<<< AERO 2005 訪問記 >>>
[ 2005年4月24日(木) 〜 24日(日) ]
中澤です。
またまたドイツに行ってきました。
目的は、“AERO2005”に行くことと、日本フライトアシスタンスの職員である寺田由香子をドイツの取引先に紹介して回ることでした。

面子は、“ドイツは何度来たことか!”という私・中澤愛一郎と、“どういうわけだかドイツは3年ぶり〜”という美幸。
“ドイツどころかヨーロッパ大陸に足を踏み入れるのは、これが初めてだー”という寺田由香子。
そして“海外取材自由自在”の瀬尾央師匠です。
左>B1ブース
[AERO]2年に一度のトレード・ショー
ヨーロッパでは、ジェネラル・アビエーションの2大トレード・ショーが一年交替で開催され、一つはベルリンの“ILA”で、もう一つがフリードリッヒスハーフェンの“AERO”です。
今年はフリードリッヒスハーフェンの年で、“AERO2005”と銘打たれて行われました。期間は4月21日から24日の4日間。ヨーロッパ中から、ジェネラル・アビエーションの関係会社がブースを出し、最新の商品が披露されます。もちろん、その一角の大きな位置をグライダーが占めているのは言うまでもありません。
多くの関係者に会うことができ、また、今後の傾向を探るには、このショーに行くのが一番効率が良いのです。
そして寺田由香子については、約半年前に日本フライトアシスタンスの職員になったので、私が
e-mail 上で外国の関係各社の担当者に紹介しながら、Yukako TERADA名でコンタクトを始めたのですが、やはり一度は顔を合わせておいた方がよりスムースに事が運ぶだろうと、今回、寺田由香子をじかに紹介するのも大きな目的でした。
[成田を出発]
私と美幸は4月18日からの出発。寺田由香子とフリードリッヒスハーフェンのショーを取材する瀬尾氏は20日の出発で、スイスのチューリッヒで合流する手筈でした。
しかし、誰一人最近のチューリッヒ空港をチェックするでもない割に、合流場所は、「だれでもここと感じる所ね」と言う、いとも危なげな打ち合わせで私達は出掛けてしまいました。
[チューリッヒでの会合]
寺田/瀬尾は20日午後4時着、私達は20日午後4時40分にチューリッヒへ戻ってきました。
案の定「だれでもここと感じる所」で寺田由香子が待っていて、瀬尾さんは自分のレンタカーの手配をしていました。
私もレンタカーを受け取り、3人分の荷物と、寺田が手持ちしたベンタスのプロペラに、トランクルームと後席を占領された状態の車で、チューリッヒからフリードリッヒスハーフェン近郊のホテルまでの約2時間のドライブが始まりました。
年と共にだんだん気が短くなる瀬尾さんはろくな打ち合わせもせずに、由香子を乗せて出発してしまいました。「アッレー、ホテルの名前は伝えてあったっけー」とはあとの祭り。
途中のボーデンゼーを横断するフェリー乗り場へ私は迷うこと、迷うこと。
後で聞いた話では、どうやら、瀬尾さんの思いきりの良さと強引な性格が功を奏し、瀬尾/寺田組はスムースにコンスタンツのフェリー乗り場に着いたとのことでした。
遅れること30分。フェリーの降り口で待っていた瀬尾/寺田組と合流、ホテルを目指しました。
ホテルはボーデンゼーの湖畔の瀟洒なホテルでした。それまでの何回かのメールのやりとりの末に宿の主と顔を合わせるのは、それなりに楽しいものです。そしてそのホテルには、気の合う友人に手配してもらっていた4人分の出展者用パスと、ドイツで使う携帯電話が届けられていました。
[AERO 2005] 第一日目 4/21
明けて21日。トレード・ショー第一日目 ホールA-1からA-5が主に飛行機関係、B-1からB-4は主にグライダーやウルトラライトの関係です。
とりあえず、我々の目的の中心であるB-1へ直行。
まずは見慣れたシャイベのSF25CとVLAカテゴリーのSF42、そして、見知ったシャイベ社のハファコーン氏と挨拶。
その奥のブースが今回世話になるドイツの一地域”シュウェービッシュ”の”グライダー・バカ・軍団”、 ”計器のウインター”、”修理会社のルドルフ・リンドナーの跡取りのヘルムート・リンドナー”、”インターナショナル・セイルプレーン・サービス”と言うどこにでも有りそうな会社の気の良い奴「ハネス・ツィマーマン」、コンピューターの”ツァンダー”が集まるブースには、あまり見かけない背広姿のヘルムート・リンドナーとハネス・ツィマーマンが待っていてくれました。
2人とも開口一番「中澤のウエスタン・ブーツ以外の靴を初めて見た。背広も持ってたんだー」と軽口をたたいています。

