<<< チョイと濃い目な5人のアメリカ西海岸旅行記(?) >>>

[ 2004年7月3日()〜11() ]


 中澤愛一郎、三田隆道、小野寺美幸、米田洋、畠中礼子…年齢順に並べてみるとこんなふうになりますが、以上のチョイと濃い目な5人でアメリカ西海岸に遊びに行ってきました。7月3日(土)から7月11(日)までの、ロサンゼルス/シアトル/ヤキマ/アーリントン(WA)8日間の旅でした。

「三田さんにヤキマの“カブ・クラフター社”を見せたい。みゆきちゃん、アメリカに遊びに行こう!!」
 この一言から始まった中澤旅行社のツアーは、アッッという間に仲良し五人組の団体旅行となったのでした。
 畠中礼子さんは一見普通のクラブ員のようですが、実はJMGCに入会する前、ピッツのアクロバット飛行を経験したくてロサンゼルスからチノ界隈までの訪問歴があるという人。あのアントノフを日本まで飛ばしてきた柳田さんともその時に知り合っているというから、半端じゃありません。個性の強さも他に引けを取らないでしょう。サラリーマン生活に一区切りをつけて酸素補給をしている今「久しぶりにアメリカ旅行も、イーかも」と、参加。

 米田洋さんは、JMGCのホームページにもなにかと登場しているので、皆さんご存じでしょう。富士重工“飛行制御装置付きモーターグライダー”開発チームのリーダーであり、京都大学時代からのグライダーパイロットです(教育証明も持っている)。JMGCではハンドラダーを操って飛行機の操縦練習をしています。事故で下半身の自由を失い、私などには想像もつかないような世界を知ることになってしまいました。でも、明晰な頭脳と頑健な精神力、そして幼少の頃から吉本興業に育まれた健康優良な性格(ホント?)が一体となり、スポーツ航空の現場へ鮮やかに復活を果たした人です。今回のツアーには、計画が持ち上がった時点からかなり熱心に参加を考えていました。中澤旅行社側でも、楽しい飛行場やエアショー巡りに米田さんが加わるのは大歓迎。うまくサポートできるだろうか…という思いもありました。でも蓋を開けてみれば、サポートの勘所を米田さんに教えてもらい、なんとかうまくやれたかなあ…というところだったでしょうか。

7月3日()
 朝9時半ごろ、まずはロサンゼルス入り。その9時間ほど前、ホイールチェアの米田さんといっしょのお陰で真っ先に機内に搭乗して成田を16時近くに出発しているから、昼間がまるまる2日間続くようなもの。東行きの旅はこれがきついのですが、出発日までの一週間ほぼ全員がたまっている仕事を可能な限り“やっつける”という格闘技をしていたので、機内で熟睡するという課題は難なくこなせました。ただ、3万フィートの飛行高度をもってしても太平洋上に広がる台風の影響は避けきれず、ずーっと揺れっぱなし。ふっと目を開いて窓の外を見ると、鈍い光を放つ満月と、勢い余ってゆらゆらと立ち昇る鉛色の雲が満月の月光を薄黄色く反射させているのが見えました。幻想的な眺めです。
 さて、ピンセットで配られるウエットティッシュと“朝食”と称する軽食で無理矢理起こされると、もう着陸は間近。そしてロス到着後は、みんなが降りてからゆっくりと出ます。乗り込む時も降りる時も米田さんのホイールチェアは機体の出入り口までで、機内の移動は航空会社の職員が二人ほどついて、幅の狭い椅子にシートベルトで体をしっかり固定して移動します。これには車がついていないので、人力で持ち上げて運びます。
 入国審査を終え空港でレンタカーを受け取ったら、まず向かうのはトーランス・エアポート。ここでちょこっと仕事をして、かつて“ヤオハン”だった“ミツヤ”というスーパーで稲荷寿司やアボカド巻きなどを買い込み、食べながらチノ・エアポートに向かいます。
 チノでは柳田さんの事務所におじゃました後、“Planes of Fame”博物館を見ました。ほんとうは、インディペンデンス・デイの絡みで行なわれるエアショーが目的だったのですが、時間が合わず、こちらは断念しました。

