<<< 米子空港往復記 >>>

[ 2004年4月25日() 〜 26日(月) ]


2004年4月25日() 晴れ 視程20km 南より10kt RWY 25

 4月中旬、JFAへ就職した寺田さんは、瀬尾師匠のお供で米子空港へ行ってきました。

 鳥取県の西端に位置する米子空港は、軍民供用空港で航空自衛隊が管理しています。エアライン以外の民間機が降りるには、なかなか書類手続きとかが大変そうで滅多に飛んで行けるところではありません。
 「寺田さん、良いなぁー」とスダチが思っていたところ、瀬尾師匠がまたまた飛んで行くと言うではありませんか。しかもその日、寺田さんは忙しくて都合がつかない。

 とっ、言う訳で、今回はスダチが米子空港まで御一緒させてもらいました。ラッキー。
 しかも瀬尾師匠、連日の忙しさに時間が取れず航空身体検査が切れているそうで、機長はスダチ。これはログに米子空港を付けられるぞっと。さらにラッキー?

 25日午前9時過ぎ、大利根にショーアップ。
 師匠の来る前に機体のチェックとガスアップ。米子空港は遠いですから、もちろん満タンです。

 前日までの計画では、途中、福井でワンストップして給油する予定でしたが、ウェザーチェックをすると上空の風が少し強そう。それ以外はルート全般好天に恵まれており問題はなさそうでした。
 館野の高層気象台の風を取りよせてみると、5000〜10000ftは北西風が50ktとやはり可成り吹いています。
 巡航速度80ktのグローブでは、アルプス越え10000ftでの福井行きはやはり無理となりました。
 高度が上げられないとなると、箱根−名古屋周りで行くか?
 それだったら福井より但馬空港の方が近いだろうとなり、給油地は但馬に変更となりました。


( 写真=出発前のクラブハウスにて、師匠が持ち込んだ写真とその説明に、興味津々に群がるクラブ員。 )  
 

 近くの喫茶店でお昼を済ませ13時03分大利根を離陸。但馬の運用時間は18時30分まで。米子も21時00分までと遅くまで開いているので、結構余裕をもって離陸出来ました。
 大利根離陸後は、直ぐにプロペラピッチをクルーズに変更して、速度を出してゆっくり上昇を掛けながら飛びます。

左> この日は暖かく、大利根対岸ではボートが沢山。なにかの大会でしょうか?
右> 南側より、まだ残雪が残る富士山を望む。

 東京TCAや横田APPなどからレーダーサービスを受けながら、東京上空を横断し箱根の大涌谷にさしかかるころには巡航6500ft。この辺りは横田APPの死角となりレーダーサービスは終了。
 特にコンタクトするところもないので、日曜で芦ノ湖の遊覧ヘリでも飛んでいるかもと、周波数をAIR TO AIRに設定したところ、飛び込んできたのは南アルプスや八ヶ岳、那須の上空で山岳フライトするグライダー達の声でした。
 この日は、かなり良い条件だったようですね。

 箱根の上からは名古屋目指して、南アルプスの南端を少し横切る感じで飛ぶので、更に高度を上げました。
 予想ほど向かい風は強くなくて、なんとか対地速度70ktは出ていましたが、名古屋の東30nmほどで名古屋TCAとコンタクトした時に強い沈下帯に遭遇。高度を維持するため徐々に機首が上がりパワーも入っていきましたが、ついにVyでも高度が下がり始めました。
 まあ、ほっとけばそのうち沈下帯をぬけて上昇帯に遭遇するとは思いましたが、なにぶんTCAとコンタクト中で、名古屋のトラフィックも近くなって来ている。師匠はTCAに状況を説明して理解を求めてました。

 6200ftまで下がったところで上昇帯に突入。巡航6500ftに戻して名古屋上空を通過。ここまで離陸から2時間と少々、本来なら名古屋に降りて休息と給油をしたいところですが、御存知の通りここの航空局は航空の安全に興味がないのか?(あるいは昔、モグラが大きな迷惑をかけたのか?)、モグラを降ろしてはくれません。帰路の燃料も十分ほしいので、出来るだけ先に行くことにして進むことにします。