ハネスに初めて会う美幸を紹介し、由香子を全員に紹介。
会場右手はDGとシェンプ・ヒルト、一番奥がシュテメとシュライハーが占めています。そのまわりには、グライダーに付随した、トーストを始め、シート・ベルトや計器、コンピューターの会社やトースト・ウインチ等の関係会社が占めています。
その関係する1社1社へ寺田由香子を紹介したり、紹介するまでもなく、お前が由香子かと握手をしてくる担当者も何人かいました。
画像>期間中根城にしていたハネス・ツィマーマン氏のブース
フライトアシスタンスにとって一番関係の深い、トースト社のバーバラさんには丁重に紹介し、今後の関係を深めました。さっそく、23日に開催されるトースト社60周年パーティーに招待されました。

左>今はやりの計器板
右>シェンプ・ヒルト社で……由香子さん搭乗のカレンダーを発見。由香子さん、うれしそう。
[デュオ・ディスカス Xバージョン]
シェンプ・ヒルト社では、デュオ・ディスカスに新たにウイング・レットとフラップが取り付けられ、脚の構造がより改善された(後席から操作/ロックができる)新しいバージョンが発表されていました。
このフラップはもっぱら着陸時のみに使用するために取り付けられ、スポイラーのロックが外れ、速度が一定以下になると、自動的に下がる機構になっています。特にターボを搭載した若干重量のあるデュオに最適なのでしょう。

左>フラップの付いたDuo Discus
右>Duoのウイングレット
新設計のDuoの主脚
[サステナー全盛]
瀬尾さんも書いているように、グライダーはターボ(サステナー)が全盛です。DG社で作り始めたLS8にも冗談のようなプロペラが付き、リトアニアのLAK17にもサステナーが付いています。
シェンプ・ヒルト社の花びらのようなプロペラと、LS8, DG1000,LAK17のような固定2枚プロペラでは格納のしかたが違います。
しかし、固定2枚プロペラ自体もサステナーのためにそれほど大きくはないので、エンジンを停止した後、回転軸を後方にわずかに傾けて、プロペラの回転を少なくし、その後、ストッパーが出てきて、プロペラ先端にぶつけて良い位置に停止させる技術は確立したものに見受けられました。

午後3時には、現在ドイツ北部ブラウンシュバイクに留学中の飯島朋子さんも予定通り合流できました。
左>語学に堪能な飯島さん。どこのブースでも積極的に話しかけ、人気者でした。画像はHPH(チェコ)のブース、304CZの操縦席で。
何年か前に来日した折りから親しくなり、マリアを紹介され、マリアからアンジェリカと続く、ドイツの女性を受け入れるきっかけとなった、アンドレ・ジャンセンにも、会うことが出来ました。学究肌であるアンドレは飯島さんとJAXAやブラウンシュバイクの話しで盛り上がっていました。
[ダイアモンド社] 第二日目 4/22
「A」のブースではダイアモンド社が相変わらず元気でした。
3年前にウイーンの南にある会社を訪れた際には、開発途上であったDA42はピカピカ磨かれ、スマートな姿をしていました。
オーナーであるクリスチャン・ドリースが「今後のアブガスの供給とジェットA1の供給を見た場合、今後のエンジンはジェットA1が使用できるディーゼルだ」と盛んに言っていた事を実現させつつあることを目の当たりにすると、なんだかうらやましいかぎりです。