 またここでは、アリゾナに出向している米田さんの同僚、林口夫妻と合流し、いっそう賑やかになりました。夫人のほうは、FABOT君の仕事で大利根にも来ています。
 17時半ぐらいにチノを出た後はフリーウエイを西に戻り、ヴァンナイズ・エアポートに向かいます。ここの“94th Aero Squadron”というレトロな飾り付けが楽しいレストランに、夕食の予約が入れてあるからです。まずは飛行場に隣接する“Airtel Plaza Hotel”にチェックインし、レストランに移動。テラスでビズジェットやヘリの離着陸を眺めながらビールで乾杯。チビリチビリと飲みながら離着陸を眺められるのは大利根と一緒ですが、空気が違い、機体が違い、演出が違います。いやー、クセになりそうです。少し涼風が立ってきたところで室内のテーブルに移り、ローストプライムリブなぞを食べ、長ーい長ーい7月3日はやっと暮れたのでした。

7月4日()
 今回はめずらしく、ロス滞在はたった一日。この日は早くもシアトルへ移ります。イヌイットのおじさんがニタッとわらうアラスカ航空B737での移動です。
 2時間半ほどのフライトで13時15分ごろシアトル−タコマ空港に到着すると、愛ちゃんと三田さんがレンタカー屋からシボレーのどでかい車を借りてきました。インディペンデンス・デイのご祝儀料金だからと言われたかどうかは知りませんが、割に安くグレードアップできたのだそうです。ただ、グレードと同時に車高も高かったので米田さんの乗り降りがちょっとたいへんになってしまいましたが、工夫をして荷物とホイールチェアと人間5人が納まると、本日の目的地、ボーイングの“Museum of Flight”へ出発。
 アメリカ合衆国最大の祝日でもあり、館内はたいそう賑わっていました。いつもの展示に加えて、アメリカにとっては素晴らしい活躍をした(日本や他の国々は大変な思いをさせられた)爆撃機B-17やB-24がぴかぴかに手入れされ、機内に入れるように解放された状態で屋外に展示されていました。複葉機の体験搭乗も人気でした。
 この日の宿はシアトルの町の高台に位置するホテルでしたが、インディペンデンス・デイのこの日、7月4日だけしか打ち上げることが許されない花火が、あちらこちらで見られました。日本人の私たちにとっては、なんと言うこともないほどの花火です。でもその夜のTVニュースと翌日の新聞は、各地の花火で持ちきりでした。いつでも喧嘩腰のCNN女性ニュースキャスターが“笑顔”で花火を報じているのを見た時、良くはわかりませんが、アメリカという国の難しさの一片を見せられたような気がしました。

7月5日(月)
 しっかりと朝食を摂った後、この日はレイク・ユニオンのケンモアというところにあるケンモア・エアという水上機の定期運航会社で遊覧飛行をしに出発。愛ちゃんは、ひとりでも多くシープレーンのファンを増やしたい下心が見え見えで、三田さん、米田さんをどうしても水上機に乗せるんだと言っていました。


 小さな船着き場なのですが、船やヨットよりも水上機のほうがはるかに多く、地上にあげてあるフロートを履いたビーバーもC172もスーパーカブも皆見上げるように背が高く、めったにみられない楽しい眺めです。ところがこの日はスケジュールド・フライトが18時半まで入っていて、ケンモア・エアでのフライトはあきらめざるを得ませんでした。でも水上機を飛ばしているのはケンモア・エアだけではありません。10年ほど前、JMGCスタッフ全員で訪れたことがある“シアトル・シープレーンズ”でセスナ206に乗りました。離水するまでの水の衝撃は、機体のいたみを心配するほどでしたが、上空から見るシアトルの眺めは格別に美しいものです。でも、水上機の運航は、給油、フロートの水抜き、機体の洗浄と、手間がかかって大変そうです。
 フライトした後は、海岸通りの賑やかなマーケットで新鮮な茹でエビや旬の果物を買って食べたりしました。いやー、シアトルって最高!
 一休みした後は、ボチボチとヤキマへ移動を開始。おおむね3時間のドライブですが、川に沿いながら野を越え丘を越え…アメリカは広い。いつも思いますが、アメリカで飛行機が発達するのは必然ですよね。