 16時55分、但馬空港着。3時間52分のフライトでした。
 久し振りに訪れた但馬空港は、何年か前のJMGC合宿の時とあまり変わっていませんでした。給油後、ターミナルの喫茶で軽く休憩。
 師匠は「おっ、食事もあるのか?、燃料代も安いし、なかなか良い空港だね。」と誉めていました。


左> 但馬RWY01、ショートファイナルにて。
右> 但馬空港エプロンにて、ターミナルビルとAWと師匠。

 17時39分、但馬空港を離陸、沈みゆく夕日を追いかけて西へ。
 18時53分米子空港ランディング。上空から見た太陽は地平線に隠れきっておらず、日没前に降りたかと思いましたが、後で調べたら日没は18時49分。4分間のナイト時間が付きました。


左> 鳥取砂丘。地上から見ると砂丘なのだろうが、上空から見ると砂場?。
右> 米子空港RWY25ファイナル。薄暮とはいえ照明が綺麗でした。

 この日は日曜日。美保基地の広報班長にはお休み中のところ、わざわざ空港まで向かえに来ていただき、更に師匠がリクエストしていた「防空レーダーを撮影出来る暗い場所」まで案内して頂きました。
   最後には、自家用車まで貸して頂きありがとうございました。

 雲が多くて条件はあまり良くなかったそうですが、師匠は露出時間30分〜1時間位のを2枚撮影。
 米子駅近くの皆生温泉のホテルに着いたのは23時過ぎ。ひとっ風呂あびて、温泉から出たら日付が変わっていました。

 師匠ょー、こんな強行軍を続けていると体を壊しますよ。


左> あっという間に暗くなった、米子エプロンにて。
右> 境港の波止場にて、夜釣りではないです。


2004年4月26日(月) 薄曇り 視程20km 西より5kt RWY 25

 この日の予定。
 師匠は美保基地で撮影。その後数日も基地に居残って撮影。
 スダチは、しばらく師匠に付き合ったあと、午後のエアラインで羽田へ。

 しかし、師匠のその後の予定や週間予報と機体のフェリー計画を勘案し、更にこの日の天気が予報より良かったこともあり、師匠は色々考えたすえ「自分をおいて09AWを大利根まで乗って帰って」となった。

 美保基地を見学出来ないのは残念ですが、大利根までの長距離、機体を預けていただけるのは嬉しいものです。でも、機体を預かるということは責任も重大でした。

 米子空港に送ってもらったのは8時20分。機体チェックを済ませた後、一旦ターミナルビルへ行ってお土産を購入し、コースを計画。

 前日悩まされた10000ftの西風も、今日は追い風。雲も出ていないしアルプスを越えて帰るコースを選択。給油地は師匠のお薦めもあって福井空港。
 事前に燃料屋さんに電話して確かめると、時間を守って来てくれと言う。「VFRになんて無茶な要求を」と思うが、ざっと時間を勘案して「11時30分でお願いします」と伝えたが、これが後でフライトを縛ることとなってしまった。(でも、後で話を聞いたら、師匠は、いつも事前連絡なしで行っているとか。20分や30分、どうでもよかったのかも。)
 まあ、燃料があるだけでもありがたいことです。空港と名乗りながらAVGASのないところも多いのですから。日本はジェネアビ後進国、インフラの整備が遅れています。アメリカでは一般的なクレジットカードが使えるセルフ給油なんて夢のまた夢。日本に出来るのは何時のことでしょう?

 さて、CABで福井行きのフライトプランを入れて、離陸前点検を済ませ、いよいよ米子グランドとコンタクト。しかし、ここで大失敗をしてしまいました。
 使用RWY25と言われたのに、頭の中ではなぜか東に離陸するイメージが出来上がってしまい「鳥取方面に行くには、東に離陸後ライトターンして海岸線沿いに飛ぼう」などと考えてライトターンを要求するが、当然のことながら帰ってきたのは「レフトターン」との返事だった。
 しかし、東向きに離陸との思いこみに陥っていたスダチは「日本海に向かって、その後どうしろというのだ」と理不尽なこと考えて、執拗に「ライトターンはダメ?」と聞きかえし、更にはタワーに引き継がれたあと、タワーなら許してくれるかもと、また聞いていた。

