さんの「無線に雑音が入っています。雷が来ると思われます。」との警報に中澤ボスが「単座機を至急呼び戻せ」との声を上げ、その後の経過は高田さんの報告にある通りです。朝一番でフライトを楽しんだ小生としてはなんだか他のクラブ員に申し訳ない気分。それと同時に天候の早め早めの判断、そのためには気象の知識を蓄積することの必要性も痛感した次第。
 前線が去ってフライトできる天候に回復してから、○岡さんが○山さんのボナンザ(単発ながら3翔プロペラ高速機)の手ほどきをするローカルフライトにH嬢と便乗しました。ボナンザ機のスピードはモグラとは大違い、アッと言う間に福島飯坂離着陸場から9kmの距離に達します。また操作すべきことが多く、飛行機のライセンスとモグラの操縦教員ライセンスを持つ○山さんも○岡さんの指示になかなかついてゆけない様子。いまだモグラの操縦にてこずっている自分には遠い存在?かな。朝一番で乗った時は140度方向からの離着陸でしたが前線が通過して風向きが変わり、320度方向からのタッチアンドゴーと離着陸でした。この便乗で逆方向の離着陸の経験(景色を眺めただけですが!!)で合宿参加目的の60%達成。先輩クラブ員が後輩の面倒を見る好例です。
 夕暮れ間際、中澤ボスと美幸さんが何やら「密談」しています。明日、汽車や車の地上交通機関ではなく空飛ぶ道具に乗って大利根飛行場に帰りたい希望者を各機体に割り振っています。結局「余った○藤さん」をクラブ員ではないけれども大利根飛行場に籍を置く玄○さんの飛行機に引き受けてもらうことで交渉、暖かく了承していただき、すべて円満に解決。
 当夜の宴会は高田さんの写真入りの報告の通りです。

 最終日11日、これも高田さんが報告していますので、自己満足のレポートを続けます。昨日とは違い、正に一日問題無しの好天。「11:30に全員出発できるよう準備せよ」との指示が仙台空港付近上空の中澤ボスからありました。モグラ7機、飛行機4機が合宿に参加したこんな絶好の機会はないので写真家○尾さんが編隊飛行の写真を撮る由。そんなことはどうでも良い、もう一回飛びたい気持ちの小生は、○山さんがクラブ員への加入を狙ってギャラリーの体験飛行を終えた後を交代して、小林教官と共に最後のローカルフライトに向かいました。ところがトラフィックが大混雑、離陸まで待機が続き、飛び上がっても着陸の待機で、待機・待機の飛行でしたが、地元生まれの小生は現在場所を地図無しに暗記している利点から、小林教官のハラハラを横目にホールディングの旋回の間に、右旋回から左旋回に変えたり、旋回の場所を移動したり、十分景観を楽しんだり。これで合宿の目的の80%達成。
 大利根飛行場への帰還は、操縦ライセンスを持ち、ガールフレンドを横に座らせて飛びたい希望を持っているものの、日本で飛ぶには技量がイマイチ(と誰かが言っています)の○○君の訓練を兼ねて中澤ボスが教官席に座るJA3722の後席に美幸さんと共に座りました。
 DG-400(背中にエンジンとプロペラを着けたピュアグライダーに近いモグラ)はサーマルを求めてどこかへ行ってしまったのと、時間が無いとのことで高田さんの飛行の後、三重へ向けて帰ってしまったシマンゴ(水冷エンジン搭載のモグラ)とを除いた、モグラと飛行機の編体飛行は高田さんが報告しています。
 小生はポケットカメラしか持っておりませんので、スダチさんの単座は豆粒ほどにしか写っておらず、ホームページに掲載するような写真は撮れませんでした。残念。
 これで合宿目的の90%達成。残りの10%はどうしたかですって?100%達成してしまったら来年以降は合宿に参加する必要は無いではありませんか。このホームページにアクセスしている「普通のサラリーマン」の皆さん、モーターグライダーで人生を楽しんでみませんか。