7月6日(火)
 この日は、太田磨奈巳さんが設計技師として働いている“カブ・クラフター社”を訪問します。今回磨奈巳さんには、4日の時点ですでに顔を合わせていて、すっかりみんなとお友達になっています。大分出身、高校卒業後ヤキマの工科大学で航空工学を勉強し、たまたま大学の近くにあったカブ・クラフター社の社員募集に応募したら合格。以来、カブの設計技師として仕事をしているという経歴です。元気で楽しい人です。
 カブ・クラフター社は、その名の通りパイパー・スーパーカブを整備、改造、製造までしている会社です。本家本元のパイパー社がすでにスーパーカブを作っていないとはいえ、カブ・クラフター社が独自でカブの仕事ができるというのは、不思議な気がします。今後どのように展開していくか分岐点にある時期だとも聞きましたが、規制や法律に縛られておもしろい部分が削られたりしないように願うばかりです。
 三田さん、米田さん、畠中さんは磨奈巳さんの案内で作業場見学ツアーをしていましたが、愛ちゃんは社長のジム・リッチモンドさんから「中古フロートの出物がありますよ」とか「いつ改造の決心をするの?」とか言われて、歯ぎしりをしていました。  午前中でだいたい会社の様子を見ることができたので、昼食どきを潮に見学を終了。ヤキマのモールで買い物や食事をした後、磨奈巳さんに目星をつけておいてもらったワイナリーに行きました。ヤキマ川沿いにはワイナリーがたっくさんあるのです。

 この日の宿泊はヤキマの町。前日は分厚いステーキを食べたので、今日はシーフードにしました。磨奈巳さん、連日連夜のお付き合い、ありがとうございました。


7月7日(水)〜9日(金)
 7日は朝ヤキマを出発し、第一目的地はエバレットのボーイング社。ここでは米田さん一人が離脱し、富士重からボーイングに出向している坂口さんに伴われてVIP待遇の会社訪問です。米田さん、ネクタイなどをしてちょっと緊張していましたが、結構楽しい一日だったようです。
 残る私たちは、EAAエアショーの中でも三指に数えられるというアーリントン(WA州)のエアショーに向かいました。翌日からはもちろん米田さんも加わって、9日までたっぷり楽しみました。今時のオシコシ・エアショーのようにショーアップされ過ぎておらず「ホレ、オラのヒコーキ、かっこいいべ! こっち来て見てミロ」的な雰囲気が、まだまだあるのです。
オーナー自慢の地上展示機をのぞき込んで話しかけたりしようものなら、もう放してくれません。自慢話、苦労話は尽きないのです。
「どっから来た? 日本から! え、あんたら全員パイロットかい!そこのホイールチェアのにーちゃん、ビッグ・ベアって飛行場に、あんたの役に立つ協会があるぞ」
「そこからハンドラダーを買って、飛んでいるんですよ」
「そーかい、そーかい。そりゃーエエ」
 毎日15時ごろになると、会場の全員が星条旗に向かって手を胸に当て、国歌を歌うと展示飛行が始まります。目を見張るような演技ではありませんが、日頃の練習の成果が充分に発揮されています。


 14年間このショーのナレーションを続けているというおじさんも、手慣れた感じで雰囲気を盛り上げます。 小さなエクスペリメンタル・プレーンがスモークを吐き、高速で離陸しざまにロールを打ちます。垂直上昇し、空中で停止そしてハンマーヘッド。垂直降下から地面ぎりぎりで引き起こすと滑走路を舐めるようなローパス。インサイドループとアウトサイドループを組み合わせた垂直S字。ラムシェバック…

 夕方、会場を後にすると、日に焼けた顔に夕陽を浴びながら、シアトル北側にあるフィッシャーズ・マーケットのレストランで食事をしました。シュリンプカクテルやらクラブケーキやら炭火焼きの鮭などを食べながら、今回の旅の、いろいろな話をしました。FA200のこと、水上機のこと、磨奈巳さんのこと、SUBARUのエンジンのこと、ホイールチェアのこと、大利根のこと…

 飛行機三昧、美食三昧、大人5人のアメリカ旅行。あー、楽しかった。いーじゃないの、たまには遊び呆けたって。

(最後に:坂口様、太田様、それぞれにお忙しい中、旅行社代わりにお使いだてして申しわけありませんでした。でも、お陰様で、素晴らしく楽しい旅をすることができました。5人全員心からお礼を申します。本当に、ありがとうございました。)

小野寺美幸