左>ダイヤモンド社のオーナー、クリスチャン・ドリース氏と会談
右>KATANAに搭載されたsmartエンジン
副社長でありASH25を所有するグライダー・パイロットであるミヒャエル・ファイニックにも会うことが出来ました。ファイニックは、スーパーディモナの日本でのお披露目で、山本を乗せて???をした人です。
ダイアモンド社はDA40 KATANAにスマートのエンジンを航空用に開発したエンジンを搭載していました。ファイニックに聞いたところ、ロータックス・エンジンがツー・エクスペンシブだからとのことでした。
[グライダーのトレーラー]
今回のもう一つの目的の中に、なにか良いトレーラーが無いかという物でした。コブラやコメットに続く第3,第4のトレーラーを探していました。ドイツで1社、ポーランドで1社、それぞれもうすでに日本に輸入されていますが、担当者と直接会って話を聞くことが出来ました。
その中では、ポーランド、SZD-ビエルスコ・ビエラの工場が再開され、プハッチ、ジュニア、SZD55、SZD59等の製作を再開すると同時にトレーラーも作っていました。
なんとか、部品として5台くらいを一つのコンテナーで輸送し、日本で組み立てられれば、安価なトレーラーが入手できるのではないかと模索しています。
ポーランドのトレーラー
[東欧が元気]
上記のように、全体に東欧が大変な元気です。
東欧の特にポーランド、リトアニアやチェコはEUグループに入り、通貨がユーロになり、さーこれからだと大変元気です。中には「乳母車にエンジンを付けたような」まがい物もありますが、「ウー、こんなの飛ばしたい、作りたい」と思うような機体も多々ありました。
これらの中には、グライダーを曳航している機体もあり、アメリカでも同様ですが、サーティファイされた機体とノン・サーティファイの機体との差がなくなりつつあります。EASAに代表されるヨーロッパのダイナミックな動きには圧倒されるものがあります。

そのなかでも、チェコのURABANAIR社のLAMBADAやSAMBAが素晴らしいできで、本物の顔をしています。
グライダーの世界でも、サーティファイされ、性能を追求するあまり、機体価格が高くなりすぎてしまい、だれもが買いにくくなってしまっていることも事実であり、その反省から「ウルトラライト・グライダー」が出現しています。
左>ランバダ
[シェンプ・ヒルト社のパーティー]
このような中、2日目、3日目をすごしたのですが、2日目、22日はシェンプ・ヒルトとシュウエービッシュのグループのパーティーに招待されました。
私はめずらしく、女性を3人も連れて参加しました。シェンプ・ヒルトからは、ティロ・ホリカウスと奥さん、双子の子供、事実上のシェンプ・ヒルト社の社長であるティロの母親、2人のデザイナー、有史以前からセールス・マネージャーをしているのではないかと思う”ビゴ・バーガー”、ハネス、ヘルムート、ウインターが参加していました。
シェンプ・ヒルトのデザイナーのヘルムート・トレーバー氏が入ってきた時、私は脳裏に30数年前に始めてシェンプ・ヒルト社を訪れ、ハーンワイデ滑空場でその時の最新鋭機、スタンダード・シーラスに試乗したときのことを思い出しました。
私はまったく偶然にも日本を離れる直前に、シェンプ・ヒルト社で見せようと思って持ってきた写真がありました。それは、その時に世話になったこのヘルムート・トレーバー氏の30数年前の写真だったのです。そこにいた全員が、30数年前の彼の写真を見て、大変に盛り上がりました。

左>30年ぶりの再開
右>美幸とハネス
23日にはコーフ社のリンバッハ・エンジンを搭載したグローブ109bを見て、試乗の打ち合わせをしたり、エクストラ社で機体輸入の打ち合わせをしたりしていました。

左>トースト社60周年パーティー。由香子さんとバーバラ
右>由香子さんとアレキサンダー社のウリ・クレマー氏
夕方6時からはトースト社でのパーティーに参加。バーバラおばさんや故シャイベ氏のご長女とお話しすることができました。
年配の女性と話す内容には、グライダーのグの字や飛行機の飛の字も出てきません。日本の環境問題、社会情勢、中国との問題、野菜の品質、価格、東京の土地の価格、会社へ勤める形態等々、昼間の会話の数倍難しくなります。
早々に話を切り上げ、ハネスやヘルムートといろいろな業界内部の話しで盛り上がった方が楽になります。結局、最後はいつもの仲間でつるんでしまうのは洋の東西を問わず同じようです。
〔原文:中澤氏 画像提供:JMGC 編集:寺田〕