 幸いなことに、美保基地所属のT400に続いてのタキシングだったため、使用滑走路を間違えることはなかったが、この勘違いに気がついたのは9時45分の離陸直後。目の前に中海が広がっているのが見えた時だった。
 「ゲッゲッ、RWY25なんだから、当然西向きなんじゃん」

 理不尽な要求ばかり繰り返して、米子タワーの皆さんゴメンナサイ。m(_ _)m
 あぁーあ、これで師匠の09AWが美保出入り禁止になったらどうしよう。

 管制圏を出てからも、しばらく自己嫌悪に陥っていました。


左> エプロンから。C-1輸送機がカーゴドアを開けて飛んでいました。物量投下訓練? 
右> 誘導路にて。フォローと言われましたが、後流が怖くて間隔は詰められません。

 さて、何時までも落ち込んではいられません。先はまだまだ長いのですから。

 気を取り直してチョット寄り道を考えました。人様の機体だけど、前からじっくり見たいと思っていた天橋立へ拠るくらいなら良いでしょう。
 ところが、時間を計算してみるととても寄り道している余裕がない、燃料屋さんとの約束の時間までギリギリでした。(;o;)
 真っ直ぐに福井へ向かうと海上を長時間飛ぶはめになるので、当初の予定通り経ヶ岬までは海岸線沿いに飛び、若狭湾を横切って福井へ向かうことにします。時間を稼ぐため追い風成分の強い上空を飛ぶことにして、クルーズピッチのまま徐々に上昇。経ヶ岬上空では4500ftでした。


左> 赤潮? 
右> 若狭湾にて、クジラらしきもの発見?

 寄り道はしないつもりでしたが、若狭湾上空で右前方にクジラを発見。写真を撮りたくてコース変更ついつい3000ftまで降下してしまいました。
 するとなぜかトラポンのモニターランプが点きっぱなしに。隣の捕鯨船からレーダーサーチを受けたのでしょうか? 
 この海域、実弾演習のノータムは出ていなかったよなと思いながら、コースを福井に戻しました。


左> 同じく若狭湾にて、大砲の付いた捕鯨船? 
右> 福井空港に無事到着。

 11時35分、福井空港に無事ランディング。
 約束の時間に5分遅れたけど、給油してくれました。
 軽く休憩して、ウェザーチェック。問題なしで12時28分には離陸しました。

 小松TCAとAPPを呼びましたがノイズが酷くコンタクト出来ず。自衛隊の訓練空域J-1を避けて南下し、J-1の南端をかわしたところで、大利根ダイレクトコースに変進。
 南アルプスを越えるので、どんどん上昇を掛けましたが、木曽の駒ヶ岳に達するころで9000ft。チョット高度が足りませんでした。西風だからと西斜面で上昇風を探すも、あまり強いのはなく、この時間では日射に暖められた南斜面の方が良く上がりました。

 10000ftで南アルプスも越えて、あとは徐々に降下開始。甲府の北を過ぎる辺りで横田APPを呼ぼうと航空図を見て失敗に気づきました。遠出なので1/50万の区分航空図しか持ってこなかったのですが、横田APP・東京TCAも成田TCAも、1/25万TCAチャートを見ろと書いてあり、周波数が載ってない。(;o;)  機内にあった師匠の「日本の空港」から調布空港の欄で横田APPの周波数をやっと見つけて、呼ぶが繋がらない、途中の山が邪魔しているのだろう。コンタクト出来たのは15nmまで接近してからだった。
 東京TCAはうろ覚えの記憶から周波数をあわせるが、交信している機体がなく確信が持てなかったので、黙てんで通過してしまった。後で調べたら周波数は合っていたが、反省。


左> 御嶽山の南斜面。
右> 北4nm、7500ftより、横田基地を望む。

 15時05分、大利根に無事ランディング。
 休みなのに、金子氏と寺田さんが出迎えてくれて助かりました。
 ちょうど携帯の電池が完全に干上がったところで、プランクローズが出来ない所だったのです。

 二日間で計9時間33分のフライト。心地良い疲れでした。

(by スダチ)